菩薩地持初方便處種性品第一(第一段有一十八品)
菩薩地持 初方便處 種性品 第一
敬禮過去未來世, 現在一切佛世尊。
過去・未来・現在の、すべての仏世尊に敬礼いたします。
有十法,具足菩薩道,摩訶衍攝。云何為十?一者持;二者相;三者翼;四者淨心;五者住;六者生;七者攝;八者地;九者行;十者安立。云何名持?菩薩自種性、初發心及一切菩提分法,是名為持。何以故?菩薩依種性,必定堪任阿耨多羅三藐三菩提,是故種性名必定持。菩薩依初發心,修行檀波羅蜜、尸波羅蜜、羼提波羅蜜、毘梨耶波羅蜜、禪波羅蜜、般若波羅蜜。修此六波羅蜜功德律儀、智慧律儀、菩提分法,是故初發心名為菩薩行方便持。菩薩依行方便,滿足阿耨多羅三藐三菩提,是故行方便名為大菩提持。非種性人,無種性故,雖復發心勤精進,必不究竟阿耨多羅三藐三菩提。是故當知,雖不發心、不修行方便,猶得名為種性持。若有菩薩種性,而不發心、不修行方便,不能疾成阿耨多羅三藐三菩提。有菩薩種性,發菩提心、勤行精進,則能疾成阿耨多羅三藐三菩提。又種性名為持、名為長養、名為因、名為依、名為梯、名為導、名為覆。如種性發心,行方便亦如是。云何為種性?略說有二:一者性種性;二者習種性。性種性者,是菩薩六入殊勝展轉相續,無始法爾,是名性種性。習種性者,若從先來修善所得,是名習種性。又種性名為種子、名為界、名為性。又不習者,果細果遠。習者,果麁果近。菩薩成就種性者,出過一切聲聞辟支佛上。何以故?有二種淨:一者煩惱障淨;二者智障淨。二乘種性煩惱障淨,非智障淨;菩薩種性具足二淨,是故一切最勝最上。復有四事勝於一切聲聞緣覺:一者根勝;二者道勝;三者巧便勝;四者果勝。菩薩性自利根,緣覺中根,聲聞軟根,是名根勝。聲聞緣覺但為自度,菩薩不爾,自度度彼,是名道勝。聲聞緣覺唯能了知陰界諸入、十二緣起、是處非處及四真諦;菩薩巧便悉能了知一切諸法,是名巧便勝。聲聞得聲聞菩提,緣覺得緣覺菩提,菩薩得阿耨多羅三藐三菩提,是名果勝。有六波羅蜜,是菩薩種性相,令諸眾生知是菩薩。云何為六?謂檀波羅蜜乃至般若波羅蜜。
菩薩の道を完成させ、大乗に含まれる十の法があります。その十とは何でしょうか。第一に「持(支え)」、第二に「相(特徴)」、第三に「翼(助け)」、第四に「浄心(清らかな心)」、第五に「住(とどまり)」、第六に「生(生じること)」、第七に「摂(とりこむこと)」、第八に「地(段階)」、第九に「行(実践)」、第十に「安立(確立)」です。
「持」とは何でしょうか。菩薩の生まれつきの素質、最初の誓いの心、そして悟りに至るすべての修行法を「持」といいます。なぜなら、菩薩はその素質に基づいて、必ず最高の悟り(阿耨多羅三藐三菩提)を成し遂げる力があるからです。ですから、素質は「必ず成就する支え」と呼ばれます。また、菩薩は最初の誓いの心によって、布施(檀波羅蜜)、戒律(尸波羅蜜)、忍耐(羼提波羅蜜)、努力(毘梨耶波羅蜜)、瞑想(禅波羅蜜)、智慧(般若波羅蜜)の六つの完全な修行を実践します。この六つの修行によって、功徳の規範、智慧の規範、そして悟りの要素を身につけるので、最初の誓いの心は「菩薩の実践を導く支え」と呼ばれます。そして、菩薩はこの導きに従って修行し、最高の悟りを満たすので、この実践の導きは「大いなる悟りの支え」と呼ばれます。
素質のない人は、その基盤がないため、たとえ誓いを立てて熱心に努力しても、最終的に最高の悟りを成し遂げることはできません。したがって、たとえ誓いを立てず、修行をしなくても、素質があれば「支え」と呼べることが分かります。しかし、菩薩の素質があっても、誓いを立てず、修行しなければ、速やかに最高の悟りを成就することはできません。一方、素質を持ち、悟りを求める心を起こし、精進して修行すれば、速やかに成就できるのです。
また、「持」は「支え」「育てるもの」「原因」「よりどころ」「はしご」「導き」「覆い」とも呼ばれます。素質がそうであるように、誓いの心や実践の導きもまた同様です。
では、「種性(素質)」とは何でしょうか。大きく分けて二つあります。一つは「性種性(生まれつきの素質)」、もう一つは「習種性(修行によって培われる素質)」です。性種性とは、菩薩の六つの感覚器官(六入)が優れた状態で、途切れることなく受け継がれ、始まりのない昔から自然に備わっているものをいいます。習種性とは、過去からの善い行いの積み重ねによって得られるものをいいます。
また、種性は「種子」「要素」「本性」とも呼ばれます。さらに、修行を積まなければ、結果は微かで遠いものですが、修行を積めば、結果は明確で近いものとなります。
菩薩の素質を備えた者は、すべての声聞(声を聞いて悟る者)や辟支仏(縁覚)を超えています。なぜなら、二つの清らかさがあるからです。一つは煩悩の障りが清らかになること、もう一つは智慧の障りが清らかになることです。二乗(声聞と縁覚)の素質は煩悩の障りを清めるだけであり、智慧の障りは清めません。しかし菩薩の素質はこの二つを完全に清めるため、すべての中で最も優れ、最も勝れているのです。
さらに、菩薩は声聞や縁覚より四つの点で優れています。第一に「根(能力)が勝れている」、第二に「道(方法)が勝れている」、第三に「巧便(巧みな手段)が勝れている」、第四に「果(結果)が勝れている」ことです。菩薩は生まれつき鋭い能力を持ち、縁覚は中程度、声聞は鈍い能力であるため、これが「根の勝れている」ことです。声聞や縁覚はただ自分の救いのみを目指しますが、菩薩はそうではなく、自分も他人も救うため、これが「道の勝れている」ことです。声聞や縁覚は、五蘊(陰)、十八界、十二入、十二縁起、道理と非道理、四つの真実(四諦)を理解するだけですが、菩薩は巧みな智慧によってすべての法を完全に理解できるため、これが「巧便の勝れている」ことです。声聞は声聞の悟りを得、縁覚は縁覚の悟りを得ますが、菩薩は最高の悟り(阿耨多羅三藐三菩提)を得るため、これが「果の勝れている」ことです。
六つの波羅蜜(完全な修行)は、菩薩の素質の特徴であり、人々に「この人は菩薩である」と知らせるものです。その六つとは、布施(檀波羅蜜)から智慧(般若波羅蜜)までです。
檀波羅蜜菩薩種性相者,是菩薩性自樂施,於彼受者以所施物等施不惓,於諸財物若多若少等心惠施歡喜無悔,若無所施心常慚愧;常為他人歎施功德勸令行施,見有施者心常隨喜;於諸尊重耆宿福田應供養者,捨所坐處恭敬奉施;若有人問今世後世如法事者,悉皆為說;若有王賊水火惡知識怖,隨力所能施以無畏;受他寄物未曾差違,若負人債終不抵捍;兄弟分財平等無二。於諸珍寶深愛著者,教令離貪;尚教他離,況自貪著。性於好財能捨受用,樂修勝業報利弘多。於諸酒色歌舞倡伎種種變現一切戲事,常生慚愧能速遠離。得大財寶猶不貪著,何況小利。如是等比,是名檀波羅蜜菩薩種性相。
檀波羅蜜の菩薩の種性の特徴とは、この菩薩は生まれつき喜んで施しを行い、施しを受ける者に対して財物を惜しみなく与え、決して厭わない。財物の多少にかかわらず、平等の心で施しを喜んで行い、後悔しない。もし施すものがない時は、心から恥じ入る。常に他の人のために施しの功徳を称え、施しを行うよう勧め、施す人を見れば常に心から喜ぶ。すべての尊敬すべき長老や福田となるべき供養者には、自らの座を譲って恭敬を尽くして施す。もし人が現世や来世の道理にかなった事柄を尋ねるなら、全て教え示す。もし王や盗賊、水難・火災、悪友などの恐怖があれば、力の及ぶ限り無畏の施しを行う。他人から預かった品物を違えることなく、負った借金を拒むことは決してない。兄弟で財産を分ける時は、平等で差別しない。様々な珍宝に深く執着する者には、貪りを離れるよう教える。自らはもちろん、他人をも貪りから離れさせようとする。生まれつき財物を惜しまず、楽しんで使い、善い行いに励み、豊かな果報を得ることを喜ぶ。酒、色欲、歌舞、芸能、種々の見せ物や遊び事に対しては、常に恥じ入る心を持ち、速やかに遠ざかる。大きな財宝を得てもなお貪らず、まして小さな利益に執着することはない。このような性質が、檀波羅蜜の菩薩の種性の特徴である。
尸羅波羅蜜菩薩種性相者,是菩薩身口意業性自柔軟,不增惡行、不樂殺生;設作惡業心生慚愧。能疾悔除不令增長;不以刀杖恐怖眾生,體性仁賢常懷慈愛;恭敬尊長奉迎供養,善知機宜所作巧便。善隨人心言常含笑,舒顏平視先意問訊。知恩報恩。所求正直,不偽不曲。受如法財,不為非法。性常喜樂修諸福德,見人修福尚以身助,況復自為。若有眾生更相殘害打縛割截毀訾訶責,有如是等無量眾苦,若見若聞心常憐愍。重今世善及後世樂,於輕罪中心常恐怖,況餘重惡而不畏慎。若見他人農商放牧、書數算計、和合諍訟、求財守護、出息施與、婚姻集會,如是一切如法事中悉與同事。鬪亂諍訟互相恐怖,若自若他無義無益,如是一切不與同事,善能遮制十不善道。若為他使隨順其教,已所宜行諮訪明哲。於諸事業廢我成彼,常懷悲惻不興怒害,設令暫起尋即除滅。恒修實語不誑眾生,不離他親及無義語,言常柔軟無有麁惡。於己僮僕尚不麁言,況於他人。於諸功德心常愛樂,見人行者隨喜讚善。如是等比,是名尸羅波羅蜜菩薩種性相。
尸羅波羅蜜の菩薩の種姓の特徴とは、この菩薩は、身・口・意の三つの行いが生まれつき柔らかく、悪行を増やすことなく、殺生を好まない。もし悪行をしてしまっても、心に恥じ入り、すぐに悔いて除き、それを増長させないことである。また、杖や刀で衆生を脅かすことなく、性質は仁愛で賢く、常に慈しみの心を持ち、尊い方々を敬い、迎えて供養し、機会をよく見極め、行いを巧みにする。人の心に従い、言葉にはいつも笑みを浮かべ、顔を和らげてまっすぐに見つめ、先んじて安否を尋ねる。恩を知り、恩に報いる。求めることは正直で、偽ったり曲げたりしない。法にかなった財を受けて、非法の財を受けない。性質として常に喜んで諸々の福徳を修め、人が福を修めるのを見れば自ら進んで助ける。ましてや自分から行うことはなおさらである。もしも衆生が互いに傷つけ合い、縛り、切り裂き、毀ち、嘲り、責め合うなど、このような無量の苦しみがあるのを見たり聞いたりすれば、心は常に哀れみの念を抱く。今世の善と後世の楽を重んじ、軽い罪に対しても心に恐れを抱き、ましてやその他の重い悪を畏れ慎まないはずがない。もし他人が農業や商売、牧畜、書物や計算、貨幣のやり取り、争いや訴訟、財を求めて守ること、貸付や施し、婚姻や集会など、このようなすべての法にかなった事柄に従事するのを見れば、すべてにおいて共に行う。しかし、争いや混乱、互いを怖がらせ合うこと、自分や他人にとって無意味で利益のないことは、これらすべてには関わらない。十不善の道をよく防ぎ制する。もし他人に使われれば、その教えに従い、自分のなすべきことは賢明な人に相談する。様々な事業においては、自分を犠牲にしてでも相手を成就させ、常に悲しみの心を抱き、怒りや害意を起こさない。たとえ一時的に起きても、すぐに除き滅する。常に真実の言葉を修め、衆生を欺かず、他人の親密な関係を引き裂くことも、無意味な言葉も言わず、言葉は常に柔らかく、粗く悪いことはない。自分の使用人に対しても粗い言葉を言わず、まして他人に対してはなおさらである。すべての功徳(善い行いの結果)に対して心から愛好し、人がそれを行うのを見れば、喜び賛嘆する。このような性質を、尸羅波羅蜜の菩薩の種姓の特徴というのである。
羼提波羅蜜菩薩種性相者,是菩薩性自柔和,若遇他人不饒益事,不起恚害無反報心,若他悔謝即受其懺,不懷結恨無復餘想。如是等比,是名羼提波羅蜜菩薩種性相。
忍辱波羅蜜の菩薩の種性の相とは、この菩薩は生まれつき柔和であり、もし他の人から不利益なことをされても、怒りや害心を起こさず、仕返しをしようとする心もない。もし相手が謝罪してきたならば、すぐにその懺悔を受け入れ、恨みを抱き続けることなく、わだかまりを残さない。こうした性質を持つことが、忍辱波羅蜜の菩薩の種性の相と呼ばれる。
毘梨耶波羅蜜菩薩種性相者,是菩薩性自精進,晨起夜寐,不樂習著眠睡偃臥。凡所作事精勤不捨,能善思惟要令究竟。創始造業必定堅固,事若未成終不中廢。於第一義心不退沒,不自輕言不能成辦,於所作事堪能勇猛。入諸大眾摧伏邪論,善能酬答一切難問。諸餘苦事悉能堪耐,大方便力終不憂悔,何況小事。如是等比,是名毘梨耶波羅蜜菩薩種性相。
毘梨耶波羅蜜(精進波羅蜜)の菩薩の種姓(性質)の特徴とは、この菩薩は生まれつき精進に励む者である。朝早く起き夜遅くまで休まず、眠ったり横になったりすることを好まない。なすべきことはすべて、精進して怠ることなく、よく考えて必ずやり遂げようとする。何かを始めたならば、その志は確固として揺るがず、事が成し遂げられなければ途中でやめない。第一義(最高の真理)に対しては、心が退転することがなく、「自分にはできない」と軽んじることもない。なすべき事には、勇猛に取り組むことができる。多くの人々の中に入っては、誤った議論を打ち破り、あらゆる難しい問いにも巧みに答えることができる。その他の苦しいことにもすべて耐えることができ、大きな方便の力をもって、決して後悔したり悲しんだりしない。ましてや小さなことで思い悩むことなどない。このような性質が、毘梨耶波羅蜜の菩薩の種姓の特徴である。
禪波羅蜜菩薩種性相者,是菩薩於法於義,性善思量無諸亂想。若見若聞山巖林藪,離諸憒亂隨順寂默,即生念言:是處安樂是處遠離。尋往其所,勤加修學。是菩薩性薄煩惱陰蓋輕微,至遠離處思量己利,不為惡覺之所惱亂,或時暫起尋即除滅。於怨憎所常起慈心,況復餘人。若見若聞眾生受苦,即起悲心,隨力方便度令離苦。性樂饒益安樂眾生,或有親屬錢財殺縛驅擯,如是等難悉能安忍。能速受持諸法深義,念力成就所受專諦,久遠所修悉能憶持,亦令他人憶念不忘。如是等比,是名禪波羅蜜菩薩種性相。
禅波羅蜜の菩薩の種姓(性質)の特徴とは、この菩薩は法とその意味について、生まれつきよく考え、さまざまな雑念がないことである。もし山や岩、林や草むらを見聞きし、騒がしさを離れ、静寂に従うならば、すぐに「この場所は安らかであり、この場所は遠離の境地に適している」と心に思う。そして自らその場所を訪れ、精進して学びを積む。
この菩薩は、煩悩が薄く、心の覆い(陰蓋)も軽い。遠離の境地に至っては、自らの利益を思量し、悪い考えに悩まされることがない。たとえ一時的に悪念が起きても、すぐにそれを除き滅する。怨みや憎しみを持つ者に対しても常に慈しみの心を起こす。ましてや他の人々に対してはなおさらである。
もし衆生が苦しんでいるのを見聞きすれば、すぐに悲しみの心を起こし、その力に応じて方便を用いて、彼らを苦しみから救い出そうとする。生まれつき、衆生を益し、安楽にさせることを喜びとする。たとえ親族や財産、殺害や束縛、追放などの困難に遭っても、それらをよく耐え忍ぶことができる。
また、諸法の深い意味を素早く受け持ち、記憶する力が成就しており、受け止めたことをしっかりと専念して正しく捉える。遠い昔に修めたことまでもすべて記憶し、また他の人にも忘れずに覚えているよう促すことができる。
以上のようであることが、禅波羅蜜の菩薩の種姓の特徴である。
般若波羅蜜菩薩種性相者,是菩薩於一切明處、一切智處生慧成就,不頑鈍不薄少不愚癡,諸放逸處悉能思量。是名般若波羅蜜菩薩種性相。
般若波羅蜜多の菩薩の種性(性質)の特徴とは、その菩薩が、あらゆる学問分野と、あらゆる智慧の境地において、智慧をそなえて成就し、鈍くなく、乏しくなく、愚かでないことです。また、あらゆる怠惰や放逸に陥りやすい場面においても、正しくよく考えることができるのです。これを「般若波羅蜜多の菩薩の種性の特徴」と呼びます。
是菩薩種性麁相我已略說,諸餘實義唯佛世尊能決定知。種性菩薩具足如是性功德者,成就真實白淨之法,是故名為難得、名為奇特、名為不可思議、名為不動、名為無上、名為如來住處正因相應。
菩薩の本質的な性質のおおまかな姿については、私はすでに簡潔に説明しました。その他の実際の深い意味については、仏様だけが完全に理解し、決定することができます。このような性質を持つ菩薩は、このような功徳を備え、真実で清らかな法を成就します。そのため、こうした菩薩は「得難い」と呼ばれ、「特異である」と呼ばれ、「不可思議である」と呼ばれ、「動じない」と呼ばれ、「無上である」と呼ばれ、「如来の住処と正しい因が対応している」と呼ばれるのです。
種性菩薩成就白淨法者,不為四種煩惱之所染污。若染污者,白淨之法不現在前,或生惡道。種性菩薩久處生死或墮惡道,墮惡道者疾得解脫,雖處惡道不受大苦。如餘眾生入地獄者,若苦觸身即能厭離,見他受苦能起悲心。如是種性為大悲因,是故菩薩雖墮惡道,勝餘一切惡道眾生。云何四種煩惱?一者久習放逸煩惱數利;二者愚癡習惡知識;三者尊主王賊怨敵所迫,不得自在,其心迷亂;四者眾具不足,常憂身命。
種性菩薩で清らかな法を成就した者は、次の四つの煩悩に染まることがない。もし染まれば、清らかな法は現れず、悪道に生まれることもある。種性菩薩は長く生死の世界に留まり、あるいは悪道に堕ちることがあるが、悪道に堕ちても速やかに解脱し、悪道にいても大きな苦しみを受けない。他の衆生が地獄に落ちて、苦しみが身に触れるとすぐに厭い離れ、他の者が苦しむのを見て慈悲の心を起こすのと同じである。
このように種性は大悲の因となる。ゆえに菩薩は悪道に堕ちても、他のすべての悪道の衆生より優れている。
では、四つの煩悩とは何か。 第一に、長く放逸に慣れ親しみ、煩悩がしばしば強く現れること。 第二に、愚かさゆえに悪い知識に親しむこと。 第三に、国王や役人、盗賊、怨敵に迫られ、自由を奪われ、心が混乱すること。 第四に、生活の資具が足りず、常に身や命を憂えること。
種性菩薩復有四法,不得阿耨多羅三藐三菩提。云何為四?一者本無善友諸佛菩薩善說法者;二者雖值善友佛及菩薩善說法者,而謬受學。三者雖值善友佛及菩薩善說法者,不謬受學,而不勤方便、不熾然精進。四者雖值善友佛及菩薩善說法者,勤修方便,而善根未熟、莊嚴未備,久遠已來心不調伏。菩薩雖有菩薩種性,因緣不具,不能得成無上菩提。離是四法,疾得阿耨多羅三藐三菩提。若無菩薩種性,雖有一切諸方便行,終不得成無上菩提。
菩薩の性質を持つ者にも、仏陀となる無上正等覚を得られない四つの原因があります。その四つとは何か。
第一に、そもそも善き友や仏陀、菩薩、正しく教えを説く者に出会わないこと。 第二に、善き友や仏陀、菩薩、正しく教えを説く者に出会っても、教えを誤って受け取り学ぶこと。 第三に、善き友や仏陀、菩薩、正しく教えを説く者に出会い、誤りなく学んでも、努力を惜しみ、熱心に精進しないこと。 第四に、善き友や仏陀、菩薩、正しく教えを説く者に出会い、努力して修行しても、善根が未熟で、仏道を成就する準備が整わず、長い間心が調御されていないこと。
このように、菩薩の性質を持つ者でも、これらの縁が揃わなければ、無上の悟りを成就することはできません。 しかし、この四つの原因を離れれば、速やかに無上正等覚を得ることができます。 一方、菩薩の性質を持たない者は、たとえ様々な修行を行っても、ついに無上の悟りを成就することはできません。