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妙臂菩薩所問経 (妙臂菩薩所問經)


妙臂菩薩所問經選求勝處分第二

第2章 優れた修行の場を選ぶこと

「復次,持誦行人若欲修真言行求成就者,先求諸佛所說佛及菩薩、辟支、聲聞昔所住處,是為勝地。如是等處,常有天、龍、阿修羅等而為守護供養恭敬。何以故?以有天上人間最聖丈夫曾所居止。得此地已,持誦行人亦要清淨身心、律儀具足,常此居止。若無此福地,秖得大河岸邊或小河邊或泉池側,乃至陂濼有清流瀰滿,無諸水族毒惡之類,其側亦得;其處但有蓮華、烏鉢羅花及諸名花異果軟草遍布。或是山中巖窟之所,是處清淨,無諸師子猛獸可畏之類。得是處已,仍須墾掘深一肘量,除去荊棘瓦礫、灰炭鹻鹵、糠骨毛髮、蟲窟之類,乃至掘深不能盡者,亦可棄之更求別處,如前墾掘一肘之量,別填淨土,於上立舍。用淨土作埿,內外埿飾,復以衢摩夷塗地於中,坐臥常在地上,不用床榻之類。其室開門唯得向東、向西或向於北,不得向南。如是造立舍已,隨彼相應所作事業,於彼方所安置尊像。安尊像處先用種種妙香而塗飾之,其所尊像或以彫刻或是鑄成或是彩畫。若是彩畫,先求淨縷,揀去毛髮織成其幅,量其大小長短相稱,存兩頭縷不得截棄。既織成已,用香水漬渡復展令端正,然令畫人蔬食澡浴,復受八戒,內外清淨,運心起手。凡所用彩色,須求最上第一好者,無用皮膠,用諸香膠調和彩色。畫像成已,隨應方面安置定已,用種種飲食、香花、燈塗作大供養。如無力廣辦,隨有供養,但要專注虔誠,信重讚歎禮拜供養。如是作已,於此像前所作所求速得成就。

また、真言の行を修して成就を求める者は、まず諸仏が説かれた、仏・菩薩・辟支仏・声聞がかつて住した場所を求めなさい。これこそが勝れた地です。このような場所には、常に天・龍・阿修羅などがいて守護し、供養し、敬っています。なぜなら、天上・人間において最も尊い聖者がかつて住まわれたからです。この地を得たならば、修行者もまた心身を清め、戒律を完全に備えて、常にここに住まいなさい。もしこのような福徳ある地が得られなくても、大河の岸辺、小川のほとり、泉のほとり、さらには沼や池でも、清らかな流れが満ちていて、有毒な水生物や害のある類がいない場所であれば、そのほとりでもよいのです。その場所に、蓮華、優鉢羅華、その他名高い花や珍しい果物、柔らかな草が一面に生えているならばなお良いのです。あるいは、山中の岩窟で、清らかで、獅子や猛獣などの恐ろしいものがない場所でもよいのです。このような場所を得たら、さらに深さ一肘ほど掘り返して、荊の棘や瓦礫、灰や炭、鹹地の土、もみ殻や骨、毛髪、虫の巣などを取り除きなさい。深く掘ってもそれらが尽きない場合は、その地を捨てて別の場所を求め、先のように一肘の深さを掘り、代わりに清らかな土を埋め、その上に室を建てなさい。清らかな土で練った土を用いて内外を塗り飾り、さらに牛糞の灰でその内側を塗りなさい。座ったり横になったりするのは常に地面の上で、寝台や椅子のようなものを使ってはなりません。室の扉は東、西、または北に向けて開け、南に向けてはなりません。このように室を建てたら、それぞれの行いに応じて、その方角に尊像を安置しなさい。尊像を安置する場所は、まずさまざまな妙香で塗り飾りなさい。その尊像は、彫刻、鋳造、あるいは彩色によるものでもかまいません。もし彩色するなら、まず清らかな糸を求め、毛を取り除いて織り、布の大きさは長さと幅が釣り合うようにし、両端の糸は残して切り捨ててはいけません。織り終えたら、香水に浸してから広げて正しくしなさい。そして、絵師に粗食で身を清め、沐浴させ、さらに八つの戒めを受けさせ、内外を清らかにしてから、心を込めて筆を起こさせなさい。色に用いるのは、必ず最も上等で第一の良いものを求め、皮膠は使わず、さまざまな香りの膠で彩色を調合しなさい。尊像を描き終えたら、その方角に従って安置を定め、さまざまな飲食や香華、灯明や塗香で大供養をしなさい。もし広く供える力がなければ、あるもので供養しなさい。ただし、ひたすら心を集中し、誠実に信仰し、賛嘆し、礼拝し、供養することが大切です。このようにして、この像の前で行い求めることは、速やかに成就するでしょう。

「其持誦行人將欲起首持誦,必先剃頭澡浴,著新淨衣。其衣非用蠶絲,亦不得白色,可用布及樹皮草木之類,仍用赤土染壞其色,亦須受持乞食應器。其器可用娑羅木及於瓦器,乃至銅鐵及匏瓠等,事持端正滑淨光潔,不得疎漏及以缺壞。執此應器巡行乞食,凡乞食所,可於聚落不近不遠多首陀處,信重三寶、多有飲食之處,兼無外道婆羅門處。緣彼婆羅門執性無慚,我慢所覆。

経文を読誦しようとする行者は、その行を始めるにあたり、必ずまず剃髪し、湯浴みをして、新しい清らかな衣を身に着けなければなりません。その衣は蚕の糸を用いてはならず、また白い色も避けるべきです。布や木の皮、草や木などの素材を用い、さらに赤土で染めてその色を変えるべきです。また、鉢を用いた托鉢の行を受ける必要があります。その鉢は沙羅の木や瓦器を用いることができ、さらには銅や鉄、あるいは瓢箪などでもかまいません。大切なのは、形が整っていて滑らかで清らかであり、粗悪であったり穴が開いていたり、欠けていたりしてはならないということです。この鉢を手に托鉢に出かけます。托鉢をする場所は、村から遠すぎず近すぎず、多くの首陀(下層民)が暮らし、三宝を敬い信じ、食べ物が豊かにあり、さらに外道やバラモンのいない場所が適しています。なぜなら、バラモンたちは頑なな性質で恥を知らず、高慢に覆われているからです。

「又復外道,若見行人執持應器巡行乞食、修於佛法誦念真言者,便生瞋恚而欲障難,謂行人言:『汝若本族婆羅門者,可修婆羅門法,奉行六法多聞淨行,信重諸天為臣事王,亦須娶妻生男繼種。若行此者是汝解脫,云何誦持釋教真言信行佛法?』行人若是剎帝利種,而作是言:『汝剎帝利種,應可奉行王法,紹繼王位。云何誦持佛教真言,背自本宗而求解脫?』乃至毘舍、首陀之類,皆說本宗本事而得解脫,不合持誦佛教真言以求解脫,以瞋火燒心,種種綺語多作方便而為障難,惱亂行人使令退心。

「また、外道は、修行者が應器を持って托鉢し、仏法を修行し真言を誦えるのを見ると、怒りや妨害を起こし、こう言います。『もしお前がバラモン族の生まれなら、バラモンの教えを守り、六法を実行し、清らかな行いに務め、天を敬い王に仕え、妻を娶り子を残すべきだ。それを実行するのがお前の解脱であり、どうして仏教の真言を唱え、仏法を信じ行うのか?』また、修行者がクシャトリヤ族なら、『クシャトリヤよ、王法を守り王位を継ぐべきだ。どうして仏教の真言を唱え、自らの宗を捨てて解脱を求めるのか?』と言います。ヴァイシャやシュードラの種族にも、それぞれの本分や伝統を守ることが解脱であり、仏教の真言を唱えて解脱を求めるべきではないと言います。彼らは怒りの炎で心を焼き、様々な飾り言葉や方便で妨害し、修行者を悩ませて退転させようとします。」

「修正道者依時乞食,不同外道過午而食。凡乞食處,勿往外道之家及多外道之處。若論善惡、因果之法:能造善法,當證涅盤;若作惡業,終墮苦趣。善惡之果非由種族,但為世間妄分別故。

修行の道を歩む者は、時機に従って托鉢し、午後を過ぎてから食事をする外道とは異なります。托鉢する場所については、外道の家や外道が多く集まる場所には行かないようにしましょう。善悪や因果の理法について論じるならば、善い行いを積めば涅槃を証得でき、悪い業を為せば結局は苦しみの境地に堕ちます。善悪の結果は、身分や家柄によって決まるものではなく、ただ世間の誤った分別によるものに過ぎません。

「復次,眾生無始以來垢穢之身,不由食淨得身心淨;諸惡遠離,常修善法,以此方得身心清淨。譬如有人身患瘡故,求藥塗瘡,唯望除差,不望餘故。行人喫食,但為除飢,不為適悅。又如有人陷於難處,飢餓所逼,殺子而食,為除飢苦,非貪滋味,行人喫食亦復如是。喫食之法由如秤物,物非輕重,秤自平正。行人喫食亦復如是,不得過量亦勿減少,但可支持,勿傷飢飽。又如朽舍換柱,所免崩摧;以油膏轄,貴在前進。行人喫食亦復如是,但為支持,非為滋味,是故佛言:『欲界有情,依食而住。』

さらに、衆生は無始以来、汚れに満ちた身を持つものであり、食べ物を清浄にすることによって、心身が清らかになるわけではありません。あらゆる悪から遠ざかり、常に善い行いを修めることによって、初めて心身が清らかになるのです。たとえば、ある人が体にできものがあるため、その治癒だけを願い、他を望まずに薬を塗るようなものです。修行者が食事をするのも、ただ飢えをしのぐためであり、楽しみのためではありません。また、ある人が困難な場所に陥り、飢えに苦しんで、やむなく自分の子を殺して食べるとしても、それは飢えの苦しみを除くためであり、味を貪るためではないのと同じように、修行者の食事もまた同様です。

食事の方法は、ちょうど物の重さを量る秤のようなものです。物自体に軽重はなく、秤が自然に正しく釣り合うのです。修行者の食事もまた同様で、過度に多く取ってはならず、また減らしすぎてもいけません。ただ身体を支えられる程度にし、飢えや満腹で苦しむことのないようにしなさい。また、老朽化した家が柱を替えることで崩壊を免れるように、油を車軸に塗ることで車が前に進むのと同様に、修行者の食事もまた、ただ身体を支えるためのものであり、味わいのためではありません。ゆえに仏は言われました。「欲界の有情は、食べ物に依って住むのである」と。

「又復行人雖喫食飲支持於身,恒觀此身由如芭蕉無有堅實,常此制心,不住貪愛。凡乞食時,持鉢巡行次第而乞,常須思念世尊所說,以智慧方便調伏六根,勿令散亂,所覩妙色及諸塵境是魔境界,欲惑人心。凡修行人而起方便,寧以熱鐵燒刺兩目,不以亂心貪視妙色,乃至殊常種種塵境,隨緣乞食而不住著。常作比觀,調伏其心,默然乞食巡行他舍,無上中下遠離取捨。然不往新產之家及多人飲酒之處、男女迷醉愛染之處、眾多小兒戲樂之處、諸男女眾聚會之處、戲伎男女作音樂處乃至有惡犬處,如是等處皆不應往。

また、修行者は飲食を身を支えるために取るけれども、常にこの身体を芭蕉(バナナ)のように、しっかりとした実体のないものと観じなければならない。心をこのように制して、貪りの愛着に留まってはならない。 托鉢の時には、鉢を持ってゆっくりと家々を順に巡りながら、常に世尊の教えを思い起こし、智慧と方便によって六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)を調え、散乱させてはならない。見るもの、あるいはあらゆる感覚の対象は、すべて魔の境界であり、人の心を惑わそうとするものだからだ。 修行者は方便を起こして、むしろ熱した鉄で両目を焼き刺すとも、乱れた心で美しい色を貪り見てはならない。さらに、さまざまな特別な感覚の対象についても、縁に従って托鉢しつつ、それに執着してはならない。 常にこのような観察をして心を調え、黙って他の家々を巡り托鉢する。上・中・下の区別なく、取ったり捨てたりする心を遠ざける。 ただし、新生児のいる家、多くの人が酒を飲んでいる場所、男女が惑い愛着する場所、多くの子供が遊び戯れる場所、男女が集まって遊宴する場所、芸人や男女が音楽を奏でる場所、さらに凶暴な犬のいる場所などには、行ってはならない。

「乞得食已,持還本處,洗足敷座,然後可喫。其食未喫,先分三分,一分奉於本尊而為供養,一施無礙,一乃自食依時而食。食畢盥漱使令清淨。又須日三澡浴,先自清淨,然以香花、燈塗種種供養讚歎禮拜,所獻尊像一切食飲,切須潔淨,離諸葷穢。每持誦時,坐吉祥草。凡所供養如不辦廣大,但隨力分奉於香花。所謂零陵香、閼哩迦(二合)、吉祥果、沒哩(二合)賀帝、吉祥草仍及蓮花,和合供養使得適意。行人持誦或行或坐得通思念,唯除臥時不許持念。念誦訖已,恒於六時思念功德,心無間斷,祈於圓滿。

食を得たら、元の場所に持ち帰り、足を洗い、座を整えてから食べなさい。その食べ物を食べる前に、まず三つの分に分けよ。一つは本尊に供養し、一つは困っている者に施し、一つは自らが時間通りに食べるものとせよ。食事が終わったら、口をすすぎ、身を清めなさい。また、一日に三度、湯浴みをして自らを清め、香華や灯明、塗香などで様々に供養し、讃嘆し礼拝しなさい。捧げる尊像への全ての飲食は、必ず清浄にし、全ての肉や不浄なものを避けなさい。

経を読诵する時は、吉祥草の上に座りなさい。全ての供養が十分に整えられない時は、ただ力の及ぶ範囲で香や花を捧げなさい。すなわち、零陵香、アーリカ(音写)、吉祥果、メリハティ(音写)、吉祥草、そして蓮華などを和合して供養し、心のままに適うようにしなさい。

行者は経を読诵する時、歩きながらでも座りながらでも思念することができる。ただし、寝る時だけは読诵してはならない。読诵が終わったら、常に六時にわたり功徳を思念し、心に間断なく、円満な成就を祈りなさい。


1 得勝師助伴速獲悉地分
3 分別數珠持心離障分

CBETA コード: T0896

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