十止世人情門
十止世人情門
指要行世。積有歲年。當途拒轍之流。數亦眾矣。或毀於舌表。或攻以筆端。而皆檐麻棄金。執礫謂寶。略援數四。用止人情。使汎學之曹。無猶預於兩岐之間也。齊曰。指要乃斥予稟法師所立之義耳。予師嘗立問於後學云。別教真如不隨緣。起信真如能隨緣。未審起信為別為圓。若別。文且相違。若圓。乖彼藏疏。此乃予師深病。後學不知。所以輒將今家四教。對彼宗之五教。既見藏疏判起信。正唯終教。亦兼於頓。乃謂與別教相符。遂將起信。以為別教。蓋不知宗師判教之意也。析曰。二十問中。責彼不解問意云云。又若謂安國定判別教無隨緣者。何故云藏疏非圓教耶。既非圓教。非別是何。豈彼隨緣四教不攝耶。況安國顯自不許藏疏談圓。子焉得苦執彼之隨緣。同今圓耶。祇知抑理順情。不覺違師背教也。玄曰。近有稟山家教者。不自務本。而強攀馬鳴宗教。謂無圓極之說。將他真如隨緣。成諸法義。曲作道理。抑入自宗。偏漸門內。便立別理。有隨緣義。意破馬鳴說不臻極。析曰。此都不知隨緣名義所出。致茲誑妄。其所立難。原始要終。純將此意。罵辱指要。而復全迷山家戶牖。謬自穿鑿。然彼破立之由。予知之矣。蓋被錢塘圓公。致書請之。乃人情所惑也。故書云。有四明法師某甲者。先達之高者也。嘗謂天台別理立隨緣之名。而鯨吞起信之義。有永嘉繼齊上人。後進之尤者也。謂彼為濫說耳。由是並形章藻。二說偕行。如矢石焉。杭諸宗匠。莫有評者。翻汝學徒。甚以為惑。乃至云。庶幾乎用為法之心。詳其得失。揮彌天之筆。定彼是非等。圓既作鯨吞起信之言。玄乃錯謂馬鳴被破之見。徒此狂簡。斐然成章。吾祖有言。傳法利人之功。不補非法毀人之失。加謀若是。果報何之。玄云。撲他還是自撲。頴曰。別教若有隨緣。自智者來諸師。皆不說者。為知而不說。為實無故不說。若知而不說。則聖師有隱覆之過。苟無故不說。今竪立之。莫有乖越聖師之過否。析曰。一家別理。與他宗隨緣之義。宛如符契。燦若星懸。那云宗師皆不說耶。若見別教無隨緣之名。便謂無隨緣之義者。何不責荊谿云。圓教無隨緣之名。安得立隨緣之義耶。此皆戲論。亦人情耳。頴曰。立徵決者。以代齊公。答二十問也。文義煩漫。不能具書。然彼學不師安。何足與議。但慜其無識。故錄以示之。有人問曰。何因緣起立此章文。述四教義。對諸經論。彼自答云。事不獲已。學徒苦問隨緣之義。深不願為。祇為去聖時遙。晚徒不曉宗旨。輒將祖教。作生滅斷常之見。悞累後生。謗法謗人。懺悔之門。其罪不滅等。析曰。此師立四教隨緣有無之義。略無一處小有可觀。但縱𮌎㦗。全違教理。如妄指覺義不是真如。謬用隨緣釋於被接。執別教生法唯在無明。判經論真妄全非了義。此等訛說。始末無殊。又却枉他謗法謗祖。凡有青眼。孰不寒心。噫知過者。如日月之既蝕。能無改乎。執愚者。猶菽麥之不分。難可移也。須循正輒。免墮邪途。顒俟見聞。俯為詳悉。
『指要』が世に行き渡ってから、すでに長い年月が経ちました。その間、道を塞ぎ車輪を阻むような人々も、数多く現れました。ある者は舌先で非難し、ある者は筆で攻撃しました。しかし彼らは皆、麻を担いで金を捨て、小石を握って宝だと言っているようなものです。ここでは数例を挙げて、人の心を留めることにします。広く学ぶ者たちが、二つの道の間に迷うことのないようにするためです。
斉という者が言いました。「『指要』は、私の師である稟法師が立てた教義を批判しているに過ぎない。私の師はかつて後学に対して問いを立てた。『別教の真如は縁に随わず、『起信論』の真如は縁に随うことができる。さて、『起信論』は別教なのか、円教なのか。もし別教ならば、経文と矛盾する。もし円教ならば、蔵疏の説に背く』。これは私の師が深く憂えたことであり、後学が知らないことである。そこで、今の家(天台宗)の四教を、彼の宗(華厳宗)の五教に対比させた。蔵疏が『起信論』を判釈して、正しくは終教であり、頓教も兼ねていると見たので、別教と符合すると言い、『起信論』を別教とした。これは宗師が教を判じる意図を知らないからである」
これを分析します。二十の問答の中で、彼らが問いの意図を理解していないことを責めています。また、もし安国が別教には随縁がないと断定したのなら、なぜ蔵疏が円教ではないと言うのでしょうか。円教でないなら、別教以外に何があるというのでしょうか。まさか彼の言う随縁が四教に含まれないということはないでしょう。ましてや安国自身が蔵疏が円教を説いていないことを明らかにしているのに、どうして苦しんで彼の随縁が今の円教と同じだと主張できるのでしょうか。ただ理を抑えて情に順うことを知っているだけで、師に背き教えに背いていることに気づいていないのです。
玄という者が言いました。「近ごろ、山家(天台山家)の教えを受けた者が、自らの根本を務めようとせず、無理に馬鳴の宗教(『起信論』)に頼り、円極の説がないと言い、彼の真如随縁が諸法を成ずるという教義を、道理を曲げて自宗に押し込み、偏った漸教の門の中で、別理に随縁の義があると立て、馬鳴の説が極致に達していないことを破ろうとしている」
これを分析します。これはまったく随縁という名と義の出所を知らないために、このような妄言を吐いているのです。彼の立てた難問は、始めから終わりまで、この意図で『指要』を罵り辱めているのに、かえって山家の門戸を完全に見失い、誤って自ら穿鑿しているのです。しかし、彼が破立する理由は、私にはわかっています。おそらく銭塘の円公から手紙で請われたため、人情に惑わされたのでしょう。その手紙にはこうあります。「四明の法師某甲は、先達の中でも高名な方である。かつて天台別理に随縁の名を立て、『起信論』の義を鯨呑したと言った。永嘉の継斉上人は、後進の中でも特に優れた方である。彼はそれを濫説だと言った。そこで両者が文章を並べて、二つの説が並び行き、矢や石のように激しく対立した。杭州の諸宗匠は、これを評する者もなく、かえって汝の学徒は、大いに惑っている。ついには、『法のために心を用い、その得失を詳らかにし、天を覆うほどの筆を揮って、その是非を定めよう』などと言った」
円がすでに「鯨呑起信」の言葉を作り、玄は誤って馬鳴が破られたという見解を持ち、ただこの狂った簡略さで、あたかも立派な文章を成したかのようにしています。我が祖師は言われました。「法を伝え人を利する功徳も、法を非とし人を毀る過失を補うことはできない」。謀り事がこのようであるなら、その果報はいずこに行くのでしょうか。玄は言います。「他人を打つのは結局自分を打つことになる」
頴という者が言いました。「別教に随縁があるなら、智者大師以来の諸師が皆、説かなかったのは、知っていて説かなかったのか、それとも実はなかったから説かなかったのか。もし知っていて説かなかったなら、聖師に隠蔽の過ちがある。もしなかったから説かなかったなら、今それを立てることは、聖師に背く過ちがないだろうか」
これを分析します。一家(天台宗)の別理と、他宗の随縁の義は、まるで符契が合うように、星が懸かるように明らかです。どうして宗師たちが皆、説かなかったなどと言えるのでしょうか。もし別教に随縁の名がないからといって、随縁の義がないと言うなら、なぜ荊谿を責めて、「円教に随縁の名がないのに、どうして随縁の義を立てることができるのか」と言わないのでしょうか。これらはすべて戯論であり、また人情に過ぎません。
頴は言います。「徴決を立てるのは、斉公に代わって、二十の問いに答えるためである。文義が煩雑で、すべてを書き記すことはできない。しかし彼の学は安国に師事していないので、議論するに足りない。ただその無識を哀れむので、ここに記して示す」
ある人が尋ねました。「どういう因縁でこの章文を立て、四教の義を述べ、諸経論に対比させたのですか」。彼自身が答えて言いました。「やむを得ないことである。学徒が苦しんで随縁の義を問うので、深く願わないが、ただ聖人の時代から遠く離れ、後の学徒が宗旨を理解せず、祖師の教えを生滅・断常の見解とし、後生を誤り累わせ、法を謗り人を謗り、懺悔の門もその罪を滅ぼすことができないからである」
これを分析します。この師が立てた四教随縁の有無の義は、少しも見るべきところがありません。ただ気ままに振る舞い、教理に完全に背いています。例えば、妄りに覚義を真如でないと指し、誤って随縁をもって被接を解釈し、別教の生法はただ無明にあると執し、経論の真妄を全く了義でないと判じるなど、このような誤った説は、始めから終わりまで変わりません。さらに、他を謗法謗祖と枉げています。青眼を持つ者なら、誰が寒心しないでしょうか。ああ、過ちを知る者は、蝕んだ月や太陽のように、改めないことがあろうか。愚を執する者は、豆と麦の区別もつかないように、動かすのが難しい。正しい道に従い、邪な道に堕ちることを免れよ。顔を上げて見聞を待ち、うつむいて詳細を知らせよ。
附法智遺編別理隨緣十門析難書卷(終)
附法智遺編別理随縁十門析難書巻
比丘宗峴贖教乘息錢開板
比丘の宗峴が、経典の借金を返済するために開版しました。