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  1. 華厳経合論 (華嚴經合論)
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華厳経合論 (華嚴經合論)


No. 223-A大周新譯大方廣佛華嚴經序
天𠕋金輪聖神皇帝製

天冊金輪聖神皇帝 御製

蓋聞造化權輿之首,天道未分;龜龍繫象之初,人文始著。雖萬八千歲同臨有截之區,七十二君詎識無邊之義?由是人迷四忍,輪迴於六趣之中;家纏五蓋,沒溺於三塗之下。及夫鷲巖西峙,象駕東驅,慧日法王超四大而高視,中天調御越十地以居尊。包括鐵圍,延促沙劫。其為體也,則不生不滅;其為相也,則無去無來。念處正勤,三十七品為其行;慈悲喜捨,四無量法運其心。方便之力難思,圓對之機多緒。混太空而為量,豈算數之能窮?入纖芥之微區,匪名言之可述。無得而稱者,其唯 大覺歟?朕曩劫殖因,叨承佛記。金僊降旨,大雲之偈先彰;玉扆披詳,寶雨之文後及。加以積善餘慶,俯集微躬,遂得地平天成,河清海晏。殊禎絕瑞,既日至而月書;貝葉靈文,亦時臻而歲洽。踰海越漠,獻賝之禮備焉;架險航深,重譯之詞罄矣。

そもそも天地創造の初めには、天道すらも分かれておらず、亀や龍の模様が示す卦象が現れて初めて、人間の文化が明らかになったという。しかし、一万八千年もの長きにわたり、限られた世界で人々が共に生きてきたとはいえ、七十二人の君主たちでさえ、無限の真理を理解することはできなかった。そのため、人々は四つの忍び(四忍)に迷い、六つの迷いの世界(六趣)を巡り続け、家庭では五つの煩悩(五蓋)に覆われて、三つの苦しい世界(三塗)に沈んでしまったのである。

やがて、霊鷲山が西方にそびえ立ち、仏教の教えが東方へと伝わり、智慧の太陽である法王が四大元素を超えて高みを見渡し、天の中心に立つ調御師が十地を越えて尊い地位に就かれた。その本体は生まれもせず滅びもしないもの、その姿は去ることも来ることもない。念・処・正勤などの三十七の修行法がその行いであり、慈・悲・喜・捨の四つの無量の心がその心を動かす。巧みな方便の力は思い計ることもできず、円満な対応の機微は数多くある。その量は大空と一体であり、どうして数字で測り尽くせるだろうか。細かな芥子の微細な世界にも入り込み、言葉や名で述べることはできない。そのすべてを得て称えることのできるものこそ、大覚(覚者)ではないだろうか。

朕(私)は遠い昔の因縁を積み重ね、恩恵を受け仏の予言を伝え聞いた。金仙(仏)からお告げがあり、大雲経の偈がまず現れた。そして玉座に座して詳しく披見すると、宝雨経の文が後に届いた。さらに善を積んだ余慶が、身に集まってきたおかげで、大地は平らかに天も整い、黄河は清く海も穏やかとなった。特別な吉兆や優れた瑞兆が毎日毎月のように現れ、貝葉に書かれた霊妙な経典も時とともに年に渡って届くようになった。海を越え砂漠を渡り、宝物を献じる礼が整い、険しい山を越え深い海を渡り、幾重にも訳された言葉が尽くされたのである。

大方廣佛華嚴經者,斯乃諸佛之密藏,如來之性海。視之者莫識其指歸,挹之者罕測其涯際。有學、無學,志絕窺覦;二乘、三乘,寧希聽受?最勝種智,莊嚴之跡既隆;普賢、文殊,願行之因斯滿。一句之內,包法界之無邊;一毫之中,置剎土而非隘。摩竭陀國,肇興妙會之緣;普光法堂,爰敷寂滅之理。緬惟奧義,譯在晉朝,時逾六代,年將四百。然一部之典,纔獲三萬餘言,唯啟半珠,未窺全寶。朕聞其梵本,先在于闐國中,遣使奉迎,近方至此。既覩百千之妙頌,乃披十萬之正文。粵以證聖元年,歲次乙未,月旅姑洗,朔惟戊申,以其十四日辛酉,於大徧空寺,親受筆削,敬譯斯文。遂得甘露流津,預夢庚申之夕;膏雨灑潤,後覃壬戌之辰。式開實相之門,還符一味之澤。以聖曆二年,歲次己亥,十月壬午朔,八日己丑,繕寫畢功。添性海之波瀾,廓法界之彊域。大乘頓教,普被於無窮;方廣真詮,遐該於有識。豈謂後五百歲,忽逢金口之言;娑婆境中,俄啟珠凾之祕。所冀闡揚沙界,宣暢塵區,竝兩曜而長懸,彌十方而永布。一窺寶偈,慶溢心靈;三復幽宗,喜盈身意。雖則無說無示,理符不二之門;然因言顯言,方闡大千之義。輒申鄙作,爰題序云:

「大方広仏華厳経」は、諸仏の密なる宝庫であり、如来の真実の本性の海である。これを観ようとしても、その指し示すところを識る者はおらず、汲もうとしても、その涯てしなさを測る者はまれである。有学も無学も、その奥義を窺い知ろうとする志は絶たれ、声聞・縁覚の二乗も、菩薩の三乗も、これを聴き受けることを望むことすらできない。最勝の種智が荘厳された跡はすでに隆々とし、普賢・文殊の願行の因はここに満ちる。一句の中に法界の無辺を包み、一毛端の中に無数の仏国土を収めても狭くはない。

摩竭陀国において、妙なる会座の縁が初めて興り、普光法堂において、寂滅の理が説かれた。ひそかにその奥義を思いやるに、訳は晋朝にあり、時は六代を超え、年は四百年に近い。しかし一部の経典は、ようやく三万余言を得たにすぎず、半片の宝珠を開いたのみで、全き宝をまだ見ていない。

朕はその梵本がもと于闐国にあると聞き、使いを派遣して奉迎させ、ようやくここに至った。千百の妙なる偈頌を目にし、十万の正文を披いた。ここに証聖元年(歳次乙未)、二月(姑洗の月)、朔日戊申、その十四日辛酉に、大遍空寺において、みずから筆削を受け、敬ってこの文を訳した。これにより甘露の流れが津となり、庚申の夕べに夢に先立って示され、膏雨が潤いを注ぎ、壬戌の辰に後に及んだ。実相の門を開き、一味の沢によくかなう。聖暦二年(歳次己亥)、十月壬午朔、八日己丑に、書き写し終えた。性海の波瀾を増し、法界の疆域を広げる。

大乗頓教は無窮に普く被さり、方広の真の教えは有識の者すべてに広く及ぶ。まさに後五百歳にして、忽然として金口の言葉に逢い、娑婆世界の中で、にわかに珠函の秘密が開かれたのである。願わくは、これを沙界に宣揚し、塵区に宣暢し、両つの日輪のように長く懸かり、十方に満ちて永く広がらんことを。ひとたび宝偈を窺えば、心霊に慶びが満ち、三たび幽かなる宗を繰り返せば、身意に喜びが溢れる。説くことも示すこともなく、理は不二の門にかなうが、言によって言を顕わし、ここに大千の義を開く。あえて拙い筆を弄し、ここに序を題す。


No. 223-B 大方廣佛華嚴經合論序

CBETA コード: X0223

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