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海龍王経 (佛說海龍王經)


十德六度品第十一

十の徳と六つの波羅蜜の章 第十一

於是王女及諸龍后、無善神、鳳凰神、山神、甜柔神后共讚佛已,一切同等皆發無上正真道意,脫身瓔珞,用散佛上。

そこで王女と諸々の龍の后、善神、鳳凰神、山神、甘美な柔らかな神の后たちは、共に仏を讃えた後、すべてが平等に無上の正しい悟りの心を起こし、身につけていた瓔珞を外して、仏の上に散らしました。

佛與眾俱降于大海,到其海城,詣海龍王莊嚴大殿,坐師子座。時諸菩薩及比丘眾,各各次坐其座。於時海龍王與中宮眷屬俱見佛坐已,手自斟酌,寂然飲食,無央數味供養佛及比丘僧。飲食畢訖,行澡水竟,坐佛前聽經,及諸天、龍、神、香音神、無善神、鳳凰神、山神、甜柔神、釋、梵、四天王及十方諸來會菩薩。

仏と多くの人々が共に海へ降り立ち、海の城に到着し、海龍王の荘厳なる大殿に赴き、獅子座に座られた。その時、諸菩薩や比丘たちは、それぞれ順に自分の座に着いた。その時、海龍王は中宮の眷属たちと共に、仏が座られたのを見ると、自ら手ずから酌を取り、静かに飲食を整え、数え切れないほどの味わいで仏と比丘僧に供養した。食事が終わり、水で手を清めた後、仏の前に座り、経を聞いた。また、諸天、龍、神、香音神、無善神、鳳凰神、山神、甜柔神、帝釈天、梵天、四天王、そして十方から集まった菩薩たちも同様であった。

於是佛見眾會坐定,從身放光,光名善度脫法柔和,悉照大海。諸居之類上、中、下品,普自見佛,歡喜踊躍,願樂聞法,各以恭敬遙稽首佛。爾時世尊告海龍王:「猗世間者,作若干緣,心行不同,罪福各異,以是之故所生殊別。龍王!且觀眾會及大海若干種類形貌不同,是諸形貌皆心所畫。又心無色而不可見,一切諸法誑詐如是,因或興相都無有主,隨其所作各各自受。譬如畫師本無造像,諸法如是而不可議,自然如幻化相,皆心所作。明者,見諸法因或興相,則當奉行諸善;德者,其解或相興成諸法、蔭種諸入,當歡喜悅,得好端正。龍王!具觀如來之身,以百千福而得合成,超於眾會普現巍巍,其百千德由得自在,而使梵、釋覆蔽不現。觀如來身,目不敢視,當其威光察諸大士,色身相好,莊嚴具足,皆以善德挍飾其體。」

そこで仏は、会衆が座を定めたのを見て、身体から光を放たれた。その光は「善き度脱、法の柔和」と名づけられ、大海をことごとく照らした。そこに住むあらゆる生き物たち──上品、中品、下品の別なく──は、みな仏を見て歓喜し、踊り上がって法を聞くことを願い、それぞれに恭敬の心をもって遠くから仏に礼拝した。

そのとき世尊は海龍王に告げられた。 「世間の者たちは、さまざまな縁によって、心の行いが異なり、罪と福もそれぞれ違う。それゆえに生まれる世界も別々なのである。龍王よ、ただ今この会衆と大海にいる数多くの種類の生き物たちを見よ。形や姿がそれぞれ違うだろう。これらの形姿は、すべて心が描き出したものなのだ。しかも心は色がなく、目に見えない。一切の諸法もまた、このように誑いであり、因や縁によって現れる相には、実は主となるものなどない。それぞれが行ったことに応じて、それぞれが受け取るのである。

たとえば絵師は、もともと像を造るものではない。諸法もまた、このように不可思議であって、自然と幻や化のごとく現れる相は、すべて心の所作なのである。明らかな者は、諸法が因や縁によって現れる相であると見れば、ただちに諸々の善を行じるべきである。徳ある者は、縁によって相が起こり諸法が成り、六入を覆う種々の働きが生じることを解すれば、歓喜し悦んで、よい端正な姿を得るであろう。

龍王よ、如来の身をよく観よ。百千の福によって得られ、合成されたものであり、会衆を超えて普く巍々と現れている。その百千の徳は自在を得たことによって、梵天や帝釈天をも覆い隠して見えなくする。如来の身を観るとき、目は敢えて直視することができない。その威光の中にあって、諸々の大士たちの色身の相好を観れば、荘厳はことごとく具足し、すべて善い徳によってその体が飾られている。」

佛語龍王:「仁所嚴淨皆因福成。諸釋、梵天、龍、鬼神、香音神、無善神、鳳凰神、山神、甜柔神,所有莊嚴皆因福生。今此大海若干種身,善惡大小、廣狹好醜、強羸細微,皆自從心而已獲之,為若干貌,悉身、口、意之所作為。是故,龍王!自護身行,救濟罪福,當作是學。汝等以護身行救濟罪福,奉行諸善,得成佛道,滅棄邪見,不住有常、無常之見,當求眾祐,已殖供養。因供養故,當為諸天、世人所敬!」

仏陀は龍王に語りかけました。「あなたが清らかに整えられたすべては、福徳によって成し遂げられたものです。諸々の帝釈天、梵天、龍、鬼神、香音神、無善神、鳳凰神、山神、甜柔神、彼らが持つすべての荘厳もまた、福徳から生まれたものです。今、この大海にいる様々な生き物たち――善悪、大小、広狭、美醜、強弱、細やかさ――これらはすべて、それぞれの心から生じ、自らが得たものであり、その多様な姿は、すべて身と口と意の行いが形作ったものです。ですから、龍王よ、自らの身の行いを守り、罪と福を救い導くことを学びなさい。あなた方が身の行いを守り、罪と福を救い、あらゆる善を実践するならば、仏道を成就し、邪見を滅ぼし、常も無常も執着せず、衆生を救う者を求め、供養の種を蒔くでしょう。供養のゆえに、諸天と世の人々から敬われることになるのです。」

佛語龍王:「菩薩有一法,皆斷一切惡趣眾難。何等為一?專察妙法,云何正諦?入於法樂,多觀善法,不聽諸惡眾邪之想。已斷惡法,奉行眾善。在在所生與佛、菩薩賢善性俱。」

仏陀は龍王に語られた:「菩薩には一つの法があり、それによって一切の悪しき境遇と衆難を断つことができる。その一つの法とは何か。それは妙なる法を専ら観察し、いかにして正しい真理に至るかを問い、法の喜びに入り、善き法を多く観想し、諸々の悪しき衆邪の想念に耳を貸さないことである。すでに悪法を断ち切り、多くの善を行じる。どのような生まれにおいても、仏や菩薩たちの賢く善なる性質と共にあるのである。」

佛言:「何等善事,已立德根天、人之安,不為聲聞、緣覺之本?立道本者,志無上正真道。何謂立本?謂行十事。何謂十?身不殺、盜、婬,口不妄言、兩舌、惡口、綺語,意不嫉、恚、癡,是謂立本。」

仏は言われた:「どのような善い行いが、天界や人間界における徳の根を築き、しかも声聞や縁覚の道の基礎ではなくなるのか。真の道の根本を築くとは、無上の正しい悟りを志すことである。では、根本を築くとは何か。それは十の行いを実践することである。その十とは何か。身体において殺生、盗み、淫らな行いをしないこと。言葉において嘘、二枚舌、悪口、無駄話をしないこと。心において嫉妬、怒り、愚かさを抱かないこと。これが根本を築くということである。」

佛語龍王:「人不殺生得十善寂法。何謂十?常施安隱於一切人,常樂慈心,斷瞋恨心,所生之處常無疾病,常種長命,為非人所護,臥安寤歡,未曾惡夢,不懷怨結,不畏惡趣,壽終之後得生安處。人不殺生得斯寂法,以不殺生善本之德,願志無上正真之道。若成佛時而得自在於壽命也。」

仏は龍王に言われた:「人が殺生をしないならば、十の善き寂静の法を得る。十とは何か。常に一切の人々に安らぎを施し、常に慈しみの心を喜び、怒り恨む心を断ち、生まれるところでは常に病なく、常に長命の種をまき、非人(人間ならざる者)に護られ、眠りも安らかに目覚めも喜びに満ち、かつて悪夢を見ず、怨みの結びつきを抱かず、悪しき世界を畏れず、寿命が尽きた後には安らかなる処に生まれる。人が殺生をしないならば、この寂静の法を得る。殺生をしないという善き根本の徳をもって、無上正真の道を志し願うならば、もし仏と成る時には寿命において自在を得るであろう。」

佛告龍王:「人不盜竊得五信法。何等五?得大富,無有縣官、水火、盜賊、怨家、惡子能竊取者,眾所愛敬,到處寂然,所至無難,患畏永除。以不取之福、志存慧施,殖眾德本,志願無上正真之道,以依如來無見之慧,成最正覺使立神通。」

仏陀は龍王に告げられた:「人が盗みをしなければ、五つの信じられる法を得る。どのような五つか。大いなる富を得る。役人による没収や、水難・火災、盗賊、恨みを持つ者、悪しき子らに奪われることがない。人々から愛され敬われる。行くところ静かで安らかである。至るところで困難に遭わない。恐れや憂いは永遠に取り除かれる。盗まないという福徳によって、智慧の施しを志し、多くの徳の根本を培い、無上の正真の道を志願し、如来の見ることのない智慧に依って、最上の正覚を成し、神通力を確立するのである。」

佛語龍王:「人不犯邪婬,得四明智所歎之德。何等四?攝護諸根,離諸調戲,一切世間悉共稱歎。已離邪婬,無敢輕眄其妻室者。以是德本,志願無上正真之道,得大人相馬陰之藏。」

仏陀は龍王に言われた:「人が邪淫を犯さなければ、四つのすぐれた知恵に称賛される徳を得ることができる。その四つとは何か。諸々の感覚器官を守り、軽薄なふるまいを離れ、すべての世間の人々から共に称賛されること。すでに邪淫を離れた者は、その妻室を軽んじて見る者もいなくなる。この徳の根本をもって、無上正真の道を志し願い、大人相である馬陰蔵を得るのである。」

佛語龍王:「人不妄語,諸天、世人以八法歎。何謂八?得面清淨;語言中當一切世人所見任信;自成其證,天人所敬;心懷至誠而無邪想;心意清淨而無諛諂;多所歡悅,無患厭者;能受禁誨,無有麁言;生天上、人間,獨見任信,無有疑者。以至誠言善德之本,志願無上正真之道,因此所行常得至誠。」

仏陀は龍王に語られた:「人が妄語をせずにいれば、諸天と世人は八つの徳をもってその人を称える。その八つとは何か。顔つきが清らかになること。言葉はすべての世の人々から信頼され、見解も認められること。自らその証しを成し、天と人から敬われること。心には至誠を抱き、邪な思いがないこと。心は清浄で、へつらいやごまかしがないこと。多くの喜びを得て、憂いや嫌悪に悩まされないこと。戒めや教えを受け入れ、粗野な言葉を使わないこと。天上や人間界に生まれ、唯一の信頼を得て、疑われることがないこと。至誠の言葉は善き徳の根本であり、無上の正真の道を志し願う。この行いによって、常に至誠を得ることができる。」

佛語龍王:「人不兩舌,得五不別離。何等五?身不別離,無散亂者;眷屬不散,不傲他人;得信無壞,見於緣報;他無壞法,以行為要;得親友和,用無欺故。以是德本求最正覺,得成如來眷屬無亂,一切眾魔及與怨敵終不能壞如來眷屬。」

仏は龍王に言われた。「人が二枚舌を使わなければ、五つの別離しない福を得る。その五つとは何か。一つには、身が離散せず、心乱れることがない。二つには、眷属が離散せず、他人を軽んじることがない。三つには、信頼が損なわれず、縁起の道理を見て報いを知る。四つには、他者の法を損なわず、行いを重んじることを要とする。五つには、親しい友と和合し、欺くことがないゆえに。このような徳の根本をもって最上の正覚を求めれば、如来の眷属として乱れることなく、一切の魔や怨敵もついに如来の眷属を損なうことができない。」

佛語龍王:「人不惡口,得八清淨言辭之報,壽終之後得生天上。何等八?所說如諦,所言柔軟,所言如應,所言和順,所言能受,所言光曜,所言眾人莫不承樂,所言眾所不譏。因是德本,志願無上正真之道,得成如來音聲超梵。」

仏陀は龍王に言われました。 「人が悪口を言わなければ、八つの清らかな言葉の報いを得て、命終わった後には天上に生まれ変わることができます。その八つとは何でしょうか。 一、語ることが真実にかなっている。 二、語る言葉が柔らかい。 三、語ることが時と場にふさわしい。 四、語ることが調和している。 五、語ることが受け入れられる。 六、語る言葉に光り輝く徳がある。 七、語ることが人々の喜びとなり、誰もが受け入れる。 八、語ることが誰からも非難されない。 このような徳の根本によって、無上正真の道を志し願い、如来の音声が梵天を超える境地に至ることができるのです。」

佛語龍王:「人不綺語,得三正行。何等為三?常為眾明諸等敬愛;心常專一,入于至誠;不以多言,於天上、人間常得大尊,不為雜碎。以是德本,志願無上正真之道,為佛所授決,得成如來所言無異。」

仏は龍王に言われた。「人が綺語を弄さなければ、三つの正しい行いを得る。その三つとは何か。常に多くの知恵ある者から敬愛されること。心が常に専一で、至誠の境地に入ること。多くを語らずとも、天上界でも人間界でも常に大いなる尊厳を得て、雑多なものに染まらないこと。この徳の根本をもって、無上正真の道を志し願えば、仏より授記を受け、如来の言葉と異なることなく成就するであろう。」

佛語龍王:「人不嫉妬,得五威神。何等五?身、口、意明,諸根具足;得極財富而以自恣;降伏諸冤,樂於飲食、美味生活之業;福德巍巍,為諸國王所見恭敬,而蒙覆蓋;如己所有微妙之寶,致差特家功德宿本,不嫉他財。因是德本,志願無上正真之道,成等世尊,三界所奉。」

仏陀は龍王に言われた:「人が嫉妬しなければ、五つの威神を得る。その五つとは何か。身と口と意が清らかであり、諸根が具足する。極めて豊かな財富を得て、思いのままに用いることができる。諸々の怨敵を降伏させ、飲食や美味を楽しみ、生活の営みに満足する。福徳が高くそびえ、諸国の王たちから敬われ、守られる。あたかも自らの所有する微妙な宝のように、優れた家柄の功徳を宿し、他人の財を嫉まない。この徳の根本によって、無上正真の道を志し、世尊となり、三界から奉られるのである。」

佛語龍王:「人不瞋恚,得八心歡喜法。何等為八?無害樂諦,滅除瞋恚;樂於誠實,心不樂諍;心樂質直,安祥而和;等於聖賢,常懷慈心;愍傷具足見人安悅,端正殊好眾人所敬,生於梵天不以為難,心以方便哀和之故,是為八。因是八德本,志願無上正真道意,得為如來至真等正覺觀無厭者。」

仏が龍王に言われた:「人が怒りを抱かなければ、八つの心の歓喜を得る。その八つとは何か。害を与えず真理を楽しみ、怒りを消し去る。誠実を喜び、争いを好まない。素直な心を楽しみ、穏やかで和やかである。聖賢と等しく、常に慈しみの心を抱く。人々の安らぎを喜び、端正で美しく、多くの人から敬われる。梵天に生まれることも難しくなく、心に方便と哀れみの和らぎがある。これが八つである。この八つの徳を根本として、無上の正しい道を志し願うならば、如来・至真・等正覚となり、観ることに飽きることのない者となるであろう。」

佛語龍王:「人不邪見,得十法德。何等十?志性真實,得人善友;信善惡之報;若已沒命,不傷犯人;念行佛道,心無有異;不事天神,志懷質朴;捨於諛諂神呪之術;與諸天人以為朋友,不與地獄、餓鬼、畜生而作伴侶;與眾特異功德巍巍聖道為上;離於邪見,離於貪身,離於惡見;都無罣礙,於聖平等,須臾之間生天上、人間。是為十德法,已離邪見得本,志願無上正真之道,近得諸佛道法,速逮神通,成為如來。」

仏は龍王に仰せになった。「人が邪見を離れれば、十の功徳を得る。その十とは何か。心が真実となり、善き友を得る。善悪の報いを信じる。たとえ命を落とすことがあっても、人を傷つけず、犯さない。仏道を行じる思いに、心に異なることがない。天の神々に仕えず、質朴な心を抱く。へつらいや呪術を捨てる。諸天の人々と友となり、地獄・餓鬼・畜生の伴侶とはならない。衆生と異なる功徳高く、聖なる道を第一とする。邪見を離れ、貪る身を離れ、悪しき見解を離れる。すべてのわだかまりがなくなり、聖なる平等の境地に達し、瞬く間に天上や人間界に生まれる。これが十の功徳の法である。すでに邪見を離れ、本願の無上正真の道を得て、諸仏の道法に近づき、速やかに神通を得て、如来となることができる。」

佛語龍王:「菩薩離於殺生而行布施,常得大富、長壽、無極行、菩薩道,一切外怨莫能當者。已離盜竊而布施者,既饒財寶,人不敢取,行菩薩道無能妨廢,合聚一切功德之法。離於邪婬而布施者,後常大富,妻無逸態,在於人間無敢犯者,其家女人而不色視。離於妄語而布施者,常大富有,不被誹謗,以下劣人皆蒙擁護,行菩薩道言行相應,所願堅強。離於兩舌而布施者,常大富有,眷屬不別,行菩薩道則得菩薩一切眷屬質直等性。已離惡口而布施者,常大富有,所言人受,行菩薩道入於眾會莫不欣樂。離於綺語而布施者,常大富有,所言輒行,行菩薩道斷一切疑。離於嫉妬而布施者,常大富有,喜好、衣食、床臥具足,行菩薩道已所喜者,而以加施得大尊豪。離瞋恚心而布施者,常大富有,威耀端正,所言說者眾人愛樂,行菩薩道心無加害,諸根具足。離於邪見而布施者,常大富有,立於正見,生於族姓,值佛、世尊,行菩薩道不離諸佛,常得聞法,發菩薩心。」

仏は龍王に仰せになった。 「菩薩が殺生を離れて布施を行えば、常に大いなる富と長寿を得、限りない行いと菩薩の道を歩み、一切の外敵も抗うことができない。 盗みを離れて布施を行えば、財宝に恵まれ、人々は敢えて奪おうとせず、菩薩の道を歩むにあたり妨げられることなく、一切の功徳の法を集めることができる。 邪淫を離れて布施を行えば、後世に常に大富を得、妻はみだらな振る舞いをせず、世にあって犯す者もなく、その家の女性たちは色欲の目で見られることがない。 妄語を離れて布施を行えば、常に大富を得、誹謗されることなく、身分の低い人々も皆その庇護を受け、菩薩の道を歩むにあたり言行が一致し、願いは堅固となる。 両舌を離れて布施を行えば、常に大富を得、眷属は離散せず、菩薩の道を歩むならば菩薩の一切の眷属の質直で平等なる性質を得る。 悪口を離れて布施を行えば、常に大富を得、語る言葉は人々に受け入れられ、菩薩の道を歩み衆会に入れば、誰もが喜び楽しむ。 綺語を離れて布施を行えば、常に大富を得、語ったことは即ち行われる。菩薩の道を歩むにあたり一切の疑いを断つ。 嫉妬を離れて布施を行えば、常に大富を得、好ましい衣食や寝具に満ち足り、菩薩の道を歩むにあたり、自らが喜ぶものを施すことで大いなる尊貴と豪勢を得る。 瞋恚の心を離れて布施を行えば、常に大富を得、威厳に満ち端正であり、語る言葉は人々に愛され喜ばれ、菩薩の道を歩むにあたり心に害を加えることなく、諸根が具足する。 邪見を離れて布施を行えば、常に大富を得、正見に立ち、良き家系に生まれ、仏・世尊に値遇する。菩薩の道を歩むにあたり諸仏から離れず、常に法を聞き、菩薩の心を発すことができる。」

佛語龍王:「是謂十善布施,莊嚴廣大乃爾!此十善行,以戒莊嚴,以自具願,得諸佛法;以忍莊嚴,諸相種好,成佛音聲;以精進莊嚴,降伏魔怨,以佛道法有所超度;以禪莊嚴,心意所趣而以清淨;以智慧莊嚴,除諸枉見;行慈莊嚴,當以仁和,不害眾生;行哀莊嚴,不捨黎庶;行喜莊嚴,無懈厭心;行護莊嚴,得無所著,斷諸疑結;行恩莊嚴,勸化群萌;行意止莊嚴,止身諸痛痒,心法具足;行意斷莊嚴,斷諸惡法,具足善德;神足莊嚴,神足輕舉;五根莊嚴,堅固其行,以上精進而無放逸,以心修治除諸塵勞;五力莊嚴,以質直心降化眾怨;覺意莊嚴,曉了諸法,如本所由;八路莊嚴,懷來正慧;寂然莊嚴,滅除一切諸垢塵勞;以觀莊嚴,觀諸法本,審諦悉無;善權莊嚴,有數無數、有為無為,具足安隱。」

仏は龍王に語りました。「これが十の善なる布施であり、その荘厳さは広大でこのようなものなのです。この十の善行は、戒律によって荘厳され、自らの願いを具えて、諸仏の法を得ます。忍耐によって荘厳され、諸々の相と種々の優れた特徴を備え、仏の音声を成します。精進によって荘厳され、魔の怨敵を降伏させ、仏の道と法によって超度を得ます。禅定によって荘厳され、心の向かうところが清浄となります。智慧によって荘厳され、あらゆる誤った見解を除きます。慈しみの行いによって荘厳され、仁愛と調和をもって、衆生を害しません。哀れみの行いによって荘厳され、民衆を見捨てません。喜びの行いによって荘厳され、怠りや厭う心がありません。護る行いによって荘厳され、何にも執着せず、あらゆる疑いの結び目を断ち切ります。恩恵の行いによって荘厳され、多くの人々を教化し導きます。意を止める行いによって荘厳され、身体のあらゆる痛みやかゆみを止め、心の法を具足します。意を断つ行いによって荘厳され、あらゆる悪い法を断ち、善い徳を具足します。神足によって荘厳され、軽やかに飛翔します。五根によって荘厳され、その行いを堅固にし、精進を重ねて放逸せず、心を修治してあらゆる煩悩の労苦を除きます。五力によって荘厳され、質直な心をもって多くの怨敵を降伏させ教化します。覚りの意によって荘厳され、諸法を明らかに知り、その本来の由来を悟ります。八つの道によって荘厳され、正しい智慧を抱きます。寂然によって荘厳され、あらゆる垢と煩悩の労苦を滅除します。観察によって荘厳され、諸法の根本を観て、審らかに全てが空であることを知ります。善巧方便によって荘厳され、有数も無数も、有為も無為も、全て安らぎと平安を具足します。」

佛語龍王:「取要言之,十善之德,具足十力、四無所畏,成諸佛法。以具足之故,於是十善之德,廣普莊嚴,常當精進。譬如郡國、縣邑、村落、丘聚、百穀、藥草、樹木、華果種殖刈穫,皆因地立;十善之德,天上、人間皆依因之。若學、不學及得果證、住緣覺道、菩薩道行、諸佛道法,皆由從之。」

仏が龍王に語られた:「要約して言えば、十善の徳は、十力と四無畏を具え、諸仏の法を成す。これが具足しているがゆえに、この十善の徳は広く普遍的に荘厳され、常に精進すべきである。たとえば、郡や国、県や邑、村落や丘の集落、百穀や薬草、樹木や花の果実が植えられ刈り取られるのは、すべて大地に依って立つように、十善の徳は天上や人間界においても、すべてそれに依るのである。学ぶ者も学ばぬ者も、果証を得る者も、縁覚の道に住する者も、菩薩の道を行じる者も、諸仏の道法も、すべてこれに従って生じるのである。」

於是海龍王白世尊曰:「何謂入法門菩薩所行?入法門者,除於宿世陰蓋之罪。已除陰蓋,得至超異。」

そこで海龍王が世尊に申し上げました。「何を法門に入る菩薩の行いと言いますか。法門に入るとは、過去世からの覆いとなる罪を除くことです。覆いとなる罪を除いたならば、すぐれた境地に至ることができます。」

佛語龍王:「菩薩有一法除諸罪蓋。何等一?立於擁護,不捨所說,悔過首罪。復有二法除諸罪蓋。何等二?常觀淨法,不造現在。復有三法除諸罪蓋。何等三?入因緣慧,具足悅心,依本淨法了知本無。復有四法除諸罪蓋。何等四?曉了於空,不住無想,趣於無願,慧無所造。復有五法除諸罪蓋。何等五?無我、無人、無壽、無命、無識。復有六法除諸罪蓋。何等六?歡喜篤信,而無狐疑,往返進止,觀察審諦,所作至誠,不失正信;是為六法除諸罪蓋。」

仏陀は龍王に語られた:「菩薩には、あらゆる罪の覆いを除く一つの法がある。それは何か。守護に立って、説かれたことを捨てず、過ちを悔いて罪を初めから断つことである。

さらに、罪の覆いを除く二つの法がある。それは何か。常に清らかな法を観じ、現在に造らずにいることである。

さらに、罪の覆いを除く三つの法がある。それは何か。因縁の智慧に入り、喜びの心を具え、本来清らかな法に依って、本来無いことを了知することである。

さらに、罪の覆いを除く四つの法がある。それは何か。空を明らかに知り、無想に住まず、無願に向かい、智慧は何も造らないことである。

さらに、罪の覆いを除く五つの法がある。それは何か。我無く、人無く、寿無く、命無く、識無しである。

さらに、罪の覆いを除く六つの法がある。それは何か。喜びをもって篤く信じ、疑いを抱かず、行き来し進み止まり、観察して審らかに諦め、行うところ誠実で、正しい信仰を失わないことである。これが罪の覆いを除く六つの法である。」

龍王白佛:「何謂菩薩得至超異?」

龍王が仏に申し上げました:「菩薩が並外れた境地に至るとは、どういうことでしょうか?」

世尊曰:「菩薩有十事得至超異。何等十?常念歡悅;心性清淨;善權方便;堅強精進;觀察人物,行無極哀;修德無厭,博聞不惓;奉無放逸;念於道場;令得佛慧;不捨道心。是為十事,菩薩所行得至超異。」

世尊は仰せになった。「菩薩が十の行いを実践すれば、特別な境地に至ることができる。その十とは何か。常に喜びを心に抱き、心の本性を清らかに保つこと。巧みな手段を用いて衆生を導くこと。揺るぎない努力を続け、人々のありようを深く観察し、限りない慈しみの行いを実践すること。徳を積むことに飽きず、広く教えを聞いて倦むことなく、怠け心を捨てて修行に励むこと。悟りの場を心に留め、仏の智慧を得ることを目指し、菩提心を決して捨てないこと。これが十の行いであり、菩薩が実践することで特別な境地に至るのである。」


10 請佛品(三)
12 燕居阿須倫受決品(三)

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