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title: "金光明最勝王經 · 25 長者子流水品(九)"
description: "金光明最勝王經是大乘佛教重要经典之一由唐代高僧義淨法师于公元703年翻译并传入中国该经阐述护国利民思想强调金光明忏法的功德力内容包含如来寿量品菩萨行品及四天王护国品等核心教义被誉为护国三经之一在汉传佛教中具有崇高地位对佛教哲学仪轨及民间信仰影响深远是研究中国佛教史的关键文献"
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### 金光明最勝王經長者子流水品第二十五

> 第二十五章　流水長者子の品

爾時，佛告菩提樹神：「善女天！爾時長者子流水，於往昔時，在天自在光王國內，療諸眾生所有病苦，令得平復，受安隱樂。時諸眾生以病除故，多修福業，廣行惠施，以自歡娛。即共往詣長者子所，咸生尊敬，作如是言：『善哉！善哉！大長者子！善能滋長福德之事，增益我等安隱壽命，仁今實是大力醫王慈悲菩薩，妙閑醫藥，善療眾生無量病苦。』如是稱歎周遍城邑。

> そこで仏は菩提樹神に告げられた。「善女天よ。その昔、流水長者子は天自在光王の国において、すべての生きとし生けるものの病の苦しみを癒し、彼らを元の健康な状態に戻し、安らかな幸せを与えました。その時、人々は病が治ったことによって、多くの善い行いを積み、惜しみなく施しを行い、自ら楽しみ喜びました。そして皆で長者子の元を訪れ、深い尊敬の念を抱いて、こう言いました。『素晴らしい、素晴らしい。大長者子よ。あなたは見事に福徳の行いを育て、私たちの安心した寿命を増し加えてくださいました。あなたこそ、まこと大いなる力を持つ医王、慈悲深い菩薩です。見事に薬と医術に通じ、生きとし生けるものの計り知れない病の苦しみをよく癒してくださいます。』このような称賛の声は、国中に広がりました。」

「善女天！時長者子妻名水肩藏，有其二子，一名水滿；二名水藏。是時流水將其二子，漸次遊行城邑聚落，過空澤中深險之處，見諸禽獸豺狼狐玃鵰鷲之屬食血肉者，皆悉奔飛一向而去。時長者子作如是念：『此諸禽獸何因緣故，一向飛走？我當隨後暫往觀之。』即便隨去，見有大池，名曰野生，其水將盡，於此池中多有眾魚。流水見已，生大悲心。時有樹神示現半身，作如是語：『善哉！善哉！善男子！汝有實義名流水者，可愍此魚，應與其水。有二因緣，名為流水：一能流水，二能與水。汝今應當隨名而作。』是時流水問樹神言：『此魚頭數為有幾何？』樹神答曰：『數滿十千。』

> 「善女天よ。その時、長者の子の妻の名は水肩蔵といい、彼女には二人の子がいた。一人は水満、もう一人は水蔵といった。この流水は、二人の子を連れて、町や村を巡り歩きながら、荒野の中の深く険しい場所を通りかかった。すると、肉を食べる獣や豺狼、狐、大猿、禿鷹などの鳥たちが、皆一斉に同じ方向へ飛び去っていくのを見た。長者の子はこう思った。『この獣や鳥たちは、どんな理由で一斉に走り去るのか。私は後に従って、ちょっと見に行ってみよう。』そしてすぐに後を追うと、そこには大池があり、名を野生といった。その水はもうすぐ涸れようとしており、この池の中にはたくさんの魚がいた。流水はそれを見て、大いなる慈悲の心を起こした。その時、樹の神が半身を現して、こう言った。『よきかな、よきかな。善男子よ。あなたは“流水”という実にふさわしい名を持つ者だ。この魚たちを哀れんで、水を与えるべきだ。“流水”という名には二つの意味がある。一つは水を流すこと、二つ目は水を与えることだ。あなたは今、名の通りに行動しなさい。』そこで流水は樹の神に尋ねた。『この魚の数はどれほどですか？』樹の神は答えた。『数はちょうど一万です。』」

「善女天！時長者子聞是數已，倍益悲心。時此大池為日所曝，餘水無幾，是十千魚將入死門，旋身婉轉，見是長者心有所悕，隨逐瞻視，目未曾捨。時長者子，見是事已，馳趣四方，欲覓於水，竟不能得。復望一邊見有大樹，即便昇上折取枝葉為作蔭涼。復更推求，是池中水從何處來？尋覓不已，見一大河，名曰水生，時此河邊有諸漁人為取魚故，於河上流懸險之處，決棄其水，不令下過，於所決處，卒難修補。便作是念：『此崖深峻，設百千人，時經三月亦未能斷，況我一身而堪濟辦？』時長者子速還本城，至大王所，頭面禮足，却住一面，合掌恭敬作如是言：『我為大王國土人民，治種種病，悉令安隱，漸次遊行至其空澤，見有一池，名曰野生，其水欲涸，有十千魚為日所曝，將死不久，惟願大王慈悲愍念，與二十大象暫往負水，濟彼魚命，如我與諸病人壽命。』爾時大王即勅大臣，速疾與此醫王大象。時彼大臣，奉王勅已，白長者子：『善哉大士！仁今自可至象廐中，隨意選取二十大象，利益眾生，令得安樂。』是時流水及其二子，將二十大象，又從酒家多借皮囊，往決水處，以囊盛水，象負至池，瀉置池中，水即彌滿，還復如故。

> 「善女天よ。その時、長者の子はこれを聞いて、ますます悲しみの心を深めました。その大きな池は日に照りつけられ、残った水はわずかで、一万匹の魚は死の淵に臨み、体をくねらせて、長者の子を見て何かを願うように、彼を追い、じっと見つめ、決して目を離しませんでした。長者の子はこれを見て、急いで四方を駆け回り、水を探しましたが見つかりません。次に大きな木を見つけ、それに登って枝葉を折り、魚たちのために日陰を作りました。さらに水の源を探し求めると、水生という名の大河を見つけました。その川辺には漁師たちがおり、魚を捕るために、川の上流の険しい場所で水をせき止め、下流に流れないようにしていました。その決壊場所はすぐには修復できそうにありません。長者の子は思いました。『この崖は高く険しく、百人や千人が三月かかっても修復は難しいだろう。ましてや私一人でどうしてできようか。』長者の子は急いで都に戻り、王のところへ行き、頭を王の足につけて礼をし、片隅に控えて、合掌して敬意を表し、こう言いました。『私は大王の国と臣民のために様々な病を治し、皆を安らかにしてきました。旅を続けてある空き野原に着き、野生という池を見つけましたが、水は干上がりかけ、一万匹の魚が日に照らされて死にかけています。どうか大王、慈悲深くお思いやりください。二十頭の象をお貸しくだされば、急いで水を運び、彼らの命を救えます。それは私が病人たちに命を与えるのと同じことです。』その時、王は大臣に命じました。『すぐにこの医王に象を与えよ。』大臣は王の命を受けて、長者の子に言いました。『善きかな、大士よ。あなたご自身で象舎に行き、お好きな二十頭の象をお選びください。それで衆生を利益し、安楽を得させてください。』この時、流水とその二人の子は、二十頭の象を連れ、さらに酒屋からたくさんの皮袋を借り、水をせき止めた場所へ行き、袋に水を満たし、象に運ばせて池に注ぎ込みました。水は満ち溢れ、池は以前のように戻りました。」

「善女天！時長者子，於池四邊周旋而視，時彼眾魚亦復隨逐循岸而行。時長者子復作是念：『眾魚何故隨我而行？必為飢火之所惱逼，復欲從我求索於食，我今當與。』爾時長者子流水告其子言：『汝取一象最大力者，速至家中啟父長者，家中所有可食之物，乃至父母食噉之分，及以妻子奴婢之分，悉皆收取，即可持來。』爾時二子受父教已，乘最大象速往家中，至祖父所，說如上事。收取家中可食之物，置於象上，疾還父所，至彼池邊。是時流水見其子來，身心喜躍，遂取餅食遍散池中，魚得食已，悉皆飽足。便作是念：『我今施食令魚得命，願於來世當施法食充濟無邊。』復更思惟：『我先曾於空閑林處，見一苾芻讀大乘經，說十二緣生甚深法要。又經中說：「若有眾生臨命終時，得聞寶髻如來名者，即生天上。」我今當為是十千魚演說甚深十二緣起，亦當稱說寶髻佛名。然贍部洲有二種人，一者、深信大乘，二者、不信毀呰，亦當為彼增長信心。』時長者子作如是念：『我入池中，可為眾魚說深妙法。』作是念已，即便入水唱言：『南謨過去寶髻如來、應、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊。此佛往昔修菩薩行時，作是誓願：「於十方界所有眾生，臨命終時聞我名者，命終之後，得生三十三天。」』爾時流水復為池魚演說如是甚深妙法：『此有故彼有，此生故彼生，所謂無明緣行，行緣識，識緣名色，名色緣六處，六處緣觸，觸緣受，受緣愛，愛緣取，取緣有，有緣生，生緣老死憂悲苦惱。此滅故彼滅，所謂無明滅則行滅，行滅則識滅，識滅則名色滅，名色滅則六處滅，六處滅則觸滅，觸滅則受滅，受滅則愛滅，愛滅則取滅，取滅則有滅，有滅則生滅，生滅則老死滅，老死滅則憂悲苦惱滅，如是純極苦蘊悉皆除滅。』說是法已，復為宣說十二緣起相應陀羅尼曰：

> 「善女天よ。その時、長者の子は池のほとりを巡り歩いて見回しました。すると、池の魚たちもまた、岸に沿って彼の後を追いかけながら泳ぎました。そこで長者の子は思いました。『なぜ魚たちは私についてくるのだろうか？きっと飢えの炎に苦しめられて、私に食べ物を求めているに違いない。今こそ与えよう。』 そこで長者の子、流水は息子たちに言いました。『お前たちは、最も力の強い象を一頭連れて、すぐに家に帰り、父である長者に伝えなさい。家の中にある食べられるもの、私たち父母が食べる分も、妻や子や召使いの分もすべて集めて、ここに持って来なさい。』 二人の息子は父の教えを受け、最も力の強い象に乗ってすぐに家に帰り、祖父のもとへ行き、上記の事情を話しました。そして家中の食べられるものを集めて象に乗せ、急いで父のいる池のほとりへ戻りました。 流水は息子たちが来るのを見ると、心と体が喜びに踊り、すぐに餅や食べ物を池の中に広くまき散らしました。魚たちは食べ物を得て、皆が満腹しました。 そこで流水はこう思いました。『私は今、食べ物を施して魚たちの命を救った。どうか未来世においては、法の食べ物を施し、限りない命を救済したい。』さらに考えました。『私は以前、閑静な林の中で、一人の比丘が大乗経典を読誦し、十二縁生という非常に深い法の要諦を説くのを聞いた。また経典には「もし命終わりの時に宝髻如来の名を聞く众生は、即ち天上に生まれる」と説かれていた。今、私はこの一万の魚のために、深い十二縁起を説き、また宝髻仏の名を唱えよう。しかし閻浮提には二種の人がいる。一つは大乗を深く信じる者、もう一つは信じず誹謗する者だ。彼らにも信心を増長させるべきである。』 長者の子はこう考えました。『池の中に入って、魚たちに深く妙なる法を説こう。』そう思って水の中に入り、声高に唱えました。『南無、過去の宝髻如来、応供、正等覚、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊。この仏は昔、菩薩行を修めていた時、こう誓われました。「十方の世界のすべての众生が、命終わる時に我が名を聞けば、命終わった後、三十三天に生まれる」と。』 その時、流水はさらに池の魚たちに、このように深く妙なる法を説きました。 『これがあるから、あれがある。これが生じるから、あれが生じる。すなわち、 無明を縁として行があり、 行を縁として識があり、 識を縁として名色があり、 名色を縁として六処があり、 六処を縁として触があり、 触を縁として受があり、 受を縁として愛があり、 愛を縁として取があり、 取を縁として有があり、 有を縁として生があり、 生を縁として老・死・憂・悲・苦・悩がある。 これが滅するから、あれが滅する。すなわち、 無明が滅すれば行が滅し、 行が滅すれば識が滅し、 識が滅すれば名色が滅し、 名色が滅すれば六処が滅し、 六処が滅すれば触が滅し、 触が滅すれば受が滅し、 受が滅すれば愛が滅し、 愛が滅すれば取が滅し、 取が滅すれば有が滅し、 有が滅すれば生が滅し、 生が滅すれば老・死が滅し、 老・死が滅すれば憂・悲・苦・悩が滅する。 このようにして、この純粋なる苦の集まりはすべて除かれ滅する。』 この法を説いた後、さらに十二縁起に対応する陀羅尼を説きました。

「『怛姪他　毘折儞　毘折儞　毘折儞　僧塞枳儞　僧塞枳儞　僧塞枳儞　毘爾儞毘爾儞　毘爾儞莎訶　怛姪他　那弭儞那弭儞　那弭儞　殺雉儞　殺雉儞　殺雉儞颯鉢哩設儞颯鉢哩設儞　颯鉢哩設儞莎訶　怛姪他薜達儞薜達儞薜達儞窒里瑟儞儞　窒里瑟儞儞　窒里瑟儞儞鄔波地儞　鄔波地儞　鄔波地儞　莎訶怛姪他　婆毘儞婆毘儞　婆毘儞　闍底儞　闍底儞　闍底儞　闍摩儞儞　闍摩儞儞　闍摩儞儞莎訶』」

> 「タ・ニャ・タ。ビシャネ、ビシャネ、ビシャネ。ソウ・サク・ネ、ソウ・サク・ネ、ソウ・サク・ネ。ビニェ、ビニェ、ビニェ。ソワカ。 タ・ニャ・タ。ナミネ、ナミネ、ナミネ。サチネ、サチネ、サチネ。サッ・パリ・シャネ、サッ・パリ・シャネ、サッ・パリ・シャネ。ソワカ。 タ・ニャ・タ。ビャ・ダネ、ビャ・ダネ、ビャ・ダネ。チリ・セ・ネ、チリ・セ・ネ、チリ・セ・ネ。ウ・パ・デ・ネ、ウ・パ・デ・ネ、ウ・パ・デ・ネ。ソワカ。 タ・ニャ・タ。バ・ビネ、バ・ビネ、バ・ビネ。ジャチネ、ジャチネ、ジャチネ。ジャママネ、ジャママネ、ジャママネ。ソワカ。」

爾時，世尊為諸大眾說長者子昔緣之時，諸人天眾歎未曾有。時四大天王各於其處，異口同音作如是說：

> その時、世尊が\[長者子の過去の因縁\]について大衆に説かれると、人々や天の人々は「このような話はかつて聞いたことがない」と感嘆しました。 すると、四天王がそれぞれの場所で、口をそろえて次のように言いました。

「善哉釋迦尊， 說妙法明呪；生福除眾惡， 十二支相應。我等亦說呪， 擁護如是法。若有生違逆， 不善隨順者，頭破作七分， 猶如蘭香梢。我等於佛前， 共說其呪曰：

> 「尊い釈迦如来よ、 素晴らしい法と明らかな呪いを説いてくださり、 幸いを生み、あらゆる悪を取り除く—— それは十二の因縁にかなうものです。 私たちもまた呪いを唱え、 そのような法を守り支えましょう。 もしこの教えに背き、従わない者がいるなら、 その頭は七つに砕け散り、 まるでジャスミンの花の先端のように（散ってしまえ）。 私たちは仏の前で、共にその呪いを唱えます：」

「怛姪他　呬里謎　揭睇健　陀哩　旃荼哩地囇　騷伐囇　石呬伐囇　補囉布囇矩矩末底　崎囉末底　達地目契窶嚕婆　母嚕婆　具荼母嚕健提　杜嚕杜嚕毘囇醫泥悉悉泥沓徒洽，下同婫達沓婫鄔悉怛哩　烏率吒囉伐底　頞剌娑伐底鉢杜摩伐底　俱蘇摩伐底　莎訶」

> タギャタ。ヒリメイ、ケイタイオン、タリ、センダイチ・タリ、ソウバリ、セキバイリ、ホロフリ、ククマカイ、キラマカイ、タイジモクケイロバ、ムロバ、グタイモルケイティ、トゥロ・トゥロ・ビリ、イニ・セイセイニ・ターム（タッコウ、下同）、コンタ・ターム、ウシッタリ、ウサイチャラバチ、アラソバチ、ハツドゥモバチ、クスマバチ、ソワカ。

佛告善女天：「爾時長者子流水及其二子，為彼池魚施水施食，并說法已，俱共還家。是長者子流水，復於後時因有聚會，設眾伎樂，醉酒而臥。時十千魚同時命過，生三十三天，起如是念：『我等以何善業因緣生此天中？』便相謂曰：『我等先於贍部洲內，墮傍生中，共受魚身，長者子流水施我等水及以餅食，復為我等說甚深法十二緣起及陀羅尼，復稱寶髻如來名號，以是因緣，能令我等得生此天。是故我今咸應詣彼長者子所，報恩供養。』爾時十千天子即於天沒，至贍部洲大醫王所。時長者子在高樓上安隱而睡，時十千天子共以十千真珠瓔珞置其面邊，復以十千置其足處，復以十千置於右脇，復以十千置左脇邊，雨曼陀羅花、摩訶曼陀羅花，積至于膝，光明普照，種種天樂出妙音聲，令贍部洲有睡眠者皆悉覺悟，長者子流水亦從睡寤。是時十千天子為供養已，即於空中飛騰而去，於天自在光王國內，處處皆雨天妙蓮花，是諸天子復至本處，空澤池中雨眾天花，便於此沒，還天宮殿，隨意自在，受五欲樂。

「天自在光王至天曉已，問諸大臣：『昨夜何緣忽現如是希有瑞相，放大光明？』大臣答言：『大王當知！有諸天眾於長者子流水家中，雨四十千真珠瓔珞及天曼陀羅花，積至于膝。』王告臣曰：『詣長者家，喚取其子。』大臣受勅，即至其家，奉宣王命，喚長者子。時長者子即至王所。王曰：『何緣昨夜示現如是希有瑞相？』長者子言：『如我思惟，定應是彼池內眾魚，如經所說，命終之後得生三十三天，彼來報恩，故現如是希奇之相。』王曰：『何以得知？』流水答言：『王可遣使，并我二子，往彼池所驗其虛實，彼十千魚為死為活？』王聞是語，即便遣使及子向彼池邊，見其池中多有曼陀羅花，積成大聚，諸魚並死，見已馳還為王廣說。王聞是已，心生歡喜，歎未曾有。」

爾時，佛告菩提樹神：「善女天！汝今當知昔時長者子流水者，即我身是；持水長者即妙幢是；彼之二子，長子水滿即銀幢是，次子水藏即銀光是；彼天自在光王者，即汝菩提樹神是；十千魚者即十千天子是。因我往昔以水濟魚，與食令飽，為說甚深十二緣起，并此相應陀羅尼呪，又為稱彼寶髻佛名，因此善根得生天上，今來我所，歡喜聽法。我皆當為授於阿耨多羅三藐三菩提記，說其名號。善女天！如我往昔於生死中，輪迴諸有，廣為利益，今無量眾生悉令次第成無上覺，與其授記，汝等皆應勤求出離，勿為放逸。」

爾時大眾聞說是已，悉皆悟解，由大慈悲救護一切，勤修苦行，方能證獲無上菩提，咸發深心，信受歡喜。

## 金光明最勝王經卷第九