大方廣佛華嚴經隨疏演義序
大方廣佛華嚴經随疏演義序
唐清涼山大華嚴寺沙門澄觀述
唐の清涼山大華嚴寺の沙門澄観の述
至聖垂誥、鏡一心之玄極,大士弘闡、燭微言之幽致,雖忘懷於詮旨之域,而浩瀚於文義之海,蓋欲寄象繫之迹,窮無盡之趣矣。斯經文理不可得而稱也,晉譯幽祕,賢首頗得其門;唐翻靈編,後哲未窺其奧。澄觀不揆膚受,輒闡玄微,偶溢九州、遐飛四海,講者盈百,咸扣余曰:「大教趣深,疏文致遠。親承旨訓,髣髴近宗。垂範千古,慮惑高悟。希垂再剖,得覩光輝。」順斯雅懷,再此條理,名為隨疏演義。昔人云:「人在則易,人亡則難。」今為解釋,冀遐方終古得若面會。然繁則倦於章句、簡則昧其源流,顧此才難,有慚折中,意夫後學其辭不枝矣。
至聖が垂れた教えは、一心の玄妙な極みを映し出し、大士が広く説き明かした言葉は、微細な真理の奥深い趣を照らし出す。たとえ言葉や意味の領域を超えて心を無にするといっても、その教えは文と義の海のように広がり続ける。それは、形や言葉という手がかりに託して、尽きることのない趣を究めようとしたからにはかならない。
この経典の文理は、言葉で言い表すことができないほどである。晋代の翻訳は奥深く秘められており、賢首(法蔵)はその門をよく得ていた。唐代の翻訳である霊妙な編纂物は、後の学者たちがまだその奥義を覗いていない。
私は澄観であるが、浅学でも顧みずに、あえてこの玄微を説き明かそうとした。偶然にも九州に広まり、遠く四海にまで飛び伝わった。講じる者は百人を超え、皆が私に問うて言った。「大いなる教えの趣は深く、疏の文は遠大です。親しく御指導を賜り、ようやく大綱に近づきました。千古に範を示すものとして、深い悟りの妨げとなることを案じます。どうか再び御解説をいただき、その光輝を目の当たりにしたいのです。」
この雅な願いに従い、再び整理を施し、名づけて「随疏演義」とする。古人が言った。「人が生きている間は易しく、亡き後は難しい」と。今、ここに解釈を加えることで、遠い地の後の世の人々が、永久に直接会って教えを受けるかのようにできることを願う。
ただし、詳しくしすぎれば章句に倦み、簡潔にしすぎれば源流が曖昧になる。この才の足りなさを思うと、折衷の道にも恥じるところがあるが、後の学び手の言葉が枝葉に流れないことを願ってやまない。