統論也者,統而論之,以余之疎淺,不能句釋而字訓之,故特言其槩爾。或問何者謂之金剛?佛性是也。又問何者謂之佛性?如如是也。佛性如如,是我真經,而亘天亘地,亘古亘今,不可得而變,不可得而壞也,故曰金剛經。余嘗覽金剛經,乃知釋迦如來之所為作也。其言婉而微,其意疊而複,惟冀以發明佛性之如如不變不壞之實義也。豈非老婆心切,欲以盡滅度無量無數無邊眾生,以共荷擔此如來也。後世之釋之者甚眾,惟有六祖直指,乃得金剛經實義。餘或剿拾套語,以為證據,而使釋迦如來之秘旨,反晦而不明,故為撰著金剛經統論。
総論とは、全体をまとめて論じるものであり、私の浅学さをもってしては、一字一句を解釈し訓読することはできません。ですから、あえてその大枠を述べるに留めます。ある人が問う、「何を金剛というのか」と。それは仏性です。また問う、「何を仏性というのか」と。それは如如です。仏性の如如こそが、私にとっての真の経典であり、天地を貫き、古今を貫いて、変えることも壊すこともできないものです。ゆえに『金剛経』というのです。私はかつて『金剛経』を読み、釈迦如来がこれを説かれた所以を知りました。その言葉は穏やかで奥深く、その意味は重層的で複雑であり、ただ仏性の如如にして不変不壊なる真実の意義を明らかにしようとされているのです。まさに老婆心切、無量無数無辺の衆生を尽く滅度し、共にこの如来の担い手となることを願われたのではないでしょうか。後世の解釈者は非常に多いですが、ただ六祖の直指のみが、『金剛経』の真実の意義を得ています。他の多くは、決まり文句を寄せ集めて証拠とし、かえって釈迦如来の秘めた真意を曖昧にしてしまっています。ゆえに、この『金剛経統論』を著すことにしたのです。
三教主人龍江兆恩
三教の主、龍江の兆恩。