師資
師弟関係
師
先生。
模範也。周禮師氏注云。教以道之稱也○指歸曰。自具福行。有化他之相○周禮云。為人之長。訓物之規名師長○寶積論云。師長者。若能助益長秀聖者○律云。和尚於弟子。當生兒想。弟子於和尚。當如父想。又稱師父(白虎通云父矩也。以法教子故)。師有二種。一親教師。即是依之出家。授經剃髮之者。毘柰耶。亦云。親教二依止師即是依之稟受三藏學者(但是依學一切事業乃至一日皆得稱師)○五百問云。臨壇諸僧。皆得呼為師否。答無此理。不從受法。盡不得稱師。
師匠の定義について。
『周礼』の師氏の注には「教え導くという意味である」とある。 『指帰』には「自ら福行を具え、他者を教化する相がある」と述べられている。 『周礼』には「人の長となり、物事を教え導く規範となる者を師長という」とある。 『宝積論』には「師長とは、聖なる者を助け育て伸ばすことができる者をいう」とある。 『律』には「和尚は弟子に対して、わが子のように思うべきであり、弟子は和尚に対して、わが父のように思うべきである」とあり、さらに「師父」とも呼ばれる(『白虎通』には「父とは規範のことである。法をもって子を教えるからである」とある)。
師には二種類ある。第一に親教師(和上)である。これに依って出家し、経典を授けられ、髪を剃る者である。毘奈耶(律蔵)にも「親教(親しく教える者)」とある。第二に依止師(阿闍梨)である。これに依って三蔵の学問を学び受ける者である(ただし、学ぶ一切の行いについて、たとえ一日であっても師と呼ぶことができる)。
『五百問』には「戒壇に臨む僧たちは、皆を師と呼ぶことができるか」と問い、答えには「そのような道理はない。教えを受けたのでなければ、すべて師とは呼べない」とある。
和尚
お坊さま
指歸云。郁波弟耶。此云常近此受持○(發正)記云。優婆陀訶此云依學○毘奈耶云。鄔波陀耶。此云親教由能教離出世業故。稱受業和尚○什法師云。梵語和尚此名力生○舍利弗問經云。夫出家者。捨其父母生死之家。入法門中。受微妙法。蓋師之力。生長法身。出功德財。養智慧命。功莫大焉○薩婆多律攝云。有二鄔波陀耶一初與出家二為受近圓(此即壇上和尚也四分云同和尚)○毘婆沙論云。和尚有四種。一有法無衣食二有衣食無法。三有法有衣食。四無法無衣食。
指帰によれば、郁波弟耶(ウパディヤーヤ)とは「常に近くにあってこれを受け持つ」という意味である。 ○ 発正記によれば、優婆陀訶(ウパダカ)とは「学びに依る」という意味である。 ○ 毘奈耶によれば、鄔波陀耶(ウパディヤーヤ)とは「親しく教える」という意味であり、世間を超えた修行へ導くことから、業を受け継ぐ和尚と称する。 ○ 什法師によれば、梵語の和尚とは「力を生む」という意味である。 ○ 舎利弗問経にはこうある。「出家する者は、父母の生死の家を捨て、法の門に入り、微妙な法を受ける。それは師の力によるものであり、法の身を育て、功徳の財を生み出し、智慧の命を養う。その功績はこの上なく大きい。」と。 ○ 薩婆多律摂によれば、二種の鄔波陀耶がいる。一つは最初に出家させる者、もう一つは具足戒(近円)を与える者である(これはすなわち壇上の和尚であり、四分律では同和尚という)。 ○ 毘婆沙論によれば、和尚には四種類ある。第一に、教えはあるが衣食の施しがない者。第二に、衣食はあるが教えがない者。第三に、教えも衣食もある者。第四に、教えも衣食もない者。
師問來出家者
師が来て出家を求める者に問う。
僧祇律云。新欲出家者。不得便說樂事。應說一食一住。少食少飲。多覺少眠。應問彼言汝能否。或答能。方可受之。
『僧祇律』にはこうある。新たに出家を望む者には、いきなり出家の喜びばかりを伝えてはならない。まずは、一食のみで暮らすこと、一つの場所に留まること、食べ物や飲み物は質素にすること、そして目覚めている時間が長く、眠りは少なくなることなど、厳しい現実を伝えよ。「あなたにそれができますか」と問い、その人が「できます」と答えたならば、はじめて受け入れるがよい。
律不許度者
律に従って出家を許されない者
僧祇律云。有年八十九十太老七十。臥起須人。俱不聽度○五分律云。一切殘疾惡狀貌毀辱。佛法者皆不得度聖朝有編勅違礙者為師宜慎之。
『僧祇律』にはこうあります。 「年が八十、九十、あるいは七十を超えて極度に老い、寝起きにも人の助けが必要な者は、出家させることを許さない。」
『五分律』にはこうあります。 「あらゆる身体障害や醜い容姿、仏法を辱めるような者は、決して出家させてはならない。」
また、我が国の王朝(聖朝)には、これに反する出家を禁じる勅令が編まれています。戒師たる者は、よくよく慎むべきです。
以貌擇師
見た目で師匠を選んではいけません。
律云。時跋難陀在眾。儀貌昂藏。舍利弗形容短小。有外道欲出家。竊作是念。此小比丘智慧尚爾。況堂堂者乎乃投跋難陀出家受戒後問師經律論。悉不能通。外道却言佛法淺近。嫌諸比丘。反歸本道。
律にはこう記されています。ある時、跋難陀が僧侶の集まりの中にいました。跋難陀は体が大きく立派な姿をしていましたが、舎利弗は背が低く小柄な体格でした。そこへ一人の外道が出家を志してやって来て、ひそかにこう考えました。「この小柄な比丘でさえあれほど智慧があるのだから、ましてやあの堂々とした立派な姿の方ならなおさらであろう。」そこで、その外道は跋難陀のもとを頼って出家し、戒を受けました。ところが後に師に経・律・論を尋ねても、跋難陀はどれ一つとして十分に理解していませんでした。そこで外道は「仏法なんて浅はかなものだ」と言い、比丘たちを軽んじて、元の外道の道に戻ってしまったということです。
資
指歸云。資者取法。助發已身行解故○伯陽云。不善人善人之資。
資(もと)とは、善い教えを受け取って、自分の修行や悟りを助けるもののことです。 ◆老子(伯陽)も言っています。「善くない人は、善い人の資(材料・道具)となる」と。
小師
寄歸傳云。鐸曷攞唐言小師(受戒十夏已前。西天皆彌小師)。毘柰耶云。難陀比丘呼十七眾比丘為小師(此蓋輕呼之也)。亦通沙門之謙稱也。昔高僧名僧導。為沙彌時。叡法師見而異之問曰。君於佛法且欲何為導。對曰。願為法師作都講。叡語曰。君當為萬人法主。豈可對揚小師乎。
『寄帰伝』にいう。「ティロータラは、唐の言葉で小師という(戒を受けてから十年以内の者を、インドではみな小師と呼ぶ)」。『毘奈耶』にいう。「難陀比丘が十七衆の比丘を小師と呼んだ(これは軽んじて呼んだものである)」。これは沙門の謙遜した呼び方にも通じる。昔、高僧の名僧導が沙弥であった時、叡法師がこれを見て異とし、「君は仏法において、いったい何を志すのか」と問うた。導が答えて「願わくは法師の都講となりたい」と言った。叡法師は言った。「君はまさに万人の法主となるべきである。どうして小師として対揚することができようか」。
弟子
求法傳云。梵云室灑。此云所教。舊云弟子○南山鈔云。學在我後。名之弟。解從我生。名之子。即因學者以父兄事師。得稱弟子。又云徒弟。謂門徒弟子略之也(司馬彪曰徒弟子也)。
度惡弟子
優婆塞戒經云。寧受惡戒一日中斷無量命根。終不畜養弊惡弟子。不能調伏。何以故。是惡律儀殃齊(去聲)自身。畜惡弟子。不能教誨。乃令無量人作惡。能謗無量善妙之法○菩薩善戒經云。度惡弟子。則破壞法故名魔弟子。計此罪愆得不慎之。
師資相攝
師。以財法定惠。自攝攝他。住持不失資。以供養諫諍。亦是相攝○南山鈔云。佛法增益廣大。實由師資相攝互相敦遇。財法兩濟日益業深行久德固皆賴矣。比真教陵遲。惠風掩扇。俗懷悔慢。道出非法。並由師無率誘之心。資闕奉行之志。二彼相捨。妄流鄙境。欲令道光。焉可得乎(舉要言之)。
師念弟子
僧祇律云。師。應作是念。當使因我度故。修諸善法。得其道果○長阿含經云。師長以五事視弟子。一順法調御二誨其未聞。三隨其所聞令善義解。四示其善友。五盡已所知誨授不悋○莊嚴論云。一度令出家。二與其受戒。三禁斷諸惡。四攝持以財。五教授以法。
弟子事師
攝大乘論云。始終承奉不相離異名事○四分律云。弟子看和尚當具四心。一親愛。二敬順。三畏難。四尊重侍養承接。如臣子之事君父。如是展轉相敬重瞻視能令正法久住。增益廣大○尸迦越經云。弟子事師有五事。一當敬難之。二當知其恩。三所教隨之。四思念不厭。五當從後稱譽○長阿含經云。夫為弟子當以五事敬事師長。一給侍所須。二禮敬供養。三尊重戴仰。四師教誨敬順無違。五從師聞法善持不忘○毘奈耶第三十五卷。佛為高勝比丘說事師法。略云。凡為弟子於師主處常懷恭敬。有畏懼心。不為名聞不求利養。當須早起親問師之四大安隱。起居輕利除小便器。每於半月觀曬床蓆若不依師得越法罪(好廣知者自檢讀之)○毘奈耶云。弟子門人纔見師時即須起立若見親教即捨依止(言見親教捨依止者謂弟子在一處侍稟學師次忽受業師來即捨稟受來侍立受業師左右也)。
教訶弟子
菩薩善戒經云為師不能教訶弟子。則破佛法當墮地獄○毘奈耶云。弟子有五事。方可教訶。一不信。二懈怠。三惡口。四情無羞恥。五近惡知識。佛言但五法有一。皆須教訶。比丘問佛。如何教訶。有五法。一不共語。二不教授。三不同受用。四遮其善事不與依止。五不與同房。
童子
智度論云。梵語鳩摩羅伽。秦言童子○寄歸傳云。白衣詣苾芻所。專誦佛典。求落髮。號童子。西天出家國無制止但投師允可即和僧剃髮即無童子行者之屬今經中呼文殊善財寶積月光等諸大菩薩為童子者。即非稚齒。如智論云。如文殊師利十力四無所畏等。悉具佛事故住鳩摩羅伽地。又云若菩薩從初發心斷婬欲。乃至菩提是名童子。今就此方釋之釋名曰兒。年十五曰童。童獨也。自七歲止十五皆稱童子。謂太和未散故。
度小兒緣起
僧祇律云。佛住舍衛國。阿難有一知識。合門疫死。唯有一小兒在。阿難行過。小兒隨後喚。阿難不聞。為世人譏云。沙門他有強親。今見孤遺不顧。小兒隨入祇園。阿難白佛。此小兒得度否。佛言汝作何心度。答慈愍心。佛言得度(度此小兒。亦不作童子。便剃髮號。驅鳥沙彌)。
行者
善見律云。有善男子。欲求出家。未得衣鉢。欲依寺中住者名。畔頭波羅沙(未見譯語)今詳。若此方行者也。經中。多呼修行人。為行者。行是所修二種行也。者即五蘊假者。是能修行之人也。凡十六歲已上。應呼行者。謂男生八歲毀齒。十六陽氣全。以其有意樂信忍。修淨梵行故。自晉時已有此人。如東林遠大師下有辟蛇行者。
善見律に云く、善男子ありて、出家を願うも、まだ衣や鉢を得ておらず、寺院に住まわせてもらいたい者を「畔頭波羅沙」と言う。 (訳語未詳) 今詳らかにするに、これはこの国の「行者」のようなものである。経典の中では、修行する人を「行者」と呼ぶことが多い。「行」とは、修行する二種の行を指し、「者」とは五蘊によって仮に立てられた存在であり、修行を行う人を指す。おおむね十六歳以上の者を行者と呼ぶ。なぜなら、男子は八歳で乳歯が抜け変わり、十六歳で陽気が充実し、意楽・信・忍を持って清らかな修行(梵行)を行おうとするからである。晋の時代にはすでにこのような人がおり、例えば東林の遠大師の下には、蛇を退ける「辟蛇行者」がいた。