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禅門宝蔵録 (禪門寶藏錄)


No. 1276-A禪門寶藏錄序

禅門宝蔵録 序

羗夫我迦文老人。禪燈點迦葉之心。教海瀉阿難之口。則禪之與教。異日噵也決矣。而職教者。聞教外別傳之說。則面青眼白。云惡是何言歟。噫。人我之大。一至於斯也。故走慨然賈勇。不揆蠡測管窺。而以三門質之。三門者何。混濫者禪教也。故上之卷。立禪教對辨門。毀謗者諸講也。故中之卷。立諸講歸伏門。流通者君臣也。故下之卷。立君臣崇信門。此三門所引。皆古重言也。非臆說也。非臆說則人信之者儻有焉。目之為禪門寶藏云。海東沙門內願堂真靜大禪師天頙蒙旦序。至元三十年癸巳十一月日也。

そもそも、我らが釈迦牟尼仏は、禅の灯火を迦葉の心にともし、教えの大海を阿難の口から溢れさせた。それゆえ、禅と教えとは、本来は異なる道であると決まっている。しかし、教えを専門とする者たちは、「教えの外に別に伝わるものがある」という説を聞くと、顔色を青ざめ、目を白黒させて、「なんという言葉だ!」と非難する。ああ、人々の我執が、ここまで大きくなってしまったのか。そこで、私は勇気を奮い起こし、浅はかな見識を顧みず、三つの門を立てて問いただすことにした。三つの門とは何か。

第一に、禅と教えが混同され乱れている。それゆえ上巻には、「禅教対弁門」を立てる。 第二に、諸々の講師たちが誹謗している。それゆえ中巻には、「諸講帰伏門」を立てる。 第三に、教えを広めるのは君主と臣下である。それゆえ下巻には、「君臣崇信門」を立てる。

この三つの門で引用するものは、すべて古くからの重い言葉であり、私の勝手な説ではない。勝手な説でなければ、人々が信じてくれることもあるだろう。これを「禅門宝蔵」と名付ける。

海東の沙門、内願堂真静大禅師 天頙 蒙旦 序す。 至元三十年癸巳十一月の日なり。


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