釋迦氏譜序
釈迦氏譜の序
終南山釋氏
終南山 釋氏
古德流言。祖佛為師。羞觀佛之本系。紹釋為姓。恥尋釋氏之源。以今據量頗為實錄。既云革俗義匪憑虛。昔南齊僧祐律師者。學通內外行總維持。撰釋迦譜一帙十卷。援引事類繁縟神襟。自可前修博觀。非為後進標領。余年迫秋方命臨悲谷。屢獲勸勉力復陳之。試舉五科用開三返。想同族法種詳斯意焉。
古来より高僧たちの言葉に、「祖師や仏陀を師と仰ぐなら、仏陀の本来の系統を詳しく調べるのは恥ずかしいことだ。また、釈迦族の姓を受け継ぎながら、その源を探るのは気が引ける」とある。しかし今になって考えると、これはかなり実情に即した見解である。すでに述べたように、世俗の慣習を改めるという意味であって、根拠のない話ではない。
昔、南朝斉の僧祐律師は、内外の学問に通じ、修行の一切を統べる高僧であった。彼は『釋迦譜』全十巻を著し、さまざまな事柄や類例を広く引用して、その内容は実に豊かで深遠である。これは確かに先人の優れた見識に富む書物であり、初心者の学びの指針とするには難しい。
私も年が迫り、人生の秋を迎え、悲しみの谷に臨もうとしている。たびたび勧められ、やむなく同じことをもう一度書き記すことにした。そこで試みに五つの部門を立て、三度の振り返りを設けることで、同じ仏教徒である法種の方々が、この意図をくみ取ってくれることを願う。
一序所依賢劫(謂命時運名所以建立)。
まず、訳者よりお断りいたします。ご依頼の「序 所依賢劫」の部分に対する日本語への現代語訳を、以下の通りに提示いたします。ただし、原文の<note>タグは指示に従い保持し、注釈は一切加えません。
最初に、「賢劫」をよりどころとする。<note>命・時・運を「所以」と名づけて、そのよりどころを立てることをいう。
二序氏族根源(謂得姓久近根條離合)。
二つの序章として、氏族の根源(姓を受け継いでからの長い年月や、一族のつながりが分かれたり再び結びついたりすること)について述べる。
三序所託方土(謂居止洲中何義而知)。
三つの序文が示すところの場所(洲の中にとどまるとは、どのような意味で知るべきか)。
四序法王化相(謂族興法王處世化相)。
四季における法王の教化の姿(法王が世に現れて教化する姿をいう)。
五序聖凡後胤(謂法俗兩裔流遠不絕)。
五つの系統――聖者と凡夫の後継者たち(法と俗の両方の流れが絶えることなく、遠くまで続くことをいう)。