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title: "沙彌律儀要略增註 · 衣鉢名相第二十四"
description: "沙彌律儀要略增註由清代高僧弘贊律師註解。該書以明末蓮池大師輯錄的《沙彌律儀要略》為基礎進行深入註釋闡發。內容涵蓋沙彌應持的十戒二十四威儀等行持規範，並詳細解釋其制戒緣起與實踐細則。本書是漢傳佛教僧伽教育的重要律學典籍，系統總結了沙彌行為準則，為新出家者提供了權威的修行指南，在佛教戒律傳承中具有不可替代的地位，至今仍是寺院培養僧才的核心教材。"
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### △衣鉢名相第二十四

五條衣。梵語安陀會。此云中宿衣。

> 五条衣。サンスクリット語では「アンタルヴァーサカ」といい、これは「中宿衣」と訳されます。

謂近身住也。

> 近くに身を置くことです。

亦云下衣。

> また下衣とも言います。

謂三衣中。此為最下著者。

> 三衣の中で、これは最も下に着るものです。

亦云雜作衣。

> また、雑作衣とも言います。

謂院內作諸勞務時著也。

> 院內での様々な労務を行う際に着用するものです。

凡寺中執勞服役。路途出入往還。當著此衣。

> 寺院で働き、道中を往復するときは、この衣を着用すべきです。

作法長短。詳如大律。

> 作法の長短については、詳しくは大律に示されています。

搭衣偈云。善哉解脫服。無上福田衣。我今頂戴受。世世不捨離。唵。悉陀耶。娑婆訶。

> 善きかな、解脱の衣。 無上の福田衣。 今、我、頂き受けん。 世々に捨て離れじ。 オーム、シッダヤ、スヴァーハー。

此偈。上二句出名義。下二句是發願。以因招果故。唵下字是呪密語。非名言可能釋也。然三衣名義眾多。或名忍辱鎧。謂能降伏眾魔故。亦名蓮花服。不為欲泥污染故。亦名救龍衣。龍得一縷。不為金翅鳥所食故。今名解脫服。以生死煩惱由斯解脫故。又名福田衣。由能生眾善故。無上者。謂此衣具如上功能。天上天下。乃至九十六種外道之服。無能上於此衣者。故三世如來。皆著此衣而成道果也。餘義此不繁錄。

> この偈は、上二句で名義を述べ、下二句で発願を示しています。因によって果を招くからです。 「唵」の下の字は呪の密語であり、言葉では解釈できません。 ただし、三衣の名義は数多くあります。 忍辱鎧とも呼ばれ、衆魔を降伏させるからです。 また蓮華服とも呼ばれ、欲の泥に染まらないからです。 救龍衣とも呼ばれ、龍が一縷を得れば、金翅鳥に食われることがないからです。 今は解脱服と呼ばれ、生死の煩悩がこれによって解脱するからです。 また福田衣とも呼ばれ、多くの善を生じさせるからです。 「無上」とは、この衣が上記のような機能を備え、天上天下、さらには九十六種の外道の衣も、この衣に及ばないことを意味します。 だから三世の如来は皆、この衣を着て道果を成就したのです。 その他の意味については、ここでは詳しく記しません。

七條衣。梵語󳬂多羅僧。此云上著衣。

> 七条衣。サンスクリット語では「サンガーティ」といい、これは「上に着る衣」という意味です。

謂於常所服者。此在其上也。

> 常に身に着けているもの。これはその上にある。

亦名入眾衣。

> また、衆中衣とも呼ばれます。

謂入眾僧中時著也。

> 僧伽の中に入る時、これを着用します。

凡禮佛修懺誦經坐禪。赴齋聽講。布薩自恣。當著此衣。

> お坊さんがお勤めをするとき、例えば 仏さまにお参りするとき、 懺悔の行をするとき、 お経を読むとき、 座禅をするとき、 食事の供養を受けるとき、 お説法を聞くとき、 布薩や自恣の儀式を行うとき、 この衣を着用しなさい。

布薩。此云長淨。自恣謂自身有過。恣任僧舉也。

> 布薩（ふさつ）。これは「長く清らかにする」という意味です。自恣（じし）とは、自身に過ちがあることを認め、僧侶たちに自由に指摘してもらうことです。

搭衣偈云。善哉解脫服。無上福田衣。我今頂戴受。世世常得披。唵。度波度波娑婆訶。

> 衣を着る偈に云う。 善きかな、解脱の衣。 無上の福田の衣。 我、今、頂き受け戴く。 世々に常に披くことを得ん。 オン。ドバ　ドバ　ソワカ。

戒壇經云。五條衣斷貪身也。七條衣斷瞋口也。大衣斷癡心也。故華嚴經云。著袈裟者。捨離三毒也。佛告阿難。過去諸佛弟子。著如是衣。未來諸佛弟子。亦著是衣。如我今日。以刀截成沙門衣。不為怨賊所劫。此是解脫服。福田之衣。若有眾生起一惡心。向三世諸佛。辟支羅漢。及著染衣人。獲罪無量。所以者何。壞色之衣。是賢聖標式。若能發心敬染衣人。獲福難量。我由信心敬戴之至。故得成佛。高僧傳云。唐貞觀五年。安養寺。慧光法師弟子。其母貧窶。內無小衣。來入子房。取故袈裟作之而著。與諸鄰婦同聚言笑。忽覺脚熱漸上至腰。須臾雷震。擲鄰婦百步之外。土泥兩耳。悶絕經日。方得甦醒。所用衣者。遂被震死。火燒焦踡。題上背曰。由用法衣不如法也。其子收殯。又再震出。乃露骸林下。方終消散。是知受持法服。惠及三歸之龍。信不虗矣。又有一山居僧。在深巖宿。以衣障前。有異神來。形極可畏。伸臂內探。欲取宿者。畏觸袈裟。礙不得入。遂得免脫。如是眾相。難可具述。

> 『戒壇経』にはこう説かれています。 「五条衣は貪りの身を断ち、 七条衣は瞋りの口を断ち、 大衣は癡の心を断つ」 それゆえ『華厳経』には、 「袈裟を着る者は、三毒を捨て離れる」 とあります。 仏が阿難に告げられました。 「過去の諸仏の弟子たちもこのような衣を着てきた。 未来の諸仏の弟子たちもまた、この衣を着るであろう。 私が今日、刀で断ち切って沙門の衣としたように、 これは怨みや賊に奪われることのない、 解脱の衣であり、福田の衣である。 もし衆生が、三世の諸仏や辟支仏、羅漢、 そして染衣（袈裟）を着る者に対して、 一つの悪心を起こすならば、その罪は量り知れない。 なぜなら、この壊色の衣は、賢聖の標し、その形だからである。 もし心を発して染衣を着る者を敬うならば、 その福もまた量り難い。 私は信心をもってこれを敬い戴くこと極まり、 ついに仏となることができた」 『高僧伝』には、このようなことが記されています。 唐の貞観五年、安養寺の慧光法師の弟子の母は、 貧しくて下着さえ持たず、子の房に入り、 古い袈裟を取って下着を作り、それを着て、 近所の女たちと集まり話し笑っていました。 すると突然、足が熱くなり、その熱が腰まで上がりました。 間もなく雷鳴がとどろき、彼女は隣の女たちを 百歩も投げ飛ばし、土砂で彼女たちの両耳を塞ぎ、 一日中気絶させました。 やっと目を覚ました時、袈裟を使った彼女は、 すでに雷に打たれて死んでおり、 体は焼け焦げ、縮こまっていました。 背中にはこう書かれていました。 「法衣を法にかなわぬように用いたため」 息子が彼女を葬ろうとすると、再び雷が鳴り、 遺骸は林の中に投げ出され、ようやく消え去りました。 これによって、法服を受持することの功徳が、 三帰依を授かった龍にまで及ぶことが、 確かに虚妄ではないと知られます。 また、ある山に住む僧が、深い岩陰で宿をとり、 衣を前に垂らして障いとしました。 すると、異様な神が現れ、その形は極めて恐ろしく、 腕を伸ばして中を探り、宿っている者を取ろうとしました。 しかし、袈裟に触れることを畏れ、入ることができず、 僧は難を免れることができました。 このようなさまざまな相は、とても全てを語り尽くせません。

二十五條衣。梵語僧伽黎。此云合。亦云重。

> 二十五条の衣。梵語では僧伽黎（そうぎゃり）。これは「合わせる」とも「重ねる」ともいう。

謂割截而合成。又重作也。

> 切り離して組み合わせることを言い、また重ねて作ることも指します。

亦云雜碎衣。

> また、雑多な布を集めて作った衣とも言います。

謂條數多故也。

> 項目が多くあるからです。

凡入王宮。升座說法。聚落乞食。當著此衣。又此衣九品。下品有三。謂九條。十一條。十三條二長一短。中品有三。謂十五條。十七條。十九條三長一短。上品有三。謂二十一條。二十三條。二十五條四長一短。搭衣偈云。善哉解脫服。無上福田衣。我今頂戴受。廣度諸羣迷。唵。摩訶迦。波波叱悉帝。娑婆訶。

> 王宮に入り、座に上がって説法を行う時、あるいは村落で托鉢をする時は、この衣を着用すべきである。 また、この衣には九つの品等があり、下品は三種ある。すなわち九条、十一条、十三条<note>二長一短</note>である。中品も三種あり、十五条、十七条、十九条<note>三長一短</note>である。上品も三種あり、二十一条、二十三条、二十五条<note>四長一短</note>である。 衣をまとう際の偈は次のように唱える： 「善きかな、解脱の服。無上の福田衣。我れ今、頂戴して受け、広く諸々の迷える者を度さん。」 唵。摩訶迦。波波叱悉帝。娑婆訶。

眾生不悟。故曰羣迷。諸佛已悟。故號大覺。此之三衣。原是比丘法服。今欲令沙彌預知名相殊勝。故附於末。非為使其披著。沙彌欲搭縵衣。藏經中自有偈云。大哉解脫服。無相福田衣。披奉如戒行。廣度諸眾生。百一羯磨云。求寂之徒。縵條是服。而有輙披五條。深為罪濫。神州之地。久扇斯風。此成非法。勿令披著也。此是唐三藏義淨法師。親遊西域。觀五天竺境。及諸部律文。並無沙彌披著比丘割截之衣。特此垂示。以發千古之迷。既云此誠非法。其罪誰當代受。為師者。不可不知。為徒者。又不可不慎也。

> 衆生はまだ悟っていないので、群迷と呼ばれます。諸仏はすでに悟っているので、大覚と呼ばれます。この三衣は、もともと比丘の法服です。今、沙弥にその名相の殊勝さを事前に知らせたいので、末尾に付け加えました。彼らに着用させるためではありません。沙弥が縵衣を着用したいなら、蔵経の中に次の偈があります。「大いなるかな解脱の服、無相の福田衣。これを披き奉じて戒行のごとく行い、広く諸の衆生を度すべし」と。『百一羯磨』には、「求寂の徒は、縵条を服とす。しかるに、みだりに五条を披くは、深く罪濫なり」とあります。神州の地では、久しくこの風潮が広まっていますが、これは非法です。着用させてはなりません。これは唐の三蔵・義浄法師が、自ら西域に渡り、五天竺の地を観察し、諸部の律文を調べたところ、沙弥が比丘の割截衣を着用している例はまったくありませんでした。特にこれを示して、千古の迷いを解こうとされたのです。すでに「これは誠に非法である」と言われている以上、その罪を誰が代わって受けるのでしょうか。師たる者は、このことを知らないわけにはいきません。弟子たる者も、また慎まないわけにはいかないのです。

鉢。梵語鉢多羅。此云應量器。謂體。色。量。三皆應法故。體用瓦鐵二物。色以藥烟熏治。

> 鉢。サンスクリット語で「パータラ」といいます。これは「応量器」と訳されます。つまり、その材質・色・大きさの三つが、すべて仏法にかなっているからです。材質は土器か鉄の二種類。色は薬草の煙で燻して整えます。

鐵鉢用杏子。麻子。稻󰐹等。熏作黑色。鴿色。或孔󳭋咽色。

> 鉄鉢は、杏の実、麻の実、米などで燻して、黒色、鳩色、または孔咽色に仕上げます。

量。則分上中下。

> 量。すなわち上中下に分かれる。

上鉢受一斗。下鉢受五升。二內名中鉢。

> 上鉢は一斗を容れ、下鉢は五升を容れる。この二つの中間を中鉢と呼ぶ。

具。梵語尼師壇。此云坐具。亦云隨足衣。開具偈云。坐具尼師壇。長養心苗性。展開登聖地。奉持如來命。唵。檀波檀波。娑婆訶。

> 坐具。サンスクリット語でニシーダナ（坐具）と言います。これは坐るための敷物であり、また足下に敷く衣とも言われます。坐具を広げる偈にこうあります。 坐具、尼師壇は 心の苗を育てるもの。 広げて聖なる地に登り 如来の教えを奉じ持つ。 オーム、ダンパ・ダンパ、ソワカ。

謂將隨行。以便坐臥。用護身。護衣。護僧臥具。故制也。戒壇經云。尼師壇。如塔之有基也。若無坐具。以坐汝身。則五分定慧。無所從生。既云坐具。今時用為禮拜。全乖本制。律或令四角貼故。今不解。謬謂為四天王。致使足不蹈上。復有以不淨鞋履踏上。過畏過輕。一皆可笑。其為師者。不可不教弟子。訛習既久。一朝難以改復。若意為敬護三衣。將以禮拜。庶幾權用。如或不然。自尊己體。何成敬他。輕慢之罪。誠難迯矣。若將坐具坐時。應念偈云。展開跏趺坐云云。今見有在家男女受五戒者。披五衣。展坐具。公然禮拜。深為可痛。何其法門訛替一致於此。故慈雲懺主辯惑篇云。此三法衣。定是出家之服。非在家者所披。僧祇律云。三衣者。聖賢沙門標幟。非俗人所為。雜阿含經云。修四無量者。並剃鬚髮。服三法衣。而出家也。據斯以知。定非俗服。世云。梵網經有通俗著者。人見彼經廣列王臣道俗。盡得受戒。應教身所著袈裟等言。便令士女受菩薩戒者。著七條之衣。原袈裟。此翻為染。又翻為壞色。秪是通制道俗受戒。須服壞色。恐其染同時艶。乖於法制。乃云應教身所著壞色。或有風俗不可盡制。而出家菩薩必須染壞。故復又云。比丘應與俗服有異。何曾通俗著七條衣。尋天台及藏法師章疏。俱作染壞義釋。並無通俗三衣之說。或云禳災免厄。許與小片。至如戲女暫掛。獵人假披。或云得四寸而飲食斯充。掛一片而羅剎不噉。葢顯三衣之功用。非許四民之受持。出家閑邪之人。尚昧持衣之軌。在塵煩雜之眾。寧知奉法之儀。南山云。若受用有方。不生罪累。必領納乖式。自陷深𠎝。一生無衣覆身。死則自負聖責。何慮無惡道分。觀斯之言。自坐深過。忍將非法。誤累在家。幸願四方道人。行大乘者。讀文尋義。莫守己情。擔麻棄金。殊非智者。革弊從正。斯則達人。應知無上佛乘。解無道俗。傳持之軌。誠在律儀。涅槃扶律談常。正在於此。律範若壞。法假誰傳。豈生為人不護眼目。斷常住命。非旃陀羅如何。昔靜靄法師。值周武行虐。自恨不能護法。出家何為。乃坐石奮刀。剖腹引腸掛樹。以手捧心而卒。嗚呼。古賢護法其若是乎。我等既斆未能。宜守法制。莫致毀損。殃墜自他矣。

> 坐具は、行いを伴うものとして、座ったり臥したりする際に用い、身を護り、衣を護り、僧の臥具を護るために制定されたものです。戒壇経には、「尼師壇は、塔に基があるようなものである」とあります。もし坐具がなく、その身を座らせれば、五分の定慧は生じる所がありません。既に坐具と称しているのに、今では礼拝に用いられ、本来の制定から大きく外れています。律には、四隅に古い布を貼ることを命じている場合がありますが、今では理解されず、誤って四天王と解釈し、そのため足を踏み入れないようにしています。また、不浄な履物で踏みつける者もおり、過度に畏れたり軽んじたりするのは、いずれも笑うべきことです。師たる者は、弟子を教えないわけにはいきません。誤った習慣が長く続けば、一朝に改めるのは難しいのです。もし三衣を敬い護る意図で礼拝に用いるのであれば、一時的な使用として許されるかもしれません。そうでなければ、己の体を尊ぶだけで、どうして他を敬うことになるでしょうか。軽慢の罪は、確かに逃れられません。坐具を用いて座る時は、偈を念じるべきです。「展開して跏趺坐し…」と。今、在家の男女で五戒を受けた者が、五衣をまとって坐具を広げ、公然と礼拝しているのを見かけますが、深く痛ましいことです。どうして法門の誤りがここまで一貫しているのでしょうか。慈雲懺主の『弁惑篇』には、「この三法衣は、定まって出家の服であり、在家の者の着るものではない」とあります。『僧祇律』には、「三衣は聖賢沙門の標識であり、俗人の為すことではない」と。『雑阿含経』には、「四無量を修める者は、皆、鬚髪を剃り、三法衣を着て出家する」とあります。これに基づけば、決して俗服ではないことが分かります。世間では、『梵網経』に在家の者も着用できるとあると言いますが、人々はその経に王臣や道俗が広く列挙され、皆が戒を受けることができるとあるのを見て、「身に着ける袈裟などを教えるべきである」という言葉に従い、士女に菩薩戒を受ける者に七条の衣を着させています。そもそも袈裟は、これを「染」と訳し、また「壊色」と訳します。ただ、道俗が戒を受けるには壊色の服を着るべきであるという通制があるだけで、同じように鮮やかな色に染まることを恐れ、法制に背くから、「身に着ける壊色を教えるべきである」と言っているのです。あるいは風俗によって全てを制することができない場合もあり、出家の菩薩は必ず壊色に染めなければなりません。それ故にまた、「比丘は俗服と異なるべきである」とあるのです。どうして在家の者が七条の衣を着ることを通例としたことがあったでしょうか。天台や蔵法師の章疏を尋ねると、皆、染め壊すという義で解釈しており、在家の者が三衣を着るという説はありません。あるいは、災いを払い厄を免れるために、小さな一片を与えることが許されるという話もあります。役者が一時的に掛けたり、狩人が仮にまとったりするようなことです。あるいは、四寸を得れば飲食が満たされ、一片を掛ければ羅刹が喰わないと言われるのは、三衣の功徳を顕わすものであって、四民が受持することを許すものではありません。出家して邪を避ける人でさえ、なお衣を持つ軌範に暗いのです。塵世の煩雑な衆生が、どうして法を奉じる儀礼を知ることができるでしょうか。南山は、「もし受用に方があれば、罪の累いは生じない。必ずや納め方に背けば、自ら深い過ちに陥る。一生、衣で身を覆わなければ、死して自ら聖なる責めを負う。どうして悪道の分け前にあずからないことを憂えようか」と言っています。この言葉を見れば、自ら深い過ちに座しているのです。どうして非法を忍び、誤って在家の者を累わすことができましょうか。幸いにも四方の道人、大乗を行じる者は、文を読み義を尋ね、己の情に固執することなく、麻を担いで金を棄てるような愚かさを避け、弊を革めて正に従うことが達人たる所以です。無上の仏乗には道俗の区別がないことを知るべきですが、伝持の軌範は誠に律儀にあります。涅槃が律を扶け常を談ずるのは、正にここにあるのです。律範が壊れれば、法は誰に仮って伝えられるでしょうか。どうして生まれて人となりながら眼目を護らず、常住の命を断つことができましょうか。それは旃陀羅とどう違うのでしょうか。昔、静靄法師は周の武帝の虐政に遭い、自ら法を護ることができないことを恨み、「出家して何の為か」と言って、石に座り刀を奮い、腹を剖いて腸を引き出し木に掛け、手で心を捧げて卒しました。ああ、古の賢者が法を護るのはこのようなものだったのです。我等は既に学んでいないのであれば、宜しく法制を守り、毀損を招いて自他を殃い墜とすことのないようにすべきです。

## 沙彌律儀要略增註卷下終

> 沙弥律儀要略増註 巻下

### 音釋遶塔

梵語塔婆。又云窣堵波。又云支提。又云制底又云浮圖。此譯為聚相。謂如來萬德之相。集於此也。或有舍利。或無舍利。若無舍利。當安如來法身偈。即名法身舍利。舍利此云靈骨。有三種色。髮者黑。肉者赤。骨者白。菩薩羅漢。善知識。皆有三色。但不能變現放光。鎚試即碎。如來舍利。擊之不破。為世福田。一香一花。一瞻一禮。即滅無量罪。長無量福。但罕得遇。昔者阿育王。以如來舍利。建八萬四千塔。於閻浮提內。此震旦國。有一十九所。其後秦耶舍尊者。於西域賷如來舍利。至匡山。塔於金輪峰上。隋文帝。有西國僧進舍利一十三顆。帝敕天下州縣無塔者。與舍利建之。天下建畢。十三顆。猶在掌中。唐玄奘法師。往西域一十八年。歷一百三十餘國。請得如來肉舍利一百五十粒。唐義淨法師。居天竺二十餘載。請得如來舍利三百粒。歸於東華。嗣後梵僧賷來者。亦不多得。固難值遇。遇者當生希有之心。難遭之想。披陳懺悔。捨身命財。而為供養。由是福智圓明直登覺岸獲　黃字入聲。刈禾也　獃　艾平聲。癡也摝　音六。振也。搖也　　嚏　音帝。噴嚏也。五道

> サンスクリット語で「ストゥーパ」、また「ストゥーパ」とも「チャイティヤ」とも「チェーティヤ」とも「ブッダ」とも呼ばれます。これは「集まった相」と訳され、如来のあらゆる功徳の相がここに集まることを意味します。舎利がある場合もあれば、ない場合もあります。もし舎利がない場合は、如来の法身を讃える偈を安置し、それを法身舎利と呼びます。舎利は「霊骨」と訳され、三種類の色があります。髪の毛は黒、肉は赤、骨は白です。菩薩や阿羅漢、善知識にもこの三色がありますが、変化して光を放つことはできず、槌で打てば砕けてしまいます。如来の舎利は打っても壊れず、世の福田となります。一つの香、一つの花、一度の礼拝、一度の瞻仰で、無量の罪を滅し、無量の福を増すことができます。しかし、なかなか出会えるものではありません。昔、アショーカ王は如来の舎利をもって、閻浮提内に八万四千の塔を建てました。この震旦国には十九か所あります。その後、秦の耶舎尊者が西域から如来の舎利を携えて匡山に至り、金輪峰の上に塔を建てました。隋の文帝の時代には、西国の僧が十三粒の舎利を献上し、帝は天下の州県で塔のないところに舎利を与えて建てさせました。天下に塔が建て終わっても、十三粒の舎利はまだ掌の中にありました。唐の玄奘法師は西域へ十八年間赴き、百三十余国を巡り、如来の肉舎利百五十粒を請い受けました。唐の義浄法師は天竺に二十余年在住し、如来の舎利三百粒を請い受け、東華に帰りました。その後、梵僧が携えてくることも多くはなく、まことに遭遇することは難しいのです。遭遇した者は、稀有の心、難遭の想いを起こし、懺悔を披陳し、身命財を捨てて供養すべきです。これによって福智が円明となり、直ちに覚りの岸に登ることができます。

一人。二天。三鬼。四畜。五地獄。以修羅道。攝上五道中。摘

> 一つは人間、二つは天界、三つは餓鬼、四つは畜生、五つは地獄。修羅道は、これら五つの道の上に位置づけられます。

與擲同。王昶

> 投げるのと同じ。王昶

音唱魏刺史也。緇色

音支。黑紺色。黑而含赤也。郄

> 音支。黒紺色。黒くして赤を含むなり。郄

與隙同也。廆

> 隙と同じである。廆

音賄。跖蹻

上音職。下音強入聲。盜跖。秦之大盜。盜蹻。楚之大盜也。四書

大學。中庸。論語。孟子。五經

> 大学。中庸。論語。孟子。五経。

書詩禮易春秋。加樂則六經。斯乃孔子見周道凌遲。自衛反魯。以定五經。而行其道。禮記經解曰。溫柔敦厚詩教也。疏通知遠書教也。廣博易良樂教也。潔靜精微易教也。恭儉謙敬禮教也。屬辭比事。春秋教也。春秋傳有三。謂公羊。穀梁。左氏。禮有三。謂周禮。儀禮。曲禮。共為九經也。七政

> 詩経・書経・礼記・易経・春秋を五経といいます。これに楽経を加えると六経となります。これは孔子が周の道が衰えるのを見て、衛から魯に帰り、五経を定めて自らの道を広めたことに由来します。礼記の経解には、次のようにあります。 「詩の教えは、優しく穏やかで情に厚いこと。書の教えは、道理に通じ遠くを見通すこと。楽の教えは、広く豊かで素直なこと。易の教えは、清らかで静か、精妙で微細なこと。礼の教えは、慎み深く倹約、謙虚で敬うこと。春秋の教えは、言葉を整え事柄を比較することである。」 春秋の伝には三つあり、公羊伝・穀梁伝・左伝を指します。礼にも三つあり、周礼・儀礼・曲礼を指します。これらを合わせて九経となります。七政とは、

日月五星也。五星者。金木水火土星也。五運

> 日月と五つの星です。五つの星とは、金星、木星、水星、火星、土星のことです。これらを五運といいます。

甲己土。乙庚金。丙辛木。丁壬水。戊癸火。方餌

> 甲己は土。乙庚は金。丙辛は木。丁壬は水。戊癸は火。方に従って調合する。

即藥食也。筮

> 薬を食べるようなものだ。占い。

音誓。六韜

文武龍虎豹犬。三略

> 文武の龍・虎・豹・犬。三略

上中下三卷。兵法也。黃帝瑱重唐和甘石

黃帝命鬼臾蓲占星。鬬苞觀天。以齊七政。遂有星官之書。羲和二氏占日。尚儀占月。大撓作甲子。伶倫造律。呂𨽻。首作算數。顓頊帝。命正重司天治曆。唐堯帝。命羲和氏作曆數之書。觀天之器。楚人甘公。魏人石申。二人於戰國時。各作天文星占八卷。蓲音丘謳二音。內學

謂讖書事秘。故曰內學。非佛內典也。堪輿

輿謂地載萬物。如輿。九州

冀兖青徐楊荊豫梁雍。九道

謂九州之道。即弱水黑水漢水江水河水沇水淮水濟水浴水是也。九山

會稽山。衡山。華山。沂山。岱山。微山。巫山。霍山。恒山。九澤

大陸澤。雷夏澤。大野澤。彭蠡澤。雲夢澤。震澤。荷澤。孟諸澤。榮澤。顏含

晉光祿勳。顏含。以老遜位致仕。二十餘年。壽九十三歲卒。汞

洪字上聲。水銀也。丹砂

即硃砂也。七曜

謂日月五星。五星

熒惑星。鎮星。歲星。太白星。展星。五福

一福壽。二富貴。三康寧。四好德。五考終。程盱

音吁。姓也。秦後盱陽。變小篆為𨽻書。程邈。作小篆。史籀作大篆。或云𨽻書程邈獄中所造。出於徒𨽻。漢謂𨽻書曰佐書。或云古稱𨽻為真書。行書。今稱𨽻為八分書。則先有真書。後有八分書。蔡文姬云。割程𨽻字。八分取二分。割李篆字二分取八分。於是為八分書。晉傳云。漢興有草書。不知作者。盜泉

家語云。孔子忍渴于盜泉。李白詩曰。回東避朝歌。掩口去盜泉。七支罪

殺。盜。婬。妄言。綺語。兩舌。惡口。七菩提分

一擇法。二精進。三喜。四除。五捨。六定。七念。狠戾

上痕字上聲。狠戾是不聽從也。溷

音慁。廁也。衩

音瘥。衣袒也。蕈

音尋上聲。即木菌也。昔西天十五祖迦那提婆。至迦毗羅國。有長者名曰淨德。園樹生耳如菌。取而食之。隨取隨生。長者問祖囷之所自。祖曰。汝家曾供養一比丘。道眼不明。虗霑信施。報為木菌。乃以學道不通理偈示之。後長者八十一。其木果不生菌也。神州

亦名赤縣。謂此東華曆數。方脈。藥餌。如神。故名神州。付法藏經

經云。罽賓王。性好殺戮。惡報當墮地獄。因聞馬鳴菩薩說法。罪轉輕微。死墮大海中。作千頭魚。劍輪遶身截頭。隨截隨生。須臾之間。頭滿大海。聞寺中鳴犍椎聲。劍輪停空。苦痛少息。時有羅漢充維那。王遣信白令長打。羅漢遂長打。令聲延久。過七日受苦便畢。又南唐江南上元縣。一人暴死。三日復甦云。至一殿庭。見先生縲械甚嚴。因問其故。主曰。吾為宋齊丘所誤。殺和州降人千餘。冤訴囚此。汝若得還。可語嗣君。凡寺鳴鐘。須延其聲。苦暫休息。或能為造一鐘尤善。其人既還。具奏後主。為造一鐘於建康清涼寺。鐫其上曰。薦烈祖孝高皇帝。脫幽出厄。又唐大莊嚴寺。釋智興。次當打鐘。寺僧有兄途亡。一夕托夢其妻曰。吾達彭城病死。以今月初。蒙莊嚴寺僧智興打鐘。聲振地府。凡受苦者。皆得解脫。吾亦預此。汝可將絹十疋奉興。具陳吾意。其妻依言送之。興不納。乃均施寺眾。人問興有何法而致此驗。興曰。吾見付法傳罽賓王受苦。聞鐘聲業輪息。乃依僧一阿含經鳴鐘法而擊也。故知凡為擊鐘。必須發大悲心。一扣一念經中偈頌。及大悲洪名。方得幽顯俱利。眾苦長息也絛　音叨。或作󴏉。編絲繩為之。八福田

一佛。二法。三僧。四父母。五師友。六貧窮。七疾病。八眾生。布薩

俱云。布薩陀。布薩是長養義。陀是持義。謂由集僧說戒。便能長養善法持自心故。涅槃經云。昔十五日。僧布薩時。有一童子。不善修身口意業。在隱屏處盜聽說戒。密迹金剛力士。承佛神力。以金剛杵。碎童子身如塵。而沙彌不可不慎也。依止師

律云。有四種阿闍梨。一者無食無法。應不問而去。二者有食無法。應問而去。三者無食有法。雖苦。盡壽不應去。四者有食有法。雖軀遣。盡壽不應去。法喜禪悅食

以愛樂大法。得法資長道種。心生歡喜。不嗜世味。常持正念。是為法喜食。由得禪定自資。長養慧命。道品圓明。正念現前。心生喜樂。不貪世味。是為禪悅食。