菩提行経 護戒品第三
戒めを守ることは心を護るため。 護りて堅固ならしむ。 この心を護ることができなければ、 どうして戒めを護ることができようか。
譬えば酔象を調伏せず、 痛みを患わないように、 放逸な心は酔象のごとく、 阿鼻地獄などを招く。
念いの縄を常に執り持って、 心の象に縛りつけよ。 放逸の怖れから離れて、 一切の安楽を得るであろう。
もし一心を縛ることができれば、 すべてを縛ることができる。 もし自らの一心を降伏させれば、 すべて自ずから降伏する。
獅子、熊、虎、狼、 夜叉、羅刹など、 一切の地獄の獄卒も、 皆その怨みとなる。
もし一切の怨みを怖れるならば、 際限ない苦悩が集まる。 これらすべて心より得るもの、 仏世尊は正しく説かれた。
地獄の衆苦の器や、 熱い鉄丸などは、 誰が作り、何より生ずるか? 貪り、瞋り、痴よりなる。
それらの罪ある心によって、 仏は諸世間に生まれた。 三界の心が滅するゆえに、 それゆえ怖れはない。
もし昔に布施を行ったならば、 今世に貧しくなることはない。 今貧しくとも煩わず、 過去をどうして悔いようか。
もし人が心の少しでも、 布施波羅蜜を行えば、 それゆえ果報は説かれる、 一切の布施と同じと。
もし人が心に戒めを持ち、 誰を嫌って殺生を引き寄せようか。 瞋りの心の怨みは、 殺し尽くしても虚空に等しい。
大地の量は無辺なり、 いかなる皮で覆うことができようか? 履物に皮の一片を用いれば、 歩くところ随って覆われる。
外なる我の性質もまた然り、 誰がそれを勧めることができようか? ただ自らの心を勧めよ、 外なる我は自ずから伏する。
身は貧しく福なくとも、 その果報は行いに同じ。 もし心で一枚の衣を施せば、 感ずる果報は福を増す。
諸々の行いを修め持つには、 心の念いを常に捨てず、 一切の利益なき心は、 虚偽として遠く離れよ。
一切の心の法財は、 ひそかに観察すべし。 苦を離れて安楽を得、 それによって世間を超える。
我はいかに修行すべきか? 修行はただ心を護ること。 それゆえ我は心を観じ、 常に護ることをなす。
譬えば猿の身の傷を、 一心に護るように、 人中の悪もまたかく、 常に心を護るべし。
苦悩の傷を怖れて、 我は一心に常に護る。 衆合を破壊して、 心の傷には怖れなし。
常にこのように行い、 人中の悪を行わず、 人中の罪を犯さなければ、 自然に怖れることはない。
我は身命を尽くさんと欲し、 利行をもって供養し、 別々の身命が尽きても、 善き心は退かない。
我は心を守護せんと欲し、 合掌して今専らに作す。 心の念念の中に、 一切の方便をもって護る。
重病人の譬えのように、 諸々の事に耐えられない。 散乱した心もまた然り、 諸々の事業に堪えられない。
心が散乱して定まらなければ、 聞き、思惟し、観察すること、 漏れる器のように、 水を盛ることができない。
多く聞く人によって、 信や方便などにおいて、 過失は心が定まらぬゆえ、 静かならざる罪を得る。
心が決定しないゆえに、 迷いの賊に捕らえられ、 所有の福善は、 悪しき処に盗み堕ちる。
煩悩の衆なる盗賊は、 魔がつくゆえに付け入り、 魔羅によって発起され、 善き生命を破壊する。
その意根の門を守れば、 悪は引き去ることができず、 その罪の苦悩を念じ、 次いでまた安住を得る。
善き哉、師の教えに随い、 善き念いの生ずるを得て、 教誨の師に奉じ、 一心に供給すべし。
諸仏菩薩に対して、 刹那に心を決定し、 怖畏を憶念すべく、 慈哀が面前に現れる。
塵の心が定まらなければ、 去り去って再び還らず、 もし意の門を守ることができれば、 護りて散らさずに住まう。
我は今この心を護り、 常にこのように住まん。 根なき木の譬えのように、 悪しき枝葉を生じない。
眼で色相を観れば、 虚偽で実ならぬと知る。 物ごとを常に諦観し、 それゆえ執着しない。
見ることによって観察し、 観じて惑わされぬようにする。 観見し終わったならば、 安らぎと畏れをもって善く来たる。
行こうとして道を知らなければ、 四方を望んで怖れを生ず。 方角を決定して知れば、 心の行いもまた観じるように。
智者の行うところは、 前後を思惟し、 是れ善、是れ悪などを、 このように事を見失わない。
この身に住せず、 これを離れてまた何をなそうか? いかにしてこの身に住するか? また中間を観ずるべし。
内なる心を観ずるもまた然り、 諸々の方便を用いて、 法を大柱として、 縛りて脱げぬようにする。
このような意をもって、 我の在り処を観ずべし。 諸々の識も皆かくのごとく、 摂めて刹那に住ましめる。
もし業の力によって怖れるならば、 楽しみを求めることができ、 その布施、戒めの波羅蜜を修め、 乃至大捨などに至る。
もし菩提の因を修めるならば、 その別別を思惟せず、 ひたすら自らの心を修め、 このような見を起こすべし。
このように諸々の善を修め、 怖畏を起こさず、 諸々の煩悩をして、 決定して増長せしめない。
種々の正しい言説は、 現在に甚だ多く、 観覧して悉く決了し、 疑いの網を破って果を得る。
草が截り取られるように、 仏を念じ、戒めを能く忍び、 刹那にこの行を行えば、 殊勝なる果を得る。
諸々の正説において、 皆ことごとく通達せんと欲すれば、 自らの心を観照し、 常に精進を修むべし。
無情の木の譬えのように、 言葉なく、なすところなし。 自らの心を見るもまた然り、 決定してこのようにせしめよ。
心に軽慢が起これば、 あの迷い酔える人のごとく、 ただ自らの称誉を求め、 彼の修行者にあらず。
もし他人が我に対して、 毀謗を生ずれば、 これをもって瞋り痴などとし、 心を住ましめて常に木のごとく。
木が分別せず、 利養や尊卑の称えにも、 また眷属とならず、 乃至承事などもせぬように。
他を利して自らを利さず、 ただ一切のためになさんと欲する。 それゆえ我が心は説かれる、 堅く住して常に木のごとく。
一心に木のごとく住すれば、 尊き親、朋友に対しても、 乃至身口意の三業においても、 憎み愛し怖れることを生ぜず。
煩悩を観察して、 虚空のごとく執着せず、 勇猛に堅牢に、 受持して常ならしめよ。
善き慚じることが怖れならば、 一心に他を求めよ。 清浄に三昧に住して、 他より尊重されるべし。
童稚の位に居ながらも、 他を瞋らせ悩ませず、 自らもまた他を瞋らず、 慈悲常にこのごとく。
我は禅那を受持し、 意をして常に寂静ならしめ、 一切の有情のために、 常に罪なき処に居らん。
念念、須臾の間に、 多くの時を最も勝れるとし、 このように心を受持して、 須弥山のごとく動かず。
鷲が肉に貪り飽きず、 人が善に貪るもまた然り。 身心を修め行わなければ、 どうして出離することができようか。
いかにして身意を護るか? 一切時に自ら勤めよ。 汝らは何を行おうとするか、 各々専らに一心せよ。
迷い愚かで自ら制せず、 妄りに貪るは木の身のごとく。 この身は不浄より作られる、 どうして返りみて愛し恋おうか。
骨の鎖に肉が連なり持ち、 外皮をもって飾られる。 自ら覚って貪らせず、 慧の刃によって解脱せよ。
諸々の身分を割り截って、 中の精髓を見せしめ、 審らかに観察思惟せよ、 どうして人があると見えようか。
一心にこのように観じ、 審らかに諦観して人を見ず。 どうして不浄の身を、 貪り愛して守護しようか。
胎内に処して不浄を食し、 胎を出て血乳を飲む。 このような食飲でなければ、 どうしてこの身を作ることができようか。
豺や鷲などが貪り食らうように、 善悪を分かたず、 要するに人の身を愛するように、 受用して業の累れとなる。
ただこのように身を護り、 死に至るまで慈忍なく、 豺や鷲と別なきならば、 汝はどうして常にこれをなすか?
身が死んで識が住まわず、 衣食どうして留められようか? 身が謝れば識は必ず往く、 受用をどうして貪ろうか?
それゆえ今意を作して、 このような事を貪らず、 このように遠く離れなければ、 それらの不善を得るであろう。
譬えば人の生身が、 肢体を求めて成就するように、 身を受けて智は増えず、 輪廻して徒らに自ら困む。
世の親しきも親しからざるも、 悦びの顔で先に慰め諭し、 このように常に自ら制して、 心の念いを常に捨てず。
笑って高声を出さず、 戯れて坐具を擲たず、 軽く手を以て他門を撃ち、 諦信を常に自ら執せよ。
盗人のごとく、猫や鷲のごとく、 事を求めて行い声なく、 心を修めるもまたかくのごとく、 粗獷を離るべし。
他人の嫌うところ、 義利なきことは説かず、 常に諸々の弟子を得て、 言葉の上で尊び愛される。
一切の言説は、 聞いて称善せしめ、 彼の福事を作るを観て、 称賛して歓喜せしめよ。
衷私に彼の徳を説けば、 彼聞いて心必ず喜ぶ。 彼を称賛せんと欲する時は、 先ず彼の德行を観よ。
諸々の歓喜事を修め、 彼の誠心を得難くとも、 勤めて他を利する徳を修め、 楽しみの報いを受けるべし。
憎み愛する苦は捨つべし、 来生に大苦あるゆえ。 この苦に我は住まず、 来生の大いなる楽しみを。
善き言葉、声は柔軟に、 悲の根より聞いて喜び生ず。 彼の適意なる事を顕わし、 真実の語を信ずべし。
常に有情を悲しみ念い、 眼を愛するように愛護し、 彼のために真実に住して、 必ずや仏となるを得ん。
彼の真実を得て成れば、 各々この利する朋友となり、 刹那に功德を修めて、 苦を離れ大いなる安楽を得る。
功德は殷勤に修め、 常に行って自ら得る。 誇らず、覆い隠さず、 誰が諸々の事などと言えようか。
布施波羅蜜などは、 殊妙にして最も上なり。 別別に行うは最も上ならず、 下を利して遠く離れず。
仏はこのように他を利し、 常に切に願うところ。 如来の教えの中に、 彼の慈悲の事を見る。
三界の師は入滅し、 出家の人を分別し、 食には可なり不可なりあり、 三衣など離れず。
妙なる法身を求めんとし、 衆生を苦悩させず、 衆生に対してこのように、 意の随って円満を得る。
捨つるは必ずしも命を尽くさず、 その捨つるは平等たるべし。 悲心は清浄ならしめ、 果報は自ずから円満ならん。
清浄な心で法を重んじ、 器杖など執せず、 傘蓋を頭に持たず、 諸々の軽慢な事なし。
男子、女人のために、 法を説くは深く広大に、 人の勝劣を分かたず、 彼に平等を重んぜしめよ。
法の広大ならざること、 乃至非法の行いは、 遠く離れて敬礼せず、 大乗を楽しく説く。
歯木や涕唾は、 清浄な地に棄てず、 清浄な水や清浄な舎に、 便痢を棄てることなかれ。
食を喫するに口を満たさず、 食して声を出さしめず、 食する時に言葉せず、 また大きく口を開くことなかれ。
坐して足を垂れささず、 行くにも臂を挑まず、 女と同乗せず、 また同じく坐臥せず。
諸々の律に合わぬ事は、 人見て心喜ばず、 一切の人既に見て、 遠く離れて敬わず。
人、道路を問えば、 一指をもって指さず、 両手をもって指し、 その至る道を示すべし。
凡そ諸々の行歩には、 臂を弄び声を出さず、 また妄りに指を弾かず、 威儀はこのように守るべし。
師は既に化滅すとも、 四つの儀は学ぶべく、 戒めを奉じて行い軽んぜず、 決定して聖果を得る。
菩薩の行は無量、 説くところ辺りなし。 清浄な心をもって、 決定して奉行すべし。
一晝一夜の中に、 分けて各々三時に、 行道し普く懺悔し、 仏の菩提心に住せよ。
菩提心は自ら住し、 また他にも獲得せしめよ。 仏子は学戒に住し、 一心にこのように持せよ。
仏の戒体は清浄、 繊毫も見ることなし。 常にこのように行えば、 その福は量りなし。
無始より有情のために、 行を行いて別けず、 このように有情のために、 化して一切を覚らしめよ。
善き知識は知るべし、 命のごとく捨つべからず。 菩薩戒は最も上、 大乗の法もまた然り。
解脱は師について学び、 能く吉祥を生ず。 仏仏は智の経を説き、 読んで戒法を見る。
もし人が心に戒めを護れば、 行うところ悉く既に見ゆ。 もし身、もし心の位は、 微細に観察すべし。
口に誦して身に行わなければ、 いかなる譬えを得られようか? 譬えば重病人が、 空しく薬の力を談ずるがごとし。
虚空蔵経の中に、 謨羅波底を説く。 集められた戒定を見るがごとく、 広く経の説くところのごとし。
聖なる龍樹菩薩、 一心によって集められし。 随って住する所に、 常に供養を伸ぶるを勧む。
菩提行経 巻第一