東坡禪喜集序
唐宋而後天下無才子聰明辨才之士往往而竄為高僧如永明覺範大慧中峰其所為文章縱橫自在有今之文人不能措其一語者然而獨漏網眉山一長公何也長公少年之文與欒城先生皆得老泉法而終未盡其變𣆶而游於禪那與佛印參寥諸子互呈伎倆于是掀飜寶藏以三寸轆轤舌顛撲半生譬張僧繇畵龍一點眼便欲昂首飛去妖狐老猿竊獲真人符籙則千奇萬怪跳梁于青天白日之下而終不可以尺組約束今禪喜集是也此集輯自徐長孺而唐元徵欲刻之以示同志且以廣諸才子之學為文而竆於變者長公為五祖戒後身其母與子由弟皆親夢見之祖戒陝右人而長公七八歲亦時時夢游關中宋二百年僅得此人乃前生又為高僧所羅五祖逸出之而始得為東坡者宋幾無才子矣
唐宋の時代以降、天下には真の才子が現れず、聡明で弁才に優れた人々はしばしば高僧として世を去っていった。例えば永明、覚範、大慧、中峰など、彼らの文章は縦横無尽に自在であり、現代の文人では一言も及ばないほどである。しかし、なぜか眉山の長公(蘇軾)だけがこの網から漏れてしまったのはなぜだろうか。
長公の若き日の文章は、弟の欒城先生(蘇轍)と共に父・老泉(蘇洵)の法を受け継ぎながらも、その変化を極めるには至らなかった。やがて彼は禅の世界に遊び、仏印や参寥らと共に技を競い合うようになる。そこで彼は宝の蔵を開け放ち、三寸の舌を駆使して半生を駆け抜けた。それはまるで張僧繇が描いた龍が、目を一点加えられただけで天へと飛び立とうとするかのようだ。妖狐や老猿が真人の符籙を盗み取れば、千変万化の奇想が青天白日の下で跳梁跋扈し、もはや一筋の縄では縛りきれなくなる。これが今、『禅喜集』としてまとめられたものである。
この集は徐長孺によって編まれ、唐元徵が同志に示すために刻印しようとし、さらに変化に窮した才子たちの学びを広めようとした。長公は五祖戒の生まれ変わりであり、その母や弟の子由も夢に見たという。祖戒は陝西の出身で、長公も七八歳の頃、しばしば関中の地を夢に見ていた。宋の二百年間で得たこの一人が、前世では高僧として捕らえられ、五祖の手を逃れて初めて東坡となったのだから、宋にはほとんど才子がいなかったと言えるだろう。
時萬曆庚寅花生日 居士華亭陳繼儒題
時は万暦庚寅、花の生日。居士華亭の陳継儒、題す。