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title: "集神州三寶感通錄 · 隋京師日嚴寺瑞石影像緣三十八"
description: "唐代高僧道宣律师所撰的佛教典籍《集神州三寶感通錄》，成書於初唐時期。該書廣泛搜集整理了自漢至唐以來中國境內與佛、法、僧三寶相關的靈感事跡與祥瑞記載，包括舍利感應、聖像顯靈、高僧神異等內容。全書分三卷，以史傳筆法匯錄靈驗故事，展現佛法在華夏的傳播與扎根。此作不僅是研究中國早期佛教史、靈驗文學及民間信仰的重要文獻，也反映了佛教中國化進程中與本土文化融合的軌跡，具有極高的宗教與史料價值。"
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三十八隋京師日嚴寺石影像者。其像八楞紫石英色。高八寸徑五寸。內外映徹。昔梁武太清年中。有西域僧將來。會侯景作亂。遂安江州廬山西林寺像頂上。隋開皇十年煬帝鎮於揚越。廣搜英異。江表文記悉總收集。乃於雜記中得影像傳。即令舍人王延壽往寺推覓。得之自任晉蕃已來每有行往。常以烏漆函盛之。令人馬上捧而前行。後登儲貳。乃送曲池日嚴寺。有令當寺看記封鎖。勿令外人見之。寺即帝之所造也。大業之末。天下沸騰。京邑僧眾常來瞻覩。余住此寺亦未之信。重以見石中金光晃晃疑似佛像耳。仍見名行諸僧互說不同。咸言了了分明。面目相狀未曾有昧。余慨無所見。又潔齋別懺七日後依前觀之。見有銀塔。後又觀之。見有銀佛。而道俗同覩往往不同。或見佛塔菩薩。或見眾僧列坐。或見帳蓋幡幢。或見山林八部。或見三塗苦相。或見七代存亡。一覩之間或定或變。雖惡善交現而善相繁焉。故來祈者咸前發願。往作何形來生何處。依言為現。信為幽塗之業鏡者也。貞觀六年七月內下勅。追入內宮供養云。

> 三十八　隋の都、日厳寺の石影像について。その像は八つの面を持つ紫石英色で、高さ八寸、直径五寸。内外ともに透き通っている。昔、梁の武帝の太清年間に、西域の僧が将来したものだが、侯景の乱が起こったため、江州廬山西林寺の像の頂上に安置された。隋の開皇十年、煬帝が揚越を鎮守したとき、広く優れたものを探し求め、江南の文書記録をすべて収集した。その中から雑記にこの影像の伝承を見つけ、すぐに舎人王延寿を寺に派遣して探させたところ、見つかった。晋王として任地に赴いて以来、外出の際には常に黒漆の箱に入れ、馬上で捧げ持たせて先を行かせた。後に皇太子になると、曲池の日厳寺に送った。寺に対して記録を封じて保管し、外部の人に見せないよう命じた。この寺は帝自らが建立したものである。大業の末、天下が乱れると、都の僧侶たちがよく参拝に来た。私もこの寺に住んでいたが、最初は信じられなかった。石の中に金色の光が揺らめき、仏像らしいものがあると聞いたからだ。やがて、名高い修行僧たちがそれぞれ異なることを言い合い、皆がはっきりと見えたと主張し、顔や姿が曖昧だったことはないと言う。私は何も見えずに嘆き、改めて斎戒をして七日間別に懺悔した後、以前のように観察した。すると銀の塔が見えた。その後また観察すると、銀の仏像が見えた。そして僧俗ともに見る者が現れたが、見えるものはしばしば異なり、ある者は仏塔や菩薩を見、ある者は僧侶が列座しているのを見、ある者は天蓋や幡幢を見、ある者は山林や八部衆を見、ある者は三途の苦しみの相を見、ある者は七代の存亡を見た。一見のうちに定まった姿も変わる姿もあり、悪い相と良い相が交じって現れるが、良い相の方が多かった。そのため、祈りに来る者は皆、前に進み出て願いを発し、「どんな姿で往生し、どこに生まれ変わるか」と尋ねると、言葉に応じて現れた。まさに冥界の業を映す鏡と言えるだろう。貞観六年七月、勅命によって宮中に迎えられ、供養されることとなったという。