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title: "根本說一切有部毘奈耶 · 3 二不定法"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
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### 二不定法

> 二不定法

攝頌曰：

> 偈頌に曰く、

若在屏障中， 堪行婬欲處，及在非障處， 無有第三人。

> もし隠れた場所で、 淫欲の行為ができるとしても、 あるいは隠れていない場所でも、 第三者がいなければならない。

爾時世尊在室羅伐城逝多林給孤獨園。時具壽鄔陀夷，日初分時著衣持鉢入城乞食，次至故二笈多舍。是時笈多逢見鄔陀夷來，即為敷設妙好床座，進而迎曰：「善來大德！此處床座宜應就坐。」時鄔陀夷即便就坐，笈多禮已，遂與鄔陀夷壓膝而坐為聽法故，時鄔陀夷即以美妙言辭為其說法。時鹿子母毘舍佉，聞說法聲作如是念：「此是大德鄔陀夷，為彼笈多以妙言辭而宣法要，美如新蜜。我當就彼聽其說法。」時毘舍佉即詣笈多處，見與鄔陀夷壓膝而坐。見已生念：「此非出家人之所應作，若有不信之人見斯事者，定謂苾芻與女人於私屏處共行非法，長眾譏嫌。我今宜可以此因緣白世尊知。」時毘舍佉便詣佛所，禮佛足已在一面坐，具以上事而白世尊：「唯願世尊，從今已去為諸聖眾制其學處，令生憶念不應屏處獨與女人一處而坐，慈愍故！」

> ある時、世尊は室羅伐城の逝多林にある給孤独園に滞在されていました。そこに具寿の鄔陀夷という尊者がいました。ある日の朝、衣を着けて鉢を持ち、托鉢のために街に入り、かつての妻である笈多の家を訪れました。 笈多は鄔陀夷が来るのを見ると、すぐに美しい座席を用意し、迎え入れて言いました。「ようこそ、大徳様！こちらにどうぞお座りください。」鄔陀夷はその座に着きました。笈多は礼をした後、法を聞くために、鄔陀夷の膝に寄り添うように座りました。そこで鄔陀夷は美しい言葉で彼女に法を説き始めました。 その時、鹿子母の毘舍佉という女性がその説法の声を聞き、こう思いました。「これは大徳の鄔陀夷が、笈多に美しい言葉で法の要を説いている。その教えはまるで新鮮な蜜のように甘美だ。私もそこに行って説法を聞こう。」 毘舍佉は笈多の家に行くと、鄔陀夷と笈多が膝を接して座っているのを見ました。それを見て彼女は考えました。「これは修行者としてあるまじき姿だ。もし信仰のない人がこの状況を見たら、きっと比丘が女性と人目につかない場所で不適切な行いをしていると思い、多くの非難を招くだろう。私はこの機会に、このことを世尊にお伝えしよう。」 そこで毘舍佉は仏のもとへ行き、仏の足に礼拝してから脇に座り、すべての出来事を詳しく報告しました。そして願い出ました。「どうか世尊様、今後は聖なる僧団のために戒律を定め、比丘たちが女性と二人きりにならないよう、心に留めさせてください。どうか慈しみの心でお願いいたします。」

爾時世尊受毘舍佉請已默然而住，時毘舍佉見佛默然禮已而去。爾時世尊以此因緣集苾芻眾，為二事故：一者為令我諸聲聞弟子識知此事不應作故；二者制諸學處故。爾時世尊知而故問，廣說如前，乃至「我觀十利，為諸弟子制其學處，應如是說：

> その時、世尊（ブッダ）はヴィサーカーの請けを受け入れ、黙っておられた。ヴィサーカーは仏が黙しておられるのを見て、礼をしてから立ち去った。 そこで世尊はこの因縁によって比丘たちを集められた。その理由は二つあった。 一つは、わたしの声聞の弟子たちに、この事は行うべきでないと明確に理解させるため。 二つは、諸々の学処（戒律）を定めるためであった。 世尊は知りながらも、あえて問われた。これまでのように広く説き、ついに「わたしは十の利益を観じて、弟子たちのために学処を制定する。次のように説くべきである」と語られた。

「若復苾芻獨與一女人，在於屏障堪行婬處坐。有正信鄔波斯迦，於三法中隨一而說：若波羅市迦、若僧伽伐尸沙、若波逸底迦。彼坐苾芻自言其事者，於三法中應隨一一法治：若波羅市迦、若僧伽伐尸沙、若波逸底迦；或以鄔波斯迦所說事治彼苾芻。是名不定法。」

若復苾芻者，謂鄔陀夷，若更有餘如是流類。

獨者，唯獨苾芻。

一女人者，更無餘伴女、男、黃門。女人者，若婦、童女堪行不淨行。

在屏障者，有五種屏處：一、牆，二、籬，三、衣，四、叢林，五、闇夜。

坐者，若床、若座乃至高一尋內。

堪行婬處者，謂處堪作不淨行事。

有正信鄔波斯迦者，謂於佛法僧深起敬心得不壞信，於四真諦無有疑惑得見諦果，假令失命因緣不故妄語。

言三法者，是舉數也。

隨一一法說者，謂四他勝、十三僧殘、九十墮罪，於此罪中隨一有犯。然此正信鄔波斯迦於罪不識，亦復不識犯罪因起，但見彼苾芻自稱得上人法，共女人身相觸、或時飲酒、掘地、壞生、或非時食。此是不定，事無揩准故，彼苾芻應如法治令其說悔。

此中犯相其事云何？若正信鄔波斯迦云：「我見彼苾芻共女人獨行，不見住坐臥。」或云：「我見行住非坐臥。」或云：「見行住坐非臥。」或云：「見行住坐臥。」者，此等皆依鄔波斯迦所說治之。若正信鄔波斯迦，見彼苾芻與女人共行住等，對問之時而苾芻不臣其事者，應與覓罪相羯磨。應如是與。敷座鳴槌，先為言白眾，眾既集已令一苾芻作其羯磨。

佛告諸苾芻：「其覓罪自相，苾芻所有行法我今當說。彼得法已，不應與人出家及受圓具及作依止，不畜求寂，雖是先畜不應與受圓具。若見他苾芻破戒、破見、破威儀、破淨命，不應詰責、與作憶念。不應教授苾芻，不應教授苾芻尼，設先差者亦不應往。不共作褒灑陀及隨意事，不作單白、白二、白四。若更有餘解毘奈耶者，不於眾中說毘奈耶。其得法苾芻不依教者得越法罪。若此苾芻心生恭敬隨順無違者，應於界內從眾乞解。若眾知彼人悉皆依實無違背者，應為作解。同前集僧已，其得法苾芻如常威儀致敬已，於上座前蹲居合掌作如是言：『大德僧伽聽！我名某甲，僧伽與作覓罪自相法。我心恭敬隨順無違，今於界內從眾乞解。眾僧為我作羯磨者，其事皆捨不敢違逆，唯願僧伽為我解覓罪自相羯磨，慈愍故！』如是再三。次一苾芻為作羯磨。」

其不定法，初與第三事多相似，於中別者，即如初在室羅伐城，鄔陀夷苾芻與故二笈多是起犯人，鹿子母毘舍佉鄔波斯迦而說其事。第二在王舍城，室利迦苾芻長者婦善生，鄔褒灑陀鄔波斯迦前據三事，是堪行婬屏障之處。後是二事在不堪行婬處，此為異相。應如是說：

「若復苾芻獨與一女人，在非屏障不堪行婬處坐。有正信鄔波斯迦，於二法中隨一而說：若僧伽伐尸沙、若波逸底迦。彼坐苾芻自言其事者，於二法中應隨一一法治。彼苾芻若僧伽伐尸沙、若波逸底迦，或以鄔波斯迦所說事治彼苾芻。是名不定法。」二不定法竟。