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  1. 南岳総勝集 (南嶽總勝集)
  2. 第一 (第一)
  3. 南嶽總勝集卷上序
  4. 序 (序)
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南岳総勝集 (南嶽總勝集)


溪山之勝。林壑之美。人所同好也。而於幽人野士。常獨親焉。必志不拘於利欲。形不膠於城市。養心於清靜。養氣於澹泊。養視聽於寂寞。然後山林之觀。得其真趣。閬中道人陳耕叟有焉。庵居南嶽紫蓋峯下。往來七十二峯之間三十餘年。心有所慕。不勌求訪。前古異人高僧嵒居穴處。靈蹤祕跡。考其事而紀之。所歷滋多。所獲亦廣。遂積而成編。名曰總勝集。凡嶽山之邃隱。與夫觀寺之始末。古今之題詠。有關於勝趣者。靡不畢錄。或謂為道者修練之要。察玄牝觀鼻機亦暇此耶。則將應之曰。雖然是編之作非特資於好事者。尋幽討勝。一時登覽之興。固有素懷淨緣。默存真趣。按集跡事感今懷昔。一旦契其夙心。發其雅志。悟修真之至理。躅前人之超然。仰山景行。魚筌兔蹄有在於是。則於是編之作。庶幾為知者有取也。隆興甲申上巳日拙叟序。

山川の勝景、林や谷の美しさは、誰もが等しく愛するものです。しかし、世俗を離れた隠者や野の士は、とりわけこれに親しみます。それは必ず、志が利欲にとらわれず、身が都に縛られず、心を清らかで静かな中に養い、気を淡々とした中に養い、見聞を寂寞の中に養ってこそ、山林の眺めの真の趣を得ることができるからです。

閬中の道人、陳耕叟はまさにそのような人でした。南嶽の紫蓋峯の下に庵を結んで住み、七十二の峰の間を行き来すること三十余年。心に慕うものがあれば、倦むことなく訪ね求めました。昔の異人や高僧が岩に住み穴に暮らした霊妙な跡、秘密の痕を、その事跡を調べて記録しました。訪れた所はますます多くなり、得たものもまた広くなりました。そこで積み重ねて一編の書とし、名を『総勝集』と名づけました。およそ嶽山の奥深い隠れ処、観や寺の始まりから終わりまで、古今の題詠で、勝趣に関わりのあるものは、一枚残らずすべて記録しないものはありません。

ある人はこう言うかもしれません。「道を修める者の修練の要であり、玄牝を察し鼻の機を観るようなことこそ大事なのに、どうしてこれに暇を割くのか」と。そこでこれに答えましょう。「そうではあるが、この編の作られたのは、ただ好事の者が幽を尋ね勝を訪ねる一時の登覧の興を助けるためだけではありません。もとより浄らかな縁を懐き、密かに真の趣を存する者があって、この集によって跡をたどり事に触れ、今を感じ昔を懐かしみ、一朝にしてその宿願の心にかなって、その雅やかな志を発し、修真の至理を悟り、前人の超然たる歩みを踏むならば、山を仰ぎその景行を慕うこと、魚筌や兔蹄もまたここにこそあるのです。そうであるなら、この編の作られたことは、よく知る者の取るところとなると言えるでしょう。」

隆興甲申の上巳の日、拙叟が序する。


南嶽總勝集卷上序
南嶽總勝集總序

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