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  1. 華厳経伝記 (華嚴經傳記)
  2. 第五 (第五)
  3. 10 雑述 (10 雜述)
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華厳経伝記 (華嚴經傳記)


雜述第十

雑述 第十

華嚴經中佛名二卷 菩薩名一卷

『華厳経』における仏の名号(二巻分)と菩薩の名号(一巻分)

右不知誰所集也。但鳩集闕略。未能備盡。今沙門賢首更廣其塵。頗為詳悉。

これは誰が集めたものかはわからない。 ただ集められたものには欠けや省略があり、完全に備わっているとは言い難い。 そこで今、沙門・賢首がさらにその細かな点を広く示し、かなり詳しく明らかにした。

普禮法一十五拜

普く礼すること、法にて十五拝。

右天台山智顗禪師所撰。其拜首皆稱普禮。末皆稱盧舍那佛。其間具引寂滅道場等七處八會之名。今江表盛行。不復繁敘。顗仍判華嚴。為圓滿頓教(云云)。

これは、天台山の智顗禅師が撰述したものである。礼拝の冒頭には「普礼」と称し、末尾には「盧舎那仏」と称している。その中には、寂滅道場などの七処八会の名を詳細に引用している。現在、江南地方で広く行われているため、ここで詳しく述べることはしない。智顗は『華厳経』を、完全で円満な頓教であると判別した(云云)。

華嚴齋記一卷

『華厳斎記』一巻

右竟陵文宣王撰。自齊梁已來。每多方廣齋集。皆依此修行也。今益州宏法師。亦以華嚴為志。勸其士俗。清信等或五十人或六十人。同為福社。人各誦華嚴一卷。以同經部。每十五日。一家設齋。嚴道場高座。供主昇座。餘徒復位。各誦其經畢而方散。斯亦齋集之流也。

右は竟陵文宣王の撰したもの。斉梁の時代以来、しばしば方等系の経典を用いた法要の集まりが行われ、全てこの方法に従って修行してきた。現在、益州の宏法師もまた、華厳経を志として、その土地の知識人や一般の人々に勧め、清信の徒(信心篤い人々)が、時に五十人、時に六十人集まって、共に福を積むための社(結社)を作っている。人々はそれぞれ華厳経の一巻ずつを担当して暗誦し、経典全体を同じように学び合う。毎月十五日に、ある一家が斎(法要のための食事)を設け、荘厳な道場に高座を整え、供養の主となる者が高座に上がる。他の参加者たちはそれぞれの席に着き、各自が担当する経典の一巻を暗誦し終えてから解散する。これもまた、かつての斎集(法要の集まり)の流れを汲むものである。

供養十門儀式

十種の供養の儀式

右沙門智儼撰。

沙門の智儼が撰した。

善財童子諸知識錄

**善財童子の善知識の記録**

右沙門彥琮撰。

こちらは沙門(僧)の彦琮が撰したものです。

華嚴旨歸一卷十門。一說經處。二說經時。三說經佛。四說經眾。五說經義。六說經教。七顯經義。八釋經意。九辨經益。十示經圓。

華厳の宗旨をまとめたものは一巻で、十の部門からなる。第一に経を説いた場所、第二に経を説いた時、第三に経を説いた仏、第四に経を聞いた人々、第五に経の教えの意味、第六に経の教えの形式、第七に経の教えの顕現、第八に経の意図の解釈、第九に経の利益の判別、第十に経の円満を示す。

右於上十門。各以十義解釋。通并百門以顯經意。遂令浩污之旨。宛在目前。具如彼釋。沙門法藏所述。

以上の十門において、それぞれ十の意味をもって説明し、合わせて百門によって経典の意図を明らかにしたのです。それにより、広大無辺で奥深い教えの内容が、あたかも目の前にあるかのように現れています。詳しくはそれらの解説の通りです。沙門法藏が述べたところによります。

華嚴三昧觀一卷十門

華厳三昧観 一巻 十門

右於上十門。亦各以十義。辨其所要。務令修成普賢願行。結金剛種。作菩提因。當來得預華嚴海會。用於天台法華三昧觀。諸修行者。足為心鏡耳。沙門法藏所述。

上に述べた十の門においても、それぞれ十の意味をもってその要点を明らかにしています。これは必ず普賢の願いと行いを成就させ、金剛の種を結び、悟りの因を作り、将来、華厳の海会に加わることを願ってのことです。天台の法華三昧の観法を修行する方々にとって、これは心の鏡として十分に役立つでしょう。沙門法蔵が記しました。

華嚴綱目一卷 華嚴玄義章一卷 華嚴教分記三卷

華厳綱目(全1巻) 華厳玄義章(全1巻) 華厳教分記(全3巻)

右并大章疏之外。隨人所問。隨義而說。錄以成卷。竝顯此經意。法藏所述也。

この大きな注釈書のほかに、人々の質問に応じて、その意味に従って説かれた内容を集めて一卷としました。これらはすべてこの経典の意図を明らかにするものです。法蔵が述べたところです。

華嚴翻梵語一卷(舊經)華嚴梵語及音義一卷(新經)

華厳経の梵語訳、全一巻(旧訳経典) 華厳経の梵語と音義、全一巻(新訳経典)

右新舊二經。所有梵語。及新經難字。悉具翻及音釋。讀經之士實所要焉。

右に挙げた新旧二つの経典に含まれる全ての梵語と、新しい経典内の難しい漢字について、翻訳と読み方を全て示しました。経典を読む方にとって、実際に必要なものとなっています。

華嚴三寶禮十首

華厳の三宝礼 十首

右初禮云。南無第一會。菩提樹下師子座上。盧舍那佛廣。及十方遍周法界。一切諸佛所說。甚深果德法海。并普賢菩薩等。微塵數菩薩摩訶薩。一切三寶。後七會。稱處名法名菩薩名。別餘皆同上。其第九。禮中本經四十九萬八千八百偈華嚴經中三寶。第十。禮上本十大千界微塵數偈華嚴經中三寶。并但稱說彼經佛法及普賢等。可知。

右、最初の礼拝は次の通りです。「南無、第一の会。菩提樹の下、獅子の座に坐す盧舎那仏、広く十方、法界の至る所に遍くおわす一切の諸仏が説きたもうた、甚深なる果徳の法海、ならびに普賢菩薩など、微塵の数ほどの菩薩摩訶薩、一切の三宝に帰命します。後の七つの会は、その場所の名、法の名、菩薩の名をそれぞれ称え、それ以外は全て上と同じです。その第九は、『中本』の経(四十九万八千八百偈の華厳経)の中の三宝を礼拝します。第十は、『上本』の十大千界の微塵の数ほどの偈の華厳経の中の三宝を礼拝し、ただし、その経の仏法や普賢などについて称えるだけで、他は同様であると知るべきです。」

華嚴讚禮十卷十首
右初禮云。至心歸命禮華嚴第一會。樹王登寶位。蓮界演華文。聖眾眉間出。神光發面門。座中流慧海。毛孔現慈雲。一塵含法界。九世念中分。願共諸眾生。同遊華藏界。其第二會讚云。龍堂信雲廣。海印法流深。輪光極空際。名諦盡圓音。賢初該六位。傳首十方臨。主伴恒文映。帝網理難尋。第三會云。聚日臨山頂。雲集滿虛空。覺樹初無起。天堂現金容。
隋州司法狄仁[王*萑]事。調露二年。高宗將封嵩嶽諸州宰牧。各以六科舉人。隋州刺史臨真公。守節舉送。東都榱寄主人。宿於賣藥之室。夜夢有人引行遊觀入一大室。莫知邊際。仰視但見渏井垂蓮。圓泉䨱海。金花方鏡。殊勝莊嚴。幡上皆有諸佛菩薩形像。聞空中有聲曰。此是花嚴道場也。覺後慶懌兼倍。願造大幡。如夢所見。還至隋州。乃訪畫工。將事修造時。有安州范君及王生二人。來共圖畫。於興圓寺佛殿中。藻繪成就。長百餘尺。所用丹青。皆香水清潔。遂感一瑞鵲。每日飛來。馴擾畫處。曾無驚惕。凡經旬半後。欻不見。咸以為畫士清淨至誠之所致。
華嚴經傳記卷第五
文永十二年(乙亥)正月中旬之候。聽聞五教章三十講。暫經迴栂尾高山寺之處。自彼寺住侶惠日房辨清之手。借得華嚴傳五卷。點本之間。喜悅銘肝之餘。下向南都之後。誂能書之輩令書寫。此傳之內。當卷者。表誂當寺下野公膽惠令書寫之。假名并姓。誂同伴與伴與公慶性令付之。裏書者。同年四月晦日(申時)於東大寺尊勝院新學問所手自書寫之畢。已及八旬之齡。雖倦三餘之勤。為備生前之思出。愍勵老後之修學。後學披見之時。可哀其志矣。此假名姓裏書者。土御門大納言入道(顯定卿)三所記錄也。即以彼禪門自筆之點本寫之。可為無雙之證本也。
建治元年(乙亥)六月五日(午時)於當院家新彌勒堂。合寫本等奉讀之畢。願以此五卷披讀之微功。必為彼三會得脫之良因耳。前權僧正宗性。聽眾。良曉得業。慶實法師。談義之後。即於當院家新學問所。為散後日之不審。委記當時之次第而已。右筆。華嚴宗末葉沙門釋宗性。年齡七十四。夏[萉-巴+(日/(句-口+匕))]六十二。
抑此料紙者。去文永三年之曆暮秋九月之候。後嵯峨天皇所降賜也。不慮之朝恩。面目頓餘身之間。漸漸取出之。以寫如此要書。以資前院之後菩提。以祈法皇之御得脫。冥眾必垂哀愍。所願畢得成就矣。

9 書寫

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