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title: "法苑珠林 · 4 河海部"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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### 河海部第四

> 第四 河海の章

如新婆沙論云。於此贍部洲中有四大河。眷屬各四。隨其方面流趣大海。謂即於此贍部洲中有一大池名無熱惱。初彼出四大河。一名殑伽。二名信度。三名縛芻。四名私多。初殑伽河從池東面金象口出。右繞池一匝流入東海。次信度河從池南面銀牛口出。右繞池一匝流入南海。次縛芻河從池西吠瑠璃馬口出。右繞池一匝流入西海。後私多河從池北面頗胝迦師子口出。右繞池一匝流入北海。殑伽大河有四眷屬。一名閻母那。二名薩洛瑜。三名阿氏羅筏底。四名莫醯。信度大河有四眷屬。一名毘𮆎奢。二名藹羅筏底。三名設咀荼盧。四名毘咀娑多。縛芻大河有四眷屬。一名筏刺拏。二名吠咀剌尼。三名防奢。四名屈愍婆。私多大河有四眷屬。一名薩梨。二名避魔。三名捺地。四名電光。如是且說有大名者。然四大河一一各有五百眷屬。并本合有二千四河。隨其方面流趣大海。如是所說二千四河。未入海頃。頗有能令不入海不。無如是事。假使有人。或以神力。或以呪術。廣說乃至令不得入聖諦現觀。無有是處。

> 新たに説かれた『毘婆沙論』によれば、この閻浮提には四大河があり、それぞれに四つの支流がある。それらはそれぞれの方角に従って海に流れ込む。すなわち、この閻浮提には一つの大きな池があり、名を無熱悩池という。そこからまず四大河が流れ出る。一つ目はガンジス川、二つ目はシンドゥ川、三つ目はヴァクシュ川、四つ目はシーター川である。 まずガンジス川は、池の東面にある金の象の口から出て、池を右に一巡りしてから東海に流れ込む。次にシンドゥ川は、池の南面にある銀の牛の口から出て、池を右に一巡りしてから南海に流れ込む。次にヴァクシュ川は、池の西面にある瑠璃の馬の口から出て、池を右に一巡りしてから西海に流れ込む。最後にシーター川は、池の北面にある水晶の獅子の口から出て、池を右に一巡りしてから北海に流れ込む。 ガンジス大河には四つの支流がある。一つ目はヤムナー川、二つ目はサラユ川、三つ目はアキーラヴァティー川、四つ目はマヒー川である。シンドゥ大河には四つの支流がある。一つ目はヴィパーシャー川、二つ目はアイラーヴァティー川、三つ目はシャタドゥルー川、四つ目はヴィトスター川である。ヴァクシュ大河には四つの支流がある。一つ目はヴァラナー川、二つ目はヴェートラヴァティー川、三つ目はハンシュ川、四つ目はカムバ川である。シーター大河には四つの支流がある。一つ目はサリー川、二つ目はシーマ川、三つ目はナディー川、四つ目はヴィドユッ・プラバー川である。 これは、大きな名前を持つものだけを挙げたものである。しかし、四大河にはそれぞれ五百の支流があり、本流と合わせて合計二千四の河川があり、それぞれの方角に従って海に流れ込む。このように説かれた二千四の河川が、海に入る前に、海に入るのを防ぐことができる者がいるだろうか。そんなことは決してない。たとえ、ある者が神通力や呪術を用いて、あるいはそ（の他あらゆる手段を用い）て、それらの河川を海に入らせないようにしようとしても、それは不可能である。同様に、聖なる真理の現観（聖諦現観）に入ることを妨げることも、決してありえないのである。

又涅槃經云。譬如大海有八不可思議。何等為八。一者漸漸轉深。二者深難得底。三者同一鹹味。四者潮不過限。五者有種種寶藏。六者大身眾生在中居住。七者不宿死屍。八者一切萬流大雨投之不增不減。

> また『涅槃経』にはこう説かれています。例えば大海には八つの不可思議な性質があります。それらとは何か。第一に、次第に深くなること。第二に、深くて底が得難いこと。第三に、すべて同じ塩辛い味であること。第四に、潮の満ち引きが限界を超えないこと。第五に、さまざまな宝が蔵されていること。第六に、巨大な体を持つ生き物がその中に住んでいること。第七に、死体を留めておかないこと。第八に、すべての川の流れや大雨が注ぎ込んでも、増えも減りもしないこと、です。

又金剛三昧不壞不滅經云。佛言。彌勒當知。阿耨大池出四大河。此四大河分為八河。及閻浮提一切眾流皆歸大海。以沃焦山大海不增。以金剛輪故大海不減。此金剛輪隨時轉故。令大海水同一鹹味。

> また『金剛三昧不壞不滅経』にはこうあります。 仏は言われた。「弥勒よ、知るがよい。阿耨池からは四大河が流れ出て、その大河はさらに八つの川に分かれる。そして閻浮提（私たちの世界）のあらゆる流れはすべて海に注ぐ。だが、沃焦山があるために海の水は増えず、金剛輪があるために減ることもない。この金剛輪は常に回転しているため、海の水はすべて同じ塩味を保っているのだ。」

又涅槃經云。善男子。如殑伽河中有七眾生。一者常沒。二者暫出還沒。三者出已則住。四者出已遍觀四方。五者遍觀已行。六者行已復住。七者水陸俱行。言常沒者。所謂大魚。受大惡業。身重處深。是故常沒。暫出還沒者。如是大魚受惡業故。身重處淺。暫見光明。因光故出。重故還沒。出已住者。謂坻彌魚。身處淺水樂見光明。故出已住。遍觀四方者。所謂錯魚。為求食故遍觀四方。是故觀方。觀已行者。謂是錯魚遙見餘物。謂是可食。疾行趣之。故觀已行行已復住者。是魚趣已既得可食。即便停住。故行已復住。水陸俱行者。即是龜也喻七種眾生者如文不煩此述。

頌曰。

> 偈に曰く。

玄言始開闡 雲霧上昇天靉靆垂下布 駛雨遍山川百草俱滋茂 五穀皆熟田自非慈福力 豈感樂豐年

> 玄なる言葉が初めて開かれ説かれると、 雲霧が天へと昇っていく。 雲がたなびき垂れ込めて、 俄か雨が山川に広く降り注ぐ。 あらゆる草はみな潤い茂り、 五穀はすべて田で実り豊かとなる。 もしも慈しみの福徳の力がなければ、 どうして豊かな恵みの年を感じられようか。