根本說一切有部毘奈耶藥事卷第二
根本説一切有部毘奈耶藥事 巻第二
大唐三藏義淨奉 制譯
大唐三蔵義浄、勅を奉じて訳す
佛在摩揭陀國,人間遊行至王舍城,住羯闌鐸迦竹林園中。時影勝王聞佛遊行來到國界,聞已作是思惟:「我願先時頻供養佛,猶未曾請三月夏安居,以所有家資總為供養。」作是念已,盡其所有,請佛及僧三月安居供養,并遣侍縛迦醫王供給所須病瘦醫藥。時影勝王作是念已,將諸臣佐前後圍遶從宮而出,往詣佛所。到已,稽首作禮,退坐一面。
仏はマガダ国において、人々の間を遊行し、王舎城に至って、羯蘭鐸迦の竹林園に住まわれた。その時、影勝王は仏が遊行して国境に来られたと聞き、聞いてからこのように思惟した。「私は以前から再三仏に供養してきたが、まだ三月の夏安居を請うたことはなかった。今、所有の家財をすべて供養に充てよう。」このように考えてから、その全てを尽くして、仏と僧伽に三月の安居の供養を請い、また侍医の縛迦医王に、病者の必要な薬や治療を供給するよう遣わした。その時、影勝王はこのように考えてから、多くの臣下や従者を前後に侍らせて宮殿から出て、仏の御許に赴いた。到着してから、頭を地につけて礼拝し、退いて一方に坐した。
爾時世尊為王種種方便說微妙法,示教利喜,默然而住。是時大王從座而起,偏袒右肩,右膝著地,合掌向佛,白佛言:「唯願世尊受我三月夏安居請,於我宮內,所有資財、供身之物,悉持供養,并遣醫王侍縛迦療諸病苦。」
その時、世尊は王のためにさまざまな方法で微妙な法を説き、教え示し、利益と喜びを与えられた後、静かに座しておられた。
その時、大王は座を立って、右肩を偏らせ、右膝を地につけ、合掌して仏に向かい、仏に申し上げた。
「どうか世尊よ、私の願いをお受けください。この三月の夏安居の間、私の宮殿に留まっていただき、私が所有するすべての財物や生活に必要な品々を、すべて捧げて供養したいと思います。また、医王である侍縛迦を遣わし、すべての病の苦しみを癒させていただきたいのです。」
爾時世尊默然而許。時王慇重請世尊已,禮佛而去。還至宮中,辦諸供具,於夏三月而為供養。爾時憍薩羅國勝光大王聞影勝王請佛及僧三月安居,種種供養并大醫王侍縛迦供給湯藥。聞已作是思惟:「彼是大國王,能以家資及侍縛迦等,而為供養。我今亦是大國之主,世尊若來此國,我亦當以一切家資及醫人阿帝耶而為供養。」乃至世尊住王舍城三月安居,作衣已竟,執持衣鉢,大眾圍遶,欲往室羅伐城,漸漸遊行,遂到彼國給孤獨園。時勝光王聞佛來至,住給孤獨園。聞已往詣,到給孤獨園,見世尊已,稽首作禮,退坐一面。
その時、世尊は黙ってお許しになった。王は心を込めて世尊にお願いした後、仏に礼拝して立ち去った。宮中に帰ると、様々な供養の道具を整え、夏の三ヶ月の間、供養を行った。
その時、コーサラ国の勝光王は、影勝王が仏と僧伽を招いて夏の三ヶ月の安居を行い、様々な供物を捧げ、また大医王の侍縛迦が薬湯を差し上げたことを聞いた。聞いてこう考えた。「彼は大きな国の王でありながら、家財のすべてと侍縛迦らをもって供養をしている。我もまた大国の主である。世尊がもしこの国に来られたならば、我もまたすべての家財と医者の阿帝耶をもって供養しよう。」と。
やがて世尊は王舎城に留まって夏の三ヶ月の安居を終え、衣を整え終えると、衣と鉢を携え、大衆に囲まれて、室羅伐城へ向かおうとされた。次第に遊行して、ついにその国の給孤独園に到着された。
その時、勝光王は仏が来られて給孤独園に滞在されていると聞いた。聞いてすぐに訪れ、給孤独園に到着し、世尊を拝見して、額を地につけて礼拝し、退いて一方に坐った。
爾時世尊為王種種方便說微妙法,示教利喜已,默然而住。時勝光王從座而起,偏袒右肩,雙膝著地,合掌向佛,白言世尊:「唯願世尊及苾芻僧伽,受我三月安居請,總以一切資具并醫人阿帝耶而為供養。」
その時、世尊は王のために様々な方便を用いて、微細で深い法を説かれた。教えを示し、導き、喜びを与え終えると、静かに座しておられた。
その時、勝光王は座を立って、右肩を露わにし、両膝を地につけ、合掌して仏に向かい、こう申し上げた。「世尊よ、どうか世尊と比丘の僧伽の皆様に、私の三月間の安居の供養をお受けください。すべての必要な品々と、医者アディヤを用いて供養いたしたいと願っております。」
爾時世尊默然受請。時憍薩羅主勝光大王見佛許已,頂禮佛足,奉辭而去。還至宮中,辦諸供具,并遣醫人,於三月中供給所須,供養於佛及苾芻僧伽。時勝光王為性慈慜,每於晨朝至毘訶羅,親禮佛足,問訊起居,遍觀大眾,知其安不?見一苾芻痔病嬰身羸瘦無力,王既見已遂便問曰:「聖者!何故羸瘦無力?」苾芻答曰:「大王!為患痔病,是故羸瘦。」時王還勅醫人阿帝耶為之療疾。時彼醫人奉教而往,然此醫人不信三寶,於其病者不肯療治。王於後時還見病者,怪而問曰:「聖者!醫人不為治耶?身尚羸損。」病者對曰:「大王雖遣醫人,彼竟不來相為救療。」時王聞已,即便瞋責,遂遣使者追捉將來。王曰:「我先令汝看病苾芻,何為至今竟不救療?若不治者,我當奪汝官位。」然此醫人素無信意,因被王責更加瞋忿,惡言毀罵:「豈為汝輩,奪我官耶?」捉病苾芻,至寺門外,遂縛手足,為割痔病。時彼苾芻既遭逼迫,苦痛纏心,即便大叫,復作是念:「我遭極苦,世尊大慈寧不哀愍?」如來常法,於一切時無不知見,由大悲力之所警覺,至苾芻所。時彼醫人遙見佛來,嗔猶未息作如是語:「汝來!婢兒!看汝弟子下部如何?」
その時、世尊は静かに請けを許された。すると、憍薩羅国の勝光大王は、仏がお許しになったのを見て、仏の足もとに額を付けて礼拝し、お暇をいただいて宮殿に戻った。そして、諸々の供養の品々を整え、医師をも遣わし、三ヶ月の間、必要なものを供給して、仏と比丘たちの僧伽を供養した。
勝光王は生まれつき慈しみ深い性質で、毎朝ヴィハーラ(精舎)に赴いて、自ら仏の足もとに礼拝し、安否を尋ね、大衆を見回って、皆が無事であるかを確かめた。そんなある日、一人の比丘が痔の病に苦しみ、やせ衰えて力のないのを見て、王は尋ねた。「尊師よ、どうしてこんなにやせ衰えて力がないのですか?」
比丘は答えた。「大王、痔の病にかかっているため、このようにやせ衰えたのです。」
王はただちに医師アディヤに命じて治療させようとした。その医師は王の命令を受けて赴いたが、この医師は三宝を信じておらず、病人を治療しようとしなかった。
王は後に再びその病人を見かけ、怪しんで尋ねた。「尊師よ、医師は治療してくれなかったのですか? まだおやせのままではありませんか。」
病人は答えた。「大王が医師を遣わしてくださいましたが、その医師はとうとう来て治療してくれませんでした。」
王はこれを聞いて、ただちに怒り、使者を遣わしてその医師を連れて来させた。王は言った。「先にあなたに病人の比丘を診るよう命じたのに、なぜ今日に至るまで治療しないのか。もし治療しないなら、あなたの官位を剥奪するであろう。」
しかし、この医師は元々信仰心がなかった上に、王に責められてさらに怒りが増し、悪口を言って罵った。「あなたがたのために、私の官位が奪われるものか。」そして、病人の比丘を捕まえ、寺の門の外に連れて行き、手足を縛って痔の手術をした。
その時、比丘は無理強いされたことで苦痛に心が締め付けられ、大声で叫んだ。そしてこう思った。「私はこの上ない苦しみに遭っている。世尊の大いなる慈悲は、どうか私を哀れんでくださらないのだろうか。」
如来には常に、すべての時において知らないことも見えないこともないという法がある。大悲の力に目覚まされて、如来は比丘のところに来られた。その医師は遠くから仏が来られるのを見たが、怒りがまだ収まらず、こう言った。「来い、婢の子よ。お前の弟子の下の方をどうぞご覧あれ。」
爾時世尊聞此語已,默然而去,還至本處,敷座而坐,熙怡微笑,口中出五色光,或時下照、或復上昇。其光下者至無間獄,并處炎熱皆得清涼,若處寒氷便獲溫暖。彼諸有情各得安樂,皆作是念:「我與汝等,為從地獄死,生餘處耶?」
その時、世尊はこの言葉を聞かれて、黙ったままその場を離れ、元の場所に戻って座を整えて坐し、穏やかに微笑まれた。お口からは五色の光が放たれ、ある時は下を照らし、またある時は上へと昇っていった。その光が下に届いた者は、無間地獄にまで及び、炎熱の地にいる者も皆、清らかに涼しくなり、寒氷の地にいる者は温かさを得た。それらの有情たちはそれぞれ安楽を得て、皆こう思った。「我々は地獄から死んで、他の場所に生まれ変わったのだろうか」と。
爾時世尊令彼有情,生信心故,復現餘相。彼見相已,皆作是念:「我等不於此死而生餘處。然我必由無上大聖威德力故,令我身心現受安樂。」既生敬信,能滅諸苦,於人天趣受勝妙身,當為法器,見真諦理。其上昇者,至色究竟天光中,演說苦空無常無我等法,并說二伽他曰:
その時、世尊はその生きとし生けるものたちに信じる心を起こさせるために、さらに別の相を示された。彼らがその相を見ると、皆こう思った。「私たちはここで死んで、他の場所に生まれ変わるのではない。しかし、必ずや無上の大聖の威徳の力によって、今まさに心身に安らかな喜びがもたらされているのだ。」こうして敬いの心と信じる心が生まれると、すべての苦しみが消え去り、人や天の世界で素晴らしい姿を受け取ることとなった。やがて教えを聞き入れる器となり、真実の理を見るようになった。そのうち上に昇る者たちは、色究竟天に至り、その光の中で苦・空・無常・無我などの教えが説かれ、さらに二つの偈(げ)が唱えられた。
「汝等求出離, 於佛教勤修;
降伏生死軍, 如象摧草舍。
於此法律中, 勤求不放逸;
能竭煩惱海, 當盡苦邊際。」
「あなたたちは解脱を求めて、仏の教えの中で励み修行しなさい。 生死の軍を打ち負かしなさい。象が草の小屋を打ち壊すように。 この教えと戒めの中で、怠らずに努力し続けなさい。 煩悩の海を干上がらせることができれば、苦しみの果てに至るでしょう。」
時彼光明遍照三千大千世界,還至佛所。若佛世尊說過去事,光從背入;若說未來事,光從胸入;若說地獄事,光從足下入;若說傍生事,光從足跟入;若說餓鬼事,光從足指入;若說人事,光從膝入;若說力輪王事,光從左手掌入;若說轉輪王事,光從右手掌入;若說天事,光從臍入;若說聲聞事,光從口入;若說獨覺事,光從肩入;若說阿耨多羅三藐三菩提事,光從頂入。是時光明遶佛三匝,從口而入。時具壽阿難陀合掌恭敬,而白佛言:「世尊!如來、應、正等覺熙怡微笑,非無因緣。」即說伽他而請佛曰:
そのとき、その光明は三千大千世界をくまなく照らし、仏のもとへと還ってきました。 もし仏世尊が過去のことを説かれるときは、光は背中から入り、未来のことを説かれるときは、光は胸から入ります。地獄のことを説かれるときは、光は足の下から入り、畜生のことを説かれるときは、光はかかとから入り、餓鬼のことを説かれるときは、光は足の指から入ります。人のことを説かれるときは、光は膝から入り、転輪聖王のことを説かれるときは、光は右手のひらから入ります。天のことを説かれるときは、光はへそから入り、声聞のことを説かれるときは、光は口から入り、独覚のことを説かれるときは、光は肩から入ります。そして、無上正等覚(阿耨多羅三藐三菩提)のことを説かれるときは、光は頂上から入るのです。 そのとき、光明は仏の周りを三度めぐって、口から入りました。 そこで、尊い阿難陀が合掌し、恭しく仏に申し上げました。「世尊よ、如来・応供・正等覚者は、にこやかに微笑まれますが、それは決して理由のないことではありません。」 そして、次の偈(ガータ)を唱えて仏に請いました。
「口出種種妙光明, 流滿大千非一相;
周遍十方諸剎土, 如日光照盡虛空。
佛是眾生最勝因, 能除憍慢及憂慼;
無緣不啟於金口, 微笑當必演希奇。
安詳審諦牟尼尊, 樂欲聞者能為說;
如師子王發妙吼, 願為我等決疑心。
如大海內妙山王, 若無因緣不搖動;
自在慈悲現微笑, 為渴仰者說因緣。」
口から種々の妙なる光明を放ち、 流れ広がって大千世界に満ち、一つの形に留まらない。 十方のあらゆる仏国土に遍く行き渡り、 太陽の光が虚空を照らし尽くすかのようだ。 仏は衆生にとってもっとも勝れた因縁であり、 高ぶりや思い煩いを取り除くことができる。 縁がなければ金口を開かれることはないが、 微笑まれたなら、必ず希有な教えを説かれるに違いない。 安らかで静かな牟尼尊は、 聞くことを願う者には説いてくださる。 獅子王が妙なる吼え声をあげるように、 どうか私たちの疑問を解決してほしい。 大海の中の妙高山のように、 因縁がなければ動くことはない。 自在なる慈悲をもって微笑まれ、 渇仰する者たちに因縁を説いてくださるのだ。
爾時世尊告阿難陀曰:「如是阿難陀,非無因緣如來、應、正等覺輒現微笑。阿難陀!阿帝耶醫王,是自殘害,由於佛所作惡罵言,云是『婢子』。我念從昔大三末多王以來,乃至我身無有訶罵為下賤人。此阿帝耶惡口罵詈,乘斯惡業,却後七日必當吐血而致命終,墮地獄中多時受苦。是故苾芻,如阿帝耶無信醫人,不應令遣看病苾芻。痔病有二種療法:一者以呪、二者以藥。若苾芻有病,不應於阿帝耶等不信之類而遣療治。若令治者,得越法罪。」是時患痔苾芻,因遣阿帝耶療治,彼作方便,遂令命終。時有大臣以事白王云:「阿帝耶毀罵世尊為下賤婢子,所療患痔苾芻故令命終。」時王大瞋,乃遣大臣斬惡人首。大臣答曰:「大王!阿帝耶先是死人,何須更殺?世尊已記:『却後七日當吐熱血便即命終。命終之後當墮地獄。』」王曰:「若如是者,驅出我國。」是時大臣即便奉教,驅出國界,至娑雞多城。既到彼城,善神呵罵,極苦罵已,還驅出界,告曰:「愚癡之人!汝已罵三界大尊作下賤婢子,豈容此住。」從此而去,到波羅痆斯城,從彼又被善神驅出;從彼到薜舍離城,還被驅出;又到王舍城,亦被驅出;又到瞻波城,更被驅出。到一樹下,暫時憩息,樹神驅出。從此至流泉池處,皆被驅擯不容止息。既被驅已,作是思惟:「野干之類,於贍部洲尚得停止。我是人流,至於樹下乃至亦不容受。」彼思念已,內心焦惱,吐血而死,死已墮阿毘大地獄。爾時世尊以此緣故,即說伽他曰:
そのとき、世尊は阿難陀に告げられた。「阿難陀よ、このように、如来・応供・正等覚が笑みを浮かべるのは、決して理由のないことではない。
阿難陀よ、かの医師アディヤは、自らを害した者である。なぜなら、彼は仏に対して悪口を言い、『婢の子だ』とののしったからである。私はかつて大三末多王の時代以来、私のこの身に至るまで、誰かに罵られて『下賤の者』と呼ばれたことはない。このアディヤは悪口で罵ったがゆえに、その悪業によって、七日後には必ず吐血して命を終え、地獄に堕ちて長い間苦しみを受けるであろう。
それゆえ、比丘たちよ、アディヤのような信のない医師には、病人の看護をさせるべきではない。痔の病には二つの治療法がある。一つは呪によるもの、もう一つは薬によるものである。もし比丘に病があれば、アディヤのような信のない者たちに治療をさせるべきではない。もし治療させたならば、越法罪を得ることになる。」
そのとき、痔を患っていた比丘が、アディヤを呼んで治療させたところ、彼は方法を弄して、その比丘を死なせてしまった。
そこで大臣がこのことを王に申し上げた。「アディヤという者が世尊を『下賤の婢の子』と罵り、また治療を任された痔の比丘を死なせました。」
王は大いに怒り、大臣にその悪人の首を切るように命じた。大臣は答えた。「大王よ、アディヤはすでに死んだ者です。どうして今さら殺す必要がありましょうか。世尊がすでに予言されました。『七日後には熱い血を吐いて命を終え、その後は地獄に堕ちるであろう』と。」
王は言った。「もしそうならば、我が国から追い出せ。」
そこで大臣は命に従い、彼を国境から追い出し、サーケータ城に至らせた。その城に着くと、善神が彼を罵り、激しく叱責したのち、また国境から追い出して言った。「愚か者よ、汝は三界の大いなる尊を『下賤の婢の子』と罵った。どうしてここに留まることを許されようか。」
彼はそこから去ってバーラーナシー城に行ったが、そこでもまた善神に追い出された。そこからヴェーサーリー城に行っても、また追い出された。さらにラージャグリハ城に行っても、やはり追い出された。さらにチャンパー城に行っても、また追い出された。一本の木の下に来てしばし休もうとしたが、木の神に追い出された。そこから泉や池のある場所に行っても、すべて追い払われて留まることを許されなかった。
こうして追われたのち、彼はこう思った。「野干のような獣でさえ、閻浮提の地に留まることができる。私は人間であるのに、木の下に至るまで、留まることを許されないのか。」
そう思い悩んだ彼は、内心焦り苦しんで吐血して死に、死後、阿毘大獄に堕ちた。
そのとき、世尊はこの因縁によって、次の伽陀(偈)を説かれた。
「若人生世間, 從口出惡語;
常以利刀斧, 斬截於己身。
於惡人興讚, 於善人嫌毀;
口生諸過失, 終不招樂果。
樗蒲雖失利, 其過尚為輕;
毀辱佛世尊, 其罪極深重。
若人惡心語, 毀謗於諸聖;
於頞部獄中, 動經百千歲。
又緣此惡罵, 謗毀諸聖故;
墮在青疱獄, 經四萬二千。」
人がこの世に生を受けて、口から悪口を発すれば、 常に鋭い刀や斧で、己の身を切り裂くようなものである。 悪人を褒めそやし、善人を嫌い貶すのは、 口から多くの過ちを生み、ついには楽しい報いを得られない。 博打に敗れることは、損失といえどもその罪はまだ軽い。 しかし仏世尊を誹謗中傷する罪は、極めて深く重い。 もし人が悪意をもって言葉を発し、聖なる人々を謗るならば、 その人は頞部地獄の中で、幾百年もの長きにわたり苦しむことになる。 そして、この悪罵によって聖者を謗った報いとして、 青疱地獄に堕ちて、四万二千年もの間、苦しみを受けるのである。
爾時世尊在荻苗國,人間遊行至一村間。有舊住處先不結界,於中止宿。爾時世尊以此因緣,風病發動。時具壽阿難陀作如是念:「我常供養世尊,未曾問於醫人。今患風疾,往問醫人。」至已問曰:「賢首!世尊今患風疾,為我處方。」醫人報曰:「聖者!宜用酥煎三種澁藥,服即除愈。」時具壽阿難陀和合煎已,將往世尊。世尊知而故問阿難陀:「此是何物?」阿難陀答曰:「我作是念:『此常供養世尊,不問醫人,今我宜應往問醫人。』問已醫人報曰:『宜用酥煎三種澁藥,當得除差。』故我和合,以奉世尊。」佛言:「阿難陀!何處煮?」答曰:「界內。」佛言:「是誰煮?」阿難陀曰:「是我自煮。」佛言:「阿難陀!若界內煮、界內貯宿,此不應服。若界內煮、界外宿,不應服。若界外煮、界內宿,不應服。若界外煮、界外宿,不應服。」佛言:「阿難陀!苾芻自捉藥一切物,及自煮,並不應服。若苾芻自捉藥一切物,及自煮,並不應服。若界外求寂、俗人煮者,苾芻應服。」
その時、世尊は荻苗国において人々の間を遊行し、とある村に到着された。そこには古い宿泊処があり、まだ結界が施されていなかったが、その場に宿泊された。その因縁により、世尊は風病を発症された。
その時、具寿阿難陀はこう考えた。「私は常に世尊をお供養しているが、これまで医者に伺ったことはない。今、世尊が風病にかかられたので、医者のもとへ行って伺ってみよう。」
医者のもとへ行き、尋ねて言った。「尊い方よ、世尊は今風病にかかられている。私のために処方をいただきたい。」
医者は答えた。「聖者よ、酥で三種の渋い薬を煎じて服用されれば、きっと治ります。」
そこで具寿阿難陀は薬を調合し煎じて、世尊のもとへ持っていった。世尊はご存知でありながら、わざと阿難陀に尋ねられた。「これは何か。」
阿難陀は答えた。「私はこう考えました。『この方は常に世尊をお供養しているが、医者に伺ったことがない。今こそ医者のもとへ行って伺うべきだ。』尋ねたところ、医者は『酥で三種の渋い薬を煎じれば治るでしょう』と答えました。それで私が調合して、世尊に差し上げようと思ったのです。」
仏は言われた。「阿難陀よ、どこで煎じたのか。」
答えた。「界内でございます。」
仏は言われた。「誰が煎じたのか。」
阿難陀は言った。「私自身が煎じました。」
仏は言われた。「阿難陀よ、もし界内で煎じ、界内で貯えておいたものは、服用してはならない。もし界内で煎じ、界外で宿ったものも、服用してはならない。もし界外で煎じ、界内で宿った
緣在室羅伐城。有長者往詣佛所,稽首佛足,退坐一面。是時世尊為彼長者說微妙法,示教利喜,以種種方便為說法已,默然而住。時彼長者從座而起,偏露右肩,右膝著地,低頭合掌,而白佛言:「世尊及苾芻眾,明日至家受我微請。」
ある時、世尊は舎衛城(しゃえじょう)に滞在しておられた。そこに一人の長者が仏のもとを訪れ、仏の足に頭を付けて礼拝し、退いて一方に座った。そのとき世尊はその長者のために微妙な法を説き、教え示し、利益と喜びを与え、様々な方便をもって法を説き終えられた後、静かに座っておられた。そのとき長者は座から立ち上がり、右の肩を露わにし、右の膝を地につけ、うつむいて合掌し、仏に申し上げた。「世尊よ、そして比丘(びく)の僧団の皆様よ、明日は私の家に来ていただき、ささやかな供養をお受けください。」
爾時世尊默然而受。是時長者至明日清旦,即於家中敷設床座,以大瓮器盛置淨水安在庭中,遣使白佛:「今既時至,供養已辦,願聖知時。」爾時諸苾芻眾受佛教已,著衣持鉢,往長者家,依次而坐,如應受食,唯佛不去。佛有五緣而不赴請,遣人請食。何者為五?一者為看病故、二者為觀臥具故、三者為入靜慮故、四者為諸天說法故、五者為制戒故。世尊爾時為欲制戒而不赴請,遣人請食。如來常法,若不赴請,即命阿難陀請食。時彼長者至家,嚴設飲食,施諸苾芻。其飯稍生,具壽阿難陀既受飯已念:「此飯稍生,豈可堪食?世尊先有風氣,若食此飯恐更增動。」復作是念:「若我不受,世尊未聽,我今寧可具為受取。到本處已重煮令熟,以奉世尊。世尊因此必應制戒。」遂還本處煮飯令熟,即以鉢盛,持奉世尊。爾時世尊知而故問具壽阿難陀曰:「此飯與諸苾芻食者,為有異耶?為不異耶?」阿難陀答曰:「有異。彼諸苾芻所食之飯,其飯稍生。」佛又問曰:「此飯何處得耶?」時阿難陀具以事白,佛言:「善哉,善哉!阿難陀!我雖未說,汝善知時。自今已後聽諸苾芻,若受得生飯,應煮令熟而食。」爾時六眾苾芻因此緣故,自乞生米,受已煮食。時諸苾芻以緣白佛。佛言:「若於飯粒中,二分熟、一分生,聽自煮食。若菜花果魚肉,先煮色令變。受已,聽自煮而食。若乳等汁物應煮三沸,然可受取自煮而食,並皆無犯。若飯米生菜花果魚肉等,色未變、乳等未經三沸,自煮而食者,得越法罪。」
そのとき、世尊は黙ってお受けになりました。そこで長者は翌日の早朝、さっそく家の中に座席を設け、大きな甕にきれいな水を入れて庭に置き、使いを遣わして仏に申し上げました。「さあ、時が参りました。供養の準備が整いました。どうか聖なるお方が時をお知りください。」そのとき、多くの比丘たちは仏の教えを受けて、衣を着け鉢を持ち、長者の家へ行き、順に座って、しかるべきように食事を受けました。ただ仏だけは行かれませんでした。仏には五つの理由があって招きに赴かれず、人を遣わして食事を求められるのです。五つとは何でしょうか。一つには病人を見舞うため、二つには臥具を観察するため、三つには静慮に入るため、四つには諸天に説法するため、五つには戒を制定するためです。世尊はそのとき、戒を制定しようと望んで招きに赴かれず、人を遣わして食事を求められました。如来の常の作法として、招きに赴かれないときは、ただちに阿難陀に命じて食事を求めさせます。さて長者は家に帰り、飲食を立派に整えて、多くの比丘たちに施しました。その飯は少し生でした。具寿阿難陀は飯を受けてから、こう考えました。「この飯は少し生である。どうして食べられようか。世尊は以前から風気のお悩みがある。この飯を食べれば、かえって動きが増すのではないか。」またこう考えました。「もし私が受け取らなければ、世尊はまだお許しになっていない。今はむしろすべて受け取っておこう。自分のところへ戻ってからもう一度煮てよく熟らせ、世尊に差し上げよう。世尊はこれによってきっと戒を制定なさるに違いない。」そこで自分のところへ戻り、飯を煮てよく熟らせ、すぐに鉢に盛って、世尊に差し上げました。そのとき世尊は、ご存じのうえでわざと具寿阿難陀に問われました。「この飯は、多くの比丘たちが食べたものと異なるのか、異ならないのか。」阿難陀はお答えしました。「異なります。あの多くの比丘たちが食べた飯は、少し生でした。」仏はまた問われました。「この飯はどこで得たのか。」そこで阿難陀は事の次第をすべてお話ししました。仏は言われました。「善いかな、善いかな、阿難陀よ。私はまだ説いていないが、あなたはよく時を知っている。今より後、多くの比丘たちに許そう。もし生の飯を受けたなら、煮てよく熟らせてから食べるように。」そのとき六群の比丘たちは、この縁によって、自分から生米を乞い、受けてから煮て食べました。そこで多くの比丘たちが、その事情を仏に申し上げました。仏は言われました。「もし飯粒の中で、二分が熟し一分が生であるなら、自分で煮て食べることを許す。もし菜や花や果や魚や肉なら、まず煮て色を変えさせる。受けてから、自分で煮て食べることを許す。もし乳などの汁物なら、三度沸かしてから、受けて自分で煮て食べてよい。いずれも罪はない。もし飯や米や生の菜や花や果や魚や肉などで、色がまだ変わらず、乳などがまだ三度沸いていないのに、自分で煮て食べるならば、越法罪を得る。」
爾時佛在室羅伐城給孤獨園。是時輸波羅迦城,有一長者名曰自在,豪族富貴,多饒財寶,貨財豐足,多諸眷屬,多所攝受,如薜室羅末拏天王。於彼城中,更有同類豪族長者,唯有一女,端正姝好。時自在長者遂娉為婦,以為歡樂。其後不久,婦便有娠。由此有情於胎而住,九月滿足而誕一男。既生子已,於三七日歡娛受樂。過三七日,即集親族為子立名。時彼長者問諸親族:「當與此子立何等名?」而諸親族告長者曰:「既是自在之子,應名安樂。」後時長者於其家內與婦交歡,又生一子,名曰守護;於後更生一子,與名歡喜。乃至如自在長者有病,寢臥床席,由其患苦,性多暴急,惡罵親眷。是以妻子並棄而去,竟不供給。時彼長者先有一婢,心甚慈悲念:「此長者是我曹主,常以資財養活於我。今既患重,豈可不看?妻兒雖不供給,我當畢命而供養之。」作是念已,往醫人處,而問之曰:「賢首!識彼自在長者不?」醫人報曰:「我先相識,何事須問?」其婢報曰:「現患困篤,妻子棄之,願為處方。」醫人報曰:「女子!妻子既棄,何人看侍?」婢便報曰:「賢首!我獨看之。既無親屬,資財乏少,易得之藥願為求覓。」時彼醫人即為處方。於妻子所竊取少物,并減自料,將去買藥,為之看養。於後不久,病便得差。然此長者既得差已,而作是念:「我之妻子棄我不看,唯此婢子存活我命,今得除差。此之恩德,我當報之。」作是念已,告彼婢曰:「我之妻子咸棄我去,唯汝獨看。因汝恩惠,我命得全。汝於今者,欲求何願?」時婢白言:「大家當知!我無所願,若許我者,幸請為妻。」長者告曰:「何用為妻?今可與汝五億之錢,賜姓而去。」彼婢報曰:「聖子!雖與我錢,賜姓而去,設於餘處,不免婢名;若我為妻,絕斯賤稱。」爾時長者知婢決意,遂便許之,復告婢曰:「汝月期將至,當自沐浴,可來見我。」婢知期至,沐浴而往。長者見已,遂共交歡,便即有娠。既懷胎已,所有庫藏,悉皆充溢,月滿生男,容貌端正,諸根具足。適生子已,所有財物自然增長,集諸親族,共為立號。諸親共議,可名圓滿。遣八乳母,以為供侍:二人抱持、二人飲乳、二人洗濯、二人遊戲。此八乳母,日夜供給,并以乳、酪、生酥、熟酥及以醍醐以為所食。嚴身資具、飲食湯藥,日倍勝前。由此因緣,速便長大,如清淨池蓮花開敷。既長大已,教令習學書算印法,及以券記,分別財物、相諸衣服、珍寶好醜,并令分別木之善惡、象馬優劣、童男童女貴賤等相。此之八種,並令誦習而得通利。既了達已,復能轉教餘人。
その時、仏は室羅伐城の給孤独園にいらっしゃいました。さて、輸波羅迦城に、ある長者がおりました。名を自在といい、裕福な豪族で、財宝が豊かにあり、多くの眷属を従え、財貨を広く収めていました。ちょうど毘沙門天のような富貴を誇っていました。
その町にもう一人、同じような豪族の長者がいて、ただ一人の娘がありました。その娘はたいそう美しい人でした。自在長者はその娘を妻として迎え、共に楽しく暮らしました。
そののち間もなく、妻は妊娠しました。こうして十月ののち、男の子が生まれました。子が生まれると、二十一日のあいだ喜び楽しみ、その期間が過ぎると親族を集めて、子の名づけを行いました。自在長者は親族に問いました。「この子にどのような名をつけるべきだろうか。」
親族たちは答えて言いました。「自在の子ですから、その名を安楽としましょう。」
その後、長者は家の中で妻と共に交わり、また一人の子が生まれたので、その名を守護としました。さらに後にもう一人の子が生まれ、その名を歓喜としました。
さて、自在長者はやがて病気にかかり、床に卧すこととなりました。その病の苦しさのために、長者は性が非常に荒々しくなり、親族をひどく罵るようになりました。それゆえ妻も子も皆、彼を見捨てて去ってしまい、ついには看病する者もいなくなってしまいました。
その時、長者のもとに一人の婢がいました。彼女は深い慈悲の心を持ち、こう思いました。「この長者は私の主人であり、常に財産をもって私を養ってくださいました。今、重い病にかかっておられるのに、どうして見捨てられましょうか。妻や子が看病しなくても、私は命の尽きるまでこの方を養い支えよう。」
そう思って、彼女は医者のもとへ行き、問いました。「あなた様、自在長者をご存知ですか。」
医者は答えました。「以前から知っております。何か用があって尋ねられるのですか。」
婢は答えました。「今、長者は重い病に苦しんでおられ、妻も子も見捨ててしまいました。どうかお薬の処方を願います。」
医者は言いました。「娘よ、妻も子も見捨てたというのに、誰が看病しているのですか。」
婢は答えました。「私が一人で看病しております。親族もなく、財産も乏しいのですが、手に入りやすい薬でよいので、どうか探していただきたく存じます。」
そこで医者は薬の処方をしてくれました。婢は長者の妻や子の持ち物からこっそり少しの物を取り、また自分の分も減らして、それを売って薬を買い、長者の看病をしました。そうして間もなく、長者の病は治りました。
さて、長者は病が治ったのを見ると、こう思いました。「私の妻と子は私を捨てて看病しようともしなかった。ただこの婢だけが私の命を救い、今こうして病を除くことができた。この恩義は必ず報いねばならない。」
そう思って、婢に告げました。「私の妻と子は皆、私を捨てて去ったが、ただあなただけが私を看病してくれた。あなたの恩恵によって、私は命を全うすることができた。今、あなたはどのような願いを望むか。」
婢は言いました。「ご主人様、お聞きください。私には何の願いもございません。もし許していただけるならば、どうか私を妻としてお迎えください。」
長者は言いました。「妻などにならずともよいではないか。あなたに五億の金を与え、姓を与えて自由の身として送り出そう。」
婢は答えました。「主君よ、たとえ金をいただき姓を与えられて他へ行っても、どこでも『婢』という名を免れることはできません。私が妻になれば、その卑しい呼び名からも解放されます。」
その時、長者は婢の決意が固いことを知り、ついにその願いを許しました。そして婢に告げました。「あなたの月の時期が近づいたなら、身を清めて沐浴し、私のもとへ来なさい。」
婢はその時期が来るのを知り、沐浴して長者のもとへ行きました。長者はそれを見て、共に交わり、婢は身ごもりました。妊娠すると、倉庫の宝物はすべて満ちあふれ、月が満ちて男の子を生みました。その子の容貌は端正で、諸根も完全に具わっていました。子が生まれると、すべての財物は自然に増えていきました。
親族を集めて名づけを行い、親族たちは話し合って「円満」という名をつけました。そして八人の乳母を遣わして育てさせました。二人は抱き、二人は乳を含ませ、二人は洗い清め、二人は共に遊ぶ役でした。この八人の乳母は昼も夜も世話をし、乳・酪・生酥・熟酥・醍醐などを食物として与えました。
身を飾る物や衣服、食べ物や飲み物、薬までもが日ごとに以前より豊かになりました。そのような因縁によって、子はすぐに大きく成長しました。ちょうど清らかな池に蓮の花が咲き開くように、その子は美しく育ちました。
成長した後、長者はその子に文字・算術・印章の法、および証文や契約の書き方を学ばせました。また財物を見分けること、衣服や珍宝の良し悪しを見分けること、木の善悪、象や馬の優劣、童男童女の貴賤の相などを分別すること。この八種の学問を、ことごとく読んで習得させました。そしてそれらを理解し極めると、また他の人々に教えることもできるようになりました。
時彼長者先有三子,並皆娉婦,共為遊戲深著欲樂,所有家業咸悉廢失。時彼長者以手支頰,憂懷而住。三子見已,問其父曰:「何故懷愁支頰而住?」長者告曰:「汝今知不?我於往昔,盈金十萬,爾乃取妻,至於今日,以自存活。汝今各已娶妻,耽著欲樂,所有家業悉皆破散。我身死後,何由存濟?如斯之事,曾不籌量。」時彼長者第一之子,於其耳上,先有寶珠以為耳璫,即便脫下,便取其木飾之為璫,自立誓言:「若我不能治生得利十萬兩金,終不著斯寶珠璫也。」其第二子,亦復脫其耳璫寶珠,即取赤銅飾以為璫。其第三子,復脫耳璫,取於鉛錫飾以為璫。如是三子捨耳璫已,然第一子先名安樂,由此因緣世號木璫;其第二子先名守護,世號銅璫;其第三子先名歡喜,世號鉛璫。各取貨物,涉海貨易。是時長者第四小子,名為圓滿,而白父言:「我今亦欲度海貨易。」長者告曰:「汝今幼小,不堪涉海,可於市肆之中專且撿挍。」小子爾時即依父命在鋪而住。後諸子等從海而還,多獲財寶,安隱而至。既至疲息,而白父曰:「我之財賄,願父觀察。」
その時、長者には先に三人の息子がおり、皆すでに嫁を迎えていた。彼らは共に遊び戯れ、深く欲望の楽しみに耽り、家の財産や仕事はすべて顧みられなかった。長者は手で頬を支え、憂いを抱えて座っていた。三人の息子がそれを見て、父に尋ねた。「なぜ憂いを抱えて頬を支えておられるのですか。」長者は言った。「お前たちは知っているか。私は昔、十万両の金を蓄えてから妻を娶り、今日まで生計を立ててきた。お前たちはそれぞれ妻を娶り、欲望の楽しみに耽り、家の財産はすべて使い果たしてしまった。私が死んだ後、どうやって暮らしていくつもりか。そのようなことを、お前たちは一度も考えたことがないのか。」その時、長者の一番目の息子は、耳に宝物の珠で飾られた耳飾りをつけていたが、それを外し、木を取り出して耳飾りを作り、自ら誓って言った。「もし私が生計を立てて十万両の金を得ることができなければ、この宝珠の耳飾りを決してつけることはない。」二番目の息子もまた耳飾りの宝珠を外し、赤銅を取り出して耳飾りを作った。三番目の息子も耳飾りを外し、鉛と錫を取り出して耳飾りを作った。三人の息子が耳飾りを外した後、一番目の息子はもと安楽と名乗っていたが、この因縁により世間では「木璫(もくとう)」と呼ばれ、二番目の息子はもと守護と名乗っていたが、「銅璫(どうとう)」と呼ばれ、三番目の息子はもと歓喜と名乗っていたが、「鉛璫(えんとう)」と呼ばれるようになった。彼らはそれぞれ貨物を携えて海を渡り、交易に出かけた。その時、長者の四番目の幼い息子は円満と名乗り、父に言った。「私もまた海を渡って交易をしたいと思います。」長者は言った。「お前はまだ幼く、海を渡るには堪えられないだろう。市場の中で専ら商売の見張りをしていなさい。」幼い息子はその時、父の命に従い店に留まった。その後、息子たちは海から戻り、多くの財宝を得て、無事に帰ってきた。疲れを休めた後、父に言った。「私たちの財物を、どうか父上がご覧ください。」
爾時其父取彼三子所得之物,一一各有十萬金直。其最小子來至父所,頂禮父足,白父言曰:「我於市肆之中所得財物。亦願觀察。」父告子曰:「汝不遠涉廣為求覓,所得之物何足觀察?」子又白言:「我雖在近,願父哀憐,賜為撿閱。」父隨子意,遂觀小子所有財貨,凡有經營曾無欺誑,算其本利遂倍諸子。自在長者既見是已,甚大歡喜,稱其本心,不勝欣慶,作是念曰:「今我小子有大福德,曾不遠行,而能獲此如許財寶。」
その時、父は三人の息子が得た品々を取り上げて見た。それぞれの品々は、十万金の価値があった。末の息子が父のもとに来て、父の足に額を付けて礼をし、こう言った。「私は市場でこれらの品々を得ました。どうか父上もご覧ください。」父は息子に言った。「お前は遠くへ旅をして探し求めたわけでもない。そのような品々を、何の価値があるというのだろうか。」息子は再び言った。「私は近くにいただけですが、どうか父上のお慈悲で、ご覧いただけませんか。」父は息子の願いに従い、末の息子の品々を調べてみた。その商いには、決して偽りはなく、元手と利益を計算すると、その利益は他の息子たちの倍もあった。長者はこれを見て、大いに喜び、その心は満たされ、このように思った。「今、私の末の息子は大いなる福徳を持っている。遠くへ旅をしなくても、このように多くの財宝を得ることができるとは。」
後於異時,自在長者忽然染疾,因斯念言:「我若亡後,然諸子等必當分析,我今應當預畫方便。」告諸子曰:「汝等兄弟,可將柴來。」子聞父命,各執取柴,遂成大積。父便告曰:「可共燒之。」其火既盛,父告子曰:「汝等可共分此火柴,咸令相去。」彼諸子等即依父命,競分柴火,於是彼火被分還滅。父告子曰:「汝見此不?」咸言:「已見。」長者於是說伽他曰:
その後、ある時、長者(ちょうじゃ)は突然病にかかりました。そしてこう思いました。「もし私が死んだら、子供たちはきっと財産を分け合うだろう。今のうちに何か策を考えておかねば。」そこで子供たちにこう言いました。「お前たち、薪を取ってきなさい。」子供たちは父の言いつけを聞き、それぞれ薪を取りに行き、やがて大きな山ができました。父は言いました。「みんなでこれを燃やしなさい。」火が燃え盛ると、父は子供たちに言いました。「お前たち、この薪の火を分け合いなさい。それぞれが離れて持つのです。」子供たちは父の言いつけに従い、競って薪の火を分けました。するとその火は分けられたことで消えてしまいました。父は子供たちに尋ねました。「お前たち、これを見たか。」皆は「見ました」と答えました。そこで長者は詩(げた)を唱えて言いました。
「眾火相因成光焰, 若其分散光便滅;
兄弟同居亦如此, 若輒分析還當滅。」
多くの火が寄り集まって光の炎となるが、 それが散れば光は消えてしまう。 兄弟が共に暮らすのも同じで、 すぐに別れてしまえばやはり滅んでしまう。
爾時長者說是頌已,復告子曰:「汝等當知,我沒之後,不應取汝妻子之語。」說伽他曰:
その時、長者はこの偈を述べ終えると、さらに子らに告げた。「お前たちは知るべきである。私が亡き後は、お前たちの妻や子の言葉に従ってはならない。」そして、次の偈を唱えた。
「若用妻語家便破, 醒人聞叫必心摧;
破國皆猶於惡臣, 由多貪故斷恩愛。」
若し妻の言葉を用いれば家は破れる。目覚めた人が叫びを聞けば必ず心は折られる。国を滅ぼすは皆、悪しき臣による。貪り多きが故に恩愛を断つ。
爾時長者說是語已,令餘三子並出門外,留太子住,而告之曰:「我之死後,最小之子常當共居,莫有離別。所有財物,容可棄之;此之小子,不得遺棄。所以然者,此之小子是大福德之人。」說此語已,說伽他曰:
その時、長者はこの言葉を言い終えると、残りの三人の息子を門の外にやり、ただ太子だけを留めて、こう告げました。「私が死んだ後は、末の息子と常に一緒に暮らし、離れてはならない。すべての財産は捨てても構わないが、この小さな子だけは見捨ててはならない。なぜなら、この子は大いなる福徳を持つ者だからだ。」この言葉を述べ終えて、偈(げ)を説かれました。
「積聚皆消散, 崇高必墮落;
合會終別離, 有命咸歸死。」
積み重ねたものはすべて消え去り、高いものも必ず落ちる。 出会いもついには別れとなり、命あるものはすべて死へと帰する。
說此頌已,遂便命終。長者諸子嚴飾葬具,以五色繒綵間錯其輿,及以種種香花而為供養,送至尸林。既到林已,以火焚之。還至家中,修其孝行,共相謂曰:「父之在日所有衣食,皆由父力得自存活。父今已死,應當勠力各求財物,以家資貨並將出息。」其小弟曰:「兄若出外馳求,我亦須去。」其大兄曰:「汝既欲行,不須遠去,可於當處貨賣而住,我等諸人遠方貨易。」作此語已分散而去,各將財物遠方興易。其最小弟於家而住,所有家業一切皆知。兄既出行,妻子並在,遂令婢使於小郎處求索所須飲食之具。是時有多商客於小郎處圍遶而住,遂不能進;眾散之後,方乃得見。緣此淹時,其嫂甚怪訶責其婢。其婢報曰:「為多商客圍遶叔住,為此淹時,不能早見。」于時長嫂怒其叔曰:「此之婢子,乃作家主,我等諸人豈得安穩?」告婢曰:「汝令當看商客散後,復從彼索物。」其婢即去,應時往彼索物。尋便速得,即來其所,便生歡喜。餘婢亦往索物,並逢眾集,物不時得,為此來遲。大家怪責是諸婢等,問前婢曰:「汝往取物,何為速來?我之取物,致此淹滯?」彼婢答曰:「我之取物皆及其時,為此早來。汝之往彼,皆不及時,緣此遲晚。」是諸婢等,遂共前婢同往取物,應時即得。其二嫂等,共問婢曰:「汝先取物皆極淹遲,何故此時而便來疾?」其嫂答曰:「今我當願大嫂長壽無病,由隨大嫂之婦往彼取物,應時即得。」其二嫂等聞此語已,復生嫌恨,便作是念:「今此婢子而知家業,豈得好耶?」後於異時,兄弟三人並還到舍,遠涉諸國,從海而歸,多得財寶。既到家已,是時大兄問其婦曰:「小弟於後撿挍家業,供給所須並可意不?」其婦答曰:「小叔於我,至極存意,猶如親兄及己之子。」其二、三弟各問婦曰:「我之小弟,如何供給於汝?」彼婦各報夫曰:「下賤婢子而知家長,豈得樂耶?」彼夫便作是念:「凡是婦人,皆有鬪亂,能令兄弟有愛別離。」
この頌を説き終えると、そのまま命を終えました。長者の息子たちは葬具を立派に飾り、五色の絹織物を輿に織り交ぜて飾り、さらに種々の香や花を供養として捧げ、屍林まで送り届けました。林に着くと、火で焚きました。家に戻ってからは、孝行の行いを修め、互いにこう言いました。「父が生きていた日々は、衣食すべて父の力によって自分たちは生きてこられた。父は今や亡くなった。力を合わせて各自で財物を求め、家の資産や財貨をともに出して利殖すべきだ。」一番下の弟が言いました。「兄たちが外に出て商いを求めるなら、私も行かねばなりません。」一番上の兄が言いました。「お前が行きたいなら、遠くまで行く必要はない。その場で品物を売って暮らせ。我々は遠方で商いをする。」こう言ってから、それぞれ財物を持って遠方へ商いに出ました。一番下の弟は家に住み、家業のすべてを知っていました。兄たちが出かけた後も、妻と子はみな家にいましたので、婢に命じて小郎のところで必要な飲食の道具を求めさせました。その時、多くの商人たちが小郎のところに取り囲んでいたので、進むことができませんでした。商人たちが散った後、ようやく会うことができました。このために時がかかり、嫂はひどく怪しんで婢を責めました。婢は答えました。「多くの商人が叔父を取り囲んでいたので、そのために時がかかり、早く会えなかったのです。」そこで長嫂は叔父に怒って言いました。「この婢めが、一家の主のように振る舞うとは、我々は安穏でいられるだろうか。」婢に告げました。「お前は商人たちが散った後を見て、それからあの者のところで物を求めよ。」婢はすぐに行き、その時にあの者のところへ行って物を求めました。すぐに素早く得て、その場に戻って来ると、喜びが生じました。他の婢たちも物を求めに行きましたが、みな人々が集まるのに遭遇し、物を時に得られず、そのために来るのが遅れました。大家はこれらの婢たちを怪しんで責め、先の婢に問いました。「お前は物を取りに行って、なぜ早く来たのか。私の物を取りに行く者は、このように遅滞するのか。」その婢は答えました。「私が物を取るときはいつもその時にかなっています。そのために早く来るのです。あなたがそこへ行くと、いつも時にかなわず、そのために遅くなるのです。」これらの婢たちは、ともに先の婢と一緒に物を取りに行き、その時にすぐ得ました。二人の嫂たちは、ともに婢に問いました。「お前は先に物を取るときはいつも非常に遅かったのに、なぜ今はこんなに早く来るのか。」その嫂は答えました。「今、私は大嫂の長寿と無病を願います。大嫂の婦に従ってあの者のところへ物を取りに行くと、その時にすぐ得られるのです。」二人の嫂たちはこの言葉を聞いて、さらに嫌恨を生じ、こう思いました。「今この婢めが家業を知っているとは、どうして良いことがあろうか。」後に異なる時、兄弟三人はともに家に帰ってきました。遠く諸国を渡り、海から帰り、多くの財宝を得ました。家に着いてから、一番上の兄が妻に問いました。「小弟は後で家業を点検し、必要なものを供給して、すべて意にかなっていたか。」妻は答えました。「小叔は私に対して、この上なく気を配ってくれ、実の兄や自分の子のようでした。」二人目と三人目の弟はそれぞれ妻に問いました。「我が小弟は、お前に対してどのように供給していたか。」その妻たちはそれぞれ夫に答えました。「下賤の婢めが家長を知っているとは、どうして楽しいことがあろうか。」その夫はこう思いました。「すべての婦人は、みな争いを起こし、兄弟に愛別離を生じさせるものである。」
後於異時,彼之小弟開於迦尸繒綵之庫。開訖,即有大兄之子來至庫所,其叔遂以上服而以與之。其二、三嫂見之得物,各遣其子而往索之。其後到,其庫已閉,更於餘庫別出麁衣。叔見子來,即以此衣而以與之。此諸子等各著而去,還至本房。其母見已,告其夫曰:「汝今見不?大伯之子便得好衣,我子從索乃得麁服。」是時其夫便作是念:「大兄之子,必應及開迦尸衣庫。我之子等,應及餘庫。」復於異時,彼之小弟開石蜜庫。其大兄子來至庫所,其叔見已,以一裹石蜜持以與。之二、三嫂等見已,即遣其子往取石蜜。其子到已,其庫已閉,由業力故而不得食。遇開沙糖之庫,其叔見已,遂與沙糖而去。是諸嫂等見此事已,告其夫曰:「汝今見不?他子乃得石蜜,我之愛子遂得沙糖。」其婦如是再三讒刺不已,其二、三弟便欲分離,遂共平論,有一言曰:「我等若不即分取物者,所有財物必當散失,宜即分之。」有一復言:「此亦未可,應喚大兄。」復有說言:「此亦未可即分,應共平章。若為分之,其在家物及外莊田以為一分,其庫藏物及興易之物以為一分,圓滿以為一分。若大兄取其莊田在家之物,我等當取庫藏并興易之物,足得存活。若兄取庫藏物及興易物,我等當取莊田并在家物,亦得養活妻子。其圓滿一人,我分取後,苦自治罰。」共籌量訖,往至兄處而告兄曰:「我等今者若不分析,皆不存活。」兄報之曰:「家業破散皆由於婦,汝今應可極善思之。」其弟答言:「我等二人已深觀察委悉,極知應當分析。」兄報之曰:「若如此者,應當集取善斷事人。」其弟答曰:「我已籌量,分數已定,何須更喚善斷事人?以其所有,分為三分:在家之物及以莊田為一分,庫藏之物并興易物分為第二分,圓滿以為第三分。」其兄報曰:「何故但為三分,其圓滿弟豈無分耶?」二弟答曰:「圓滿既是婢子,如何有分?然我已於家資之數以為一分。兄若愛之,任兄分取。」時兄思念:「我父臨終,有如是語:『應當守護,勿遺棄之。資財之物,尚容棄捨。此之小弟,汝應當收。』」作是念已,即便報曰:「如汝所言,我今應當收取圓滿。」既分物已,其分得宅者即住家中,驅出其嫂:「汝今速去,勿入我家。」其嫂問曰:「何因如此?」其叔報曰:「我今分得。」庫藏及興易者,速至其庫而作是言:「圓滿汝出,勿復更來。」圓滿問曰:「何故得然?」其兄答言:「我已分得。」時彼大嫂與其圓滿,相隨而出,往親里家。時諸兒子,患飢啼泣,其嫂告圓滿曰:「兒飢啼泣,可與小食。」圓滿報曰:「可與我錢。」嫂曰:「仁以億金,隨時興易,豈容兒子無小食錢。」圓滿答曰:「我豈先知遭此分散,家業破耶?若我預知者,無量億金,藏舉餘處。」女人之性,多於衣角結以惡錢。是時大嫂即以衣裏惡錢解付其叔,令買飲食。叔得錢已,即往街巷以求飲食,遂逢一人負薪將賣。其所賣薪,乃是海中浮木牛頭栴檀。其賣木者時屬嚴寒,飢戰而住。圓滿見已,遂問之曰:「汝今何故如斯戰掉?」其人答曰:「我今不知所以然也,學負此薪,所以寒戰。」圓滿善識諸木,遂即看之,乃見束中有牛頭栴檀,即便問曰:「汝今賣木,須得幾錢?」彼人答曰:「須得五百。」圓滿報曰:「我當與汝五百之錢。」作是語已,遂於柴束抽取栴檀,往至市里截為四分。鋸木之末,賣得千錢,將其五百,以付薪主。令其送薪至嫂之處,乃遣報言:「圓滿令送。」其人將薪,至其嫂所,而告之曰:「圓滿使我送此薪來。」其嫂見已,便即搥胸,作如是語:「彼之圓滿,一何恍惚,財物既被分散,智慧因何亦無?遣求熟食,乃送生薪,亦復無物可煮。」
その後、ある時、彼の小弟が迦尸の絹織物の倉庫を開けた。開けるとすぐに、長兄の子が倉庫にやって来たので、叔父は上等の衣服を取り出して与えた。その二、三人の義姉たちがそれを見て物を得たのを知り、それぞれ自分の子をやって求めさせた。その後、その子たちが来たときには倉庫はすでに閉じており、別の倉庫から粗い衣を取り出した。叔父は子が来るのを見て、その衣を与えた。この子たちはそれぞれそれを着て立ち去り、自分の部屋に戻った。その母たちはそれを見て、夫に言った。「あなたは今お気づきですか。長兄の子は良い衣を得ましたが、私の子が求めて得たのは粗い服でした。」そのとき夫は思った。「長兄の子は、きっと迦尸の衣倉庫が開かれるのに立ち会ったのだ。私の子たちは、別の倉庫に立ち会ったのだろう。」さらに別の時、彼の小弟が石蜜の倉庫を開けた。長兄の子が倉庫に来たので、叔父はそれを見て、石蜜を一包み与えた。二、三人の義姉たちはそれを見て、すぐに自分の子を遣わして石蜜を取りに行かせた。その子が来たとき、倉庫はすでに閉じており、業の力によって食べることができなかった。ちょうど沙糖の倉庫が開かれたので、叔父はそれを見て、沙糖を与えて立ち去らせた。これらの義姉たちはこのことを見て、夫に言った。「あなたは今お気づきですか。他人の子は石蜜を得ましたが、私の愛しい子は沙糖を得たのです。」その妻たちはこのように何度も嫉み言を言い続けたので、二、三人の弟たちは分家しようと思い、ともに相談して、ある者は言った。「もし今すぐに分けて取り合わなければ、すべての財産はきっと失われてしまうだろう。すぐに分けるべきだ。」別の者が言った。「これもまだ良いとは限らない。長兄を呼ぶべきだ。」また別の者が言った。「これもすぐに分けるべきではない。共に話し合うべきだ。もし分けるなら、家の中の物と外の田畑を一分とし、倉庫の物と商いの物を一分とし、円満を一分としよう。もし長兄が田畑と家の中の物を取るなら、我々は倉庫の物と商いの物を取り、暮らしていくに足るだろう。もし兄が倉庫の物と商いの物を取るなら、我々は田畑と家の中の物を取り、妻子を養うこともできるだろう。その円満一人は、我々が分け取った後、苦しくも自分で処置するしかない。」共に相談し終えて、兄のところへ行き、兄に言った。「我々は今、もし分けなければ、皆生きていけない。」兄は答えた。「家業が破れるのはすべて妻のせいだ。あなたたちは今、よくよく考えるべきだ。」その弟たちは答えた。「我々二人はすでに深く観察し、よく知っています。分けるべきだと強く思います。」兄は言った。「もしそうなら、善く仲裁する人を集めるべきだ。」その弟は答えた。「私はすでに考え、分け前も決めました。どうしてわざわざ善く仲裁する人を呼ぶ必要がありましょうか。持っているすべての物を三分します。家の中の物と田畑を一分とし、倉庫の物と商いの物を第二分とし、円満を第三分とします。」その兄は言った。「どうしてただ三分にするのか。円満の弟に分け前がないというのか。」二人の弟は答えた。「円満は奴婢の子ですから、どうして分け前がありましょうか。しかし私はすでに家の財産の分け前として数えました。兄が彼を愛するなら、兄の分け前として取るがよいでしょう。」そのとき兄は思った。「父が臨終のとき、このように言った。『守り、捨ててはならない。財産などの物は、なお捨ててもよい。この小さな弟を、あなたは養いなさい。』」このように考えて、すぐに答えた。「あなたたちの言葉のとおり、私は今、円満を取るべきである。」物を分け終わると、家を分け取った者は家に住み、その義姉を追い出して言った。「あなたは今すぐ立ち去りなさい。私の家に入ってはならない。」その義姉は尋ねた。「どうしてそんなことをするのですか。」その叔父は答えた。「私は今、これを分け取ったのだ。」倉庫と商いの物を得た者は、すぐに倉庫に来て、こう言った。「円満よ、あなたは出て行きなさい。再び来てはならない。」円満は尋ねた。「どうしてそうなるのですか。」その兄は答えた。「私はこれを分け取ったのだ。」そのとき長兄の妻は円満とともに連れ立って出て、親戚の家へ行った。そのとき子供たちが飢えて泣いていたので、その妻は円満に言った。「子供が飢えて泣いています。少し食べ物を与えなさい。」円満は言った。「私に金をください。」妻は言った。「あなたは億金を持って商いをしていたのに、まさか子供の少しの食べ物の金もないということはありえません。」円満は答えた。「私はどうして先にこのような分家や家業の破産に遭うことを知っていたでしょうか。もし私が予知していたなら、無量の億金を、他の場所に隠してしまったでしょう。」女の性として、たいてい衣の端に粗悪な金を結んでおくものである。そのとき長兄の妻は衣の中の粗悪な金を解いて叔父に渡し、食べ物を買わせた。叔父は金を得ると、すぐに街路に行って食べ物を求めた。すると一人の薪を背負って売ろうとしている人に会った。その売っている薪は、海に流れ着いた浮木の牛頭栴檀であった。その薪を売る者は、ちょうど厳しい寒さのときで、飢えて震えながら立っていた。円満はそれを見て、尋ねた。「あなたは今、どうしてそんなに震えているのですか。」その人は答えた。「私は今、なぜなのか分かりません。この薪を背負って学んだので、寒さで震えているのです。」円満は様々な木をよく知っていたので、すぐにそれを見ると、束の中に牛頭栴檀があるのを見つけた。すぐに尋ねた。「あなたは今、木を売るのに、いくら必要ですか。」その人は答えた。「五百が必要です。」円満は言った。「私はあなたに五百の金をあげましょう。」このように言って、すぐに薪の束の中から栴檀を引き抜き、市場に行って四つに切った。鋸の粉を売って千の金を得て、その五百を薪の主に渡した。そしてその薪を義姉のところへ運ばせ、「円満が届けさせた」と伝えさせた。その人は薪を運んで、その義姉のところに着き、告げた。「円満が私にこの薪を届けさせました。」その義姉はそれを見て、すぐに胸を叩いて、こう言った。「あの円満は、なんとぼんやりしているのでしょう。財産は分けられてしまったのに、どうして智慧までも失ってしまったのでしょう。調理された食べ物を求めたのに、生の薪を送ってくるとは。それに、何を煮る物もありません。」
根本說一切有部毘奈耶藥事卷第二
根本説一切有部毘奈耶藥事 巻第二