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title: "四明十義書 · 十義書序"
description: "四明十義書是北宋天台宗高僧知禮撰述的重要佛教论著。该书成书于宋代天台宗山家山外论争的背景下，针对悟恩法师的学说进行系统驳斥，全面阐释了天台宗的核心教义尤其是性具思想、别理随缘、理毒性恶等十大议题。本书确立了山家派的正统地位，对天台宗的复兴与发展影响深远，被视为宋代天台宗教义的权威总结和护教巨著，在中国佛教思想史上具有重要地位。"
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### 十義書序

> 十義書序

十義書之所由作者。有宋景德之前光明玄廣略二本並行於世。錢唐慈光恩師製記曰發揮。專解略本。謂廣本有十法觀心乃後人擅添爾天台重解帝王之文輒評。謂有四失。一曰理乖。二曰義疎。三曰詞鄙。四曰事誤。廣破如續遺記也。有二弟子即錢唐奉先清師嘉禾靈光敏師。共構難詞造二十條。輔成師義共廢廣本。錢唐寶山善信法師。奉書敦請法智評之。法智遜云。夫評是議非則近於諍競。非我志也。矧以二師學解有聞。盡吾宗之先達。奚可率爾而拒之哉。信法師重請曰。法鼓競鳴。何先何後。夫當仁不讓於師。況餘人乎。堅讓不免故。有扶宗釋難之作。專救廣本十種觀心。兼斥不解發軫揀境之非。觀成歷法之失。錢唐梵天昭師。孤山碼碯圓師。皆奉先之門學也。乃撰辨訛驗釋難之非。救發揮之得。法智存謙光之禮。撰問疑書詰之。昭師不遜有答疑書之復。法智復有詰難書之徵。昭師構五義之答。法智復作問疑書之責。昭師稽留逾年。法智復有覆問書之催答。昭師有今之釋難。翻成不腆之文矣。往復各五綿歷七年。攢結前後十番之文。共成今十義書之作。復有二百重詰。不出前後。五番墮負。四番轉計。初指約教正釋。便屬理觀觀心。法智斥云。以教代觀。不意翻成有觀無教。二轉計云。須知。理觀直觀真心。光明當體。翻謂妄法。法智斥云。觀心在迷。却謂屬真。當體果法。却謂屬妄。三轉計救真心之一失。改真心名為法性。意謂。法性通真通妄。以隨緣混之。輔為事理二造。心屬非真非妄。生佛是真是妄。救前真心。亦不專真專妄也。以不專妄故。斥法智之拒也。四轉計云。十乘妙理。為所觀境。法智破云。應三障四魔。為能觀觀耶轉計即墮負矣。并初根本。共成五番也。又法智引重明陰境難之。昭公伏曰。止觀觀陰。有失撿尋。仲尼云。法語之言。能無從乎。改則為貴。今為改之也。法智進獎云。上人粗有性靈。能分科節。何不盡矣。捨短從長。見巧知陋今伏膺觀陰。因誰得知耶。景德四年。孤山圓師。為昭師輪下之席端也。法智遣住東掖山神昭大師本如。在輪下。日馳十義書并二百問。往錢唐詰之。會稽什公。希望輔之翼之。共辨矣。孤山觀二公之論辨。如面敵。必重席也。自謂。義龍安肯伏鹿。遽白錢唐守。答以公據。不為遣也。雖然止重論席。別行玄雖魔燒佛經。且不能燒性德之善也。故常住教卷。焉可絕滅耶。今有宋熈寧。相去八十餘年。此文重興。盛行於世。浙右學斆。講習此文者眾。故得僝工鏤板。代學者傳寫之勞。住永嘉法明院。第一代孫繼忠。指授門人。以寫印二本。對之評之。其義其中。法句欠剩。文字舛謬。昔趨廣智之庭。每蒙以提耳指掌。今約義斷文。輒濫評定。或有臧否。冀同學同見者。更為學者指南耳。熈寧九年。仲冬月既望日序。

> 『十義書』が作られた経緯は次の通りです。 宋の景德年間以前、『光明玄』には広本と略本の二種類が並び伝わっていました。銭唐の慈光恩師は『発揮』という注釈書を書き、専ら略本を解説しました。その中で、広本には十種の観心法があり、それは後人が勝手に付け加えたものだと述べています。「天台が帝王の文を重ねて解釈し、勝手に批評している。その誤りは四つある。第一に道理に反していること、第二に意味が疎かであること、第三に言葉が下品であること、第四に事実誤認があること」と広く論破しています。それは『続遺記』に詳しく記されています。 この恩師には二人の弟子がいました。銭唐の奉先清師と嘉禾の霊光敏師です。彼らは共に難題を練り上げ、二十箇条の疑問を作りました。師の説を補強し、広本を廃そうとしたのです。 銭唐の宝山善信法師は、手紙を捧げて法智にこの評定を懇願しました。法智は辞退して言いました。「良し悪しを論じることは争いごとに近い。それは私の志ではない。ましてや二人の師は学識と見解で名高く、我が宗門の先達である。どうして軽々しく受け答えできようか」と。しかし善信法師が再び懇願しました。「法の太鼓は競い鳴らされるもの。どちらが先でどちらが後か。仁の道においては師にさえ譲らない。ましてや他の人にでしょうか」。固辞しきれず、ついに『扶宗釈難』を作りました。それは専ら広本の十種観心を擁護し、加えて「発軫」における境を選別しない誤りや、「観成歴法」の欠点を論難するものです。 銭唐の梵天昭師と孤山の碼碯（まのう）圓師は、共に奉先の門下生でした。彼らは『辨訛』を著し、『釈難』の誤りを検証して、『発揮』の正しさを擁護しました。法智は謙虚な礼儀を重んじ、『問疑書』を書いて問い質しました。昭師は礼をわきまえず、『答疑書』で応酬しました。法智は再び『詰難書』で追及しました。昭師は五つの論点で答えましたが、法智はさらに『問疑書』で責めました。昭師は一年以上も答えを引き延ばしました。法智は『覆問書』で回答を催促しました。昭師がようやく著したのが今回の『釈難』ですが、それは粗末な内容になってしまいました。 往復はそれぞれ五回、七年に及びました。これらの十回の文書をまとめたものが、この『十義書』です。さらに『二百重詰』もありますが、これも前述の範囲を出るものではありません。 五回の論争で敗北し、四回にわたって論点をすり替えました。 最初は「約教正釈」を指して、それが直ちに理観（観心）に当たると主張しました。法智は「教理で観行を代用するとは、まさか観はあって教はないという結果になるとは」と論破しました。 第二のすり替えでは「理観とは真心を直観するものであり、『光明』の当体は逆に妄法と解釈される」と主張。法智は「観心は迷いの中にあるものを、却って真と見做し、当体の果法を妄とするとは」と論破しました。 第三のすり替えでは「真心」という用語を「法性」に改めました。その意図は、法性は真にも妄にも通じ、随縁によって事理二造となること。心は非真非妄であり、衆生と仏は真であり妄であると説明しました。これにより、前の真心説を救いながら、真心にも妄心にも偏らないとしたのです。この「妄に偏らない」という点をもって、法智の拒絶を論難しました。 第四のすり替えでは「十乗の妙理を所観の境とする」と主張。法智は「それでは三障四魔が能観の観となるのか」と論破し、すり替えは論破されました。 初めの根本論点と合わせて、全部で五つの論点となります。 さらに法智は「重明陰境」を挙げて論難しました。すると昭師は屈服して言いました。「止観の観陰について、調べ漏らしがありました。孔子も『法のことばは、これに従わない者があろうか。改めるのが尊い』と言っています。今、改めましょう」と。法智はこれを褒めて励ましました。「上人（師）には元来、聡明なところがあり、科段（論点）を区別できる。どうして完全に改めないのか。短所を捨て長所を取り、巧みなところを見て拙いところを知る。今、陰境を観ずることに従うのは、いったい誰のおかげで知ったのか」と。 景德四年、孤山の圓師は昭師の教団の第一座でした。法智は、東掖山に住する神昭大師本如（昭師の門下）を派遣し、毎日『十義書』と『二百問』を銭唐に届けさせて論難しました。会稽の什公は、これを助け支えようと共に論じました。孤山の圓師は、法智と昭師の論争を見て、正面から対決すれば必ず席を改める（負ける）ことになると考えました。自ら「義竜（正義の龍）がどうして鹿（法智）に降伏しようか」と言い、すぐに銭唐の長官に申し立て、公の裁定を仰いだため、派遣（論難）は行われませんでした。 こうして論争の座はとどめられましたが、『別行玄』において、たとえ魔が仏経を焼いても、性徳の善を焼くことはできません。ですから常住の教えの巻物が、どうして絶え滅ぼされましょうか。 今、宋の熙寧年間、それから八十余年を経て、この文書が再び興り、世に行われています。浙右（浙西）の学徒がこの文を講習する者が多く、そのため版木を彫り、学者の写本の労を代えています。 永嘉の法明院に住む第一代の孫である継忠が、門人に指示して、写本と版本の二本を照合して評定させました。その意味や内容において、法句に過不足があり、文字に誤謬がありました。かつて広智の庭（門下）に参じて、常に耳に指を示して教えを受けました。今、意味に基づいて文を裁断し、勝手ながら評定を加えました。あるいは良し悪しがあるかもしれませんが、同学・同見の方々が、更に学者のための指針とされることを願います。 熙寧九年、十一月十五日 序

## 四明十義書卷上

> 四明十義書 巻上

景德三󱑊臘月既望。四明沙門。比丘知禮。謹用為法之心。問義于

> 敬白（けいびゃく）いたします。景德三年（けいとくさんねん）の師走（しわす）の満月（まんげつ）の日、四明（しめい）の沙門（しゃもん）、比丘（びく）知禮（ちらい）は、謹（つつし）んで法（ほう）のための心（こころ）をもって、その義（ぎ）を問う。

浙陽講主。昭上人坐前。十月二十三日。來．文．二人入室傳到釋問書一軸。廣構麁言。欲杜來難。既立宗而自墮徒援教以何歸。都為無義之談。盡是誑他之說。若隨文致詰。恐大節難明。故於觀心一科。立難十段。況上人素彰不遜。以辨訛答疑。自矜。鄙僧早蘊多謙用請益諮詢為禮。故問無多少。答必周旋。

> 浙陽講主、昭上人<note>お座前</note> 十月二十三日、二人の使者が入室し、『釋問』一軸を伝えて参りました。粗野な言葉を連ねて、来るべき難敵を封じようとしております。すでに宗旨を立てながら自ら矛盾しており、聖教に頼ろうとしてもいったい何に帰するのでしょうか。すべて無意味な論であり、人を欺く説に過ぎません。もし文字に従って詰め寄れば、重要な要点が明らかになりにくいでしょう。故に、観心の一科において、十段の問いを立てます。 ましてや上人は、かねてより不遜の評判が高く、弁訛答疑（誤りを論じ疑いに答えること）を誇っておられます。鄙僧はかねてより多くを謙虚に請い、問い求めうかがうことを礼としてきました。ですから、問いが多い少ないにかかわらず、必ず丁寧に答えます。

又昨蒙五義見徵。既即時取趣。今約十門定難。無託故以寢言。休勞。多部檢文。逾年作計。便請。直誠吐義。隨解速酬。幸甚幸甚上人前後義狀。皆經二年。若義久明。終不稽遲至此。蓋遍尋教部。旋構見知。數乖自宗。全傷妙道。願思來報。無縱諂心也。

> 先日は五つの教義をお尋ねいただき、すぐにその趣旨を汲み取って回答いたしました。本日は十の項目を立てて疑義を解決いたしますので、理由を付けて言葉を控えるようなことはございません。どうかご安心ください。多くの経典を調べ、一年以上も準備に時間をかけることは無用です。どうか率直に真心を尽くして教えをお示しください。ご質問に応じて即座にお答えいたします。誠にありがとうございます。 <note>上人が前後に示された教義のお尋ねは、いずれも二年を経ております。もし教義が明確であれば、決してここまで遅れることはなかったはずです。これは仏典を広く探究し、その都度見解を構築してきた結果です。しかし、しばしば自宗の教えに反し、尊い真理を大きく損なっております。どうか来世の報いを思い、偽りの心を起こさないでください。</note>

辨訛本立。此玄十種三法。純明理觀。不須附事而觀云云。

> 誤った解釈を立てて論じる。この奥深い十種類の三法は、純粋に理の観察を明らかにするものであり、事象に付随して観察する必要はない<note>云云</note>。

荊溪云。如常坐等。或唯觀理。隨自意從末從事。既云純明理觀。乃是三種三昧。專令於識陰修十乘也。

> 荊溪（天台大師）が述べています。「常坐などの行法では、ひたすら理（真理）を観じることに専念する。しかし『随自意』（随意に行う行法）は、修行の終盤において、具体的な事象に基づいて実践するものである。既に『純粋に理の観察を明らかにする』と説かれているのは、この三種の三昧（常坐・常行・半行半坐）のことを指している。これは特に、識陰（認識作用）に対して十乗観法を修めるよう促しているのである。」

又答疑書云。此玄文直顯心性。

> また、疑問に答える書には、「この玄妙な文は、心の本質を直接示している」とある。

且三種觀法。皆顯心性。但事法二觀。既託事義觀心。及附法相觀心。且非直顯。唯約行觀直。於陰心顯三千性。方名直顯心性。據此兩書。定判此玄十種三法。已是約行之觀。故可廢今附法觀心也。

> また、三種の観法はすべて心の本性を明らかにするものです。しかし、事法の二観（事相観・法相観）については、事象の意味に寄り添い心を観じ、あるいは法の相（あり方）に付随して心を観じるものであり、直接的に示すものではありません。ただ、約行観だけが、陰（五陰）の心の上に直接に三千の性を顕わすものであり、これこそを「直に心性を顕わす」と名付けます。この二つの書（『摩訶止観』など）の判定によれば、この『玄義』の十種の三法は、すでに約行観に基づくものです。したがって、今ここで附法観による心の観法を廃しても差し支えないのです。

既是約行理觀。直顯心性。十種三法文中。何故不揀示識心為境。那無十法成乘。既全無此義。則定非理觀矣。

> それは『行』と『理観』を基準として、心の本質を直接示しているのに、十種三法の文の中で、なぜ「識心を境として示す」ことを取り上げず、「十法が乗を成す」ことも説かれていないのか。これらの内容が完全に欠けている以上、これは明らかに理観ではない。

又文自專談果佛法相。定非直顯心性矣。上人本謂。已是約行觀故。故可廢今觀心一科。既非約行之觀。則後文觀心。豈可輒廢耶縱欲攀附諸文觀心。亦只成事法觀義。終不是理觀。況復附不及。

此則觀心一科。已不可廢也。

況上人自立事法二種觀心。唯有二意。一為令已修止觀者。覩事相法相。不忘本習故。示二種觀心也。二為未修止觀者。忘於封滯。令知起行。必依止觀故。示二種觀心也。

且今文棄三觀一。揀陰修觀恰稱久修者本習。又能預示未修止觀者。要知起觀之處。若剛廢此文。則無以稱久修者本習。又無以示未修者止觀行門也。則此玄觀心一科。不可輒廢。約行觀義。既壞。附法觀心之文。又不可廢。帝慧王安可輒除耶。

所議既極。餘何可論。但為此宗大節。既被上人異說。誤彼後人。故不獲已。且於觀心。略問十義。望速垂答示。

一不解能觀之法　二不識所觀之心三不分內外二境　四不辨事理二造五不曉觀法之功　六不體心法之難七不知觀心之位　八不會觀心之意九不善銷文　十不閑究理