禪林象器箋序
禅林象器箋 序
五葉結果之後。稟承祖胤者。多附居律寺而已矣。百丈和尚。創意而設禪居。震耀儀表規矩。以謀令法久住。乃覩有師徒焉。有堂舍焉。有禮則焉。有器服焉。以義定各。論云語於名轉。名於義轉。(止此)名義既穊矣。須是紬繹其義。而發明其名也忠顓蒙。有志于茲。大凡佛教儒典。諸子歷史。詩文小說。目之所及。意之所詣。遠蒐近羅。或對斜陽。或挑殘燈。多累歲月。稍覺無遺漏焉。且輟簡。而題其稾。以禪林象器箋矣。易曰。見乃謂之象。形乃謂之器。如今所謂。象器者。名義之所競趣也。
五葉の花が実を結んだ後、祖師の法脈を受け継ぐ者たちは、多く律寺に寄り添って住むだけでした。百丈和尚は、新たな発想で禅寺を創設し、その威儀と規矩を輝かせ、法が永く伝わることを図りました。そこには師と弟子がおり、堂舎があり、礼儀作法があり、器物や法服がありました。それぞれの意味によって定められ、論では「語は名によって転じ、名は義によって転ずる」と説かれています。(ここまで)名と義が複雑に絡み合っているので、その意味を解きほぐし、名の本質を明らかにする必要があります。忠顓蒙は、このことに志を立て、およそ仏教の経典、儒教の典籍、諸子百家の書、歴史書、詩文、小説など、目に触れ、心に至るものは、遠くから探し、近くから集め、斜陽に向かい、残灯をかざして、長い年月をかけて少しずつ収集し、ようやく漏れがないと感じるまでになりました。そして、筆を置き、その草稿に題して『禅林象器箋』としました。易経には「現れたものを象といい、形あるものを器という」とあります。今、ここでいう象器とは、名と義が交錯し、人々が探求するものなのです。
寬保元年辛酉秋九月 日
寛保元年辛酉秋九月 日
葆雨堂主八十九翁道忠無著題
葆雨堂主 八十九歳の翁 道忠 無著 題
禪林象器箋
禅林象器箋
神京妙心龍華沙懣道忠無著甫輯
神京妙心龍華沙懣道忠無著甫輯
第一類 區界門
第一類 区界門