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衆経撰雑譬喻 (眾經撰雜譬喻)


(四)

四

持戒之人無事不得,破戒之人一切皆失。譬如有人常供養天,其人貧窮四方乞求,供養經十二年,求索富貴。人心既志,天愍此人自現其身,而問之曰:「汝求何等?」「我求富貴,欲令心之所願一切皆得。」天與一器名曰德瓶,而語之言:「君所願者悉從此瓶出。」其人得以隨意,所欲無不得,得如意已,具作好舍、象馬車乘,七寶具足,供給賓客事事無乏。客問之言:「汝先貧窮,今日云何得如此富?」答言:「我得天瓶,天瓶中出此種種物,故富如是。」客言:「出瓶,見視其所出物。」即為出瓶。瓶中引出種種諸物,其人驕逸捉瓶起舞,執之不固失手破瓶,一切諸物俱時滅去。持戒之人種種妙樂無願不得,若人毀戒驕逸自恣,亦如彼人破瓶失物。是以欲天樂及涅槃樂,當堅持禁戒,莫破所受戒;若破所受戒,永墜三塗受苦,乃無復出期。夫人欲求報應,常當修習善心相續不絕,若命終時,能却諸惡、受善果報。所以然者,若不先習善心,設命終時欲令心善,卒不從意。譬如西方有一國王素無馬,減損國藏,四出推求,買五百匹馬以防外敵,足以安國。養馬既久,國中無事,王便思惟:「五百匹馬食用不少,飼養煩勞無益國事。」便勅所典掩眼令磨,可得自食不損國藏。馬磨既久習於旋迴。忽然鄰國興兵入境,王便約勅被馬具莊,勇將乘騎如戰鬪法,鞭馬向陣欲直前入。諸馬得鞭盡旋迴走,無向敵意。鄰賊見之知無所能,即便直前大破王軍。以是故知,欲求善果報,臨命終時心馬不亂,則得隨意往。不可不先調直心馬,若不先調直心馬者,死賊卒至,心馬盤迴終不如意,猶如王馬不能破賊保全其國。是以行人善心,不可不常在於胸心。

戒律を守る人は、願わないものは何もありません。戒律を破る人は、すべてを失います。たとえば、ある人がいつも天を供養していました。その人は貧しく、四方に乞い求めながら、十二年もの間供養を続け、富貴を求めました。心が誠実だったので、天はこの人を哀れみ、自ら姿を現して尋ねました。「あなたは何を求めるのか。」「私は富貴を求め、心の願いがすべて叶うようにしたいのです。」天は彼に徳瓶と名づけた器を与え、こう言いました。「あなたの願うものは、すべてこの瓶から出てくるでしょう。」その人は思いのままに、願うものは何でも手に入らないものはありませんでした。願いが叶うと、立派な家、象や馬、車を整え、七宝を備え、賓客をもてなして、何事も不足はありませんでした。客が尋ねました。「あなたは以前は貧しかったのに、今日はどうしてこれほどの富を得たのですか。」答えました。「私は天から瓶をいただきました。その天の瓶からこのような様々な品々が出てくるので、このように豊かになったのです。」客は言いました。「瓶を出して、そこから出てくる物を見せてください。」そこで瓶を出しました。瓶から様々な物を取り出していると、その人は傲慢になって瓶を持って舞い踊りました。しかし、しっかり握っていなかったので、手を滑らせて瓶を壊してしまい、すべての物がたちまち消え去りました。戒律を守る人は、様々な素晴らしい楽しみで、願わないものはありません。もし人が戒律を毀ち、傲慢で好き放題に振る舞うなら、ちょうどあの人が瓶を壊して物を失ったのと同じです。ですから、天の楽しみと涅槃の楽しみを望むなら、しっかりと戒律を守り、受けた戒を破ってはいけません。もし受けた戒を破れば、永遠に三悪道に落ちて苦しみ、再び出てこれる時はありません。人は果報を求めるなら、常に善心を修め、その心を絶え間なく続けるべきです。もし命終わるときに、諸々の悪を退け、善い果報を受けることができます。なぜなら、もし先に善心を習わなければ、命終わるときに心を善くしようと思っても、にわかには心のままにならないからです。たとえば、西方に一人の国王がいました。もともと馬を飼っていませんでしたが、国の財産を減らして四方に求め、五百頭の馬を買って外敵に備え、国を安んずるに十分でした。馬を長く飼っているうちに、国に何事もなくなり、王は考えました。「五百頭の馬は飼料も少なくなく、世話も煩わしく、国のために益がない。」そこで管理する者に命じて、馬の目を覆って臼を回させ、自らの食料を得させ、国の財産を損なわないようにしました。馬は長く臼を回しているうちに、回ることに慣れてしまいました。ところが突然、隣国が兵を起こして国境に入ってきました。王はすぐに命じて馬に鎧をつけさせ、勇ましい将軍に騎乗させて戦闘の作法に従い、馬に鞭を打って戦陣に向かってまっすぐ進もうとしました。すると馬たちは鞭を受けると、すべて旋回して走り出し、敵に向かう気持ちがまったくありませんでした。隣の賊はそれを見て、何もできないと知り、すぐにまっすぐ進んで王の軍を大破しました。このことから知るべきです。善い果報を求めるなら、命終わるときに心の馬が乱れなければ、思いのままに往くことができます。先に心の馬を調え整えておかないといけません。もし先に心の馬を調え整えていなければ、死の賊が急に来たとき、心の馬はぐるぐる回って、ついに思いのままになりません。ちょうど王の馬が賊を破って国を守れなかったのと同じです。ですから修行者は、善心をいつも胸の内に置いておかなければなりません。


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