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  1. 雑宝蔵経 (雜寶藏經)
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  3. 1 十奢王縁 (1 十奢王緣)
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雑宝蔵経 (雜寶藏經)

「雜寶藏經」について

北魏 · 底本の訳者:吉迦夜共曇曜

6.7 万字 · 約 222 分

雑宝蔵経は、北魏時代に西域僧の吉迦夜と曇曜によって共に漢訳された、仏教の重要な典籍です。全十巻からなり、譬喩や因縁譚を収録し、因果応報や布施・持戒などの教えを説いています。古代インドの社会風俗や仏教伝播の過程が反映されており、漢伝仏教の基礎文献として位置づけられます。仏教文学や倫理思想、中世漢訳仏典の言語研究においても貴重な価値を持ち、四阿含経以外の重要な説話類經典となっています。


雜寶藏經卷第一(有九緣)

雑宝蔵経 巻第一(九縁あり)

元魏西域三藏吉迦夜共曇曜譯

元魏西域三蔵吉迦夜と曇曜の共訳

十奢王緣

十奢王の物語

王子以肉濟父母緣

王子が自らの肉をもって父母を救う物語

鸚鵡子供養盲父母緣

鸚鵡の子が盲いた両親を養った因縁

棄老國緣

老いを捨てる国の物語

佛於忉利天上為摩耶說法緣

仏が忉利天の上で摩耶夫人のために説法された因縁

佛說往昔母迦旦遮羅緣

仏がお説きになった、昔の母・迦旦遮羅の因縁

慈童女緣

慈童女の因縁

蓮華夫人緣

蓮華夫人の因縁

鹿女夫人緣

鹿女の物語

(一)十奢王緣

十奢王の因縁

昔人壽萬歲時,有一王,號曰十奢,王閻浮提。王大夫人,生育一子,名曰羅摩。第二夫人,有一子,名曰羅漫。羅摩太子,有大勇武,那羅延力,兼有扇羅,聞聲見形,皆能加害,無能當者。時第三夫人,生一子,名婆羅陀。第四夫人,生一子,字滅怨惡。第三夫人,王甚愛敬,而語之言:「我今於爾,所有財寶都無悋惜,若有所須,隨爾所願。」夫人對言:「我無所求,後有情願,當更啟白。」

昔、人の寿命が一万歳だった時代に、十奢という名の王がおり、閻浮提(えんぶだい)を治めていました。王の第一夫人には、羅摩(らま)という王子がいました。第二夫人には、羅漫(らまん)という王子がいました。羅摩太子は非常に勇猛で、那羅延(ならえん)のような力を持ち、さらに扇羅(せんら)という、声や姿を聞き見るだけで相手を打ち負かす力を持っていて、敵う者はいませんでした。

さて、第三夫人には、婆羅陀(ばらだ)という王子がいました。第四夫人には、滅怨悪(めつおんあく)という王子がいました。王は第三夫人をたいそう愛し敬い、こう言いました。「私はあなたに対して、財宝を惜しむことは決してない。もし何か必要なら、望みのままに与えよう。」すると夫人は答えました。「私は今は何も望みません。ただ、後でお願いしたいことがあれば、その時に申し上げます。」

時王遇患,命在危惙,即立太子羅摩,代己為王,以帛結髮,頭著天冠,儀容軌則,如王者法。

王が病に倒れ、命が危なくなったので、太子ラーマを王位につけ、自分に代わって国を治めさせました。そして白い絹で髪を結い、天冠を頭に戴くなど、その儀式や作法はすべて王の礼法に従って行われました。

時小夫人,瞻視王病,小得瘳差,自恃如此,見於羅摩紹其父位,心生嫉妬,尋啟於王求索先願:「願以我子為王,廢於羅摩。」王聞是語,譬如人噎既不得咽,又不得吐。「正欲廢長,已立為王;正欲不廢,先許其願。」然十奢王,從少已來,未曾違信;又王者之法,法無二語,不負前言。思惟是已,即廢羅摩,奪其衣冠。

ある時、若い夫人は王の病気を見舞い看病したところ、少し回復に向かった。彼女はその功を恃み、羅摩が父王の位を継いだことを見て、心に嫉妬を生じた。すぐに王に申し出て、以前の約束を求めた。「どうか我が子を王とし、羅摩を廃してください」。王はこの言葉を聞いて、あたかも食べ物が喉に詰まり、飲み込むことも吐き出すこともできないかのようだった。「長子を廃そうと思えば、すでに王として立ててしまった。廃さないでおこうと思えば、かつてその約束をした」。しかし十奢王は若い頃から、約束を違えたことがなかった。また王者の法として、言葉に二言はなく、前言に背くことはなかった。こう考えて、すぐに羅摩を廃し、その衣冠を奪い取った。

時弟羅漫,語其兄言:「兄有勇力,兼有扇羅,何以不用,受斯耻辱?」兄答弟言:「違父之願,不名孝子。然今此母,雖不生我,我父敬待,亦如我母,弟婆羅陀,極為和順,實無異意。如我今者,雖有大力、扇羅,寧可於父母及弟,所不應作而欲加害。」弟聞其言,即便默然。

その時、弟のラーマンは兄に言った。 「兄には力と扇羅(神通力)があるのに、なぜそれを使わず、このような恥辱を受けるのですか?」

兄は弟に答えた。 「父の願いに背くのは、孝行な子とは言えない。また、この継母は私を生んだわけではないが、父が敬い遇うこと、それはまるで実の母のようにしている。弟のバラダは非常に温和で素直であり、実に異心はない。今の私には大きな力と扇羅があったとしても、父母や弟に対して、してはならぬことをして害を加えるなど、どうしてできようか。」

弟は兄の言葉を聞いて、すぐに黙り込んだ。

時十奢王,即徙二子,遠置深山,經十二年,乃聽還國。羅摩兄弟,即奉父勅,心無結恨,拜辭父母,遠入深山。

時に十奢王は、二人の王子を遠く深い山に移し、十二年を経てから国に戻ることを許した。 羅摩兄弟は父王の命令を謹んで受け入れ、心に恨みを抱くことなく、両親に別れを告げて遠く深い山の中へ入っていった。

時婆羅陀,先在他國,尋召還國,以用為王。然婆羅陀,素與二兄和睦恭順,深存敬讓。既還國已,父王已崩,方知己母妄興廢立,遠擯二兄,嫌所生母所為非理,不向拜跪,語己母言:「母之所為,何期勃逆,便為燒滅我之門戶。」向大母拜,恭敬孝順,倍勝於常。

時にバラタは、もと他国にいましたが、すぐに呼び戻され、王とされました。しかしバラタは、もともと二人の兄と仲が良く、恭しく従順で、深く敬い譲る心を持っていました。国に戻った時には、父王はすでに亡くなっており、初めて自分の母が勝手に廃立を企て、二人の兄を遠くに追いやったことを知りました。バラタは生みの母の行いが道理に反していると嫌い、彼女に跪拝しませんでした。母にこう言いました。「母上のなされたこと、なんと道理に背くことか。これでわが家の名誉を焼き尽くしてしまった。」そして、長母(継母)に跪拝し、敬い孝行することは、以前にも増して厚くしました。

時婆羅陀,即將軍眾,至彼山際,留眾在後,身自獨往。當弟來時,羅漫語兄言:「先恒稱弟婆羅陀義讓恭順,今日將兵來,欲誅伐我之兄弟?」

時にバラダ将軍は軍勢を率いて、その山のほとりに至った。軍を後に留め、自ら単身で進んだ。弟が来ると、ローマンは兄に言った。「かつては弟バラダこそ義に厚く、譲り恭順であると常に称えていました。なのに今日、兵を率いて来て、我ら兄弟を討とうとしているのですか?」

兄語婆羅陀言:「弟今何為將此軍眾?」弟白兄言:「恐涉道路,逢於賊難,故將兵眾,用自防衛,更無餘意。願兄還國,統理國政。」兄答弟言:「先受父命,遠徙來此。我今云何,輒得還返?若專輒者,不名仁子孝親之義。」如是慇懃,苦求不已,兄意礭然,執志彌固。

兄が婆羅陀に告げて言った。「弟よ、今なぜこの軍勢を率いて来たのか。」弟は兄に申し上げた。「道中が危険で、賊に遭う恐れがありましたので、護身のために兵を率いてまいりました。他に意図はございません。どうか兄上は国へお帰りになり、国の政をお取りください。」兄は弟に答えた。「私は父王の命を受け、遠くこの地へ移って来たのだ。今さらどうして簡単に戻ることができようか。もし独断で帰還するならば、それは仁者の子としての孝行の道に反することになる。」このように丁寧に、弟はしきりに懇願し続けたが、兄の意志は固く、いっそう揺るぎないものであった。

弟知兄意終不可迴,尋即從兄,索得革屣,惆悵懊惱,齎還歸國,統攝國政。常置革屣於御坐上,日夕朝拜問訊之義,如兄無異。亦常遣人,到彼山中,數數請兄。然其二兄,以父先勅十二年還,年限未滿,至孝盡忠,不敢違命。其後漸漸年歲已滿,知弟慇懃屢遣信召,又知敬屣如己無異,感弟情至,遂便還國。

弟は兄の心がとうとう変わらないことを知り、すぐに兄のもとを訪ねて皮の履物をもらい受けました。そして心を痛め、悔やみながらも、その履物を持って国に帰り、国の政務を執り行いました。いつもその皮の履物を御座の上に置き、朝夕に拝んでお見舞いの礼を尽くし、まるで兄がそこにいるかのようにしました。また、しばしば人を遣わして、その山の中にいる兄を何度も招きました。しかし、その次兄は、父が先に「十二年後に帰れ」と告げていたため、その年限が満ちておらず、尽孝尽忠の心から、命に背くことができませんでした。その後、ようやく年月が満ち、弟が心を込めてたびたび使いを送って招いていること、また、自分の履物を敬い、まるで自分自身のように大切にしていることを知り、弟の深い情義に感じ入って、ついに国に帰ってきました。

既至國已,弟還讓位而與於兄。兄復讓言:「父先與弟,我不宜取。」弟復讓言:「兄為嫡長,負荷父業,正應是兄。」如是展轉,互相推讓,兄不獲已,遂還為王。兄弟敦穆,風化大行,道之所被,黎元蒙賴,忠孝所加,人思自勸奉事孝敬。婆羅陀母,雖造大惡,都無怨心。

国に着くと、弟は王位を兄に譲ろうとしました。しかし兄もまた「父上は最初に弟にお与えになったのだから、私がいただくわけにはいかない」と辞退しました。弟はまた「兄上は嫡出の長子でいらっしゃる。父上の遺業を継ぐのは、まさに兄上のはずです」と譲りました。こうして互いに押し問答を繰り返し、兄はやむを得ず王位に就きました。兄弟は仲むつまじく、教化は広く行き渡り、道の恵みを受けて民は皆救われ、忠孝の心が行われて、人々は自ら進んで親に仕え、敬い孝養するようになりました。婆羅陀の母が大きな悪事を働いたにもかかわらず、兄は少しも恨みの心を持ちませんでした。

以此忠孝因緣故,風雨以時,五穀豐熟,人無疾疫,閻浮提內,一切人民,熾盛豐滿,十倍於常。

この忠孝の因縁によって、風雨は時に適い、五穀は豊かに実り、人々には病や疫病がなくなる。閻浮提の内、すべての人々は、栄え満ち溢れ、その盛んさは平常の十倍に達するであろう。


2 王子以肉濟父母緣

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