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仏本行集経 (佛本行集經)


佛本行集經卷第五

仏本行集経 第五巻

隋天竺三藏闍那崛多譯

隋の天竺三蔵僧侶、闍那崛多訳

賢劫王種品下

賢劫の王の種族の章(下)

「諸比丘!彼大照耀王有子,還名意憙,次紹王位,如上所說。

比丘たちよ、かの大照耀王には子がいて、やはり意憙という名であった。その子が次に王位を継いだ。その様子は先に述べたとおりである。

「諸比丘!彼意憙王有子,名曰善喜,次紹王位,如上所說。

「比丘たちよ、その意憙王には善喜という名の子がおり、その後を継いで王位につきました。先に述べた通りです。」

「諸比丘!彼善喜王有子,名曰滿足,次紹王位,如上所說。

比丘たちよ、かの善喜王には「満足」という名の子がいた。その子は王位を継いだ。以上のように説かれた通りである。

「諸比丘!彼滿足王有子,名大滿足,次紹王位,如上所說。

「比丘たちよ。その満足王には、大満足という名の王子がおりました。彼は父王のあとを継いで王位につき、先に述べたのと同じような善政を行いました。」

「諸比丘!彼大滿足王有子,還名養育,次紹王位,如上所說。

「比丘たちよ、あの大満足王には子がいて、その名もまた養育といい、先の例と同じように次いで王位を継ぎました。」

「諸比丘!彼養育王有子,還名福車,次紹王位,如上所說。

比丘たちよ、その養育王には子がおり、その名もまた福車といった。その子が後を継いで王位についたことは、先に述べたとおりである。

「諸比丘!彼福車王有子,名人首領,次紹王位,如上所說。

「比丘たちよ。その福車王には、人首領という名の子がいた。彼は父王の後を継いで王位についた。その詳細は先に述べた通りである。」

「諸比丘!彼人首領王有子,名曰火質,次紹王位,如上所說。

「比丘たちよ。その人の長である王には、火質という名の子がおり、次いで王位を継ぎました。これは先に述べたとおりです。」

「諸比丘!彼火質王有子,名曰光炎,次紹王位,如上所說。

比丘たちよ、その火質王には、光炎という名の子がおりました。そして、その子が王位を継ぎました。その後の話は、先に述べたのと同じです。

「諸比丘!彼光焰王有子,名善譬冠,次紹王位,如上所說。

「比丘たちよ。その光焔王には、善譬冠という名の子がおり、先に述べたようにして王位を継ぎました。」

「諸比丘!彼善譬冠王有子,名曰空冠,次紹王位,如上所說。

「比丘たちよ、その善譬冠王には、空冠という名の子がいました。彼はその後、王位を継ぎました。その内容は先に述べたとおりです。」

「諸比丘!彼空冠王有子,名曰善見,次紹王位,如上所說。

「比丘たちよ、その空冠王には善見という名の王子がおり、父王の後を継いで王位に就きました。その様子は先に述べた通りです。」

「諸比丘!彼善見王有子,名大善見,次紹王位,如上所說。

比丘たちよ、その善見王には大善見という名の子がいた。彼が後に王位を継いだことは、先に述べたとおりである。

「諸比丘!彼大善見王有子,名曰須彌,次紹王位,如上所說。」

「比丘たちよ、あの大善見王には、須弥という名の息子がいました。彼はその後、王位を継ぎました。それこそ、先に述べたとおりです。」

「諸比丘!彼須彌王有子,名大須彌,次紹王位,如上所說。

「比丘たちよ。あの須彌山王には子がいて、名を大須彌といいます。そして先に述べたように、その子が王位を継ぎました。」

「轉輪聖王,統四天下海等大地,具足七寶,乃至如法治化人民。諸比丘!如是等王,皆是過去轉輪聖王,具足修習無量福業,深種善根,以是果報,並得食於此四天下一切大地,受諸福樂,壽命難量,不可算計。諸比丘!汝等當知!我今更說彼轉輪王,種姓苗裔,世世相承,并餘小王,子孫繼襲,住處名字,次第少多,為汝略說彼等氏族,汝等善聽!

転輪聖王は、四海や大地を統べ治め、七宝を具え、人々を法の通りに治めていました。比丘たちよ、そのような王たちは皆、過去の転輪聖王であり、無量の福徳の業を修め、善根を深く植えました。その果報によって、この四大洲のすべての大地を享受し、福楽を受け、寿命は計り知れず、測ることができません。

比丘たちよ、あなたがたは知るべきです。これより、その転輪王の種姓の血筋が世々代々受け継がれ、また、その他の小王たちが子孫に継承されていった居住地の名や、その順序や多少について、私が簡潔に彼らの氏族を説き明かしましょう。よく聞きなさい。

「諸比丘!大須彌王,治化已來,世世相承,子子孫孫,有一百一小轉輪王,悉皆住在褒多那城,治化人民,受於福樂。彼諸王內,最後一王,名師子乘。師子乘王,世世相承,子子孫孫,有六十一小轉輪王,悉皆住在波羅㮈城,治化人民,受於福樂。

「諸比丘たちよ、大須彌王が治められて以来、代々受け継がれ、子々孫々に至るまで、百一人の小転輪王がおられました。その方々は皆、褒多那城に住んで人民を治め、福楽を受けていました。それらの王の中で、最後の王は師子乗といいます。師子乗王の代々を受け継ぎ、子々孫々に至るまで、六十一人の小転輪王がおられました。その方々は皆、波羅㮈城に住んで人民を治め、福楽を受けていました。」

「彼諸王內,最後一王,名曰女乘。彼女乘王,世世相承,子子孫孫,有五十六小轉輪王,悉皆住在阿踰闍城,治化人民,受於福樂。

彼らの王たちの中で最後の王を、女乗(にょじょう)といいます。その女乗王から代々、子々孫々と受け継がれて、五十六人の小さな転輪王がいました。彼らはみな、阿踰闍(あゆしゃ)の都に住み、人々を治め導き、恵まれた暮らしを楽しみました。

「彼諸王內,最後一王,名嚴熾生。嚴熾生王,世世相承,子子孫孫,合有一千小轉輪王,皆悉住在迦毘梨耶城,治化人民,受於福樂。

その王たちの中でも、最後の王の名は厳熾生といいました。厳熾生王から代々受け継がれ、子々孫々に至るまで、合計で千人の小転輪王がいました。彼らは皆、迦毘梨耶の都に住み、人々を治め導き、福楽を受けていました。

「彼諸王內,最後一王,名曰梵德。彼梵德王,世世相承,子子孫孫,有二十五小轉輪王,皆悉住在阿私帝那富羅城,治化人民,受於福樂。

その多くの王たちの中で、最後の王の名は梵徳といいました。その梵徳王の時代から代々受け継がれ、子や孫の世代にわたって、二十五人の小さな転輪王たちがいました。彼らは皆、阿私帝那富羅(アシディナープラ)という都に住み、人々を治め、福の多い暮らしを享受していました。

「彼諸王內,最後一王,名為象將。彼象將王,世世相承,子子孫孫,有二十五小轉輪王,皆悉住在德叉尸羅城,治化人民,受於福樂。

その王たちの中で、最後の王は象将(しょうしょう)と名づけられました。 その象将王の代から、代々受け継がれ、子々孫々にわたって、二十五人の小転輪王(しょうてんりんのう)が現れました。 彼らはみな、徳叉尸羅(とくしゃせら)という都に住み、人々を治め、恵まれた暮らしを享受しました。

「彼諸王內,最後一王,號名為護。而彼護王,世世相承,子子孫孫,一千二百小轉輪王,皆悉住在奢耶那城,治化人民,受於福樂。

その王たちの中で、最後の王の名は「護」といいました。その護王から代々、子や孫へと受け継がれ、一千二百人の小転輪王が、皆、奢耶那(しゃやな)という都に住み、人々を治め、福楽を受けて暮らしました。

「彼諸王內,最後一王,名能降伏。能降伏王,世世相承,子子孫孫,合有九十小轉輪王,皆悉住在迦那鳩闍城,治化人民,受於福樂。

その諸王の中で、最後の王の名は能降伏(のうごうぶく)といいました。能降伏王から代々受け継がれ、子々孫々にわたり、合わせて九十人の小転輪王がいました。彼らは皆、迦那鳩闍(かなくじゃ)という町に住み、人々を治め、福楽を受けていました。

「彼諸王內,最後一王,名為勝將。彼勝將王,世世相承,子子孫孫,二千五百小轉輪王,皆悉住在於瞻波城,治化人民,受於福樂。

その王たちの中で、最後の王の名を勝将といいます。 その勝将王から代々、子々孫々と受け継がれて、二千五百人の小転輪王たちがみな、瞻波(せんぱ)という町に住み、人々を治め導き、恵まれた幸せの暮らしを享受しました。

「彼諸王內,最後一王,名曰龍天。彼龍天王,世世相承,子子孫孫,有二十五小轉輪王,皆悉住在於王舍城,治化人民,受於福樂。

その王たちのうち、最後の王を龍天といいます。この龍天の王から、代々受け継がれ、子々孫々にわたって、二十五人の小転輪王がいました。彼らは皆、王舎城に住み、人々を治め、福と楽しみを受けていました。

「彼諸王內,最後一王,名為作闍。彼作闍王,世世相承,子子孫孫,有二十五小轉輪王,皆悉住在拘尸那竭城,治化人民,受於福樂。

その王たちの中で、最後の王の名は作闍(さくしゃ)といいました。この作闍王から代々受け継がれ、子々孫々に至るまで、二十五人の小さな転輪王がおりました。彼らはみな、拘尸那竭城(クシナガラ)に住み、人々を治め、福楽を受けていました。

「彼諸王內,最後一王,名大自在天。彼大自在天王,世世相承,子子孫孫,有二十五小轉輪王,悉皆住在菴婆羅劫波城,治化人民,受於福樂。

「その諸王のうち、最後の王の名を大自在天といいます。その大自在天王は、代々受け継がれ、子孫の中から二十五人の小転輪王が現れました。彼らはみな、菴婆羅劫波城に住み、人々を治め、福楽を受けていました。」

「彼諸王內,最後一王,還名大自在天。彼大自在天王世世相承,子子孫孫,有二十五小轉輪王,悉皆住在檀多富羅城,治化人民,受於福樂。

その王たちの中で、最後の王もまた大自在天と名乗りました。 その大自在天王の家系は代々受け継がれ、子孫の中から二十五人の小さな転輪王が現れました。 彼らは皆、檀多富羅(タンダプラ)の都に住み、人々を治め導き、恵みと楽しみを受けながら暮らしました。

「彼諸王內,最後一王,名曰善意。彼善意王,世世相承,子子孫孫,有二十五小轉輪王,悉皆住在多摩婆頗梨多城,治化人民,受於福樂。

その諸王のうち、最後の王を善意と名づける。その善意王の世々相承けて、子々孫々に、二十五の小転輪王があり、みな多摩婆頗梨多城に住み、人民を治め教化して、福楽を受けていた。

「彼諸王內,最後一王,名無憂鬘。彼無憂鬘王,世世相承,子子孫孫,八萬四千小轉輪王,皆悉住在寐(亡私反)洟(他梨反)羅城,治化人民,受於福樂。

その諸王の中でも、最後の王の名を無憂鬘(むうけん)といいました。その無憂鬘王の時代から、代々受け継がれ、子々孫々に至るまで、八万四千人の小転輪王がいました。彼らは皆、寐洟羅(びいたら)という城に住み、人々を治め、福楽を受けていました。

「彼諸王內,最後一王,名毗紐天。彼毗紐天王,世世相承,子子孫孫,一百一王,皆悉住在毗褒多那城,治化人民,受於福樂。

その王たちの中で、最後の王の名は毗紐天といった。毗紐天王の血筋は、代々受け継がれ、子々孫々、百一代にわたって、みな毗褒多那の都に住み、人々を治め導き、幸福と喜びを享受したのである。

「彼諸王內,最後一王,還名大自在天。彼大自在天王,世世相承,子子孫孫,合有八萬四千諸王,還在於彼寐(亡私反)洟(他梨反)羅城治化人民,受於福樂。

その諸王のうち、最後の王はまた大自在天と名乗りました。この大自在天王から代々、子々孫々と受け継がれ、合わせて八万四千人の王たちが、その寐洟羅の城にいて民を治め、福楽を享受しました。

「彼諸王內,最後一王,名曰魚王。比丘!當知諸如是等小轉輪王,悉有福德,皆種善根,具足受於世間福報,無與等者,其化所被,大地及海一切諸山,悉皆統攝。諸比丘!彼轉輪王,各各皆有粟散諸王,我今說之。

「その諸王の中で、最後の王の名を魚王といいます。比丘たちよ、知るべきです。このような小さな転輪王たちは、みな福徳を持ち、善根を植え、世間の福報を十分に受け、その者に並ぶ者はありません。その教化が及ぶところは、大地や海、すべての山々にまで及び、すべてを統治しています。比丘たちよ、その転輪王たちには、それぞれに多くの小さい諸王が従っています。私は今、それを説きましょう。」

「諸比丘!魚王有子,名曰真生。彼真生王父祖已來,修習善根,得紹繼王,福報盡故,便失王位。時人見彼王化失道無有福德,共相謂言:『此王人中最好貧劣,人中單薄,人中可愍,人中可掘。』是故世人皆號之為可掘之王。掘王有子,名為平等行王,平等行王子名闇火,闇火王子名為焰熾,焰熾王子名為善譬,善譬王子名為虛空,虛空王子名為戒行,戒行王子名為無憂,無憂王子名為離憂,離憂王子名為除憂,除憂王子名為勝將,勝將王子名為大將,大將王子名為胎生,胎生王子名為明星,明星王子名為方主,方主王子號名為塵,彼塵王子名為善意,善意王子名為善住,善住王子名為歡喜,歡喜王子名為大力,大力王子名為大光,大光王子名大名稱,大名稱王子名為十車,十車王子名二十車,二十車王子名為妙車,妙車王子名為步車,步車王子名為十弓,十弓王子名為百弓,百弓王子名二十弓,二十弓王子名妙色弓,妙色弓王子名為罪弓,罪弓王子名為海將,海將王子名為難勝,難勝王子名為茅草,茅草王子名大茅草。大茅草王,世世相承,子子孫孫,苗裔合有一百八王,還住在彼褒多那城,治化人民,受於福樂。

「比丘たちよ、魚王に真生という名の子がいた。その真生王は、父祖の代から善い根を修め、王位を受け継ぐことができたが、福報が尽きたために王位を失った。人々はその王が道を失い、福徳がないのを見て、互いに言い合った。『この王は人中で最も貧しく劣り、人中で最も頼りなく、人中で最も哀れむべきであり、人中で最も軽んじられるべきだ。』それゆえ世の人々は皆、彼を『掘られる王』と呼んだ。掘王には平等行王という子があった。平等行王の子は闇火といい、闇火の子は焰熾といい、焰熾の子は善譬といい、善譬の子は虚空といい、虚空の子は戒行といい、戒行の子は無憂といい、無憂の子は離憂といい、離憂の子は除憂といい、除憂の子は勝将といい、勝将の子は大将といい、大将の子は胎生といい、胎生の子は明星といい、明星の子は方主といい、方主は塵と号し、その塵の子は善意といい、善意の子は善住といい、善住の子は歓喜といい、歓喜の子は大力といい、大力の子は大光といい、大光の子は大名称といい、大名称の子は十車といい、十車の子は二十車といい、二十車の子は妙車といい、妙車の子は歩車といい、歩車の子は十弓といい、十弓の子は百弓といい、百弓の子は二十弓といい、二十弓の子は妙色弓といい、妙色弓の子は罪弓といい、罪弓の子は海将といい、海将の子は難勝といい、難勝の子は茅草といい、茅草の子は大茅草といった。大茅草王に至るまで、代々受け継がれ、子々孫々として、その末裔は合わせて百八王あり、彼らはかの褒多那の城に住み続け、人々を治め教化し、福楽を受けていたのである。」

「彼一百八,最在後王大茅草者,其王無子,作如是念:『上世已來,我之種姓,粟散諸王,見自頭鬚生白髮時,各以諸子,灌頂為王,別取勝上最好一州,以用布施;剃除鬚髮,捨於王位,出家修道。我今無兒,當以誰繼嗣我王後?誰堪增長我之種姓?或復我今斷諸王種?』復生此念:『我今若不出家修道,則斷一切諸賢聖種。』思惟是已,時,大茅草即以王位,付諸大臣。大眾圍繞,送王出城,剃除鬚髮,服出家衣。王出家已,持戒清淨,專心勇猛,成就四禪,具足五通,得成王仙,壽命極長。至年衰老,肉消背曲,雖復柱杖,不能遠行。時彼王仙,諸弟子等,欲往東西,求覓飲食,取好軟草,安置籠裏,用盛王仙,懸樹枝上。何以故?畏諸蟲獸來觸王仙。時諸弟子,乞食去後,有一獵師,遊行山野,遙見王仙,謂是白鳥,遂即射之。時彼王仙,既被射已,有兩渧血出墮於地,即便命終。彼諸弟子,乞食來還,見彼王仙被射命終,復見有血兩渧在地,即下彼籠,將王置地,集聚柴木,焚燒王屍,收骨為塔,復將種種雜妙香華,供養彼塔,尊重讚歎,承事畢了。爾時,彼地有兩渧血,即便生出二苷蔗,芽漸漸高大,至時蔗熟,日炙開剖,其一莖蔗,出一童子,更一莖蔗,出一童女,端政可憙,世無有雙。時諸弟子,心念王仙在世之時,不生兒子,今此兩童,是王仙種。養護看視,報諸臣知。時,諸大臣聞已歡喜,往至彼林,迎二童子,將還入宮,召喚解相大婆羅門,教令占相并遣作名。彼相師言:『此童子者,既是日炙熟苷蔗開而出生故,一名善生;又以其從苷蔗出故,第二復名苷蔗生;又以日炙苷蔗出故,亦名日種。彼女因緣一種無異故,名善賢,復名水波。』時彼諸臣取苷蔗種所生童子,幼少年時,即灌其頂,立以為王;其善賢女,至年長大,堪能伏事,即拜為王第一之妃。

彼の一百八番目の王、大茅草王は、子がなかったため、こう考えました。「世々以来、我が種族の粟散諸王は、自分の頭や鬚に白い髪が生えるのを見ると、それぞれ子を灌頂して王とし、別に最も勝れた土地を選んで布施し、鬚髪を剃り、王位を捨てて出家して修行した。今、我には子がない。誰が我が王位を継ぎ、我が種族を栄えさせるのか? あるいは、我は諸王の種を断ってしまうのか?」さらにこう思いました。「今、もし出家して修行しなければ、一切の賢聖の種を断つことになる。」そう思って、大茅草王はすぐに王位を諸大臣に託しました。大衆に囲まれて王は城を出で、鬚髪を剃り、出家の衣を身に着けました。出家した後、戒律を清らかに保ち、一心に精進して、四禅を成就し、五通を具え、王仙となり、寿命は非常に長くありました。しかしやがて老いて、肉は痩せ、背は曲がり、杖をついても遠くまで歩けなくなりました。その時、王仙の弟子たちは、東西に食物を求めに行く際、柔らかい草を取って籠の中に敷き、その中に王仙を入れ、木の枝に吊るしました。なぜなら、虫や獣が王仙に触れるのを恐れたからです。弟子たちが乞食に出かけた後、一人の猟師が山野を歩いていて、遠くから王仙を見て、白い鳥と思い、射てしまいました。王仙は射られ、二滴の血が地に落ち、そのまま命を終えました。弟子たちが乞食から戻り、王仙が射られて死んでいるのを見、また地に二滴の血があるのを見て、籠を下ろし、王を地に置き、薪を集めて王の遺体を焼き、骨を集めて塔を建て、種々の珍しい香や花を捧げて塔を供養し、尊敬し讃嘆し、すべての供養を終えました。その時、地にあった二滴の血から、二本の甘蔗が芽を出し、次第に高く成長し、やがて実が熟し、太陽に照らされて割れ、一本の茎からは一人の童男が、もう一本の茎からは一人の童女が生まれました。姿は端正で愛らしく、世に並ぶ者はいませんでした。弟子たちは、王仙が在世の時に子がなかったことから、この二人の童子は王仙の種族だと悟り、養育し、諸大臣に知らせました。大臣たちは聞いて喜び、その林に赴き、二人の童子を迎えて宮中に連れ帰り、占いのできる婆羅門を呼んで、占わせ、名前を付けさせました。その相師は言いました。「この童子は、太陽に照らされて熟した甘蔗が開いて生まれたので、まず善生と名付けます。また甘蔗から生まれたので、第二の名を甘蔗生とします。また太陽に照らされて甘蔗から出たので、日種とも名付けます。その女の子も同じ因縁なので、善賢、また水波と名付けます。」時、諸大臣は甘蔗の種から生まれた童子を、幼少の時に灌頂して王としました。その善賢の女は、成長して妃となるに堪えうるので、王の第一妃としました。

「時苷蔗王,有第二妃,絕妙端政,生於四子:一名炬面,二名金色,三名象眾,四名別成。其善賢妃,唯生一子,名為長壽,端政可憙,世間少雙,然其骨相,不堪作王。時善賢妃,如是思惟:『苷蔗種王,有此四子,炬面等輩,兄弟群強,我今唯有此之一子,雖極端正世無有雙,然其相分,不堪為主。作何方便,令我此子得紹王位?』復作此念:『是苷蔗王,今於我邊,無量敬愛,深心染著,縱情蕩意。我今可更窮極婦人莊飾之法,所謂淨潔摩拭身體,香湯沐浴,使氣芬芳,髮塗澤蘭,面著脂粉,花鬘瓔珞,種種莊嚴,令苷蔗王心於我邊重生耽湎愛戀娛樂。若得如心,我於屏處,當乞求願。』思惟是已,如上所說,莊嚴自身,令極殊絕,至於王邊。王見妃來,生重愛敬,縱逸其心。妃見王生如是心已,二人眠臥,妃白王言:『大王當知,我今從王,乞求一願,願王與我。』王言:『大妃!隨意不逆,從心所欲,我當與妃。』時妃復更重諮王言:『大王自在若與我願,不得變悔,若變悔者,我不須此。』王語妃言:『我一與妃心之所願,後若悔者,當令我頭破作七分。』妃言:『大王!王之四子,炬面等輩,願擯出國,遣我生子長壽為王。』時苷蔗王,即語妃言:『我此四子,無有過失,不橫求財,無有罪患,豈可無辜抂得駈遣遠擯他土?於我治化國境之內,有何非祥不聽其住?』妃又白言:『王已先誓,語若悔者頭破七分。』王告妃言:『我如前言與妃所願,妃若知時,任隨妃意。』時苷蔗王,過此夜後,至明清旦,集聚四子,而告勅言:『汝四童子!今可出去我治化內,不得居住,遠向他國。』

昔、サトウキビ王には第二妃(お后)がいて、たいへん美しく、四人の王子を産みました。その名は、一人目を炬面、二人目を金色、三人目を象衆、四人目を別成といいました。ところが、善賢妃(よい后)はただ一人の王子を産み、その名を長寿といいました。長寿は姿かたちがたいへん美しく、世にもまれなほどでしたが、骨格相(骨組み)を見ると、王になる器ではありませんでした。

そこで善賢妃はこう考えました。「サトウキブ王にはこの四人の王子がいて、炬面たちは兄弟みな強くたくましい。私には今ただこの一人の子しかいない。たいへん美しく世に並ぶものはいないが、その相(すがた)を見ると王位につくにはふさわしくない。どうすれば、このわが子に王位を継がせることができるだろうか?」

またこう考えました。「このサトウキブ王は、今私に対して限りない敬愛の心を持ち、深く心を寄せ、情をゆるめておられる。私は今こそ、女の身を飾るあらゆる方法を尽くそう。つまり、からだを清め磨き、香りのよい湯で沐浴して、息づかいまで香らせ、髪には蘭の香油を塗り、顔には白粉(おしろい)をつけ、花飾りや瓔珞(ようらく)でさまざまに飾り立てて、王の心を私に再び深く溺れさせ、恋い慕わせ、楽しませよう。もし思うままになったなら、人目のないところで願いを乞おう。」

こう考えたのち、妃は先に述べたように身を飾り、この上なく美しく装って王のもとへ行きました。王は妃が来るのを見て、いっそう愛おしみ敬い、心をおごらせました。妃は王がそのような心になったのを見て、二人が臥せっているときに妃が王に申しました。「大王よ、どうかお聞きください。私は今、王様から一つの願いを乞います。どうか私にお与えください。」王が言いました。「后よ、おまえの望みのままに、心に従って与えよう。」すると妃はさらに重ねて申しました。「王様がもし私に願いをお与えになるなら、後でお心を変えてはいけません。もしお変えになるなら、私はその願いをいただきません。」王は妃に言いました。「私は一度おまえの心の願いを与えたなら、後で悔いるときは、私の頭が七つに割れるともうけよう。」妃が言いました。「大王よ!王様の四人の王子、炬面たちを、国外に追い出してください。そして私の子、長寿を王にしてください。」

そのときサトウキブ王は妃に言いました。「私のこの四人の子らには何の過ちもない。不当に財を求めず、罪もない。どうして罪もなく不当に遠く他国へ追いやることができようか。我が治める国境の中に、何の不吉なことがあって住むことを許さないのか。」妃がまた言いました。「王様はすでに誓われました。もしお心を変えれば頭が七つに割れると。」王は妃に告げました。「私は先に言ったように、おまえの願いをかなえよう。おまえが時機をわきまえているなら、おまえの思いのままにせよ。」

その夜が明けて、翌朝、サトウキブ王は四人の子らを集めて、こう命じました。「おまえたち四人の若者よ、今すぐ我が治める国から出ていけ。この中に住んではならぬ。遠く他国へ行け。」

「時四童子,胡跪合掌,白父王言:『大王!當知我等四人,無有罪惡,無諸過咎,不作非法取他錢財,又復不造其餘惡業,云何父王,忽然擯我出於國界?』王勅子言:『我知汝等實無過失,不橫取財,如上所說,此非我意,駈擯於汝。此是善賢大妃之意。彼妃乞願,我不違彼,令汝出國。』時四王子所生之母,聞苷蔗王,欲擯其子令出國界,聞已速疾往至王所。至王所已,白言大王:『聞王欲逐我之四子,令出國界,為實爾不?』王言:『實遣。』諸妃各復白於王言:『善哉!大王!我等各求乞隨兒去。』

「その時、四人の童子たちは跪いて合掌し、父王に申し上げました。『大王よ、どうかお聞きください。私たち四人には、何の罪もなく、過ちもなく、不正に他人の財産を奪うこともせず、その他の悪業を犯したこともございません。それなのに、どうして父王は突然、私たちを国境の外に追い出そうとなさるのですか?』 王は子たちにお答えになりました。『お前たちに確かに過失がなく、不当に財を奪ったわけでもないことは、私も知っている。それは先ほどお前たちが言った通りだ。これは私の意志ではない。お前たちを追い出すのは、善賢大妃の望みなのだ。彼女の願いを私は拒むことができず、お前たちを国外に去らせることにしたのだ。』 その時、四人の王子たちの生母は、甘蔗王が自分の子たちを国境の外に追い出そうとしていると聞き、急いで王の御許に参りました。そして王に申し上げました。『大王よ、お聞きしましたところ、王は私の四人の子を国外に追い出そうとなさっているとか。本当にそうなのでしょうか?』 王は言いました。『確かに追い出すつもりだ。』 后妃たちはそれぞれ王に申し上げました。『よろしゅうございます、大王よ。どうか私たちもそれぞれ、子供たちに従って参ることをお許しください。』」

「王報諸妃:『隨汝意去。』時諸妃妹復白王言:『我姊𡖦甥,今既出國,我亦乞去。』王各報言:『任隨汝意。』時諸大臣公卿輔相,亦白王言:『王今斥遣此四王子,令出國者,我等諸臣,亦求隨去。』王言:『任意。』時王典當諸象馬臣,亦求隨從,王言:『隨意。』復有弓將弩將獄將、諸典當羊畜牧等將、諸臣之子,又復諸餘主藏兵將、遊軍壯士善射之將,奴婢僕使及其子等,聞苷蔗王欲逐四子,令出國界,俱白王言:『我等並求隨從王子東西而去。』王言:『隨意。』又復國內竹匠,皮匠,瓦師,塼師,造屋木師,造酒食師,剃鬚髮師,染洗衣師,屠兒,按摩,治病,合藥,釣魚等師,聞王欲駈四子出國:『審如是不?』王言:『實爾。』『我等求去。』王言:『隨意。』時苷蔗王,勅諸王子,作如是言:『汝等王子!從今已去,若欲婚姻,不得餘處取他外族,還於自家姓內而取,莫令苷蔗種姓斷絕。』時,諸王子白父王言:『如大王勅。』

王は妃たちに言いました。「好きなように行きなさい。」すると、妃たちの妹たちも王に申し上げました。「姉と甥(おい)が国を出るなら、私も共に行きたいのです。」王はそれぞれに答えました。「自由に行きなさい。」 その時、大臣や公卿・補佐たちも王に申し上げました。「王がこれら四人の王子を追放して国を出させられるなら、我々も共に従うことを願います。」王は言いました。「自由にせよ。」 その時、王の象や馬を管理する役人たちも従うことを願い出ました。王は言いました。「好きにせよ。」 また、弓将・弩将・獄将、羊や牧畜を管理する将たち、それらの臣下の子たち、さらに財宝を管理する将、遊軍の勇士、弓の名手、奴婢や召使いとその子たちも、甘蔗王が四人の王子を追放して国境から出そうとしていると聞き、皆で王に申し上げました。「我々は皆、王子に従って東西へ行くことを願います。」王は言いました。「自由にせよ。」 また、国内の竹細工師、皮細工師、瓦師、れんが師、家を建てる木工師、酒や食べ物を作る師、剃髪師、染め物・洗濯師、屠殺人、按摩師、医者、薬を調合する師、漁師などが、王が四人の王子を追放して国を出させようとしていると聞き、「本当ですか?」と尋ねました。王は言いました。「本当だ。」「我々も行きたいのです。」王は言いました。「自由にせよ。」 その時、甘蔗王は王子たちにこう命じました。「お前たち王子よ、今後、婚姻をするならば、他の外部の氏族から娶ってはならない。必ず自らの家系の中から娶り、甘蔗の種族が絶えないようにせよ。」 その時、王子たちは父王に申し上げました。「大王のお命じの通りにいたします。」

「彼諸王子,受父教已,各各自將所生之母,并姨姊妹、奴婢資財、諸䭾乘等,即向北方到雪山下,經少時住,有一大河,名婆耆羅洟,渡於彼河,上雪山頂,遊涉久停。時四王子,在彼山頂,射獵捕諸禽獸而食,漸漸前行,至山南面,見川寬平,無諸坑坎堆阜陵谷丘壑溝渠、荊棘塵埃及沙礫等,其地唯生軟細青草,清淨可愛,樹林花果,蔚茂敷榮,猶如黑雲,光澤儵鑠。林木遍滿,其間少空,所謂娑羅樹、多羅樹、那多摩羅樹、阿說他樹、尼拘陀樹、優曇婆羅樹、千年棗樹、迦梨羅樹等,垂諸枝柯,各相蔭映。又有種種諸雜妙花,所謂阿提目多華、瞻波華、阿輸迦華、波多羅花、婆利師迦華、拘蘭那華、拘毘陀羅花、檀奴沙迦梨迦花、目真隣陀華、蘇摩那等,一切諸華,或有已開,或有未開,或初欲開,或開已落。復有無量眾雜果樹,所謂菴婆羅果、閻浮果、陵拘闍果、波那婆果、鎮頭迦果、呵梨勒果、毘醯勒果、阿摩勒等,種種諸果,或始結子,或子欲熟,或子已熟,堪可食噉。

その王子たちは、父王の教えを受けると、それぞれ自分の生母や叔母、姉妹、奴婢、財宝、荷物を載せた獣などをつれて、北の方角へ向かい、雪山の麓に到着しました。しばらくそこに滞在した後、バキラティという名の大河を渡り、雪山の頂上へ登り、長い間そこを巡り歩きました。やがて四人の王子はその山頂で獣を狩って食べながら、次第に進み、山の南側に至りました。そこには、広く平らな平地が広がっており、凹凸や丘、谷、溝、荊棘、塵や砂利などは一切なく、地面には柔らかく細かな青草が生い茂り、清らかで愛らしい様子でした。林には花や果実が豊かに茂り、黒雲のように光沢が輝いていました。木々は隙間なく生い茂り、中でもサーラ樹、ターラ樹、ナータマーラ樹、アショーカ樹、ニグローダ樹、ウドゥンバラ樹、千年棗樹、カーリーラ樹などが枝を垂れ、互いに陰を作っていました。また、アディムクタ花、チャンパカ花、アショーカ花、パータラ花、パリーチャッタカ花、クランダ花、クヴィダーラ花、ダヌシャカリーカ花、ムクチンダ花、スーマナーなどの様々な美しい花々が、すでに咲いているもの、まだ咲いていないもの、今まさに咲こうとしているもの、あるいは咲き終わって散ったものなどがありました。さらに、アーマラ果、ジャンブ果、リンゴジャ果、パナサ果、チンチャー果、ハリータキ果、ヴィビータカ果、アーマラキ果など、数え切れないほどの果樹があり、実がなり始めたもの、熟しかけのもの、すでに熟して食べ頃になったものなどがありました。

「復有無量諸雜野獸,所謂伊泥耶獸,麞鹿水牛,那羅迦獸,野牛白象,及師子等。復有無量種種飛鳥,所謂鸚鵡,及拘翅羅、鸜鵒孔雀、迦陵頻伽、命命鵁鶄、山鷄白鶴、遮摩迦鳥,及蘭摩等一切雜鳥。復有無量諸水,陂池其池,各有種種雜花,所謂優鉢羅華、波頭摩花、拘勿頭華、分陀利華,悉滿諸池池岸四邊。復有諸華,垂覆池上,其水清淨,無有濁穢,湛然彌滿,不深不淺,易度易行,周匝四邊,種種諸樹。池內復有種種諸虫,所謂魚鼈黿鼉龜鼇螺蜂,一切水性。復有小鳥,所謂鳧鴈鵝鴨、白鷺鸕鶿及鴛鴦等,一切諸鳥。然其彼處,舊有一仙,在中居止,名迦毘羅。彼諸王子,見是處已,共相謂言:『可於此間造城治化。』

また、無数のさまざまな野生動物がいた。すなわち、イヌイエ鹿、麞、鹿、水牛、ナーラカ獣、野牛、白象、そして獅子などである。さらに、無数のさまざまな鳥類がいた。すなわち、鸚鵡、クジラ鳥、九官鳥、孔雀、カラヴィンカ鳥、命命鳥、サギ、山鶏、白鶴、チャマカ鳥、そしてランマ鳥など、あらゆる雑多な鳥たちである。

また、無数の水場や池があり、それぞれの池にはさまざまな花が咲き乱れていた。すなわち、青蓮華、紅蓮華、黄蓮華、白蓮華が池いっぱいに広がり、池の岸辺を囲んでいた。さらに、花々が池の上に垂れかかり、その水は清らかで濁りがなく、静かに満ちあふれ、深すぎず浅すぎず、渡りやすく歩きやすかった。周囲にはさまざまな木々が立ち並んでいた。池の中にはまた、さまざまな生き物がいた。すなわち、魚、すっぽん、大亀、鼉、亀、貝、蜂など、すべての水棲の生き物である。また、小さな鳥たちもいた。すなわち、鴨、雁、鵝、鴛鴦、白鷺、鵜、そして鴛鴦など、あらゆる鳥たちである。

さて、その場所には昔、一人の仙人が住んでいた。名を迦毘羅といった。王子たちはこの場所を見て、互いに言い合った。「ここに都を築き、政治を行うことにしよう」と。

「爾時王子既安住已,憶父王語,於自姓中,求覓婚姻,不能得婦,各納姨母及其姊妹,共為夫妻。依於婦禮,一欲隨從父王教令,二恐釋種雜亂相生。爾時,日種苷蔗之王,召一國師大婆羅門,來謂之言:『大婆羅門!我四王子,今在何處?』國師答言:『大王!當知王之四子,已各自將母姨姊妹䭾乘人物,遠出國外,向於北方,乃至已生端政男女。』時苷蔗王,為自所愛諸王子故,心思欲見,意情歡喜,而發是言:『彼諸王子,能立國計,大好治化。』彼等王子,是故立姓,稱為釋迦。以釋迦住大樹蓊蔚枝條之下,是故名為奢夷耆耶。以其本於迦毘羅仙處所住故,因城立名,故名迦毘羅婆蘇都。

その時、王子たちは落ち着いた後、父王の言葉を思い出し、自らの種族の中で結婚相手を探しましたが、妻を得ることができず、それぞれ叔母や姉妹を娶って夫婦となりました。妻としての礼儀に従い、一つは父王の命令に従おうとし、二つ目は釈迦族に混乱が生じるのを恐れたからです。その時、日種甘蔗の王は一人の国師である大婆羅門を召し、言いました。「大婆羅門よ、我が四人の王子は今どこにいるのか。」国師は答えました。「大王よ、お知りください。王の四人の王子は、それぞれ自分の母や叔母、姉妹や家財道具などを連れて、遠く国外へ向かい、北方へと赴き、すでに立派な男女を生んでおります。」その時、甘蔗王は愛する王子たちのことを思って、会いたい気持ちと喜びの心から、こう言いました。「あの王子たちは国を治める計画を立て、よく治めている。」それ故に、彼らの王子たちは姓を立てて、釈迦と名乗りました。釈迦が大樹の繁った枝の下に住んだことから、奢夷耆耶とも呼ばれます。また、元々迦毘羅仙の住んでいた所にいたことから、城の名に因んで迦毘羅婆蘇都と名付けられました。

「時苷蔗王三子沒後,唯一子在,名尼拘羅(隋言別成),為王住在迦毘羅城,治化人民,受於福樂。其尼拘羅王,生於一子,名曰拘盧,還在父王迦毘羅城,治化而住。其拘盧王,復生一子,名瞿拘盧,亦在父城,為王治化。其瞿拘盧王,復生一子,名師子頰,還在父城,治化人民。師子頰王,生於四子:第一名曰閱頭檀王(隋言淨飯),第二名為輸拘盧檀那(隋言白飯),第三名為途盧檀那(隋言斛飯),第四名為阿彌都檀那(隋言甘露飯),復有一女,名甘露味。師子頰王,最初長子閱頭檀者,次紹王位,還在父城,治化人民,受於福樂。

時の甘蔗王には三人の子がいたが、その後に一人だけが残った。その名を尼拘羅(隋では「別成」という)といった。彼は王として迦毘羅城に住み、民を治め導き、幸せと繁栄を享受した。

その尼拘羅王には一人の子が生まれ、名を拘盧といった。彼も父王と同じ迦毘羅城にとどまり、国を治めて暮らした。

その拘盧王にもまた一人の子が生まれ、名を瞿拘盧といった。彼もまた父の城で王として国を治めた。

その瞿拘盧王には一人の子が生まれ、名を師子頰といった。彼も父の城で民を治め導いた。

師子頰王には四人の子がいた。第一の子を閲頭檀王(隋では「淨飯」という)、第二の子を輸拘盧檀那(隋では「白飯」という)、第三の子を途盧檀那(隋では「斛飯」という)、第四の子を阿彌都檀那(隋では「甘露飯」という)といった。また、一人の娘がおり、名を甘露味といった。

師子頰王の長子である閲頭檀が、次いで王位を継ぎ、父の城で民を治め導き、幸せと福楽を享受した。

「時迦毘羅,相去不遠,復有一城,名曰天臂。彼天臂城,有一釋種,豪貴長者,名為善覺,大富多財,積諸珍寶,資產豐饒,具足威德,稱意自然,無所乏少,舍宅猶如毘沙門王宮殿無異。彼釋長者,生於八女:一名為意,二名無比意,三名大意,四名無邊意,五名髻意,六名黑牛,七名瘦牛,八名摩訶波闍波提(隋言大慧亦云梵天)。而此梵天,於諸女中,年最幼小,初生之日,為諸能相婆羅門師,觀占其體,云:『此女嫁若生兒者,必當得作轉輪聖王,王四天下,七寶自然,千子具足,乃至不用鞭杖治民。』時善覺女,年漸長成,堪欲行嫁。白淨王聞自國境內有一釋氏,甚大豪富,生於八女,端政少雙,乃至相師占觀其女,當生貴子。時,淨飯王聞是語已,作如是言:『我今當索是女作妃,令我苷蔗轉輪聖王苗裔不絕(此是律家作如是說。又言大慧是菩薩母者,此依阿波陀那經文。又言輸頭檀王是我之父、摩耶夫人是我之母,如阿波陀那經說。撿諸經文,此義是實)。』

その時、カピラ城から遠くないところに、天臂という城があった。その天臂城に、釈迦族の一人で、高貴で裕福な長者、善覚という者がいた。彼は大変な財産を蓄え、多くの珍宝を積み、資産は豊かで、威厳と徳を備え、思いのままに富み、何一つ欠けることがなかった。その屋敷は、毘沙門天の宮殿にも劣らないほどであった。

その釈迦族の長者には、八人の娘がいた。一人目は「意」、二人目は「無比意」、三人目は「大意」、四人目は「無辺意」、五人目は「髻意」、六人目は「黒牛」、七人目は「瘦牛」、八人目は「摩訶波闍波提」といった。この摩訶波闍波提は、八人の娘の中で最も年下であった。

彼女が生まれた日、相術に優れたバラモンの師たちがその身体を観て言った。「この娘が嫁いで男の子を産めば、必ずや転輪聖王となり、四つの天下を統治し、七宝が自然に現れ、千人もの子に恵まれ、鞭や杖を使わずに民を治めるだろう」と。

やがて善覚の娘は年を重ね、結婚にふさわしい年頃となった。浄飯王は、自らの国の中に、非常に裕福な釈迦族の者がおり、その者に世にも美しい八人の娘がいることを聞いた。さらに相師がその娘を観て、高貴な子を産むであろうと占ったことも聞いた。

浄飯王はこの話を聞いて、こう言った。「私はこの娘を妃として娶り、我が甘蔗種の転輪聖王の血筋が絶えることのないようにしよう」と。

「時,淨飯王即遣使人,往詣善覺大長者家,求索大慧,為我作於波闍波提(波闍波提者隋言生活本)。爾時,善覺語彼使言:『善使仁者,為我諮啟大王是言:「我有八女,一名為意,乃至第八名為大慧。何故大王求最小者?大王且可待我處分七女竟已,當與大王大慧作妃。」』時,淨飯王復更遣使語長者言:『我今不得待汝一一嫁七女訖,然後取於大慧作妃,汝八頭女,我盡皆取。』時,善覺釋報大王言:『若如是者,依大王命,隨意將去。』時,淨飯王即遣使人,一時迎取八女向宮。至於宮已,即納二女,自用為妃,其二女者,第一名為意,及以第八名大慧者。自餘六女,分與三弟,一人與二並妻為妃。時淨飯王納意姊妹,內於宮中,縱情嬉戲,歡娛受樂,依諸王法,治化四方。

ある時、浄飯王は使いを遣わして、善覚大長者の家へ「大慧」を妻に迎えたいと申し込ませました。「波闍波提」というのは、本地では「生活の基盤」という意味です。その時、善覚は使いにこう答えました。 「使いの方よ。どうか王にこうお伝えください。『私には八人の娘がおります。一人目は意、そして八人目は大慧と申します。なぜ王は末娘だけを望まれるのですか。王、どうか七人の娘の縁談を整えるまでお待ちください。その後、大慧を妃として差し上げましょう。』」

すると、浄飯王は再び使いを遣わし、長者にこう伝えました。 「私はあなたが七人の娘をそれぞれ嫁がせるのを待ってから、大慧を妃に迎えることはできません。あなたの八人の娘、全員をいただくつもりです。」

その時、善覚という名の釈迦族の方は王に答えました。 「もしそうであれば、王のお命じになるままに、お連れください。」

こうして浄飯王は使いを遣わし、八人の娘を一度に宮殿へ迎え入れました。宮殿に着くと、即座に二人の娘を自分の妃としました。その二人とは、一人目が意、そして八人目の大慧です。残りの六人の娘は三人の弟に分け与え、それぞれに二人ずつを妻として娶らせました。浄飯王は意とその妹を宮中に迎え、心ゆくまま遊び楽しみ、王法に従って国を治めました。


3 賢劫王種品
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