六度集經卷第一
六度集経 巻第一
吳康居國沙門康僧會譯
呉の康居国出身の沙門康僧会による漢訳
布施度無極章第一(此有一十章)
布施の完成 第一章
聞如是:
このように私は聞きました:
一時佛在王舍國鷂山中。時,與五百應儀、菩薩千人共坐。中有菩薩名阿泥察,佛說經道,常靖心惻聽,寂然無念,意定在經。眾祐知之,為說:「菩薩六度無極難逮高行,疾得為佛。何謂為六?一曰布施,二曰持戒,三曰忍辱,四曰精進,五曰禪定,六曰明度無極高行。
ある時、仏は王舎国の鷂山(ようざん)におられた。その時、五百人の阿羅漢と千人の菩薩たちと共に坐しておられた。その中に阿泥察(あにさつ)という名の菩薩がいた。仏が経の教えを説かれると、いつも心を静めて深く聴き、静まり返って雑念なく、心を経に定めていた。
尊い仏はそのことを知り、菩薩のために説かれた。
「菩薩が六波羅蜜(ろくはらみつ)という、はかり知れない高貴な行いを成就すれば、速やかに仏となることができる。その六つとは何か。第一に布施、第二に持戒、第三に忍辱、第四に精進、第五に禅定、第六に智慧の完成という最高の行いである。」
「布施度無極者,厥則云何?慈育人物,悲愍群邪,喜賢成度,護濟眾生,跨天踰地潤弘河海。布施眾生,飢者食之,渴者飲之,寒衣熱涼,疾濟以藥,車馬舟輿、眾寶名珍、妻子國土,索即惠之。猶太子須大拏,布施貧乏,若親育子,父王屏逐,愍而不怨。」
「施しの完成(布施波羅蜜)とは、いったいどのようなものなのでしょうか。慈しみの心で人々を育て、哀れみの心でさまざまな迷いある者たちに寄り添い、善い行いを喜び、他者の成長を助け、すべての生きとし生けるものを守り救うことです。その心は天をも超え地をも越え、大河や海よりも深く広く、すべてを潤します。
施しを行うとは、飢えた人には食べ物を、渇いた人には飲み物を、寒い人には衣服を、暑い人には涼を、病の人には薬を与え、車や馬、船や輿、さまざまな宝や貴重な品々、さらには妻や子、国や土地までも、求められれば惜しみなく施すことです。
それは、太子スダーナが貧しい人々に施しを行い、わが子を慈しむように惜しみなく与え、父王に追放されてもなお、憂いながらも決して恨むことのなかったように、そのような心を持つことなのです。」