治禪病祕要法卷上
禅病治療秘要法 上巻
宋居士沮渠京聲譯
沮渠京聲訳
治阿練若亂心病七十二種法(尊者舍利弗所問,出《雜阿含》阿練若事中)
阿練若における心の乱れを治す七十二の法
如是我聞:
このように私は聞きました。
一時佛在舍衛國祇樹給孤獨園,與千二百五十比丘俱。夏五月十五日,五百釋子比丘在竹林下行阿練若法修心十二,於安那般那入毘琉璃三昧。
あるとき、お釈迦さまは舎衛国の祇樹給孤独園におられました。千二百五十人の比丘たちと共にです。
夏の五月十五日、五百人の釈迦族の比丘たちが竹林の下で、阿練若の法を修め、心を整える十二の行を実践していました。そして、安那般那(出入息)の観想によって、瑠璃のように澄み渡る三昧の境地に入ったのです。
時波斯匿王有一太子,名毘琉璃,與五百長者子乘大香象在祇洹邊作那羅戲,復醉諸象,作鬪象戲。
その時、波斯匿王には一人の太子がいた。名を毘琉璃といい、五百人の長者の子たちと共に大きな香象に乗り、祇洹のほとりで那羅戯をしていた。さらに象たちを酔わせ、闘象戯を行った。
有一行蓮華黑象,其聲可惡,狀如霹靂,中間細聲如猫子吼。
一行の蓮華に黒い象がおり、その声は忌まわしく、雷鳴のようであり、その中間に細い声が子猫の咆哮のようだ。
釋子比丘——禪難提、優波難提等——心驚毛竪,於風大觀發狂癡想,從禪定起,如醉象奔不可禁制。
比丘たち――禅難提や優波難提ら――は、心が驚き身の毛がよだち、風の観想の中で狂おしい妄想が起こり、禅定から立ち上がると、まるで酔った象が駆けるように制御できなくなりました。
尊者阿難勅諸比丘:「堅閉房戶,我諸釋子今者發狂,脫能傷壞。」
尊者アーナンダは比丘たちに命じました。「部屋の戸をしっかり閉めなさい。我が釈迦族の子らは今、狂気に陥り、互いに傷つけ合うかもしれない。」
諸比丘僧即往舍利弗所白言:「大德!大德所知智慧無障,如天帝釋第一勝幢所至無畏。唯願慈哀,救諸釋子狂亂之苦。」
諸比丘僧たちはすぐに舎利弗のもとへ行き、申し上げました。「尊師よ、尊師の智慧は何ものにも妨げられることなく、帝釈天の第一の勝幢のごとく、どこへ行っても畏れることがありません。どうか慈悲をもって、狂乱の苦しみに陥った釈子たちをお救いください。」
爾時,舍利弗即從坐起,牽阿難手往詣佛所,繞佛三匝為佛作禮,長跪合掌白佛言:「世尊!唯願天尊慈悲一切,為未來世諸阿練若比丘因五種事發狂者——一者、因亂聲,二者、因惡名,三者、因利養,四者、因外風,五者、因內風——此五種病當云何治?唯願天尊為我解說。」
その時、舎利弗は座から立ち上がり、阿難の手を取って仏のもとへと向かい、三度仏を右繞して礼拝し、跪いて合掌し、仏に申し上げた。「世尊よ、どうか天尊が一切の衆生に慈悲を垂れ、未来世において阿練若の比丘たちが五つの事によって狂気を発する者――一つは乱れた音声によって、二つは悪しき評判によって、三つは利養によって、四つは外なる風によって、五つは内なる風によって――この五つの病をどのように治すべきか、どうか天尊が私のために解き説いてくださいますように。」
爾時,世尊即便微笑,有五色光從佛口出,繞佛七匝還從頂入,告舍利弗:「諦聽諦聽,善思念之,吾當為汝分別解說。
その時、世尊はほほえみを浮かべられ、五色の光が仏の口から出て、仏の周りを七度巡り、また頂から入られました。そして舎利弗に告げられました。
「よく聞きなさい、よく聞きなさい。心をこめてよく考えなさい。私はあなたのために、詳しく解き明かして説きましょう。」
「若有行者行阿練若修心十二,於阿那般那因外惡聲觸內心根,四百四脈持心急故一時動亂。風力強故,最初發狂,心脈動轉五風入咽,先作惡口。應當教是行者服食酥蜜及呵梨勒,繫心一處,先想作一頗梨色鏡,自觀己身在彼鏡中作諸狂事。見此事已,復當更觀而作是言:『汝於明鏡自見汝身作狂癡事,父母、宗親皆見汝作不祥之事。我今教汝離狂癡法,汝當憶知。先教除聲。』
もし修行者が阿練若で心を修める十二の行を行い、阿那般那(呼吸)の間に外の悪い音声が心の内なる根に触れ、四百四の脈が心を急き立てるゆえに一時に動乱するならば、風の力が強いために、最初に狂気を発し、心の脈が動転して五つの風が喉に入り、まず悪口をなす。このような行者には、酥蜜(乳製品と蜂蜜)および呵梨勒(ハリタキ)を服用させ、心を一つのところに結びつけ、まず一つの頗梨色(水晶のような透明な色)の鏡を思い描き、自ら己が身がその鏡の中で狂った行いをしているのを観じるべきである。この事を見た後、さらに改めて観じてこう言うべきである。「汝は明鏡の中で自らの身が狂い痴れることをなしているのを見る。父母、宗族、親族も皆、汝が不吉なことをなしているのを見ている。我はいま汝に狂い痴れを離れる法を教える。汝はよく憶念して知るがよい。まず声を除くことを教える。」
「除聲法者,舉舌向腭,想二摩尼珠在兩耳根中,如意珠端猶如乳滴,滴滴之中流出醍醐,潤於耳根使不受聲。設有大聲,如膏油潤終不動搖。
「声を除く法は、舌を上顎に向けて上げ、二つの摩尼珠が両耳の根元にあると想い、如意宝珠の先端からまるで乳の滴りのように、滴りの中から醍醐が流れ出て、耳の根元を潤し、声を受けないようにする。たとえ大きな声があっても、膏油が潤すように、ついに動揺することはない。
「此想成已,次想一九重金剛蓋從如意珠王出,覆行者身,下有金剛華,行者坐上。有金剛山,四面周匝繞彼行者,其間密緻靜絕外聲,一一山中有七佛坐,為於行者說四念處。爾時,寂然不聞外聲,隨於佛教,此名除亂法門去惡聲想。」
この観想が成就したならば、次に、九重の金剛の蓋が如意珠王から出て、修行者の身を覆うことを想いなさい。下には金剛の華があり、修行者はその上に座しています。周囲には金剛の山があり、四面からその修行者を囲んでいます。その間は密に閉ざされ、外界の音はまったく聞こえません。それぞれの山の中には七仏が座し、修行者のために四念処を説いています。その時、静寂で外界の音は聞こえず、仏の教えに従うのです。これを「乱れを除く法門、悪しき音声の想いを去る」と名づけます。
告舍利弗:「汝等行者宜當修習,慎莫忘失(是名治亂倒心法)。
舎利弗よ、あなた方修行者は、よく修め習いなさい。くれぐれも忘れ失うことのないように(これを乱れた心を治す法という)。
「復次,舍利弗!既去外聲已,當去內聲。
また、舎利弗よ、外の音声を離れたならば、次に内の音声をも離れなければならない。
「內聲者,因於外聲動六情根,心脈顛倒。五種惡風從心脈入,風動心故,或歌、或舞,作種種變。汝當教洗心觀。
内なる声とは、外なる声によって六つの感情の根が動かされ、心の脈が乱れることです。五種類の悪しき風が心の脈に入り、風が心を動かすため、歌ったり、踊ったり、さまざまな変化を起こします。あなたは心を洗い清める観想を教えるべきです。
「洗心觀者,先自觀心,令漸漸明猶如火珠——四百四脈如毘琉璃,黃金芭蕉直至心邊——火珠出氣,不冷、不熱,不麁、不細,用熏諸脈。想一梵王持摩尼鏡照行者胸。爾時,行者自觀胸如如意珠王,明淨可愛火珠為心。大梵天王掌中有轉輪印,轉輪印中有白蓮花,白蓮華上有天童子手擎乳湩,從如意珠王出以灌諸脈。乳漸漸下至於心端,童子手持二針——一、黃金色,二、青色——從心兩邊安二金花以針鑽之,七鑽之後心還柔軟。
洗心観とは、まず自らの心を観じ、次第に火の珠のように明らかになるよう導くことです。四百四の脈は瑠璃のように透き通り、黄金の芭蕉が心の端まで伸びている様子を観じます。火の珠から気が発せられ、冷たすぎず熱すぎず、粗すぎず細すぎず、すべての脈を温めます。
次に、一柱の梵王が摩尼鏡を持ち、修行者の胸を照らしている様子を想い描きます。その時、修行者は自らの胸を如意珠の王のように、明るく清らかで愛らしい火の珠が心となっていると観じます。
大梵天王の掌には転輪印があり、転輪印の中には白蓮華があります。白蓮華の上には天童子が立ち、手に乳の滴りを捧げ、如意珠の王から出て諸脈に注がれます。乳は次第に下がり、心の先端に至ります。童子は二本の針を持っています。一本は黄金色、もう一本は青色です。心の両側に二つの金の花を置き、針で七度刺すと、心は再び柔らかくなります。
「如前,復以乳還洗於心,乳滴流注入大腸中,大腸滿已入小腸中,小腸滿已流出諸乳,滴滴不絕入八萬戶蟲口中,諸蟲飽滿遍於身內,流注諸骨三百三十六節皆令周遍。然後想一乳池,有白蓮花在乳池中生,行者坐上以乳澡浴,想兜羅綿如白蓮華繞身七匝,行者處中。梵王自執己身乳令行者嗽,行者嗽已,梵王執蓋覆行者上,於梵王蓋普見一切諸勝境界,還得本心,無有錯亂。」
前と同様に、再び乳で心臓を洗い、乳の滴が流れ出て大腸に入り、大腸が満たされると小腸に入り、小腸が満たされると様々な乳が流れ出て、滴りが絶えることなく八万の戸の虫の口に入る。諸々の虫は満腹して体内に広がり、流れ注いで三百三十六節のすべての骨を満たし、全身に行き渡らせる。
その後、一つの乳の池を想い浮かべ、その乳の池に白い蓮の花が生えているのを観じる。修行者はその上に座り、乳で沐浴する。白い蓮の花のように柔らかな綿が七重に身を包み、修行者はその中にいる。
梵天は自らの乳を手に取り、修行者に飲ませる。修行者が飲み終えると、梵天は蓋を持って修行者の上を覆う。その梵天の蓋を通して、あらゆる優れた境界がすべて見え、本来の心を取り戻し、何一つ乱れることはない。
佛說此語時,五百釋子比丘隨順佛語一一行之,心即清涼,觀色、受、想、行、識,無常苦空、無我,不貪世間、達解空法,豁然還得本心。破八十億烔然之結,成須陀洹,漸漸修學得阿羅漢——三明、六通、具八解脫。時諸比丘聞佛所說,歡喜奉行(此名柔軟治四大內風法)。
仏がこの言葉を説かれた時、五百人の釈迦族の比丘たちは仏の教えに従い、一つひとつ実践していきました。すると心は清らかに涼やかになり、色(物質)、受(感受)、想(表象)、行(意志)、識(認識)の五蘊が、無常であり、苦であり、空であり、無我であると観じるようになりました。世間への執着を離れ、空の法を悟り、たちまち本来の心を取り戻したのです。八十億の燃え盛る煩悩の結びを断ち切り、須陀洹果を得ました。そして次第に修行を積み、阿羅漢の境地に至りました――三明と六通を具え、八解脱を成就したのです。比丘たちは仏の説かれた教えを聞き、歓喜して実践しました(これは柔軟なる法によって四大と内なる風を治める方法である)。
「復次,舍利弗!若行者欲行禪定,宜當善觀四大境界隨時增損。春時應入火三昧,以溫身體。火光猛盛,身體蒸熱,宜當治之。想諸火光作如意珠從毛孔出,焰焰之間作金蓮華,化佛坐上說治病法。以三種珠,一者、月精摩尼,二者、星光摩尼,猶如天星,光白身青,三者、水精摩尼,想此三珠一照頭上、一照左肩、一照右肩。見三珠已,想身毛孔出三珠光極為清涼,身心柔軟,入火三昧不為所壞(是名治火大三昧法)。
さらにまた、舎利弗よ、修行者が禅定を行おうとするならば、よく四大の境界を観察し、季節に応じてその増減を調えるべきである。春の時には火の三昧に入り、身体を温めるのがよい。火の光が激しく盛んになり、身体が蒸し暑くなったならば、それを治めるべきである。すべての火の光を如意宝珠と観想し、毛穴から出て、炎々と輝く間に金色の蓮華となり、化仏がその上に坐して病気を治す法を説く。三種の宝珠を用いる。一つは月精摩尼、二つ目は星光摩尼、それは天の星のようで、光は白く身は青く、三つ目は水精摩尼である。この三つの宝珠を観想し、一つは頭上を照らし、一つは左肩を、一つは右肩を照らす。三つの宝珠を見た後、身体の毛穴から三つの宝珠の光が出て、極めて清涼であり、身心が柔らかくなり、火の三昧に入っても壊されることがない(これを火の大三昧を治める法という)。
「復次,舍利弗!秋時應當入地三昧。入地三昧見此地相:百千石山、鐵山、鐵圍山、金剛山從頭至足,三百三十六節各為百千山,山神巖㟧,爾時應當疾疾治之。治地大法,想此諸山一一諦觀猶若芭蕉,如是次第,如經十譬,一一諦觀。爾時,但見十方大地如白琉璃,有白寶花,見舍利弗、目連、迦葉、迦旃延坐白金剛窟,履地如水,為行者說五破、五合,說地無常。行者見已,身心柔軟,還得本心(是名治地大法)。
また、舎利弗よ、秋の時節には地の三昧に入るべきである。地の三昧に入り、この地の相を見よ:百千の石山、鉄山、鉄囲山、金剛山が頭から足まであり、三百三十六の節がそれぞれ百千の山となり、山神は岩が険しくそびえ立っている。その時、速やかに治めるべきである。地の大法を治めるには、これらの諸山を一つ一つよく観想し、まるで芭蕉のようだと見なせ。このように順を追って、経典にある十の譬えのように、一つ一つをよく観察するのだ。その時、十方の大地が白瑠璃のようであり、白い宝の花が見える。舎利弗、目連、迦葉、迦旃延が白い金剛の窟に坐し、地を歩くことが水のようであり、修行者のために五つの破れと五つの和合を説き、地は無常であると説く。修行者はこれを見て、身心が柔らかくなり、本来の心を取り戻す(これを地の大法を治めるという)。
「復次,舍利弗!行者入水三昧者,自見己身如大涌泉,三百三十六節隨水流去,見十方地滿中青水或白、或赤,宜當急治。治水法者,先當觀身作摩尼珠,吉祥之瓶、金花覆上,使十方水流入瓶中。此吉祥瓶涌出七花,七莖分明,一一莖間有七泉水、一一泉中有七金花、一一華上有一佛坐,說七覺支(是名治水大法)。
さらに、舎利弗よ。修行者が水三昧に入る時、自らの身体が大きな湧き泉のようであり、三百三十六の関節が水の流れに沿って去っていくのを見る。十方の大地が満ちる青い水、あるいは白、あるいは赤を見るならば、急いで治めるべきである。水を治める方法は、まず身体を摩尼珠と観じ、吉祥の瓶とし、金色の花で覆い、十方の水を瓶の中に流し入れることである。この吉祥の瓶から七つの花が湧き出で、七本の茎がはっきりとし、それぞれの茎の間に七つの泉があり、それぞれの泉の中に七つの金の花があり、それぞれの花の上に一仏が坐し、七覚支を説いている(これを水を治める大法という)。
「復次,舍利弗!若行者入風三昧,自見己身作一九頭龍,一一龍頭有九百耳、無量口,身毛孔、耳及口如大溪谷皆出猛風,宜急治之。治之法者,當教行者自觀己身作金剛座,從於四面想四金剛輪以持此風。金輪復生七金剛華,華上化佛手捉澡灌,澡灌中有一六頭龍動身吸風,令十方風恬靜不動。爾時,行者復見七佛、四大聲聞,重為解說七覺支,漸入八聖道分(是名治內風大法也),擁酥觀柔軟四大,漸入聖分爾焰境界。
さらに、舎利弗よ。もし修行者が風の三昧に入り、自らの身体が九つの頭を持つ龍となっているのを見て、それぞれの龍の頭に九百の耳と無数の口があり、身体の毛穴、耳、口が大きな渓谷のように猛風を吹き出しているならば、急いでこれを治さなければならない。治す方法は、修行者に自らの身体を金剛座と観想させ、四方から四つの金剛輪を想い起こしてこの風を支えさせることである。金輪からさらに七つの金剛華が生じ、華の上に化仏が現れ、手に水瓶を持ち、その水瓶の中に六つの頭を持つ龍が身を動かして風を吸い込み、十方の風を静かにして動かなくする。その時、修行者はさらに七仏と四大声聞を見て、重ねて七覚支を解き明かされ、次第に八聖道分に入る(これが内なる風の大法を治す方法である)。酥を抱き、柔らかな四大を観じ、次第に聖なる分け目の爾炎の境地に入るのである。
「復次,舍利弗!若有行者四大麁澁——或瞋、或喜,或悲、或笑,或復腹行、或放下風——如是諸病當教急治。
また、舎利弗よ、もし修行者に四大が粗く滞り、あるいは怒り、あるいは喜び、あるいは悲しみ、あるいは笑い、あるいは腹が鳴り、あるいはおならが出るなど、こうしたさまざまな病があるならば、すぐに治療するよう教えなさい。
「治之法者,先觀薄皮,從半節起見於薄皮,九十九重猶如泡氣;次觀厚皮,九十九重猶如芭蕉;次復觀膜,如眼上翳,九十九重潰潰欲穿;次復觀肉,亦九十九重,如芭蕉葉,中間有蟲細於秋毫,蟲各四頭、四口,九十九尾;次當觀骨,見骨皎白如白琉璃,九十八重,四百四脈入其骨間,流注上下猶如芭蕉;次當觀髓,九十八重,如蟲網絲。
治める法とは、まず薄い皮を観じます。指の関節から薄皮を見ると、九十九重にも重なって、まるで泡のようです。次に厚い皮を観じると、九十九重にも重なって、まるで芭蕉の葉のようです。次に膜を観じると、目にできる白い膜のように、九十九重にも重なり、ぼろぼろと破れそうになっています。次に肉を観じると、これも九十九重にも重なり、芭蕉の葉のようで、その中には秋の細い毛よりも小さな虫がいて、それぞれ四つの頭と四つの口を持ち、九十九の尾があります。次に骨を観じると、骨は白く輝き、白い瑠璃のようで、九十八重にも重なり、四百四の脈が骨の間に入り込み、上下に流れ注いで、まるで芭蕉のようです。次に髄を観じると、九十八重にも重なり、虫の巣の糸のようです。
「觀諸節已,次觀頭骨,一一髮下有四百四脈直入腦中;其餘薄皮、厚皮、骨與身無異,唯有腦膜十四重,腦為四分,九十八重,四百四脈流注入心。大腸、小腸、脾、腎、肝、肺、心、膽、喉嚨、肺腴、生熟二藏、八萬戶蟲,一一諦觀皆使空虛,皎然白淨,皮皮相裹,中間明淨如白琉璃。
節々を観じ終えたなら、次に頭蓋骨を観じます。一本一本の髪の下には四百四本の脈があり、まっすぐ脳の中へと入っています。残りの薄い皮、厚い皮、骨は体の他の部分と変わりありません。ただ、脳膜は十四重、脳は四つの部分に分かれ、九十八重、四百四本の脈が流れ出て心臓へと注ぎます。
大腸、小腸、脾臓、腎臓、肝臓、肺、心臓、胆嚢、喉、肺の膜、生熟二蔵、八万の虫の住処――これら一つひとつを注意深く観じ、すべてを空虚にし、白く清らかで、皮と皮が重なり合い、その間は白い瑠璃のように明るく清浄であると観じます。
「如是一一半節諦觀,使三百三十六節皆悉明了,令心停住;復更反覆一千九百九十九遍。然後當聚氣一處,數息令調,想一梵王手持梵瓶,與諸梵眾至行者前,捉金剛刀授與行者。既得刀已,自剜頭骨——大如馬珂——置左膝上,於梵瓶中生白蓮花,九節、九莖、九重。有一童子隨梵王後從初蓮華出,其身白色如白玉人,手執白瓶,瓶內醍醐。
このように、一節一節を順番に観察し、全身三百三十六の関節をすべて明らかに見つめ、心を落ち着かせます。さらに、これを千九百九十九回繰り返します。その後、気を一カ所に集め、呼吸を整えながら、一柱の梵天王が梵瓶を手にし、多くの梵衆を従えて修行者の前に現れる様子を思い描きます。梵天王は金剛の刀を修行者に授けます。刀を受け取った修行者は、自らの頭蓋骨を馬珂ほどの大きさに切り取り、左膝の上に置きます。すると、梵瓶の中から白い蓮華が生じ、それは九節、九茎、九重に広がります。一柱の童子が梵天王の後ろから最初の蓮華の中から現れ、その体は白玉のように白く、手には白い瓶を持ち、瓶の中には最高の乳製品である醍醐が入っています。
「梵王髻上如意珠中出眾色藥置醍醐中,童子灌之從頂而入,入於腦脈,直下流注至于左脚大拇指半節。半節滿已津潤具足,乃至薄皮,復至一節。如是,漸漸遍滿半身;滿半身已,復滿全身;滿全身已,四百四脈眾藥流注,觀身三百三十六節皆悉盈滿。爾時,行者還取頭骨安置頭上,童子復以青色之藥布其頭上,此藥滴滴從毛孔入。
梵天の王の髻の上にある如意珠から、様々な色の薬が現れ、醍醐の中に置かれる。童子がそれを灌ぎ、頂から入らせ、脳の脈に入り、まっすぐ下に流れ注いで左脚の親指の半節に至る。半節が満たされると、津液が潤いを備え、薄皮にまで至り、さらに一節に至る。このように、次第に半身に満ち広がり、半身が満たされると、さらに全身に満ちる。全身が満たされると、四百四の脈に衆薬が流れ注ぎ、身体の三百三十六節がすべて満ち溢れるのを観る。その時、行者は再び頭蓋骨を取り、頭の上に安置する。童子はさらに青色の薬をその頭上に布き、この薬が滴り落ちて毛孔から入る。
「恐外風入,梵王復教作雪山酥皆令鮮白,醍醐流注如頗梨壁,持用擁身七七四十九遍,復更廣大作醍醐池,白酥為華,行者坐上酥蓋酥窟,梵王慈藥布散酥間。
外からの風が入るのを恐れ、梵天はさらに雪山の酥(乳製品)を作るよう教え、すべてを真っ白にさせた。醍醐(最高の乳製品)が流れ注ぎ、水晶の壁のようであった。それを持って身を包み、七七四十九回繰り返した。さらに広大な醍醐の池を作り、白い酥で花を咲かせた。修行者はその上に座り、酥の蓋と酥の窟(洞窟)の中にいた。梵天の慈悲の薬が、酥の間に散りばめられた。
「如是諦觀九百九十九遍,然後復當想第二節。蓮華中有一紅色童子,持赤色藥散於髮間及遍身體一切毛孔,使赤色藥從薄皮入乃至於髓,使心下明,遍體漸漸軟。
このように真剣に観想を九百九十九回繰り返した後、次に第二の段階を想い浮かべなさい。蓮華の中に一人の赤色の童子がいて、赤い薬を持ち、それを髪の間や全身のあらゆる毛穴に振りかけます。赤い薬が薄い皮膚から入り、ついには骨髄にまで至り、心の下を明るく照らし、全身が次第に柔らかくなっていくのです。
「第三節中,蓮華復敷,金色童子持黃色藥,散於髮間及遍身體一切毛孔,使黃色藥從薄皮入乃至於髓,使心下青,遍體漸漸增長,復更增長軟。
第三節の中では、蓮の花が再び開き、金色の童子が黄色い薬を持ち、髪の間や全身のあらゆる毛穴に振りかけます。その黄色い薬は薄い皮から入り、ついには骨髄にまで至り、心の下を青くし、全身が次第に大きくなり、さらに柔らかく成長していきます。
「第四節,毘琉璃童子持青色藥,右手持之,散於髮間及遍身體一切毛孔,使青色藥從薄皮入乃至於髓,使心下赤。
第四節、毘琉璃童子は青色の薬を右手に持ち、それを髪の間や全身の毛孔にまんべんなく振りまく。すると、青色の薬は薄い皮から浸透し、ついには骨髄にまで達し、心の下を赤く染める。
「一一毛孔各下一針,從於足下上刺二針。心上作三蓮花,三花之中有三火珠放赤色光,光照於心,令心下漸漸暖。然後兩掌諸節各下三針,隨脈上下調和諸氣,生四百四脈,不觸大腸、腎脈增長。復以五針刺左腸脈。如是,童子調和諸針,以不思議熏、不思議修,挽出諸針置五爪下,以手摩觸遍行者身。
一つの毛穴ごとに一本ずつ針を下ろし、足の裏から上へ二本の針を刺す。心臓の上に三つの蓮華を作り、三つの花の中に三つの火の珠があり、赤い光を放って心臓を照らし、心臓の下が次第に温かくなるようにする。次に両手の掌と各関節に三本ずつ針を下ろし、脈に沿って上下に気を調和させ、四百四の脈を生じさせ、大腸や腎臓の脈に触れずに増長させる。さらに五本の針で左腸の脈を刺す。このように、童子は諸々の針を調和させ、思議すべからざる薫り、思議すべからざる修練をもって、諸々の針を引き抜き五本の爪の下に置き、手で触れながら行者全身を撫でる。
「第五節,綠色童子手捉玉瓶,從於糞門灌綠色藥遍大、小腸、五藏諸脈,還從糞門流出此水。雜穢諸蟲隨水而流,不損醍醐,蟲止水盡。復散綠色乾藥,從於髮間及遍身體一切毛孔,使綠色乾藥從薄皮入乃至於髓,使心下白,遍體漸增柔軟。
第五節、緑色の童子が玉の瓶を手に取り、肛門から緑色の薬を注ぎ、大腸・小腸・五臓・諸脈に行き渡らせ、再び肛門からこの水を流出させる。雑多な穢れや虫たちは水に乗って流れ去り、醍醐味を損なうことなく、虫が止まり水が尽きる。さらに緑色の乾いた薬を散らし、髪の間から全身のあらゆる毛穴へ、薄い皮膚から髄に至るまで浸透させ、心臓の下を白くし、全身が次第に柔らかさを増していく。
「第六節,紫色童子捉玫瑰珠瓶,盛玫瑰水遍洗諸脈,令玫瑰水從一切毛孔出,毛下諸蟲皆從水出。復以一琥珀色乾藥,散於髮間及遍身體一切毛孔,使琥珀色乾藥從薄皮入乃至於髓,使心下轉明如白雪光,遍體漸增柔軟。
第六節、紫色の童子が、薔薇の珠の瓶を手に取り、薔薇水で全身の脈を洗い清め、その水をすべての毛穴から流し出す。すると、毛の下にいた小さな虫たちも、水と共に洗い流される。さらに、琥珀色の乾いた薬を、髪の間から体のあらゆる毛穴にまでまんべんなく振りかけ、その薬が薄い皮膚から浸透し、骨髄にまで達するようにする。すると、心の下が雪のように白く輝き、全身が次第に柔らかく、穏やかになっていく。
「第七節,黃色童子捉金剛鑽,鑽兩脚下、鑽兩掌、鑽心兩邊,然後持如意珠王摩拭六根,諸根開受最上禪味樂,諸皮脈間如塗白膏,一切柔軟。
第七節、黄色の童子が金剛の錐を取って、両足の下を刺し、両手の掌を刺し、心臓の両側を刺し、その後、如意珠王を持って六根を撫で清めると、諸根は開いて最上の禅の味わいの楽しみを受け、皮膚や脈の間は白い膏を塗ったように、すべてが柔らかくなる。
「第八節,金剛色童子手持二瓶,以金剛色藥灌兩耳中及一切毛孔,如按摩法停調諸節,身如鈎鎖遊諸節間。
第八節、金剛色童子は二つの瓶を持ち、金剛色の薬を両耳の中と全身の毛孔に注ぎます。まるで按摩のように、体の節々を整え、体は鉤鎖のように節と節の間を巡ります。
「第九節,摩尼珠色童子從瓶口出至行者所,內五指置行者口中,其五指端流五色藥。行者飲已,觀身及心乃至諸脈淨若明鏡,頗梨摩尼色不得譬。童子授蓮花莖令行者噉,噉時如噉藕法,滴滴之中流注甘露。食此莖已唯九華在,一一華中有一梵王持梵王床授與行者,令行者坐。坐此床已,七寶大蓋覆行者上,梵王各各說慈法門以教行者。梵王力故,十方諸佛住行者前為說慈悲喜捨,隨根授藥柔軟四大。」
第九節、摩尼珠色童子が瓶の口から現れ、修行者のもとへ来る。童子は五本の指を修行者の口の中に入れ、その指先から五色の薬が流れ出る。修行者がこれを飲むと、身体も心も、さらにはすべての脈が、水晶や摩尼珠の色さえも比べられないほど、明鏡のように清らかになる。童子は蓮の茎を渡し、修行者に噛むよう促す。噛むと、蓮根を噛むように、滴りの中から甘露が流れ注ぐ。この茎を食べ終えると、九つの花だけが残る。それぞれの花の中には梵王がいて、梵王の座を修行者に授け、座るように促す。この座に座ると、七宝でできた大きな蓋が修行者の上を覆い、梵王たちはそれぞれ慈しみの法門を説き、修行者を教え導く。梵王の力によって、十方の諸仏が修行者の前に現れ、慈悲喜捨を説き、その者の根性に応じて薬を授け、四大を柔和にする。
告舍利弗:「汝好持此柔軟四大伏九十八使身內身外一切諸病梵王灌頂擁酥灌法,為四眾說。」
舎利弗よ、よくこの柔らかく四大を調伏し、九十八の煩悩を制し、身の内外の一切の病を癒す、梵王の灌頂のごとき擁酥の法を持ち、四衆のために説きなさい。
爾時,舍利弗、尊者阿難等聞佛所說,歡喜奉行。
その時、舎利弗や尊者阿難たちは、仏が説かれた教えを聞き、喜びをもってお受け取りになりました。