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治禅病秘要法 (治禪病秘要法)


治犯戒法

戒律違反の対処法

「復次,舍利弗!若比丘、比丘尼、式叉摩尼、沙彌、沙彌尼、優婆塞、優婆夷受佛禁戒,身心狂亂猶如猨猴,種植之法未及生長搣枝毀根;七眾亦爾,於佛禁戒戒色未生,犯突吉羅乃至波羅夷,猶如醉象不避好惡、不識諸方,蹈壞一切諸善好物;四眾亦爾,蹈破淨戒青蓮花池,破戒猛盛猶如狂狗,見人、見木、乃至鳥、獸隨逐齧之。

また、舎利弗よ。もし比丘、比丘尼、式叉摩尼、沙彌、沙彌尼、優婆塞、優婆夷が仏の禁戒を受けながら、心身が狂乱し、まるで猿のように、植えつけた法がまだ生長しないうちに枝を折り根を壊すようなことがあれば、七衆もまた同じである。仏の禁戒において戒の色(本質)がまだ生じていないうちに、突吉羅から波羅夷に至るまで犯してしまう。それはまるで酔った象が善悪を避けず、方角を識別せず、すべての善きもの良いものを踏み壊すようなものである。四衆もまた同じく、清らかな戒律という青蓮華の池を踏み破る。破戒の勢いはまるで狂った犬のように激しく、人を見ても、木を見ても、さらには鳥や獣を見ても、追いかけては噛みつくのである。

「犯戒惡人見佛、羅漢、清淨比丘功德福田,隨逐罵辱、誹謗毀之,自飲毒藥遍體血現,節節火然。狂愚無智,結使猛風動煩惱山——貪婬為眼、瞋為手足、愚癡身體——踐蹈世間,植種惡子,既自種已,復教他人求覓。地獄獄卒、羅剎、牛頭阿傍、劫火惡鬼、劍林之神、閻羅王等十八獄主,常為己作大親友上善知識,必定當與如是獄種晝夜遊處。

戒めを破る悪人が、仏や羅漢、清浄な比丘の功徳の福田を見て、後を追い罵り辱め、誹謗して傷つけるのは、自ら毒薬を飲み体中に血が現れ、関節ごとに炎が燃え上がるようなものだ。狂った愚かさで知恵がなく、煩悩の激しい風が動き、貪欲と淫欲が目となり、怒りが手足となり、愚痴が身体となって、世間を踏みにじり、悪の種を蒔く。自分で蒔いた後、さらに他人に教えて求めさせる。地獄の獄卒、羅刹、牛頭阿傍、劫火の悪鬼、剣林の神、閻羅王など十八の獄主は、常に自らの大いなる親友であり最高の善知識となり、必ずやこのような獄種と昼夜を共に遊び暮らすことになる。

「此破戒人,諸惡猛火已來入心,為利養故、為名聞故,自稱善好、威德具足,詣阿練若知法者所,猶如幻師幻惑他目。此幻偽人詐行頭陀,破戒惡風吹罪業華常散己上,惡口誹謗,不善心香以熏身心。此人身心猶如伊蘭,似百千蟲狗,雖行禪定,偽現數息所見境界。

この破戒者は、諸々の悪の猛火がすでに心に入り込んでいます。利養や名声のために、自分は善く威徳を備えていると称し、阿練若の法を知る者のもとへ赴きます。それはまるで幻術師が他人の目を惑わすかのようです。この偽りの者は、頭陀行を装いながら、破戒の悪風が罪業の花を常に自分に降り注がせ、悪口や誹謗、不善の心の香りで身心を染めています。この人の身心は、伊蘭の木のように、また百千の虫や犬のようであり、禅定を行っていても、数息観の偽りの境地を現しているのです。

「始初之時,見黑色佛如黑象脚、見如灰人,見諸比丘頭破脚折、見比丘尼莊嚴花鬘。見諸天象化為獼猴,毛端火然來觸擾已。或見一野狐及一野干有百千尾,一一尾端無量諸蟲、種種雜惡。或見羸瘦駝驢、猪狗、鳩槃荼等。諸惡夜叉、羅剎、魁膾,各持種種武器、惡火打撲比丘,因是發狂——或歌、或舞、臥地糞穢、作種種惡——當疾治之。

はじめのうちに、黒い仏様が黒い象の足のように見えたり、灰色の人に見えたり、比丘たちが頭を割られ足を折られているのを見たり、比丘尼が花の髪飾りで飾られているのを見たりします。天の象が猿に化けて、毛の先に火がついてやってきては触れて騒がせたり。あるいは一匹の野狐と一匹の野犬が百千の尾を持ち、それぞれの尾の先に無数の虫がいて、様々な悪いものを見たり。あるいは痩せこけた駱駝やロバ、豚や犬、鳩槃荼などを見たりします。悪い夜叉や羅刹、人殺しの鬼たちが、それぞれ様々な武器や悪い火を持って比丘を打ち叩き、それによって狂乱し――歌ったり、踊ったり、地面の糞尿に臥したり、様々な悪事を働いたり――急いで治さなければなりません。

「治之法者,向諸智者至誠自說,懺悔所作惡不善業。智者應當教此比丘念釋迦牟尼佛,乃至次第念於七佛;念七佛已,念三十五佛;然後復當念諸菩薩、念大乘心。觀於空法深自慚愧,想一一佛捉澡罐水以灌其頂。

罪を悔い改める方法は、諸々の智者に向かって、誠実に自らの悪しき行いを告白し、懺悔することです。智者はこの比丘に、まず釈迦牟尼仏を念じ、順を追って七仏を念じるよう教えるべきです。七仏を念じ終えたら、次に三十五仏を念じ、その後、諸々の菩薩と大乗の心を念じます。空の法を観想し、深く自らを恥じ、一々の仏が水瓶の水を取って自らの頭頂に注いでくださる姿を思い浮かべるのです。

「復自想身墮阿鼻地獄,十八地獄受諸苦惱,於地獄中稱南無佛、南無法、南無比丘僧,修行六念,諸佛、如來於其夢中放白毫光救地獄苦。見此事已,如負債人心懷慚愧應當償之,一心一意脫僧伽梨、著安多會、詣清淨僧所,五體投地如大山崩,心懷慚愧懺悔諸罪,為僧執事作諸苦役——掃廁、擔糞——經八百日。

また、自らの身が阿鼻地獄に堕ち、十八地獄でさまざまな苦しみを受けることを思い浮かべなさい。地獄の中で「南無仏、南無法、南無比丘僧」と称え、六念を修行すると、諸仏如来が夢の中に白毫の光を放って地獄の苦しみを救ってくださる。このことを見たならば、借金を負った者が心に恥じ入って返済すべきであるように、一心に僧伽梨を脱ぎ、安多会を着て、清浄な僧侶のもとへ赴き、五体を地に投じて大山の崩れるようにし、心に恥じ入って諸々の罪を懺悔し、僧侶のために雑事を務め、掃除や糞尿の運搬などの苦役を八百日間行いなさい。

「然後復當澡浴身體,還著僧伽梨。入於塔中,一心合掌諦觀如來眉間白毫大人相光一日至七日,還至智者所求索懺悔。智者應當告言:『比丘!汝今自觀汝身,猶如金瓶盛四毒蛇——二上、二下——吐毒可畏。復觀一龍六頭繞瓶,龍亦吐毒滴蛇口中,四方大樹從金瓶出遍三界。黑象復來欲拔此樹,四面火起。』見此事已,應當告言:『比丘當知:金瓶者,是地氣也;青色蛇者,從風大生,是風大毒;綠色蛇者,從水大生,是水大毒;白色蛇者,從地大生,是地大毒;黃色蛇者,從火大生,是火大毒;六頭龍者,是汝身中五陰及空。如此身者,毒害不淨,云何縱惡、犯戒不治?』

それからまた身体を洗い清め、僧伽梨を再び着用しなさい。塔の中に入り、一心に合掌して如来の眉間にある白毫の大人相の光を、一日から七日まで諦観しなさい。その後、智者のもとに戻って懺悔を求めなさい。

智者はこう告げるべきです。 「比丘よ、今、汝自身の身体を観察しなさい。それはちょうど四匹の毒蛇を入れた金の瓶のようだ。二匹は上、二匹は下にいて、恐ろしい毒を吐いている。さらに一本の六頭の龍が瓶を巻いているのを見なさい。龍もまた毒を吐き、蛇の口に滴らせている。四方から大きな木が金の瓶から生え出て、三界に広がっている。黒い象がまた来て、この木を抜こうとしている。四方から火が燃え上がっている。」

このことを見たなら、智者は告げるべきです。 「比丘よ、知りなさい。金の瓶は、地気である。青色の蛇は風大から生じたもので、風大の毒である。緑色の蛇は水大から生じたもので、水大の毒である。白色の蛇は地大から生じたもので、地大の毒である。黄色の蛇は火大から生じたもので、火大の毒である。六頭の龍は、汝の身の中の五陰と空である。このような身体は、毒害に満ち、清らかではない。どうして悪をほしいままにし、戒を犯したまま治そうとしないのか。」

「說此語已,復教掃塔、塗地、作諸苦役,更教觀佛,見佛放金色光以手摩頭。然後方當教不淨觀,不淨門徹無有諸障,然後可與僧中說戒。

この言葉を語り終えると、さらに塔を掃除し、地面を塗り、さまざまな苦役をさせるように教え、さらに仏を観想させ、仏が金色の光を放ち、手で頭を撫でるのを見させる。それから初めて不浄観を教え、不浄の門が徹して何の障りもなくなってから、初めて僧中で戒を説くことができる。

「欲說戒時應唱是語:『某甲比丘、某甲比丘尼,已八百日行於苦役、七日觀佛眉間白毫,作毒蛇觀、地獄想成。復觀一佛說懺悔法、不淨觀門、無我人鏡,還復通達境界中。佛以澡罐水灌比丘頂,天神現夢說已清淨。今已慚愧,我所證知,唯願聽許。』

戒を説く時には、この言葉を唱えるべきである: 「某甲比丘、某甲比丘尼は、すでに八百日間の苦行を修し、七日間にわたり仏の眉間の白毫を観じ、毒蛇の如く観じ、地獄の想いを成じました。 さらに一仏の説く懺悔の法、不浄観の門、無我・無人を観じ、再び境界に通達いたしました。 仏は澡罐の水をもって比丘の頂を灌ぎ、天神は夢に現れて清浄となったことを告げられました。 今、慚愧の心を起こし、私が証知するところを申し上げます。どうかお聞き許しください。」

「爾時,律師復應以律撿問此人,復教誦戒。經八百遍,然後方與如淨比丘得無有異。」

その時、律師はさらに律をもってこの人を尋ね問い、また戒を誦することを教えなさい。八百回経たのち、ようやく清浄な比丘と同じようになるのです。

告舍利弗:「若有七眾犯於輕戒,過二夜不懺悔者,是人現身雖行禪定終不獲道。若犯重戒墮大地獄,從地獄出受畜生身,如是具足,足滿三劫然後為人。雖得人身,貧窮、癩病七十七身,不見佛、不聞法、諸根不具。是故,智者若犯佛戒,於突吉羅應生怖畏,如被刀斫,極懷慚愧。何況重戒?若能服此持戒藥者,當知是人最上慚愧忍辱丈夫,無能過者。」

舎利弗よ、もし七衆の者が軽い戒律を犯し、二夜を過ぎても懺悔しないならば、その人は現世において禅定を行っても、ついに悟りを得ることはない。もし重い戒律を犯せば、大地獄に堕ち、地獄から出た後は畜生の身を受け、このようにして三劫もの間、苦しみを満たした後、ようやく人間に生まれ変わる。たとえ人間となっても、貧しく、癩病に七十七の身を患い、仏に会うこともなく、法を聞くこともなく、諸根が不具足となる。だからこそ、智慧ある者はもし仏の戒めを犯したならば、突吉羅(軽い過失)に対しても、刀で斬られるかのように恐れを抱き、深く慚愧の心を持つべきである。ましてや重い戒律を犯すことなど、なおさらである。もしこの持戒の薬を服することができるならば、その人が最も優れた慚愧と忍辱の行者であり、誰も及ばない者であると知るがよい。

爾時,世尊而說偈言:

その時、世尊は偈を説かれました。

「破戒心不淨, 猶如偷賊狗,
處處求利養, 為貪心所殺。
當服慚愧藥, 忍辱為衣裳,
懺悔莊嚴華, 熏用善心香。
一心觀佛相, 除苦無憂苦,
亦當念空法, 修心觀不淨。
是名諸如來, 甘露灌頂藥,
服者心無憂, 可至涅槃岸。
如法應修行、 非法不應作,
今世若過世, 行法者得度。
隨順佛所說, 持戒行頭陀,
身心無惡行, 疾至於解脫。」

破戒の心は清らかでなく、 まるで盗みを働く犬のよう。 あちこちで利養を求め、 貪りの心に殺されてしまう。

服すべきは慚愧の薬、 まとうべきは忍辱の衣。 懺悔は飾りの華、 善き心の香を薫らせよ。

一心に仏の姿を観じ、 苦しみを除き憂いを滅ぼせ。 また空の法を念じ、 心を修めて不浄を観よ。

これこそ諸仏の甘露の薬、 服する者は心に憂いなく、 涅槃の岸に至ることができる。

法に従って修行すべく、 法に背くことは行うな。 今世も来世も、 法を行じる者は救われる。

仏の説かれたままに従い、 戒を保ち頭陀行を行え。 身心に悪行なくば、 速やかに解脱に至るであろう。

爾時,世尊告舍利弗:「汝好受此治犯戒藥,慎莫忘失。」

その時、世尊は舎利弗に告げられた。「汝はよくこの戒律を犯した者を治す薬を受け取り、慎んで忘れ失うことなかれ。」

時舍利弗及阿難等聞佛所說,歡喜奉行。

その時、舎利弗と阿難たちは、仏の説かれたことを聞き、喜んでお受け取り、実践いたしました。

治禪病祕要法卷上

禅病治療秘要法 上巻


治利養瘡法
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