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観弥勒上生兜率天経賛 (觀彌勒上生兜率天經贊)

「觀彌勒上生兜率天經贊」について

唐 · 窺基撰 著

3.8 万字 · 約 127 分

窺基による『観弥勒上生兜率天経賛』は、唐代唯識宗の重要な注釈書である。この著作は玄奘が伝えた弥勒信仰を背景とし、『観弥勒上生兜率天経』の深い意味を解き明かし、弥勒菩薩の兜率浄土の境地と往生修行の法門を詳細に論じている。その内容は唯識理論と浄土思想を融合させ、禅観修行を通じて兜率内院に往生し、弥勒の説法を直接聞くことを強調している。漢伝仏教における弥勒信仰の中核文献の一つとして、この注釈書は教理の深さと実践指導の価値を兼ね備え、唐代以降の浄土思想の発展に深遠な影響を与えた。


觀彌勒菩薩上兜率天經題序

弥勒菩薩の兜率天上生経(『観弥勒菩薩上生兜率天経』)序

大慈恩寺基撰

大慈恩寺基撰

原夫性質杳冥、超蹄象而含總,覺體玄眇、絕視聽而融貫,方智雲法縠月、察神理而猶迷,假慧仞於叢筠、揆靈機而不測。至道圓而粹容顯、實際彰而真識淨,然後俯提十地、疎海目於寶方,下控三乘、挺仙儀於垢城,若鴻鍾之虛受、應物扣以騰聲,譬晈魄以澂暉、循器清而肆影,故有紹隆報佛即灌頂於甄臺、纂業化身先貽神於紺殿,撫根熟而趨座、待生機而降跡。斯乃三際受職之宏儀、一生補處之靈範者也。今此經者,灑群萌之一雨、濟眾獸之通津,運弱喪之大舟、引炎童之妙輪。雖復探幽曉祕、歸乎異線之華,然而拯溺符機、寔在此筌之葉,所以金光夕燭、旗有景於昏徒,芳蘤前霧、表無虧於後實,妙祥之儔波萎、鶖子之輩雲趨,雖則稟訓一時,實乃津梁千祀。若夫天宮聖境資莫限之因嚴、覺苑神幾叶無彊之德履,匪心樞而攬觀,豈語極之揚光?教府自陳,題衡息讚。

そもそも物事の本性というものは、深遠にして計り知れず、言葉や概念を超えながらもすべてを含み持つものである。悟りの本体は玄妙にして微かであり、目や耳では捉えられず、しかしすべてに通じ貫いている。智慧を雲の羅(うすもの)、法を月に例えても、神妙な理を詳らかに察することはなおも迷いのままである。仮に智慧の刃を竹藪(たけやぶ)に借りようとも、霊妙な機微を測ることはできない。

至道が円かにして、清らかな姿が顕れ、真実の境が明らかになって、真の識(しき)が清められる。それから初めて十地(じゅうじ)の位を上げ、宝の方(ほう)に海の網の目を疏(めぐ)らし、三乗(さんじょう)を引き下ろして、垢(けが)れた城に仙人の姿を挺(ぬきんで)させる。大きな鐘が虚(むな)しく受け止めて、物が叩けば声を響かせるようなものである。澄んだ月の光が、器に従って清らかに影を映すように、衆生の資質に応じて姿を現すのである。

ゆえに、仏の教えを継ぎ興(おこ)す報仏(ほうぶつ)は、灌頂(かんじょう)の台(うてな)に座し、化身(けしん)の事業を継ぎて、先(ま)ず紺殿(こんでん)に神霊を留める。機根(きこん)の熟したる者を見て座に赴き、衆生の生ける機(はたらき)を待ってその跡を現すのである。これはすなわち、三際(さんさい)すなわち過去・現在・未来にわたって職を受ける広大な儀式であり、一生補処(いっしょうほしょ)の霊妙なる手本なのである。

今この経典は、多くの若芽に降り注ぐ一雨であり、多くの生き物を渡す通りの渡し場であり、弱き迷いの者を運ぶ大きな船であり、炎の童子を導く妙なる輪である。たとえ深く幽なることを探り、祕(ひ)められたことを知ろうとも、それは例(たと)えの糸の華(はな)に帰するものである。しかしながら、溺(おぼ)れゆく者を救い、機(はたらき)に符(かな)うものは、実にこの筌(うえ)すなわち道具の葉(は)にあるのである。

ゆえに金光は夕べに燭(ともしび)となり、昏(くら)き徒に旗影を現し、芳(かんば)しき花は前の霧となって、後の実(みのり)に欠くることのないことを示す。妙吉祥(みょうきちじょう)の類(たぐい)は波を萎(しお)らせ、舎利弗(しゃりほつ)の輩(ともがら)は雲のごとく集まる。一時に教えを禀(う)けるとはいえ、実に千年のわたる渡しの橋なのである。

まさに天宮(てんぐう)の聖境は限りなき慈愛の荘厳を資(たす)け、覚苑(かくおん)の神機は限りなき徳の歩みに適(かな)う。心の枢機(すうき)に由(よ)らずして観覧することは、どうして言葉の極みが光を揚(あげ)るものであろうか。教えの府庫(ふこ)は自ら陳(の)べ、題の衡(はかり)は讃歎(さんたん)を止(や)めるのである。

觀彌勒菩薩上生兜率天經者,六事齊修、二因兼積,心勤妙境、欣趣日觀。彌勒,梵音,此云慈氏。母志悲纏蠢類,子性恤及懷生,宿願今誠俱以標號。道圓上果、跡履下因,祈覺運生,假稱菩薩。上生,即往昇。兜率,言知足。自在光潔神用名天。此由補處,天宮端居利他,祈心住觀必獲瞻奉。經者,攝也、貫也、常也、法也。生資教攝永絕樊籠、理藉文貫長離散滅、百靈常軌千葉良規、利物詮真,目為經也。

『弥勒菩薩上生兜率天経』というのは、六つの修行を全て実践し、二つの善因を積み重ね、心を努めて素晴らしい境地に向かい、喜んで日の観想を志す教えです。

「弥勒」は梵語(サンスクリット語)の音写で、ここでは「慈氏」と訳します。母は慈悲の心で全ての生きとし生けるものを哀れみ、子もまた生ある全てのものへの慈しみの心を持っていました。過去からの誓願と現在の誠の心が、この名前となって表れています。

悟りの最高の果報を成就しながらも、その足跡は凡夫としての因行を辿り、悟りを求め衆生を導くために、仮に「菩薩」と名乗られるのです。

「上生」とは、上へ昇ること、すなわち往生することを指します。「兜率」は「知足」という意味です。自在で光り輝き清らかなその神妙な働きを「天」と呼びます。これは菩薩が次に仏となる位(補処)にある者が、天宮に安住して他者を利するため、心を込めて観想に励めば、必ずその尊顔を拝することができるという教えです。

「経」とは、集める、貫く、恒常の真理、教えの規範という意味を持ちます。生きとし生けるものはこの教えに導かれて永遠に苦しみの牢獄から離れ、真理はこの言葉によって貫かれ、迷いの散乱から長く離れます。これは全ての生き物にとって永遠の道筋であり、全ての人々にとっての善い規範です。人々を利益し真理を明らかに示すもの、これを「経」と呼ぶのです。

初釋經文,聊以五門分別:一佛成權實、二慈氏所因、三時分有殊、四往生難易、五問答料簡。

まず経文を解釈するにあたり、仮に五つの門をもって分別する。第一に仏の成道における権実、第二に慈氏(弥勒菩薩)が修行を起こした因縁、第三に時代の違い、第四に往生の難易、第五に問答による考察である。

第一佛成權實者,權謂隨宜接物、實謂究理迬真,佛之身說皆有此二。只如《法華經》為引不定性,云「唯此一事實,餘二即非真」,顯一乘教為實、二乘教為權,即《涅槃經》半滿教也。《勝鬘經》中明決定義,云「若如來隨彼意欲而方便說,唯有一乘,無有二乘」,即唯說有一乘為權,說有四乘為實,謂大乘、獨覺、聲聞,及無聞非法眾生以人天善根而成就之。教既如是,身亦復然。故《金剛般若經》云「若以色見我、以音聲尋我,彼生履邪斷,不能當見我。」彼如來妙體,即導師法身,體不可見,彼識不能識。其論又云「應化非真佛,彼亦非說法」者,說法不二,取無說離言相,以法身為實、二身為權。《法華經》中執糞器而著垢衣,喻權身也;現壽量而無邊際,顯實身也。此以受用為實、化身為權。然此三身,有二四句:有報非化,謂自受用身。有化非報,謂現八相身。有報亦化,謂他受用身,多受法樂可言受用,隨機而現可言變化。有非報化,謂佛法身。復有四句:有報非化,謂自受用身。有化非報,謂隨生類六趣化身,長者居士、猿猴鹿馬種種之身。有報亦化,謂他受用及八相身,前變化身亦此句攝。有非報化,謂佛法身。雖此四句說身不同,權實二德總皆攝盡。略有二種:一者法身稱實、餘二並權,實者諸法體真,權者事相權迹。《般若論》云「應化非真佛」等是。二者法身及自受用,唯佛與佛乃能知之,是身之本俱離差別,功德智慧一一無邊,不可以色形量而取,都無分限起盡之相,具真實德、修證實成,非應物現,名之為實。他受用身及八相化身,隨生類所示現身,可令下類皆知見,是身之末,俱有差別,功德智慧非並無邊,可以色心形量而取,然有分限起盡之相、具相狀功德,因利他取起、應物而現,名之為權。故《佛地論》云「佛身有二,一實身、二生身。」然此實身各居自土,俱遍法界,非方處求。法身本有,諸佛共同。凡由妄䨱、有而不覺,煩惱纏裹,得如來藏名。由近善友、斷妄生死,出纏裹時,具法身之稱,諸功德法所依止。故《勝鬘經》中在纏名如來藏、出纏名法身,約位因果得名別故。但可說證、不可說成,初地以上分亦證得,佛果圓證。自受用身新修所起,有情分別事體異故。從凡夫位但有無始無漏種子,由近善友、聽聞正法,種子漸增為報身本,亦名如來藏。《楞伽經》云「阿梨耶識名空如來藏,具足熏習無漏法故名不空如來藏。」前法身藏,此報身藏。發心修行,如《幽贊》說。在地前位,唯修種子令漸增長,由此勢力令有漏善業生,生當感報相好圓滿生於八相,變化土中至初地上便資有漏得十王位,生生常得三十二相八十隨好,然未無漏亦未圓明。唯有六七二識無漏,生他受用隨類土中。如《梵網經》說位大小。金剛道後有漏皆滅,無漏五蘊一切圓明,捨無常色獲得常色,受想行識亦復如是,獲得無漏三十二相八十隨好,盡未來際相依相續。然諸菩薩受變易身,有從初地即受變易,如入滅定怖煩惱故。有終乃至七地滿心方受變易,如入滅定不怖惑故。其變易身,一得不捨覺,其勢盡還入定資,乃至金剛轉位方盡。由此七地滿心之中直往菩薩,便生第四靜慮廣果天中,避五淨居不生彼故,資此下地感現身業。乃至十地數數資助將至金剛,遂往色究竟上妙淨土中。《華嚴經》云「有妙淨土,出過三界。第十地菩薩,當生其中。」生者,起也、往也、住也。《十地》云「現報利益,受佛位故。後報利益,摩醯首羅智處生。」故《瑜伽》第四、《解深密經》、《對法論》等皆作是言「超色究竟有妙淨土,十地菩薩方生其中。有十相現大寶華王出,菩薩坐中而成正覺。」金剛心位身猶有量,猶是因位有漏,皆是在至解脫道身遂無邊,既名果位,無漏圓滿,此所修生無漏果身等法,身量、智境兩如,事理相稱皆無分量,不可相求,故名為實。彼二權身各有差別,隨宜即現、方處可求。只如他受用身為初地菩薩現,由彼菩薩悟十百門,能見百佛。一佛即是一佛所王三千大千,此理即是百億化身。一佛化同,故言一佛。雖見百佛總一受用,此受用佛坐百葉華,一葉即是百億化身一佛土也。此一佛土地前所見,為彼所現身稱彼土。然有二類:一者一四天下所現之身、二者三千界中同一主佛。由彼地前有階降故,初地所見他受用身,稱百葉華不大不小,初地菩薩隨侍彼佛,大小相稱。然彼地前隨生何界,身隨小大多等佛半。初地以往既證真如,現生無漏功德漸勝、相好轉明,故所感身稱佛大小,分段變易麁細有殊。功德力資身量必大,於十王位為此洲王。隨類化生,惑受不受,故此身量亦復不定。正智證真如後智見彼佛,如十百門一一宣說。若至二地得千法門,見受用身坐千葉華,一一葉中百億化佛,其佛處坐大小相稱,菩薩隨侍身量亦爾,如化弟子侍佛大小。故《梵網經》云「我今盧舍那,方坐蓮華座,一華百億國,一國一釋迦,各坐菩提樹,一時成佛道。」亦如阿彌陀佛,眼如四大海水,眉間毫相如五須彌山。《法華》亦云「眾生見劫盡,大火所燒時,我此土安穩,天人常充滿。常在靈鷲山,及餘諸住處,說是法華經」等,皆他受用,隨大小菩薩所宜,便現身量不定,現處亦爾,非唯淨土色相有殊。感處、便或在西方、或在此處。只如妙吉祥所見乃是他受用身,舍利弗所見即為化身。故華嚴會舍利弗如盲如聾不聞不見,文殊師利引出會已方始知見。後得所觀即是權身,正智所證即是實身。若第十地菩薩將成佛時,必往色究竟上大自在天妙淨土中,大寶華王坐中而取正覺。此大寶花王量等十阿僧祇百千三千大千世界,十地菩薩坐中大小相稱。況此所見他受用佛,彼佛身量無量無邊,此處定在色究竟上。如前所引經論等文,然此等土必無二乘、女人、黃門、惡趣等生。設有,皆是佛及菩薩之所作化。故《無量壽經論》言「女人及根缺,二乘種不生。」《佛地論》云「設有鸚鵡等莊嚴道場,皆佛菩薩為令他方菩薩來生喜心,所以化作。」《鼓音王經》云「阿彌陀佛父名月上,母名殊勝妙顏,子名月明,奉事弟子名無垢稱,魔王名無勝,調達名寂。」既無女人,母非實女,佛等所化,如命命等。故是報土,亦不相違。有解:是實女人者,化阿彌陀佛有報佛土。螺髻所見劫盡常在靈山說法,是報佛土。然《華嚴》云「摩耶夫人腹中三昧見腹含容,無邊世界諸大菩薩集會聽法。」故知報佛有化父母,此亦未爽。《觀世音授記經》云「阿彌陀佛壽命無量百千萬億劫,當有終極。滅度之後,觀世音菩薩明相出時,於七寶菩提樹下成等正覺,號普光功德山王佛,國土勝阿彌陀佛國百千萬億不可為比,國名眾寶普集莊嚴。此佛滅已,大勢至成佛,名善住功德寶王佛。」不說先住何方後來補處,不同化佛。然於此處補處,無失化處,欲令欣樂心深,所以先有住處。其他受用即以花臺為道場坐,下位有父母,上位不見父。且如化身,為地前菩薩、二乘等現,或淨或染或小或大,任物所宜。將成佛時先昇知足,以彼天處機宜相稱,厭苦心深,生死樂具已知足故,不處餘天必在於此。只如釋迦、彌勒處知足天,《菩薩處胎經》說「具足五十六億七千萬歲,下生根熟方下成道。」三際成道,皆有道樹、金剛座、道場降魔等事。其降魔不同,如《理趣疏》。金剛聖道二障已拂,解脫道中無漏道備,冥真契德證覺利生已,故名成佛。今此《下生經》明成佛事,非法身佛,理但可證非有上下生成等義,亦非自受用。彼無處天成佛之相、說法利生令生見義。他受用佛不處天宮、不住摩竭提,令地前見故,即是化身上生成佛。雖標化佛,影彰餘身。自受用身圓成道果,真如妙理障盡圓證,自利果滿宿願須行,當此會中化生權起他受用佛,應十地所宜;變化佛身,隨地前所現。雖復此處彰化體,而影顯餘佛。見者自成機別現者,身亦說殊,非實佛身有其異體。如月出雲際,圓朗徹空影現水中,水月圓明任器,器成萬別、月本一同,豈以影有千差,遂令月亦有異?真權兩體義理必然,真即理源、權隨物迹,故知上生成佛備彰化質,欲令隨類濟生,欣修易故。《鉢經》說彌勒語文殊師利言:「如我後身作佛如恒河沙等,文殊師利不能知我舉足下足之事。」《鴦掘摩羅經》言「北方有國名曰常喜,佛名歡喜藏摩尼寶積,文殊師利即彼佛也。」文殊既是佛,不知彌勒者,故知化也。《攝大乘》等八相成道既是化身,故知上生定非真佛。菩薩有三:一者一生所繫、二者最後之身、三者坐於道場。上生則一生所繫,下生局得二身。成佛由因,故三皆盡,唯化佛有,餘不見文。以理而推,亦應通有。如第七地菩薩,唯此一身即受變易,名一生所繫。八地以上名最後身,無別分段生死相故。往大自在宮坐蓮華座,名坐道場,此名成自受用身,亦有三菩薩。他受用身,理亦如是。觀音之身名最後身,其坐道場一生所繫,未見誠證,理必定有。說彌勒菩薩名一生者,住在人中名一生,一大生故,如七生等。據實并中有,合有四生。若說天中唯有半生,并中有二生,《大智度論》說為三生。設在人中,除成佛身,故有三也。然諸菩薩有五種生:一除災生。由願自在,為大魚等濟諸飢乏、為大醫王救諸疾病、為大善巧善和鬪諍、為大國王如法息苦、為大天神斷邪見行、為火為水、為乘為舟、為種種物息除災患。二隨類生。願自在力,於傍生等惡類中生,彼所行惡而自不行,彼不行善而自行之。如入酒肆能立其志,入諸婬舍示欲之過,為說正法除彼失。三大勢生。稟性生時,壽量形色、種姓富貴最為殊勝,能斷眾生輕慢等過。四增上生。受十王界,自在化導,隨所應示。五最勝生。此生資糧已極圓滿,如釋迦等,生剎帝利大國王家,能現等覺作諸佛事。今者彌勒住都史多天,具後四生,或二三四;若下此洲,第五生攝。此即第一佛成權實也。

第一に、仏の成道における権と実について述べます。権とは、相手の機根に応じて巧みに導くことをいい、実とは、真理を究めて真実に至ることをいいます。仏の身と説法には、いずれもこの二つがあります。たとえば『法華経』では、不定性の者を導くために、「ただこの一事だけが真実であり、他の二つは真実ではない」と説き、一乗の教えが実であり、二乗の教えが権であることを示しています。これは『涅槃経』の半満の教えにあたります。『勝鬘経』では決定の義を明かして、「もし如来が相手の意欲に従って方便をもって説くならば、ただ一乗のみがあり、二乗はない」と説いています。これは、ただ一乗を説くことが権であり、四乗を説くことが実であることを示しています。四乗とは、大乗・独覚・声聞、そして法を聞くことのない非法の衆生を人天の善根によって成就させることです。教えがこのようである以上、身もまた同様です。それゆえ『金剛般若経』には「もし色をもって我を見、音声をもって我を尋ねるならば、その人は邪道に陥り、我を見ることはできない」と説かれています。彼の如来の妙なる体、すなわち導師の法身は、体として見ることができず、識によって識ることができません。その論にもまた「応化は真の仏ではなく、また説法する者でもない」とあり、説法は不二であり、説くことのない離言の相を取ります。法身をもって実とし、二身をもって権とするのです。『法華経』の中で糞器を執り垢衣を著けるのは、権の身を譬えたものであり、寿量を現して辺際がないのは、実の身を顕したものです。これは受用を実とし、化身を権とする立場です。しかしこの三身には、二つの四句があります。報であって化でないもの、それは自受用身です。化であって報でないもの、それは八相を示す身です。報でもあり化でもあるもの、それは他受用身で、多く法楽を受けますから受用と言うことができ、機根に応じて現れますから変化と言うことができます。報でも化でもないもの、それは仏の法身です。さらに四句があります。報であって化でないもの、それは自受用身です。化であって報でないもの、それは生類に従う六趣の化身で、長者・居士、猿猴・鹿・馬など種々の身です。報でもあり化でもあるもの、それは他受用と八相の身で、先の変化身もこの句に含まれます。報でも化でもないもの、それは仏の法身です。この四句で説く身は異なりますが、権と実の二つの徳はすべてこれに摂め尽くされます。おおまかに二種あります。第一には、法身は実に称し、他の二身はともに権であるとします。実とは諸法の体が真であることであり、権とは事相の権迹です。『般若論』に「応化は真の仏にあらず」などとあるのがこれです。第二には、法身と自受用は、ただ仏と仏のみがよく知ることができ、この身の本はともに差別を離れ、功德と智慧は一つ一つが無辺で、色や形や量をもって取ることはできず、すべて分限や起尽の相がなく、真実の徳を具え、修証によって実に成ったもので、物に応じて現れたものではないので、これを実と名づけます。他受用身と八相の化身は、生類に従って示す身で、下の類の者にもすべて知り見ることができ、この身の末はともに差別があり、功德と智慧はともに無辺ではなく、色や心や形や量をもって取ることができ、分限や起尽の相があり、相状の功德を具え、利他のために起こり、物に応じて現れるので、これを権と名づけます。それゆえ『仏地論』に「仏身に二つあり、一は実身、二は生身である」と説かれています。しかしこの実身はそれぞれ自らの国土に住み、ともに法界に遍じていて、方処に求めることはできません。法身は本有であり、諸仏に共通です。凡夫は妄に覆われて有るのに覚らず、煩悩に纏われて、如来蔵という名を得ています。善友に近づき、妄の生死を断ち、纏裹から出る時には、法身の称を具え、諸々の功德の法の所依となります。それゆえ『勝鬘経』では、纏にあるときは如来蔵と名づけ、纏を出たときは法身と名づけ、位と因果によって名が別れると説かれています。ただ証と言うことはできても、成と言うことはできず、初地以上では分もまた証得し、仏果において円かに証します。自受用身は新たに修したところから起こり、有情の分別する事体が異なるからです。凡夫の位からはただ無始の無漏の種子があるだけで、善友に近づき正法を聞くことによって、種子がしだいに増して報身の本となり、また如来蔵とも名づけます。『楞伽経』に「阿梨耶識を空如来蔵と名づけ、熏習を具足して無漏の法があるゆえに不空如来蔵と名づける」と説かれています。前は法身蔵、これは報身蔵です。発心修行については『幽賛』に説かれています。地前の位では、ただ種子を修してしだいに増長させ、この勢力によって有漏の善業を生じ、生じては報の相好円満を感ずべき身を八相の変化土の中に生じ、初地以上になると有漏を助けて十王の位を得て、生々に常に三十二相八十随好を得ますが、まだ無漏ではなく、また円明でもありません。ただ六七の二識だけが無漏で、他受用の随類土の中に生まれます。『梵網経』に位の大小が説かれているとおりです。金剛道の後には有漏はすべて滅し、無漏の五蘊は一切円明で、無常の色を捨てて常の色を獲得し、受想行識もまた同様で、無漏の三十二相八十随好を獲得し、未来際まで相依相続します。しかし諸菩薩は変易身を受け、初地からただちに変易を受ける者もあり、それは滅定に入り煩悩を怖れるからです。また七地の満心になってはじめて変易を受ける者もあり、それは滅定に入り惑を怖れないからです。その変易身は、一度得れば捨てず、その勢いが尽きればまた定に資され、金剛の転位に至ってはじめて尽きます。これによって七地の満心の中の直往の菩薩は、ただちに第四静慮の広果天の中に生まれ、五浄居を避けてそこに生まれないようにし、この下地を資けて現身の業を感ずるのです。さらに十地に至るまでしばしば資助して金剛に至らせ、ついに色究竟の上の妙浄土に往きます。『華厳経』に「妙浄土があり、三界を出過する。第十地の菩薩はまさにその中に生まれる」と説かれています。生とは、起こること、往くこと、住むことです。『十地』に「現報の利益は、仏の位を受けるゆえ。後報の利益は、摩醯首羅の智処に生まれる」とあります。それゆえ『瑜伽』第四や『解深密経』『対法論』などは皆このように述べています。「色究竟を超えて妙浄土があり、十地の菩薩がまさにその中に生まれる。十相が現じて大宝華王が出で、菩薩はその中に坐して正覚を成ず」と。金剛心の位では身はなお量があり、なお是因位の有漏ですが、解脱道に至れば身はついに無辺となり、すでに果位と名づけられ、無漏円満で、この修生の無漏の果身などは法と身量と智境の両方が如で、事と理が相称して皆分量がなく、相をもって求めることはできないので、これを実と名づけます。かの二つの権身にはそれぞれ差別があり、機に応じてただちに現れ、方処を求めることができます。たとえば他受用身は初地の菩薩のために現れ、その菩薩は十百門を悟って百仏を見ることができます。一仏とは一仏の王たる三千大千であり、この理はすなわち百億の化身です。一仏の化が同じであるゆえに一仏と言います。百仏を見ても総じて一受用であり、この受用仏は百葉の華に坐し、一葉とはすなわち百億の化身の一仏土です。この一仏土は地前の見るところで、そのために現れた身はその土に称います。しかし二類があります。一つは一四天下に現れた身、二つは三千界の中の同一の主仏です。その地前には階降があるゆえに、初地の見る他受用身は、百葉の華に称して大きくも小さくもなく、初地の菩薩はその仏に随侍し、大小が相称します。しかし地前は生まれる界に随って、身は小大に随い多くは仏の半ばです。初地以上はすでに真如を証し、現生の無漏の功德がしだいに勝れ、相好が転じて明らかになるゆえに、感ずる身は仏の大小に称し、分段と変易、麁細に殊があります。功德の力が身量を資ければ必ず大きく、十王の位ではこの洲の王となります。随類の化生は、惑を受ける不受けるがあるゆえに、この身量もまた不定です。正智が真如を証した後の智はかの仏を見て、十百門のごとく一つ一つに宣説します。もし二地に至れば千の法門を得て、受用身が千葉の華に坐すを見、一つ一つの葉の中に百億の化仏があり、その仏の坐すところは大小相称し、菩薩の随侍する身量もまた同様で、化の弟子が仏に侍する大小のごとくです。それゆえ『梵網経』に「我今盧舎那、方に蓮華座に坐す。一華に百億の国、一国に一釈迦あり、各々菩提樹に坐して、一時に仏道を成ず」と説かれています。また阿弥陀仏のごとく、眼は四大海水のごとく、眉間の毫相は五須弥山のごとくです。『法華経』にもまた「衆生は劫尽を見て、大火に焼かるる時も、我がこの土は安穏にして、天人常に充満せり。常に霊鷲山及び余の諸の住処に在って、この法華経を説く」などとあり、皆、他受用で、大小の菩薩の宜しきに随い、ただちに現れる身量は不定で、現れる処もまた同様であり、ただ浄土の色相に殊があるだけではありません。感ずる処は、あるいは西方にあり、あるいはこの処にあります。たとえば妙吉祥の見たものはすなわち他受用身であり、舎利弗の見たものはすなわち化身です。それゆえ華厳の会で舎利弗は盲のごとく聾のごとく、聞かず見ず、文殊師利が会から引き出してはじめて知見しました。後得の所観はすなわち権身であり、正智の所証はすなわち実身です。もし第十地の菩薩がまさに成仏しようとする時は、必ず色究竟の上の大自在天の妙浄土に往き、大宝華王の坐中にあって正覚を取ります。この大宝華王の量は十阿僧祇百千三千大千世界に等しく、十地の菩薩はその中に坐して大小相称します。ましてこの見る他受用仏は、かの仏の身量は無量無辺で、この処は必ず色究竟の上に定まります。先に引いた経論などの文のとおりです。しかしこれらの土には必ず二乗・女人・黄門・悪趣などの生はありません。仮にあっても、皆、仏および菩薩の化作したものです。それゆえ『無量寿経論』に「女人および根缺、二乗の種は生まれず」とあります。『仏地論』に「仮に鸚鵡などの道場の荘厳があっても、皆、仏菩薩が他方の菩薩をして来生の喜心を生じさせるために、化作したものである」と説かれています。『鼓音王経』に「阿弥陀仏の父を月上と名づけ、母を殊勝妙顔と名づけ、子を月明と名づけ、奉事の弟子を無垢称と名づけ、魔王を無勝と名づけ、調達を寂と名づける」とあります。すでに女人がいないので、母は実の女ではなく、仏などの化したもので、命命などのごとくです。それゆえ報土であり、また相違しません。ある解には、これは実の女人であるといいます。化の阿弥陀仏には報仏土があります。螺髻の見た劫尽にも常に霊山にあって説法するのは、報仏土です。しかし『華厳』に「摩耶夫人の腹中の三昧は、腹の中に含容して、無辺の世界の諸大菩薩が集会して法を聞くを見る」と説かれています。それゆえ報仏には化の父母があることがわかります。これもまた誤りではありません。『観世音授記経』に「阿弥陀仏の寿命は無量百千万億劫で、まさに終極がある。滅度の後、観世音菩薩の明相が出る時に、七宝の菩提樹の下で等正覚を成じ、普光功德山王仏と号し、国土は阿弥陀仏の国より百千万億倍も勝れ、比べることはできない。国を衆宝普集荘厳と名づける。この仏が滅した後、大勢至が成仏し、善住功德宝王仏と名づける」と説かれています。先に何方に住んで後に補処に来たかは説かれておらず、化仏とは異なります。しかしここで補処に住むことは、化処に失はありません。欣楽の心を深くさせるために、先に住処があるのです。その他の他受用はすなわち花台を道場の坐とし、下位には父母があり、上位には父が見えません。たとえば化身は、地前の菩薩や二乗などのために現れ、あるいは浄、あるいは染、あるいは小、あるいは大で、物の宜しきに任せます。まさに成仏しようとする時は、まず知足に昇り、かの天処の機宜が相称し、厭苦の心が深く、生死の楽具はすでに知足しているゆえに、他の天には必ずしもいず、必ずここに在ります。たとえば釈迦・弥勒は知足天に住み、『菩薩処胎経』に「具足五十六億七千万歳、下生して根熟してはじめて下って成道する」と説かれています。三際の成道には、皆、道樹・金剛座・道場降魔などの事があります。その降魔は同じではありません。『理趣疏』のごとくです。金剛聖道の二障はすでに払われ、解脱道の中では無漏の道が備わり、冥かに真に契り徳に契り、証覚利生を終えて、ゆえに成仏と名づけます。今この『下生経』は成仏の事を明かしており、法身仏ではなく、理はただ証のみで上下生成などの義はなく、また自受用でもありません。彼には処天で成仏する相も、説法利生して生に見の義を令すこともありません。他受用仏は天宮に処せず、摩竭提に住まず、地前に見させないためで、すなわち化身上の成仏です。化仏を標するといえども、余の身を影彰します。自受用身は円かに道果を成し、真如の妙理は障尽に円証し、自利の果は満ち宿願は行ずべし、この会の中に化生の権として起こる他受用仏は、十地の宜しきに応じ、変化の仏身は、地前に随って現れます。この処で化体を彰すといえども、余の仏を影顕します。見る者は自ずから機が別にして現す者は、身もまた説も殊なり、実の仏身に異体があるのではありません。月が雲の際に出れば、円朗として空に徹し、影は水中に現れ、水月は円明で器に任せ、器は成って万別でも月はもと一同です。どうして影に千差があるからといって、月にもまた異なりがあろうでしょうか。真と権の二体の義理は必然で、真はすなわち理の源、権は物の迹に随うので、上生の成仏が化質を備え彰して、類に随って生を済い、欣修を容易にさせようとすることを知るべきです。『鉢経』に弥勒が文殊師利に語っていうに「我が後身が恒河沙等のごとく仏を作すとも、文殊師利は我が挙足下足の事を知ることができない」とあります。『鴦掘摩羅経』に「北方に常喜という国があり、仏を歓喜蔵摩尼宝積と名づけ、文殊師利はすなわちかの仏である」とあります。文殊がすでに仏であり、弥勒を知らないので、ゆえに化であることがわかります。『摂大乗』など八相成道はすでに化身であるので、上生は必ず真仏ではないことがわかります。菩薩に三つあります。一つは一生所繋、二つは最後の身、三つは道場に坐すことです。上生はすなわち一生所繋で、下生は二身に限られます。成仏は因によるゆえに、三つとも尽きますが、ただ化仏にのみあり、余には文が見えません。理をもって推せば、また通有すべきです。たとえば第七地の菩薩は、ただこの一身でただちに変易を受け、一生所繋と名づけます。八地以上は最後身と名づけ、別の分段生死の相がないからです。大自在宮に往き蓮華座に坐すを、道場に坐すと名づけ、これを自受用身を成ずと名づけ、また三菩薩があります。他受用身も理はまた同様です。観音の身を最後身と名づけ、その道場に坐する一生所繋は、まだ誠証が見えませんが、理には必ずあるはずです。弥勒菩薩を一生と名づけるのは、人中に住んで一生と名づけ、一大生のゆえで、七生などのごとくです。実に拠れば並びに中有了り、合わせて四生あるべきです。もし天中にただ半生のみがあり、並びに中有で二生と説くなら、『大智度論』には三生と説いています。仮に人中にあっても、成仏身を除くゆえに、三つがあるのです。しかし諸菩薩には五種の生があります。一は除災生。願の自在によって、大魚などとなり飢乏を済い、大医王となり諸の疾病を救い、大善巧となり闘諍を善和し、大国王となり如法に苦を息め、大天神となり邪見の行を断じ、火となり水となり、乗となり舟となり、種々の物となりて災患を息除します。二は随類生。願の自在力によって、傍生などの悪類の中に生まれ、彼の行う悪を自らは行わず、彼の行わない善を自らは行います。酒肆に入りてよくその志を立て、諸の婬舎に入りて欲の過を示し、正法を説いて彼の失を除くがごとくです。三は大勢生。稟性の生時、寿量形色・種姓富貴が最も殊勝で、衆生の軽慢などの過を断ずることができます。四は増上生。十王の界を受け、自在に化導し、応ずるところに随って示します。五は最勝生。この生は資糧がすでに極めて円満で、釈迦などのごとく、刹帝利の大国王の家に生まれ、等覚を現じて諸仏の事を行うことができます。今、弥勒は都史多天に住み、後の四生を具え、あるいは二、三、四です。もしこの洲に下れば、第五生に摂められます。これが第一の仏の成道の権実です。

第二慈性所因者,依正梵本應云梅呾利耶,此翻為慈;古云彌帝疑、或云彌勒者,皆語訛也。依《賢愚經》第十六卷云「生波羅奈國劫波利村輔相之家」,即《上生經》云「劫波利村波婆利大婆羅門家」。初生便有三十二相八十隨好,身紫金色姿容挺特。輔相歡喜,召相師相之。相師既見,轉讚其善。因欲立名,方問生時之相。父答之言:「其母素性不調,懷子以來慈矜苦厄。」相師占曰:「此即兒志。」因為立號名梅呾利耶。若釋此名,應云梅呾利曳尼。梅呾利尼是女聲。母性慈故,因名慈氏。父母愛重,聲譽遠聞。王梵摩達心惱生懼,恐奪其國,伺其未長方欲降之。內人既知,潛報父母,私送舅氏避難習業。舅名波羅利,領五百弟子,異方學道。舅甥師弟聰穎超群,數歲之間學通經典。舅後聞佛出世,遣慈氏等一十六人往至佛所而為四問:一問幾相、二問年齒、三問弟子、四問種姓。慈氏問已,如來具答,慈氏歡喜。佛因更化餘十五人得法眼淨,俱從坐起並乞出家。佛言善來,衣嚴髮落,方便更說,並成應果。唯有慈氏不預彼流。後從世尊遊迦維羅衛國,其大愛道手自縵績金疊袈裟繫想奉持,世尊不受,令供養僧。僧中次行無敢取者,到慈氏所尋為取之。身披金疊從佛遊化,身紫金色衣貫金彩,表裏相稱。巡行乞食持鉢巷陌,觀者無厭,雖皆敬歡,無與食者。有穿珠師將還供養,婦來嗔罵言:「失穿珠之利。」慈氏得珠,持還問眾人,廣說過去供養所生福利。佛因無滅說過去事,便說未來慈氏之事。慈氏後作佛,故猶名慈氏。慶喜問佛慈氏名因。佛言:「過去此贍部洲有大國王,名達磨流枝,此云法愛。爾時有佛,號曰弗沙。有一比丘入慈三昧,身相安靜放光照耀。王問:『此僧何定致此?』佛言:『入慈定。』王倍生欣躍云:『此慈定巍巍乃爾。我當習之,生生不絕。』往法愛王者,今慈氏是。從彼發意常號慈氏,久習性成,佛稱彌勒。」又《一切智光明仙人慈心經》說:佛在摩伽提國寂滅道場彌加女村自在天寺精舍。一時佛與千二百五十比丘經行林中,彌勒菩薩金色相好放銀光明,黃金校飾如白銀山,來至佛所。結髮梵志五百人等遙見彌勒,五體投地白佛請問:「彌勒光明乃與佛等,於何佛所初發道心?」佛言:「梵志!乃往過去無量無邊阿僧祇劫,時有世界名勝華敷,佛號彌勒,恒以慈四無量法教化一切。經名慈三昧光大悲海雲,聞者必超百億劫罪,成佛無疑。時有大婆羅門名一切智光明,六十四能多智博達,聞佛彼經即生難詰,不能屈伏,便發信心而發願言:『願持彼經,必得成佛號曰彌勒。』即捨家入山谷長髮梵行,滿八千歲乞食誦經。時有星現,表王婬荒。彗星橫流、洪水不止,不得乞食七日空住。時林中有五百白菟。有一女菟母子,見仙無食而作是言:『仙人為法不食多日,法山將崩、法海將竭。我今為法應不惜命。』便告諸菟:『諸行無常。眾生愛身,未曾為法喪捨身命。今者欲為生類作大橋梁,供養法師令法久住。』即說頌曰:

第二に「慈」(彌勒)という名の由来について説明します。原本の梵語に従えば「メートリヤ」といい、これを漢訳して「慈」とします。古くは「弥帝疑」や「弥勒」と書きましたが、これらはすべて発音の訛りです。

『賢愚経』第16巻によれば、彌勒はバラナシ国の劫波利村という所の宰相の家に生まれました。『上生経』には「劫波利村の波婆利という大バラモンの家」とあります。

生まれたときから三十二相八十種好をそなえ、体は紫金色で、姿かたちはひときわ優れていました。宰相は喜び、相師を呼んで見てもらいました。相師は一目見て、その優れた特徴をほめそやしました。名前をつけようとして、生まれたときの様子を尋ねると、父は答えました。「母はもともと気性が穏やかではありませんでしたが、この子を懷妊してからは、慈しみの心で苦しむ者を哀れむようになりました。」

相師は占って言いました。「これはまさにこの子の心の表れです。」そこで「メートリヤ」と名づけました。この名を詳しく解釈すれば「メートリヤーニー」というべきでしょう。メートリヤーニーは女性形の言葉です。母が慈悲深かったので、「慈氏」と名づけられたのです。

父母はこの子を深く愛し大切にし、その名声は遠くまで聞こえました。王の梵摩達は心を悩ませ、国を奪われることを恐れ、子供が成長しないうちに屈服させようとしました。宮中の人がこれを知って、こっそり父母に知らせたので、父母はひそかに母方のおじのところへ送り、難を避けて学問をさせることにしました。

おじの名は波羅利といい、五百人の弟子を率いて、別の国で道を学んでいました。おじと甥は師弟とも聡明で抜きん出ており、数年経つうちに経典をことごとく学び通しました。その後、おじは仏が世に現れたと聞き、慈氏ら十六人を仏のもとに遣わして、四つの質問をさせました。一つは仏の相、二つは年齢、三つは弟子の数、四つは種姓についてでした。

慈氏が問うと、如来はすべてに答えられ、慈氏は喜びました。仏はさらに残りの十五人を教化して法眼浄を得させ、皆は席を立って出家を願いました。仏が「よく来た」と言われると、衣が整い髪が自然に落ち、さらに説法によって皆、阿羅漢の果を得ました。ただ慈氏だけはその仲間には入りませんでした。

その後、慈氏は世尊と共にカピラヴァストゥ国を遊行しました。そのとき大愛道が自らの手で金の袈裟を織り、思いをこめて世尊に捧げましたが、世尊は受け取らず、僧団に供養するよう言われました。僧の中を順に回っても、受け取る者は誰もいませんでした。慈氏のところに来たとき、慈氏はそれを受け取りました。金の衣を身につけて仏と共に遊行すると、紫金色の体に金の衣が輝き、内外ともに見事に調和していました。

町を歩き托鉢し、鉢を持って路地を巡ると、見る人は飽きることがありませんでした。皆が敬い喜んでも、食べ物を与える者はありませんでした。ある真珠の細工師が慈氏を家に招いて供養しようとしましたが、妻が怒って罵りました。「真珠細工の利益を失ってしまった。」慈氏は真珠を受け取り、持ち帰って皆に示し、過去の供養によって得られる福徳について広く説きました。

仏は無滅のために過去の出来事を説き、さらに未来の慈氏のことについて説かれました。慈氏は将来仏になるので、今も慈氏と名づけられているのです。

阿難が仏に慈氏という名の由来を尋ねると、仏は言われました。「昔、この閻浮提にダルマルーチという名の大王がいた。漢訳すれば『法愛』という。そのとき弗沙という名の仏がおられた。有一比丘が慈三昧に入り、その身は安らかで静かで、光明を放って周りを照らしていた。王が尋ねた。『この僧はどのような禅定でこのような境地になったのですか。』仏は答えられた。『慈の三昧に入っておられるのだ。』王はますます喜び勇んで言った。『この慈の三昧はなんと尊く素晴らしいのでしょう。私もこれを修行して、生々世々絶えず続けよう。』その法愛王こそ、今の慈氏なのだ。そのときから心を起こして常に慈氏と名のり、長く修行してその習慣が身についたので、仏は弥勒と名づけられたのだ。」

さらに『一切智光明仙人慈心経』にはこう説かれています。仏はマガダ国の寂滅道場、弥加女村の自在天寺の精舎におられた。あるとき仏は千二百五十人の比丘と共に林中を経行しておられた。彌勒菩薩は金色の相好をそなえ、銀色の光明を放ち、黄金の装飾をほどこし、白銀の山のように輝いて仏のもとに来られた。

結髪の梵志五百人らは遠くから彌勒を見て、五体投地し、仏に質問しました。「彌勒の光明は仏と等しいのですが、どの仏のもとで最初に菩提心を起こしたのですか。」

仏は言われました。「梵志よ。はるか過去の無量無辺の阿僧祇劫の昔、勝華敷という世界があった。そこに彌勒という仏がおられ、常に慈の四無量法で一切を教化しておられた。その経を「慈三昧光大悲海雲」といい、これを聞く者は必ず百億劫の罪を超え、成仏することは疑いない。そのとき大婆羅門の一切智光明という者がいた。六十四種の技芸に通じ、智慧広く博識であった。彼は仏のその経を聞いて疑問を抱き挑もうとしたが、仏を屈服させることができず、かえって信心を起こして願を立てた。『この経を受持して、必ず仏となり、彌勒と名乗ろう。』そしてすぐに家を捨て、山谷に入って髪をのばし梵行を修行し、八千年の間、托鉢しながら経を誦し続けた。

そのとき星が現れ、王の淫乱を示した。彗星が空を横切り、洪水がやまなかった。食物を得ることができず、七日の間、何も食べずにいた。そのとき林の中に五百匹の白いウサギがいた。一匹の母ウサギが子ウサギに言った。『仙人は法のために長い間食事をしていない。法の山はまさに崩れようとし、法の海はまさに涸れようとしている。私は今、法のために命を惜しむべきではない。』そして他のウサギたちに告げた。『すべてのものは無常である。衆生は自分の身を愛しむが、かつて法のために身命を捨てた者はない。今、私は生きとし生けるもののために大きな橋となり、法師を供養して法を長く世に留めよう。』そして次の偈を唱えた。

「『若有畜生類, 得聞諸佛名,
永離三惡道, 不生八難處。
若聞法奉行, 生處常值佛。
信法無疑惑, 歸依賢聖僧,
隨順諸戒行。 如是疾得佛,
必至大涅槃, 常受無上樂。』

『もしも畜生の類いであっても、諸仏の御名を聞くことができれば、</br>永遠に三悪道を離れ、八つの難所に生まれることはない。</br>もし法を聞いて実践するならば、生まれるところで常に仏に出会う。</br>法を信じて疑うことなく、賢聖の僧伽に帰依し、</br>諸々の戒めに従って修行する。このようにすれば速やかに仏道を成就し、</br>必ず大涅槃に至り、常に最高の安楽を受けるのである。』</br>

「說此偈已告諸菟言:『我今以身欲供養法,汝等隨喜。我從多劫三毒所使,為鳥獸形虛受生死,今將為法棄捨身命。』時山樹神為積香木,菟王母子遶仙七匝,白言:『大師!我今為法供養尊者。』仙人告曰:『汝是畜生,此心難辦。』菟言:『我今身供養者,為法久住,饒益眾生。』王語其子言:『汝可隨意求覓水草,繫心思惟正念三寶。』子聞母告,跪白母言:『如尊為法欲供養者,我亦願樂。』即投火中,母亦隨入。當爾菩薩捨身之時,大地振動,天雨諸花持用供養。肉熟之後,諸神白仙:『菟王母子為供養故,投身赴火。今肉已熟,宜可食之。』仙聞神言,悲不能對,以所誦經書置樹葉,而說偈言:

この偈を説き終えて、兎たちに告げた。「私は今、この身を用いて法に供養したいと思う。あなたがたも共に喜び讃えてほしい。私は長い劫の間、三毒に驱使され、鳥や獣の姿となって、むなしく生死を繰り返してきた。今こそ法のため、この身と命を捨てよう。」

その時、山の樹神が香木を積み集めた。兎王は子を連れて仙人の周りを七度巡り、こう申し上げた。「大師よ、私は今、法のため尊者にこの身を供養いたします。」

仙人は答えた。「あなたは畜生の身である。その心は成し遂げ難い。」

兎が言った。「私が今、身を供養するのは、法が長く世にあり、多くの生きとし生けるものを益するためです。」

兎王はその子に言った。「あなたは好きなように水や草を求めて、心を正しく保ち、三宝を念じなさい。」

子は母の言葉を聞き、ひざまずいて母に申し上げた。「母上が法のために供養しようとされるなら、私もまた喜んでその供養に加わりたいと思います。」

こう言って、子は火の中に飛び込み、母もまた後に続いて入った。その時、菩薩が身を捨てたこの瞬間、大地は大いに震動し、天からは様々な花が降り注いで供養した。

肉が焼き熟した後、神々が仙人に告げた。「兎王の親子は供養のため、身を投じて火に入りました。今、肉はすでに焼き熟しています。どうぞお召し上がりください。」

仙人は神々の言葉を聞き、悲しみのあまり言葉も出なかった。ただ、読誦していた経典を樹の葉の上に置き、偈を説いて言った。

「『寧當殺身破眼目, 不忍行殺食眾生。
諸佛所說慈悲經, 彼經中說慈悲者,
寧破骨髓出頭腦, 不忍噉肉食眾生。
如佛所說食肉者, 此人行慈不滿足,
當受短命多病身。』

『たとえ身を亡ぼし、目を潰されようとも、 忍びない、生きとし生けるものを殺し、その肉を食うことは。 諸仏が説かれた慈悲の経典、その経典の中で慈悲についてこう説かれている—— たとえ骨の髄を砕かれ、頭を割られようとも、 忍びない、生きとし生けるものの肉を食うことは。 仏が説かれたように、肉を食う者は、 その人の慈悲の行いは満たされることがなく、 短命で病の多い身を受けるであろう。』

「仙發誓言:『願我世世不起殺想,恒不噉肉,入慈三昧,乃至成佛制斷肉戒。』語已投火而死,與菟母子併俱時命終。地六種振動。天神之力樹有光明,金色晃曜照千國土,眾生見光尋光來至。見仙與菟俱死火中,得所說偈并佛經已,持還上王。王遺遍宣令,聞皆發大菩提心。」佛告梵志:「時菟王者,今我身是。其菟兒者,羅睺羅是。誦經仙人者,今彌勒是。五百菟者,大迦葉等五百人是。山樹神者,舍利弗、目揵連等二百五十人是。時千國王者,今跋陀波羅等千菩薩是。彼國眾生得聞法者,賢劫佛所得道者是。由是菩薩乃至成佛猶名彌勒,其所說經亦名慈三昧光大悲海雲。」此說初時,《賢愚經》說弗沙佛時,乃近代也。欲顯生生常習慈行,相師立名遠符往性,今古合稱故名彌勒。若依此,姓名為慈者,應云梅呾利曳那。梅呾利那是男聲,自性修慈故稱男也。婆羅門種姓有眾多,其此慈者,父王本姓。父姓母姓俱有慈故,名為慈氏。又有云:慈氏本姓頗羅墮,字阿氏多。又王姓頗羅墮,字阿氏多。字理無差,姓成乖角。其彌勒者,母及自性俱行慈愛,因以為名,由是得號。是心行性,亦種姓也。如釋迦是姓,牟尼是號,一切義成是名,憍答摩是皇,如此立姓之所生聖也。是名第二慈性所因。

仙人は誓いを立てて言った。「願わくば、私は生まれ変わるたびに殺生の思いを起こさず、常に肉を口にせず、慈三昧に入り、ついに仏果を成就するまで、肉食を断つ戒めを定めんことを。」そう言い終えると、火の中に身を投げて命を終えた。兎の親子も同時に命を終えた。大地は六種に震動し、天神の力によって木に光明が現れ、金色の光が輝き渡って千の国々を照らした。生きとし生けるものはその光を見て、光に従ってやって来た。仙人と兎が共に火の中で命を終えたのを見て、その偈と仏経を得て、国王に捧げた。国王は広くおふれを出し、これを聞いた者は皆、大きな菩提心を起こした。

仏は梵志に告げられた。「その時の兎の王とは、今の私のことである。その兎の子は、羅睺羅である。経を誦した仙人は、今の弥勒である。五百の兎は、大迦葉ら五百人のことである。山や木の神々は、舎利弗や目犍連ら二百五十人のことである。その時の千の国の王たちは、今の跋陀波羅ら千の菩薩のことである。その国の衆生で法を聞いた者は、賢劫の仏のもとで道を得る者たちである。」このように、菩薩はたとえ成仏してもなお弥勒と名乗り、その説く経もまた「慈三昧光大悲海雲」というのである。

これは最初の説話であり、『賢愚経』に説く弗沙仏の時代のことは、もっと後の時代のことである。生まれ変わるたびに常に慈しみの行を修めてきたことを示し、相師がその名を立てて、過去の本性に遠くかなうものとしたのである。昔も今も変わらずにそう呼ばれるから、弥勒というのである。もしこのように、名前が慈しみを意味するならば、梅呾利曳那と呼ぶべきである。梅呾利曳那は男声であり、自らの本性に慈しみを修するから男と称するのである。

バラモンの種姓には多くの種類があるが、この慈しみというのは、父王の本姓である。父方の姓にも母方の姓にも慈しみがあるので、慈氏と名付けられたのである。また、ある説には、慈氏の本姓は頗羅堕で、字は阿氏多であるという。また、王の姓は頗羅堕で、字は阿氏多であるという。字としては道理に違いはないが、姓には食い違いがある。

弥勒というのは、母と自らの本性の両方が慈しみを行うことから、その名となったのである。これは心の行いの性質であり、また種姓でもある。例えば、釈迦は姓であり、牟尼は号であり、一切義成は名であり、憍答摩は家系であり、このように姓を立てて聖者が生まれたのである。これが第二の「慈性」の由来である。

第三時分有殊者,劫有多種,如別章說。《觀藥王藥上菩薩經》云「爾時釋迦佛告大眾言:『我曾往昔於妙光如來末法之中出家學道,聞是五十三佛名心生歡喜,復教他人,他人聞已轉轉相教,乃至三千人,異口同音稱諸佛名,一心敬禮,即得超越無量億劫生死之罪。其初千人者,花光佛為首下至毘舍佛,於過去莊嚴劫中得成為佛。毘舍佛者,即七佛中第三毘舍浮佛。此中千佛,拘留孫佛為首下至樓至如來,於賢劫中得成為佛。後千佛者,日光如來為首下至須彌相佛,於未來星宿劫中當得作佛。』」《賢劫經》亦云「過去莊嚴劫有千佛出現世間」,文皆同此。其三千佛,復各自類同修勝業俱時獲果,故別類出。《無垢稱經》第六卷云「過去輪王名為寶蓋,今寶焰如來。輪王千子,今賢劫千佛。月蓋王子,今釋迦是。」《五濁經》云「今當賢劫第九住劫,已有四佛。人壽四萬歲,迦諾迦村陀佛出世。人壽三萬歲,迦諾迦牟尼佛出世。人壽二萬歲,迦葉波佛出世。」《賢劫經》云「人壽一千二百歲釋迦始生都史,人壽一百歲出世作佛。都史天壽四千歲,人間當五十六億七千萬歲。」正法五百年,像法一千年,不論末法,仍云過千五百年後釋迦法盡,獨覺行化。與諸經不同。人命轉促,正法之時人壽不減,像末法中人壽便減至三二十歲,有飢饉、疫病、刀兵次起,人多死盡、國界空疎。仙人相誡,人懷其善,子年倍父,漸漸長壽至八萬四千歲。從增六萬歲至增八萬,皆有轉輪聖王相次而出。八萬歲時王名儴佉,彌勒方出。然論釋云「劫減佛興,劫增轉輪王出。以此撿,彌勒八萬四千劫初減方出,厭生死故。人壽百歲慈氏生天,人壽八萬四千方始下生成佛,當人間五十六億七千萬歲。」以此而推,劫減時長、劫增時短。慈氏光照四十里。《梵志經》云「父名梵手,母名梵經,子曰德力,侍者曰海氏,智慧弟子曰慧光,神足弟子曰賢精進。正法八萬歲,收佛舍利共興一大塔寺。」《賢劫經》云「從迦諾迦忖陀佛至第九百九十九佛共出一大劫,第一千樓至佛獨出一劫,後更十二劫空過無佛。後有一佛名淨光補王,壽十小劫。」即是星宿劫中第一日光佛也,翻名有異,體即一佛,過此以後三百劫中空過無佛。《樓炭經》中明樓至佛獨出一劫,所由廣如彼說。《金剛力士經》云「昔有輪王,千子具足,各發勝心共求作佛。父王試子何者先成佛,香水浴籌令千子取,得第一者即最初成,最後得者即最後成。其最後者為餘者譏:『我等成佛,人已化盡。汝何所度?』小子悲泣復思惟:『世界無邊、眾生無數,諸兄所度何能盡也。願我作佛,度人壽命一等諸兄。』岌然地動,佛即咸記。由是因緣,故後一佛獨出一劫。以啼泣故,名啼泣佛。」和上解云:胡盧支故盧支者,此翻云父愛。父小子偏所愛念,故為名也。於是諸兄願作金剛,擁護小弟。依小乘說,菩薩百劫修相好業。釋迦買五花以供養定光,定光即燃燈也,遂為授記:「汝於來世當得作佛。」又由釋迦、彌勒同事弗沙世尊入火光定滅光恍曜,釋迦讚歎,復超九劫,故先彌勒以得菩提。故經數說,彌勒自言:「我寧千阿僧祇劫都史天說法度人,不能昔時捨身少分。以稽留故,在後成佛。」然釋迦佛百劫修相好中,九十一劫中第一劫逢毘鉢尸佛,第三十劫逢尸棄佛鞞濕婆佛,第九十一劫逢賢劫千佛。有云:住劫中初五劫無佛出世,第六劫有俱留孫佛,第七劫有俱那含牟尼佛,第八劫有迦葉佛,第九劫有釋迦,第十劫有彌勒。有云:四佛並第九劫,四已出訖,并前即為七佛也,彌勒當賢劫第五佛也。即是第三時分有殊。

第三の時分に殊なることがある。劫には多くの種類があり、別の章で述べられている通りである。『観薬王薬上菩薩経』にこうある。「その時、釈迦仏は大衆に告げて言われた。『私はかつて往昔、妙光如来の末法の時代に出家して道を学び、この五十三仏の名を聞いて心に歓喜を生じた。さらに他の人にも教え、他の人もまたこれを聞いて次々と教え伝え、ついに三千人にまで及んだ。彼らは異口同音に諸仏の名を唱え、一心に敬い礼拝したので、ただちに無量億劫の生死の罪を超えることができた。その最初の千人は、花光仏を先頭とし、毘舎仏に至るまで、過去の荘厳劫の中で仏となることを得た。毘舎仏とは、すなわち七仏の中の第三の毘舎浮仏である。この中の千仏は、拘留孫仏を先頭とし、樓至如来に至るまで、賢劫の中で仏となることを得た。後の千仏は、日光如来を先頭とし、須弥相仏に至るまで、未来の星宿劫の中で仏となるであろう。』」『賢劫経』にも「過去の荘厳劫には千仏が世に出現した」とあり、その文はすべて同じである。その三千仏は、それぞれが同じ種類の勝れた業を共に修めて、同時に果報を得たので、別の種類として示されている。『無垢称経』第六巻にこうある。「過去の転輪王は宝蓋と名付けられ、今の宝焔如来である。輪王の千人の子は、今の賢劫の千仏である。月蓋王子は、今の釈迦である。」『五濁経』にこうある。「今まさに賢劫の第九の住劫において、すでに四仏が出現した。人寿四万歳の時、迦諾迦村陀仏が世に出た。人寿三万歳の時、迦諾迦牟尼仏が世に出た。人寿二万歳の時、迦葉波仏が世に出た。」『賢劫経』にこうある。「人寿一千二百歳の時、釈迦は都史天に生まれ、人寿百歳の時、世に出て仏となった。都史天の寿命は四千歳であり、人間で言えば五十六億七千万歳に当たる。」正法は五百年、像法は一千年であり、末法については言及しない。それでもなお、千五百年を過ぎれば釈迦の教えは尽き、独覚が教化を行うと言う。これは諸経と異なる。人の寿命は次第に縮まり、正法の時には人の寿命は減らず、像法と末法の中では人の寿命は三、二十歳にまで減る。飢饉、疫病、刀兵が次々と起こり、人は多く死に絶え、国は荒廃する。仙人たちが互いに戒め合い、人々は善を心に抱き、子どもは父より年を重ね、徐々に長寿となり八万四千歳に至る。増の六万歳から増の八万歳に至るまで、それぞれに転輪聖王が次々と現れる。八万歳の時、王の名は儴佉であり、弥勒がまさに出現する。しかし論の解釈にはこうある。「劫が減るときに仏が興り、劫が増すときに転輪王が出現する。これによって調べると、弥勒は八万四千歳の劫の減り始めに出現する。生死を厭うからである。人寿百歳の時、慈氏は天に生まれ、人寿八万四千歳になって初めて下降して仏となる。人間の時間で言えば五十六億七千万歳である。」これによって推し量るに、劫の減る時は長く、劫の増す時は短い。慈氏の光明は四十里を照らす。『梵志経』にこうある。「父の名は梵手、母の名は梵経、子の名は徳力、侍者は海氏、智慧の弟子は慧光、神足の弟子は賢精進。正法は八万年続き、仏の舎利を納めて共に一つの大塔寺を建てた。」『賢劫経』にこうある。「迦諾迦忖陀仏から第九百九十九仏まで、共に一つの大劫を経る。第一千の樓至仏は独りで一劫を経て、その後、更に十二劫は空過して仏がいない。その後、一人の仏が現れ、名を浄光補王といい、寿命は十小劫である。」これはすなわち星宿劫の中の第一の日光仏であり、翻訳によって名が異なるが、その本体は一仏である。これ以降、三百劫の間は空過して仏がいない。『楼炭経』の中では、樓至仏が独りで一劫を経ることを明かしており、その理由は詳しくはあの経に述べられている通りである。『金剛力士経』にこうある。「昔、輪王がいて、千人の子が揃っていた。それぞれが勝れた心を発して、共に仏となることを求めた。父王は子たちを試して、誰が最初に仏となるかを確かめようとした。香水で籌を洗い、千人の子に取らせた。最初に得た者が最も最初に成仏し、最後に得た者が最も最後に成仏する。その最後の者は他の者たちから嘲られた。『我々が成仏する頃には、人々はすでに教化し尽くされている。あなたは何を度することができるのか。』末の子は悲しみ泣いて、さらに思惟した。『世界は果てしなく、衆生は数え切れない。兄たちの度する所は、どうして尽くすことができようか。願わくは、我が仏となる時、度する人々の寿命は兄たちと等しからんことを。』すると大地が揺れ動き、仏はすなわち皆に記別を与えた。この因縁によって、後の一仏は独りで一劫を経るのである。泣いたから、啼泣仏と名付けられた。」和尚の解釈にはこうある。胡盧支(故盧支)とは、これは翻訳すると「父の愛」という意味である。父が末の子を特に愛しんだので、その名とされたのである。そこで兄たちは金剛となることを願い、弟を擁護した。小乗の説によれば、菩薩は百劫の間、相好の業を修める。釈迦は五つの花を買って定光仏に供養した。定光とはすなわち燃灯仏であり、遂に授記を与えられた。「あなたは未来世において仏となるであろう。」また、釈迦と弥勒が共に弗沙世尊に仕え、火光定に入って光を輝かせたが、釈迦が讃嘆したので、さらに九劫を超越し、それゆえ弥勒に先んじて菩提を得たのである。それゆえ経典には何度も説かれている。弥勒は自ら言う。「私は寧ろ千阿僧祇劫の間、都史天で説法して人々を度すとも、かつて身を捨てる少分の修行をしなかったことに比べればまさる。滞留したからこそ、後に成仏するのである。」しかし釈迦仏は百劫の間、相好を修める中で、九十一劫の中の第一劫に毘鉢尸仏に逢い、第三十劫に尸棄仏と鞞湿婆仏に逢い、第九十一劫に賢劫の千仏に逢った。ある説にはこうある。住劫の中の最初の五劫には仏が出現せず、第六劫に倶留孫仏が現れ、第七劫に倶那含牟尼仏が現れ、第八劫に迦葉仏が現れ、第九劫に釈迦が現れ、第十劫に弥勒が現れる。ある説にはこうある。四仏はすべて第九劫にあり、すでに四仏が出現し終わり、これに先んじたものを加えると七仏となる。弥勒は賢劫の第五仏に当たる。これがまさに第三の時分に殊なることがある、ということである。

第四往生難易者,且如西方天親《淨土論》、無著《往生論》俱言「報土女人及根缺,二乘種不生。」又《阿彌陀經》云「非少善根因緣而得生彼」,又言「其中皆是阿鞞跋致諸大菩薩」。又《觀經》云「上上品生,得無生法忍。須臾之間遍十法界,奉事諸佛即得受記。上品中生,經一七日得不退轉,經一小劫得無生忍。上品下生者,經三七日其華始敷了了,方聞說法音聲,經三小劫住極喜地。中品上生,應時即得阿羅漢果。中品中生者,經七日華開得須陀洹,逕半劫已成阿羅漢。中品下生者,過七日已花開,遇二大菩薩說法,逕一小劫成阿羅漢。下品上生者,經七七日花敷,經十小劫具得百法明門,得入初地。下品中生者,經六劫蓮花乃敷,聞二菩薩說法,發無上道心。下品下生者,經十二大劫蓮花乃開,聞說法已,方發道心。」百法明門說初地得,豈阿羅漢勝初地耶?又中品生得阿羅漢、下品始發心,即迂會者勝直往耶?又言得須陀洹等,豈由片時修故遂便得果?處處皆說阿羅漢果,若練根者六十劫成,豈由小善遂超生死成利根阿羅漢?又云「作諸觀成得生西方」,豈舉心已諸觀便成?若由小善便得果者,便同說假部,由福故得聖道;道不可修、道不可長,觀無相等資糧加行便徒施設。又《無垢稱經》云「若諸菩薩行于八法,行無瘡疣方生淨土。一思於有情恒作善事,不希善報。二思代有情受苦,所有善根悉迴施與。三思於有情其心平等,心無罣礙。四思於有情摧伏憍慢,敬愛如佛。五信解未聞經典,無礙無謗。六於他利養無嫉妬心,於己利養不生憍慢。七調伏自心常省己過,不譏他犯。八恒無放逸,當尋善法精進修行菩提分法。」豈生淨土者皆具八法也。又《對法》第十二卷云「別時意趣者,如說若有願生極樂世界皆得往生,意在別時。」故《攝大乘》云「譬如一錢而得千錢,意在別時,非唯由發願即得生故。」又云「對治祕密者,一治輕佛、二治輕法。故說我於爾時曾名勝觀如來等,與彼法身等無差別。故《法華經》云『我成佛道以來無量無數劫』等皆是。三對懈怠。故作如是言『若有願生極樂世界,皆得往生。』四對治小善生喜足,故於一善根或時稱讚,為令歡喜勇猛修故;或時毀訾。五治貪行者,稱讚淨土富樂莊嚴。六治慢行者,稱讚諸佛或有增勝。七為除悔惱障、修善法說,如是言。於佛菩薩雖行輕毀,然彼眾生亦生天趣。八為除不定性,於聲聞等下劣意樂,說大聲聞當得作佛。又說一乘,更無第二。又佛毫相如五須彌,豈凡地前能見此相?身量大小,可得初地所見;凡若能見,皆為超越。又念彌陀、彌勒,功德無有差別,現國現身相成勝劣,但以彌勒惡處行化慈悲深故,阿彌陀佛淨土化物慈悲相淺。又淨土多樂,欣生者多,厭心不深,念令福少,非奇特故。惡處多苦,欣生者少,厭心深重,故念福多,甚希奇。故雖知佛力,念亦可生;聖教不同,屢生心惑。知足天宮同在此界,外道內道大乘小乘所共信許。既是化身,決定得生。由此經文,四眾行六事法,八部聞名歎喜,造諸惡業懺悔歸依修十事行,迴願生彼一切皆得。」《菩薩處胎經》第二卷云「彌勒初會九十六億受我五戒者,次九十四億受持三歸者,後九十二億一稱佛名者。」故知微善迴向,皆是往生成佛。經中說由十一業來生我所,一謂讀誦分別決定修多羅、毘尼、阿毘曇,為他演說、讚歎義味、不生嫉妬,教於他人令得受持修諸功德,來至我所。乃至第十一,或有恩愛別離、朋黨諍訟極大苦惱,以方便力令得和解。修此功德,來至我所。故知不由唯修勝業方始得生。諸教共同,必無異說。或有釋言:生西方者決定不退,生兜率者或可有退,故不願生。理亦不然。此經亦言「諸有敬禮彌勒如來,聞名稱名、暫覩豪光,下至聽聞彌勒所說一句法義,歸依生彼定不退於無上正覺,無量劫罪皆盡消滅,無量善法運運生長。」故見彌勒得生彼所,雖有天女種種侍衛,或佛菩薩所化為、或實天女彼聞能說不退之法,厭欲過患必無退轉。佛力所加心生決定,豈由欲界即皆退耶?位至不退,處處皆不退;未至不退,彼何必不退?且上聖上賢皆修此業。《西域記》說西方即有無著、天親、師子覺等菩薩。《高僧傳》說此方亦有彌天釋道安、廬山慧遠、慧持等。近親所見,大唐即有三藏和尚、文備、神泰法師等,皆修彼業,兼有上生靈感,或有身在現相、或有將終現相、或有生後現相,人所共知,具如別傳。西方勝處人所樂生,此土穢方誰能願住?但以經論明證賢聖同修,背苦求樂誠非上士。故《無量壽經》下卷云「閻浮提一日一夜受持齋戒,勝無量壽國百年修善,以彼佛國無有惡故。」又《維摩經》云「閻浮提修道一日一夜,過諸佛土百千大劫」,良以此世界中有十勝事,謂以布施攝貧窮等。厭苦心深有苦可拔,西方淨土便無是事。處穢方而修淨行,寔聖者之利他;居淨域而嚴淨因,非上士之弘濟。願於盲暗世界為作灯明、邪見眾中安立正道,但業行殘缺,願往西方萬一不生,恐成自誤。故當己行,應修此業。

第四に、往生の難易について述べる。まず、西方の天親菩薩の『浄土論』、無著菩薩の『往生論』には、いずれも「報土には女人および根性の欠けた者はおらず、二乗(声聞・縁覚)の種は生まれない」とある。また『阿弥陀経』には「少ない善根の因縁によっては、そこに生まれることはできない」とあり、「その中にいる者はみな阿鞞跋致(不退転)の大菩薩である」ともある。さらに『観経』には「上上品に生まれる者は、無生法忍を得る。須臾の間に十法界に遍じ、諸仏に仕えてまさに授記を受ける。上品中生の者は、七日を経て不退転を得、一小劫を経て無生法忍を得る。上品下生の者は、三七日を経てその花がようやく開き、はっきりと説法の音声を聞き、三小劫を経て極喜地に住する。中品上生の者は、ただちに阿羅漢果を得る。中品中生の者は、七日を経て花が開き須陀洹を得、半劫を経て阿羅漢となる。中品下生の者は、七日を過ぎて花が開き、二大菩薩の説法に遇い、一小劫を経て阿羅漢となる。下品上生の者は、七七日を経て花が開き、十小劫を経て百法明門を具え、初地に入る。下品中生の者は、六劫を経て蓮華がようやく開き、二菩薩の説法を聞いて、無上道心を発す。下品下生の者は、十二大劫を経て蓮華が開き、説法を聞いてのち、ようやく道心を発す」とある。

百法明門は初地で得ると説かれている。まさか阿羅漢が初地より勝るということはないだろう。また中品に生まれて阿羅漢を得、下品でようやく発心するというのは、迂回する者が直往する者より勝るというのか。また須陀洹などを得ると言うが、わずかな修行によってまさに果を得るというのだろうか。いたるところで阿羅漢果を説いているが、もし根を練る者なら六十劫かかって成るものだ。まさか小さな善によって生死を超え、利根の阿羅漢となるということはないだろう。また「諸々の観を成じて西方に生まれることを得る」と言うが、まさか心を起こしただけで諸観が成じるというのか。もし小さな善によって果を得るというならば、説仮部と同じで、福によって聖道を得るということになる。道は修すべきものではなく、道は長ずるものではない。観無相等の資糧・加行は、まったくの無駄になってしまう。

また『無垢称経』には「もし諸菩薩が八つの法を行じ、傷や瘤のない行をなして、はじめて浄土に生まれる。一には有情に対して常に善事を作し、善い報いを望まない。二には有情の代わりに苦を受けることを思い、すべての善根をことごとく彼に回施する。三には有情に対してその心を平等にし、心に障りがない。四には有情に対して憍慢を摧き伏せ、敬い愛すること仏のごとくする。五には未だ聞かざる経典を信解し、障りなく謗らない。六には他人の利養に対して嫉妬の心がなく、自分の利養に対して驕り高ぶらない。七には自らの心を調伏し、常に自分の過ちを省みて、他人の犯すところを咎めない。八には常に放逸ならず、まさに善法を求め、精進して菩提分法を修行する」とある。まさか浄土に生まれる者はすべて八つの法を具えるというのか。

また『対法』第十二巻には「別時意趣とは、例えば『もし極楽世界に生まれたいと願う者があれば、みな往生を得る』と言うのは、別の時を意図している」とある。ゆえに『摂大乗論』には「例えば一銭を得て千銭を得るというようなもので、別の時を意図しているのであり、ただ発願しただけで往生を得るのではない」とある。また「対治秘密とは、一には仏を軽んじることを治め、二には法を軽んじることを治める。ゆえに『我はその時、勝観如来と名乗った』などと説き、法身と等しく差別がないとする。ゆえに『法華経』に『我が成仏して以来、無量無数の劫を経たり』などというのもすべてこれである。三には懈怠を対治する。ゆえに『もし極楽世界に生まれたいと願う者があれば、みな往生を得る』とこのように言うのである。四には小さな善根に対して喜び足りることを対治する。ゆえに一つの善根について、ある時は称讃し、喜び勇んで修めるようにさせるためであり、ある時は毀り卑しめる。五には貪りの行者を治めるために、浄土の富楽荘厳を称讃する。六には慢の行者を治めるために、諸仏のあるいは増勝なることを称讃する。七には悔やみ煩う障りを除き、善法を修するために、このように言う。仏菩薩に対しては軽んじ毀ることを行っても、その衆生もまた天趣に生まれると説く。八には不定性の者を除くために、声聞などの劣った意楽に対して、大声聞はまさに作仏すべきであると説く。また一乗を説いて、さらに第二はないとする。

また仏の毫相は五須弥山のようである。まさか凡夫の地前の者がこの相を見ることができようか。身の大きさは、初地の者が見ることを得る。凡夫がもし見ることができるならば、すべて超越である。また弥陀と弥勒とを念ずるに、功德に差別はない。しかし現ずる国、現ずる身の相は勝劣を成す。ただ弥勒は悪処にて行化し慈悲が深いゆえに、阿弥陀仏は浄土にて化物する慈悲の相が浅い。また浄土は楽が多く、欣んで生まれる者が多く、厭う心が深くなく、念ずる福を少なくし、奇特ではないからである。悪処は苦が多く、欣んで生まれる者が少なく、厭う心が深重なるがゆえに、念ずる福が多く、非常に希奇である。ゆえに、仏力を知りても、念ずれば生まるることを得るとも、聖教は同じではなく、たびたび心に惑いを生ずる。

知足天の宮は同じくこの界にあり、外道も内道も、大乗も小乗も、共に信じ許すところである。すでに化身であるから、決まって往生を得る。この経文によって、四衆は六事法を行じ、八部は名を聞いて歎喜し、諸々の悪業を造りても懺悔し帰依し、十事行を修し、回向して彼に生まれんと願えば、すべてみな往生を得る。

『菩薩処胎経』第二巻には「弥勒の初会には九十六億の我が五戒を受持する者、次に九十四億の三歸を受持する者、後に九十二億の一声仏名を称する者」とある。ゆえに知る、微少な善をも回向すれば、みな往生成仏すると。経には十一の業によって我が所に来生すると説く。一には読誦・分別・決定して修多羅・毘尼・阿毘曇を、他のために演説し、義味を称讃し、嫉妬を生ぜず、他人に教えて受持せしめ、諸の功德を修して、我が所に来至する。乃至第十一には、あるいは恩愛の別離、朋党の諍訟、極大の苦悩あり、方便力をもって和解せしむ。この功德を修して、我が所に来至する。ゆえに知る、ただ勝れた業のみを修して往生を得るにあらず。諸教は共通して、必ず異説はない。

あるいは解釈して言う、「西方に生まれる者は決定して退かないが、兜率に生まれる者はあるいは退くことがある。ゆえに生まれんと願わない」と。理もまたしかりとせず。この経にもまた言う「諸の弥勒如来を敬礼し、名を聞き、名を称し、暫く豪光を観、下っては弥勒の説く所の一句の法義を聞き、帰依して彼に生まれば、決定して無上正覚において退かず、無量劫の罪はみな消滅し、無量の善法はようやく生長す」と。ゆえに弥勒を見て彼の所に生まることを得、天女の種々の侍衛ありといえども、あるいは仏菩薩の化して作す所、あるいは実の天女、彼らは能く説く所の不退の法を聞き、欲の過患を厭えば、必ず退転はない。仏力の加え所を以て心に決定を生ず。まさに欲界なるがゆえにみな退くというのか。位において不退に至れば、いたるところみな不退なり。未だ不退に至らざれば、彼において必ず退くというのか。まして上聖上賢はみなこの業を修す。

『西域記』には西方にすなわち無著・天親・師子覚等の菩薩ありと言う。『高僧伝』にはこの方にもまた弥天の釋道安・廬山の慧遠・慧持などありと言う。近く親しく見る所には、大唐にすなわち三蔵和尚・文備・神泰法師等あり、みな彼の業を修し、かつ上生の霊感あり。あるいは身に現相あり、あるいは将に終らんとして現相あり、あるいは生後に現相あり、人の共に知る所、詳しくは別伝のごとし。

西方の勝処は人の楽んで生まるる所なり。この土の穢方は誰かよく願って住せん。ただ経論の明証と賢聖の同修とを以てすれば、苦を背き楽を求むるは誠に上士にあらず。ゆえに『無量寿経』下巻には「閻浮提の一日一夜、斎戒を受持することは、無量寿国の百年の修善に勝る。彼の仏国には悪がないがゆえに」とある。また『維摩経』には「閻浮提にて一日一夜、道を修することは、諸仏土の百千劫に過ぐ」とある。まことにこの世界の中に十の勝事あるを以てなり。すなわち布施をもって貧窮を摂する等なり。厭苦心は深く、抜くべき苦あり。西方浄土にはすなわちこの事なし。穢方に処して浄行を修するは、まことに聖者の利他なり。浄域に居して浄因を厳かにするは、上士の弘済にあらず。

願わくは盲暗の世界において灯明と作り、邪見の衆の中で正道を安立せん。ただ業行が残缺なれば、西方に往かんと願いて万一生まれずんば、恐らくは自らを誤らん。ゆえにまさに自己の行とすべきは、この業を修すべきなり。

第五問答料簡者,依《上生》下文,優波離問云:「此阿逸多具凡夫身,未斷諸漏。雖復出家,不修禪定、不斷煩惱」等,明知此等皆小乘經,大乘菩薩無是義故。今依《上生》,初列跋陀波羅、文殊師利諸菩薩等,後陳化佛說陀羅尼,「佛以一音聲說百億陀羅尼門」,復言「身圓光中有首楞嚴三昧」,又云「令五百億天子不退於阿耨多羅三藐三菩提」等,明知是等皆大乘經,小乘經中無是事故。由是古德或說:此經為小乘,從《阿含》離出,說慈氏佛猶是凡夫身故。或說:此經為大乘,說初列菩薩眾等,復非《阿含》中出。有云:依《大智度論》云「小乘經初唯列聲聞、大乘經初備兼菩薩」,今《上生經》初既列聲聞菩薩,明知大乘經;《下生》雖略,亦大乘云。大卷《成佛經》中,三會說法,皆有得證聲聞獨覺發於無上正等覺心,故知並大乘。其優婆離身處小位所解局跡,以己所知輒為此問,豈慈氏位次為彼所知?故定大乘。如《金剛般若》唯列聲聞,豈非大乘?此《上生經》並《彌勒受決》及《一切智光經》等,皆晉代安陽侯譯,《下生經》中大卷有「如是我聞」者,晉時竺法護所翻;小卷云「大智舍利弗」、無「如是我聞」者,是晉時羅什所譯。古人解云:小卷者《阿含》中出,大者別坐所說。又解:翻者有異,其實一本。今大師云:「大者有三分,無結集本。其小卷無序分者,是略偈頌,即二藏中菩薩藏攝,非聲聞也。」

第五の問答料簡とは、次の通りです。『上生経』の下の文に基づき、優波離が「この阿逸多は凡夫の身を具し、いまだ諸漏を断ぜず。出家せりと雖も、禅定を修せず、煩悩を断ぜず」等と問うたことについて、これらが皆小乗経であることは明らかです。大乗の菩薩にはそのような道理はないからです。今、『上生経』に基づけば、最初に跋陀波羅、文殊師利等の諸菩薩を列挙し、後に化仏が陀羅尼を説くことを述べ、「仏は一音声をもって百億の陀羅尼門を説く」とあり、さらに「身の円光の中に首楞厳三昧あり」と説き、また「五百億の天子をして阿耨多羅三藐三菩提より退転せしめず」等とあります。これらが皆大乗経であることは明らかであり、小乗経の中にこのような事柄はありません。

このため古徳は、あるいは「この経は小乗であり、『阿含経』から離れ出たもので、慈氏仏をなお凡夫の身であると説くからである」と言い、あるいは「この経は大乗である、初めに菩薩衆を列挙し、また『阿含経』の中から出たものではないからである」と言います。ある説には『大智度論』に拠り、「小乗経の初めには唯だ声聞のみを列挙し、大乗経の初めには菩薩を兼ね備える」とあり、今『上生経』の初めにはすでに声聞と菩薩が列挙されているので、大乗経であることは明らかです。『下生経』は略されているといえども、これもまた大乗経であると言います。大巻の『成仏経』の中では、三会の説法において皆、声聞や独覚が正法を得て無上正等覚の心を起こすことがあり、ゆえにこれらも並んで大乗であると知られます。その優波離は小位に身を置き、理解の跡が局限されていたため、己の知るところをもって軽々しくこの問いを発したのです。どうして慈氏の位次が彼に知られ得たでしょうか。ゆえに大乗であると断定します。

『金剛般若経』が唯だ声聞のみを列挙しているように、それもまた大乗ではないでしょうか。この『上生経』並びに『弥勒受決経』及び『一切智光経』等は、皆、晋代の安陽侯が訳したものです。『下生経』中の大巻に「如是我聞」とあるものは、晋代の竺法護が翻訳したものであり、小巻に「大智舎利弗」とあり「如是我聞」がないものは、晋代の鳩摩羅什が翻訳したものです。古人は次のように解釈しています。小巻のものは『阿含経』から出たものであり、大巻のものは別坐の説であると。また別の解釈では、翻訳者が異なるとはいえ、実は一本であるとも言います。今、大師は次のように言います。「大巻には三分があり、結集本がない。その小巻で序分がないものは、偈頌が略されたものであり、すなわち二蔵の中の菩薩蔵に摂されるのであって、声聞ではないのである」と。

問:彌勒、釋迦誰初發意,今者成道前後乃然?答:《佛藏經》云「彌勒發心先四十劫,釋迦方發心。」《佛本行經》第一卷云「昔有如來號曰善思,彌勒菩薩於彼佛所最初發心,在於我前四十餘劫,然後我發無上道心。有佛名示誨幢如來,我於彼國作轉輪王名曰罕弓,初發道心。」此中皆說後時發心。彌勒發心因彌勒佛,釋迦發心因釋迦佛,故彼非初,但以捨身苦行修業不同,所以彌勒成道終後。

問い:弥勒と釈迦は、どちらが最初に発心したのか。今、成道した順序がこのように異なるのはなぜか。

答え:『仏蔵経』に「弥勒は発心してから四十劫の後、釈迦がようやく発心した」とある。また『仏本行経』の第一卷には「昔、善思という如来がおられた。弥勒菩薩はその仏のもとで最初に発心し、私よりも四十余劫も早かった。その後、私が無上の道心を発した。そのとき、示誨幢という如来がおられ、私はその国で罕弓という名の転輪王となり、そこで初めて道心を発した」と説かれている。これらの経典では、いずれも釈迦が後になって発心したと述べられている。弥勒の発心は弥勒仏に縁し、釈迦の発心は釈迦仏に縁している。だから、弥勒が最初ではない。ただ、身を捨てて苦行を修行するその行いが異なるため、弥勒の成道が結果的に後になったのである。

問:如《賢劫經》明超劫事,《佛本行經》第三卷〈發心供養品〉云「昔有佛出世,號曰弗沙。彼佛在雜寶窟,我見彼佛心生歡喜,合十指掌翹於一足,七日七夜讚歎彼佛。佛言:『是人過九十四劫當得作佛見真理。』佛言:『是人過九十三劫當得作佛。』毘婆尸佛言:『是人過九十一劫當得作佛。』」《佛地論》亦說:釋迦超九劫,因事弗沙翹足而歎。說超九劫,即百劫中修相好時,故經多言過去九十一劫有毘婆尸佛,不說百劫。其九十一劫初有毘婆尸,故多作此說。《涅槃》等言:雪山菩薩為半頌捨身,超十二劫。《金光明經》薩埵王子投身飼虎,超十一劫。摩納仙人布髮掩泥,超於八劫。〈菩薩地〉言:菩薩修行有超水火及日月劫,無超阿僧祇。彼所言超,何時超也?答:雖無正文,理准應爾。翹足超九,百劫中超。餘說超者,阿僧祇內。不爾,何位更得說超?

問:例えば『賢劫経』には劫を超えることが明かされています。『仏本行経』第三巻の「発心供養品」にはこうあります。「昔、弗沙仏という仏が世に出られた。その仏は雑宝の窟におられた。私はその仏を見て心に歓喜を生じ、十指を合わせて掌を立て、片足で立ったまま、七日七夜にわたってその仏を讚歎した。仏は言われた。『この人は九十四劫を過ぎて仏となるであろう。真理を見るであろう。』仏は言われた。『この人は九十三劫を過ぎて仏となるであろう。』毘婆尸仏は言われた。『この人は九十一劫を過ぎて仏となるであろう。』」『仏地論』にもまた、釈迦が九劫を超えたのは、弗沙仏に仕えて片足で立ち讚歎したことによると説かれています。九劫を超えたと言うのは、百劫の中で相好を修める時点でのことであり、それゆえ経典には「過去九十一劫に毘婆尸仏あり」と多く説き、百劫とは言わないのです。その九十一劫の最初に毘婆尸仏がおられたので、多くこのように説かれるのです。『涅槃経』などには、雪山の菩薩が半頌のための身を捨てて十二劫を超えたとあります。『金光明経』には、薩埵王子が身を投じて虎に施し、十一劫を超えたとあります。摩納仙人は髪を敷いて泥を覆い、八劫を超えました。『菩薩地』には、菩薩の修行には水火の劫や日月の劫を超えることはあるが、阿僧祇劫を超えることはないとあります。彼らの言う「超える」とは、いつの時点で超えるのでしょうか。答え:明確な本文はないけれど、道理から考えてそうなるべきです。片足立ちで九劫を超えるのは、百劫の中でのことです。他の「超える」という説は、阿僧祇劫の内のことです。そうでなければ、どの位で「超える」と言えるのでしょうか。

問:諸天勝所,經說無邊。一生菩薩何獨知足?答:知欲樂之足易可厭成故、菩薩處中勸化易故。上界欣掉既重、惡趣慼行極深,既無佛現,餘處不如知足,三際諸佛皆同住故。依《智度論.往生品》說:兜率天眾利根結薄,一生補處常住其中。自下三天結深心亂、自上二天結厚根鈍,所以不住。不言他方來者,恐生疑謗,句化生故。不住人中後生作佛,非應機宜,欣不深故。

問う:諸天の勝れた所、経には邊際なしと説く。一生菩薩はなぜ独り知足と知るのか。答え:欲樂の足ることを知るのは易く、厭離を成じ易いがゆえに、菩薩は中道に處して教え導き易いからである。上界は欣求・掉舉が重く、悪趣は憂慼・苦しみが極めて深い。佛の現れ給うことなくば、餘の處は知足天に如くはない。三際の諸佛も皆同じくここに住するからである。『智度論・往生品』に依れば、兜率天の衆生は利根にして結縛が薄く、一生補處の菩薩は常にその中に住すと説く。自下の三天は結縛深く心亂れ、自上の二天は結縛厚く根鈍なるがゆえに、ここに住しないのである。他方より來たると言わざるは、疑いや誹謗を生ぜしめんことを恐れ、化生を説くがゆえである。人中に住せず後に生じて佛と成るは、機の宜しきに應ぜず、欣求の心が深くないからである。

問:十王果報應為第四禪主,何故一生所繫居知足也。五地菩薩定處何天?答:據因剋果,應為第四禪主;符下行化故,捨而居知足。五地剋果,位處知足之天,修行不定處一方,何必要居兜率?一生住此,五地化遊,亦不爽也。但說菩薩應受十位,非諸菩薩皆定受之,捨位修行隨利生故。

問:十王の果報は第四禅の主となるべきであるのに、なぜ一生所繋の身が知足天(兜率天)に住むのでしょうか。五地の菩薩は定めてどの天に住するのでしょうか。

答:因に基づいて果を測れば、第四禅の主となるべきです。しかし教えを下して衆生を導くために、その位を捨てて知足天に住むのです。五地の菩薩も果を克くすれば、その位は知足天にありますが、修行の身は一方的に定住するものではなく、どうして必ずしも兜率天に留まる必要がありましょうか。一生所繋の菩薩はここに住み、五地の菩薩は教化のため遊行する、それもまた道理にかなっています。ただ菩薩は十地の位を受けるべきと説かれているだけで、すべての菩薩が必ずしもその位に定着するわけではなく、位を捨てて修行し、衆生の利益に随順するからです。

問:何故釋迦劫減百歲出世,彌勒劫增出世?答:釋迦願於惡劫教化、行苦行等,並異彌勒。彌勒願好時教化,所以不說超劫。又釋迦眾生遭苦發心,樂即退敗。彌勒眾生樂即發心、苦即退敗。如聞俱胝耳,樂妙樂具故,所以不同見。惡時出,厭心深故;樂時出者,欣心勝故。

問:なぜ釈迦は、劫が減って人の寿命が百歳の時に世に出て、弥勒は劫が増える時に世に出るのですか?

答:釈迦は、悪い時代に人々を教え導こうと誓いを立て、苦行などの厳しい修行を行われました。これは弥勒とは異なります。弥勒は良い時代に教えを説こうと誓われたので、わざわざ劫を超えて出てくることは説かれていません。また、釈迦の時代の衆生は苦しみに遭うと仏道を志しますが、楽しいと修行が退いてしまいます。一方、弥勒の時代の衆生は楽しい時に仏道を志し、苦しむと退いてしまいます。ちょうど、非常に長い耳を持つ者のように、優れた楽しみの道具を聞くことで悟りを得るのです。ですから、同じようには見えないのです。悪い時に現れるのは、厭離の心が深いからであり、良い時に現れるのは、欣求の心が勝れているからです。

問:何故釋迦剎帝利姓,彌勒菩薩婆羅門種?答:釋迦出自惡時,眾樂於富貴;彌勒出自好時,眾生樂於淨行。由斯二佛生姓不同。

問:なぜ釈迦は刹帝利の姓で、弥勒菩薩はバラモンの種姓なのですか? 答:釈迦は悪い時代に生まれ、人々は富や権力を好みました。弥勒は良い時代に生まれ、人々は清らかな行いを好みました。そのため、二人の仏の生まれた家柄が異なるのです。

問:《長阿含經》云「毘婆尸佛人壽八萬歲時出世,尸棄佛人壽七萬歲時出,毘舍浮佛人壽六萬歲時出,拘留孫佛人壽四萬歲時出,拘那含牟尼佛人壽三萬歲時出,迦葉佛人壽二萬歲時出,釋迦一百歲時出,彌勒佛人壽八萬歲時出世。」豈前三佛同住劫耶?答:《五濁經》明:賢劫前四佛同出,第九住劫。或云:住劫中初五劫無佛。《阿含經》說佛出世時人壽長短,不說同劫,亦不相違。

問:《長阿含経》には「毘婆尸仏は人の寿命が八万歳の時に世に現れ、尸棄仏は七万歳の時、毘舎浮仏は六万歳の時、拘留孫仏は四万歳の時、拘那含牟尼仏は三万歳の時、迦葉仏は二万歳の時、釈迦仏は百歳の時に現れ、弥勒仏は人の寿命が八万歳の時に世に現れる」とあります。これは前三仏が同じ住劫にいたということでしょうか?

答:《五濁経》によれば、賢劫の最初の四仏は同じく第九の住劫に現れたとされています。あるいは、住劫の最初の五劫には仏は現れないとも言われます。《阿含経》が説くのは仏の出世した時の寿命の長短であって、同じ劫にいたかどうかを述べたものではないので、矛盾するわけではありません。

如是我聞。

私はこのように聞きました。

贊曰:今此經中總有三分。初從「如是」下,至「合掌住立佛前」,說經因起分。次「爾時優婆離」下,至「若他觀者名為邪觀」,是發請廣說分。後「爾時尊者阿難」下,至「禮佛而退」,是聞名喜行分。神光炬燭驚集有緣,舌相舒耀總持方演,慈氏應時獨悟請記佛前,釋迦為益當來因斯記別,故名說經因起分也。婆離見悕記相,復念往昔佛言,所以發言申請。世尊為其廣說,故名發請廣說分。陳事既周,時眾獲益,將冀流通後代,慶喜問其經名。聞法者積喜於胸懷,愛道者奉言以行學,故名聞名喜行分。初分之中復分為二:一說經通所因。「如是我聞」等,諸經通有故。二說經別所緣。「爾時世尊出廣長舌」下,是此經別有故。或初名證信序,委證此經,破疑生信故。後名發起序,顯發此經起之所由。今隨義增,各標別稱,不爾信起豈不通耶?若依古師,通序有六;今依《佛地》,通序有五:一為令生信,總顯己聞,言如是我聞。二說者聽者共相會遇,時分無別,故名一時。三法必有主,欲顯主尊法必勝益,故須稱佛。四說必依處,在舍衛國祇樹給孤獨園,化身所居,非報土也。五教所被機,放光召集根宜聞故。阿難請其四事,佛遣致其通。由世尊為斷眾疑,慶喜又陳別序,俱承佛教並利玄宗,觀教釋文何容一准。《佛地論》說:如是之言,依四義轉:一依譬喻。如有說言:如是富貴如毘沙門。如是所傳所聞之法,如佛所說定無有異,定為利樂方便之因,或當所說如是文句如我昔聞。二依教誨。如有說言:汝當如是讀誦經典。此中如是,遠則佛之教誨、近即傳法者之教誨也。或告時眾:如是當聽我昔所聞。三依問答。謂有問言:汝當所說昔定聞耶?故此答言:如是我聞。四依許可。如有說言:我當為汝如是而思、如是而為、如是而說。謂結集時,諸菩薩眾咸共請言:如汝所聞,當如是說。傳法菩薩便許可言:如是當說如我所聞。或信可言是事如是,謂如是法我昔曾聞,此事如是,齊此當說定無有異。由此四義,故經初置如是我聞。真諦師云:「微細律說:阿難昇坐集法藏時,身如諸佛具諸相好,下座之時還復本形。勘集藏傳,亦作是說。眾生有三疑:一疑佛大悲,從涅槃起,更說妙法。二疑更有佛,從他方來,住此說法。三疑彼阿難轉身成佛,為眾說法。故經初言如是我聞,非此三事,為令先信除此三疑。」《注法花》云「如是者,感應之端。如以順機受名、是以無非立稱,眾生以無非為感、如來以順機為應,傳經者以名教出於感應,故立言如是。」《注無量義經》云「聖人說法但為顯如,唯如為是,故言如是。」瑤公云:「以離五謗,名為如是。第一句如是此經,離執有增益謗。第二句如是此經,離執無損減謗。第三句如是此經,離執亦有亦無相違謗。第四句如是此經,離執非有非無愚癡謗。第五句如是此經,離執非非有非非無戲論謗。」光宅云:「如是將傳所聞前,題舉一部也。如是一部經義,我親從佛聞,即為我聞。作呼轍耳。」梁武帝云:「如是,如斯之義。是佛所說,故言如是。」長耳三藏云:「如是有三:一就佛,三世諸佛共說不異名如,以同說故稱是。由斯可信,以同說故。二就法,諸法實相古今不異,故名為如。如如而說,故稱為是。既稱理言不增不減,決定可信,故稱如是。三就僧,以阿難言望佛本教,所傳不異,故名為如。求離過非,故稱為是。」又如是者,信順之言。《智度論》云「如是我聞,生信也。信受奉行,生智也。信為能入、智為能度,信為入法之初基、智為究竟之玄術。信則所言之理順,順則師資之道成。因信故所說之法皆可順從,由順故說聽二徒師資達立。」於此信中,略為十釋。一信者依《仁王》等經,趣聖道之初因、證諦理之鴻漸,故四十心以信為首。將入聖位,有信根、信力,有信根故,七覺因此而生;有信力故,四魔不能屈伏。故由斯經首創令信生。二依《大毘婆沙論》,信者食法味之喜手。學佛法者如大龍象,以信為手、以捨為身、以念為頸、以慧為頭、於兩肩擔集善法。象所飲噉以鼻為手,故學法者最初信生。三學者大商,元規法實,故初生信獲彼聖財。《顯揚論》云「七聖財者,謂信、戒、聞、捨、慧、慚、愧」,信即一焉。四《瑜伽論》云「入一切法,欲為根本,起希望故。作意所生,數警覺故。觸所集起,時對境故。受所引攝,領在心故。定為增上,心微寂故。慧為最勝,擇善惡故。解脫為賢固,息纏縛故。出離為後邊,覺道滿故。信既為欲依,故最初令起。」五《成唯識論》云「信如水精珠能清濁水,能治不信自性渾濁。」故宣尼云「兵、食、信三,信不可棄。」《春秋》亦謂「苟有明信,㵎溪沼沚之毛、蘋蘩薀藻之菜,可薦於鬼神、可羞於公王」也。六《俱舍論》云「拔眾生出生死泥,正法佛手即正宗也,信為眾生手序分也,兩手相接出淤泥故。」七諸論云:信者能越惡道、離賤貧因,故入聖已有不壞信,故初令起。以下三解,准經為釋。八浮大溟海,假手以行舟;渡生死河,資信以發慧。九見珍財,資手以採拾;聞法寶,藉信而方得。十遊曠野而有手,持甲伏以捍群賊;出生死源而有信,發慧解而斷煩惱。由斯經首如是我聞,為令眾生起正信故。以上合有二十六釋。言我聞者,傳法菩薩自指己身,言如是法親從佛聞,故名我聞。我謂諸蘊世俗假者。然我有三:一妄所執我,謂外道等所橫計我。二假施設我,謂大涅槃樂淨常我,除二乘倒強施設故。三世流布我,謂世共傳天授等名。今傳法者隨順世間自指稱我,不同前二,即是無我之大我也。

贊曰:この経典には全体で三分ある。初めに「如是」から「合掌して仏前に立ち止まる」までを、説経の因起分とする。次に「爾時に優婆離」から「他の者が観ずるならば、これを邪観という」までを、発請広説分とする。後に「爾時に尊者阿難」から「仏に礼して退く」までを、聞名喜行分とする。神光が炬燭の如く輝き、有縁の者を驚かせ集め、舌相を舒展して総持を演説し、慈氏が時に応じて独り悟りを開き、仏前に記別を請い、釈迦が未来の衆生の利益のために因って記別を授けた。故にこれを説経因起分というのである。婆離は記相を見て希い、また往昔の仏の言葉を念じ、それによって発言して申請した。世尊はそのために広く説かれた。故に発請広説分という。事を陳べ終わり、時の衆が利益を得て、将来の流通を望み、慶喜(阿難)がその経の名を問うた。法を聞く者は喜びを胸に積み、道を愛する者は言葉を奉じて行い学ぶ。故に聞名喜行分というのである。

初分の中にはさらに二つに分かれる。一には、説経の通所の因。「如是我聞」などは、諸経に通じてあるもの。二には、説経の別所の縁。「爾時に世尊、広長舌を出だす」の下は、この経に別に有るもの。あるいは初めを証信序と名づけ、よくこの経を証して、疑を破り信を生ぜしめる。後を発起序と名づけ、この経の起こる所由を顕発する。今、義に随って増上し、それぞれ別称を標す。そうでなければ、信の起こることは通じないだろうか。もし古師に依れば、通序に六あり。今『仏地』に依れば、通序に五あり。一には、信を生ぜしめんがために、総べて己の聞くことを顕す。すなわち「如是我聞」と言う。二には、説く者と聴く者が共に相会遇し、時分に別なし。故に「一時」という。三には、法には必ず主があり、主の尊さと法の勝れた利益を顕さんがために、仏と称することを須いる。四には、説くことは必ず処に依る。舍衛国の祇樹給孤独園にあり。これは化身の所居であって、報土ではない。五には、教えが被すところの機。光を放って根の宜しき者を召集する故なり。阿難が四つの事を請い、仏がその通を致させた。世尊が衆の疑を断ち、慶喜がまた別序を陳べた。皆、仏の教えを受け、宗の玄旨を利する。教えを観て文を解釈すれば、何ぞ一准に容れんや。

『仏地論』に説く。如是の言は、四義に依って転ず。一には譬喩に依る。ある者の言うが如し。「如是なる富貴は毘沙門の如し」。如是に伝え聞く所の法は、仏の説く所の如く、定めて異なることなし。定めて利楽方便の因なり。あるいは当に説く所の如是の文句は、我が昔聞きしが如し。二には教誨に依る。ある者の言うが如し。「汝当に如是に経典を読誦すべし」。此の中の如是は、遠くは仏の教誨、近くは伝法者の教誨なり。あるいは時の衆に告ぐ。「如是に当に我が昔聞きし所を聴くべし」と。三には問答に依る。謂く、問う者有り。「汝が当に説く所は、昔定めて聞きしや」と。故に此の答え言う「如是我聞」と。四には許可に依る。ある者の言うが如し。「我当に汝の為に如是に思い、如是に為し、如是に説くべし」と。謂く、結集の時、諸の菩薩衆が咸べて共に請うて言う。「汝の聞きし所の如く、当に如是に説くべし」と。伝法の菩薩が便ち許可して言う。「如是に当に我が聞きし所の如く説くべし」と。あるいは信の者は言うことを可とす。「是の事は如是なり」と。謂く、如是の法は我が昔曾て聞きし所、此の事は如是なり。斉しく此に説くことを当に定めて異なることなし。此の四義によって、故に経の初めに如是我聞を置く。

真諦師の云く。「微細律に説く。阿難が座に昇り法蔵を集める時、身は諸仏の如く諸の相好を具え、座を下りる時には還って本の形に復す。集蔵伝を勘うるに、亦た此の説を作す。衆生に三つの疑い有り。一には仏の大悲を疑い、涅槃より起って更に妙法を説く。二には更に仏有って他方より来たり、此に住して説法するを疑う。三には彼の阿難が転身して成仏し、衆の為に説法するを疑う。故に経の初めに如是我聞と言い、此の三つの事に非ずして、先ず信を生ぜしめて此の三疑を除く」と。

『注法花』に云く。「如是は感応の端なり。如は機に順ずるを以て名を受け、是は非無きを以て称を立て、衆生は非無きを以て感と為し、如来は機に順ずるを以て応と為す。伝経者は名教の感応より出ずるを以て、故に言を立てて如是とす」と。『注無量義経』に云く。「聖人の説法は但だ如を顕さんが為のみ。唯だ如のみを是と為す。故に如是と言う」と。瑶公の云く。「五謗を離るるを以て、如是と名づく。第一句の如是此経は、執有の増益謗を離る。第二句の如是此経は、執無の損減謗を離る。第三句の如是此経は、執亦有亦無の相違謗を離る。第四句の如是此経は、執非有非無の愚癡謗を離る。第五句の如是此経は、執非非有非非無の戲論謗を離る」と。

光宅の云く。「如是は将に伝え聞く所の前に、一部を題挙す。如是の一部の経義、我親しく仏より聞く。即ち我聞と為す。呼轍のみ」と。梁武帝の云く。「如是は、斯の義の如し。是れ仏の説く所、故に如是と言う」と。長耳三蔵の云く。「如是有ること三つ。一には仏に就いて、三世の諸仏が共に説いて異ならざることを如と名づけ、同じく説くを以て是と称す。斯に由って信ずる可し。同じく説くを以ての故に。二には法に就いて、諸法の実相は古今異ならず、故に如と名づく。如の如くに説く、故に是と称す。既に理に称いて言、増減せず、決定して信ずる可し。故に如是と称す。三には僧に就いて、阿難の言を以て仏の本教に望むに、伝うる所異ならず、故に如と名づく。過非を離るることを求む、故に是と称す」と。

又た如是は、信順の言なり。『智度論』に云く。「如是我聞は、信を生ず。信受奉行は、智を生ず。信は能く入る者、智は能く度る者。信は法に入るの初基、智は究竟の玄術。信なれば則ち所説の理に順い、順なれば則ち師資の道成る。信に因りて説く所の法皆従い順う可く、順に由りて説聴の二徒、師資達立す」と。此の信の中に於いて、略して十釈と為す。

一には、信は『仁王』等の経に依れば、聖道に趣く之初因、諦理を証するの鴻漸なり。故に四十心は信を以て首と為す。将に聖位に入らんとす。信根、信力有り。信根有るが故に、七覚此に因って生ず。信力有るが故に、四魔も屈伏すること能わず。故に斯の経の首に由って創めに信を生ぜしむ。

二には、『大毘婆沙論』に依れば、信は法味を食うの喜手なり。佛法を学ぶ者は大龍象の如し。信を以て手と為し、捨を以て身と為し、念を以て頸と為し、慧を以て頭と為し、両肩に於いて善法を担集す。象の飲噉する所は鼻を以て手と為す。故に学法者は最初に信を生ず。

三には、学者は大商、元より法実を規る。故に初めに信を生じて彼の聖財を得る。『顕揚論』に云く。「七聖財は、謂く信、戒、聞、捨、慧、慚、愧。信は即ち其の一なり」と。

四には、『瑜伽論』に云く。「一切法に入るに、欲を根本と為し、希望を起こすが故に。作意の所生、数々警覚するが故に。触の所集起、時に境に対するが故に。受の所引摂、心に領するが故に。定を増上と為し、心微かに寂するが故に。慧を最勝と為し、善悪を択ぶが故に。解脱を賢固と為し、纏縛を息めるが故に。出離を後辺と為し、覚道満ずるが故に。信既に欲の依と為る。故に最初に起こさしむ」と。

五には、『成唯識論』に云く。「信は水精珠の能く濁水を清むるが如し。能く自信の本質渾濁なるを治す」と。故に宣尼の云く。「兵、食、信の三、信は棄つ可からず」と。『春秋』も亦た謂う。「苟くも明信有らば、㵎溪沼沚の毛、蘋蘩薀藻の菜は、鬼神に薦む可く、公王に羞る可し」と。

六には、『倶舍論』に云く。「衆生を拔いて生死の泥を出でしむるに、正法の仏手は即ち正宗なり。信は衆生の手の序分なり。両手相接して淤泥を出づるが故に」と。

七には、諸論の云く。信は能く悪道を越え、賎貧の因を離る。故に聖に入り已れば不壊信有り。故に初めに起こさしむ。

以下の三解は、経に准じて釋と為す。

八には、大溟海に浮かぶに、手を仮りて以て舟を行ず。生死の河を渡るに、信を資として以て慧を発す。

九には、珍財を見るに、手を資として以て採拾す。法寶を聞くに、信を藉りて方に得る。

十には、曠野に遊ぶに手有れば、甲伏を持して以て群賊を捍つ。生死の源を出ずるに信有れば、慧解を発して以て煩惱を断ず。

斯の経の首に由って如是我聞と為すは、衆生の正信を起さんが為なり。以上合わせて二十六釈有り。

我聞と言うは、伝法の菩薩が自ら己の身を指して、如是の法を親しく仏より聞くと言う。故に我聞と名づく。我とは諸蘊の世俗の仮者を謂う。然れども我に三有り。一には妄に所執の我。謂く外道等の横に計する我。二には仮施設の我。謂く大涅槃の楽浄常我、二乗の倒を除くが為に強いて施設す。三には世流布の我。謂く世の共に伝うる天授等の名。今の伝法者は世間に随順して自ら指して我と称す。前の二に同じからず。即ち是れ無我の大我なり。

問:諸佛說法,本除我執。何故不稱無我聞,乃言我聞?答:以四義故,但稱我聞。一言說易故,若言無我,知此表誰?二順世間。三除無我怖,言無我者,為誰修學?四有自他染淨因果事業等故,所以稱我。

問:仏さま方の説法は、もともと「我(自分)」への執着を取り除くためのものです。それなのに、なぜ「無我と聞いた」と言わずに「我、聞くと」とおっしゃるのでしょうか。

答:四つの理由があるため、「我聞」と言うのです。

一、話し言葉として伝えやすいからです。「無我」と言ったら、いったい誰がこれを聞いたのか、はっきりしません。

二、世間一般の習慣に従うからです。

三、「無我」と聞くと、かえって不安や怖れを生むからです。「無我」なら、いったい誰が修行するのでしょう。

四、自分と他者、清らかさと汚れ、原因と結果などの行いがあるからです。それゆえ「我」と言うのです。

問:若爾者,何故不稱名字,但稱我耶?答:有三義。一亦不乖俗,西域方言汎皆稱我,宗雖顯真、說不乖俗,理雖顯妙、言不乖麁,欲顯真諦不離俗故。二我者主宰自在之義,阿難多聞聞持,其聞積集,三慧齊修、文義並持,於三藏教總持自在;若稱名字,雖順正理,無於諸法得自在義。由斯稱我,不噵阿難。三我者親義,世間共言我見我聞,此將為親證。若言阿難聞,或非親聞、從他傳受,今顯親聞世尊,可說非是傳聞,破他疑網故,不稱字但言我聞。聞即耳根發識聽受所說,今廢耳別就我總稱,故名我聞。雖依大乘,根識心所境至和合方名為聞,然根五義勝識等,故根名聞。若但聞聲,可唯在耳;既緣名義,便在意中。故《瑜伽》言「聞謂比量。耳名聞者,親聞於聲,與意為門,意方聞故,因聞所成總名為聞。若緣名義稱之為聞,既在於意,故合名聞,癈別耳意總稱我聞。以耳為門熏習在總,因聞所成總名為聞,故名我聞。慶喜于時雖亦見覺知佛所說,然三義但言我聞:欲證深理要先聞故、此界以聲為佛事故、希證菩提要聞重故。由斯經首不說見覺知,唯說我聞,據實于時亦見佛說。諸餘佛土以光明等而為佛事,可言見等。」龍軍等言:佛唯有三法,謂大定智慧久離戲論曾不說法,由佛慈悲本願緣力,眾生識上文義相生。此文義相雖親依自善根力起,而就強緣名為佛說。由耳根力乃自意變,故名我聞。故無性云:聞者識上直非直說聚集顯現以為體性。若爾,云何菩薩能說彼增上生故作是說?譬如天等增上力故,令於夢中得論呪等。故佛亦言「始從成道、終至涅槃,於其中間不說一字。」汝亦不聞親光等言「佛離分別,名無戲論」,豈不說法名無戲論?謂宜聞者善根本願緣力,如來識上文義相生。此文義相是佛利他善根所起,故名我聞。世親說言:謂餘相續識差別故,令餘相續差別識生,彼此互為增上緣。故由此經說「我所說法如手中葉,未所說法如林中葉。」此中二解,隨彼兩文綺互解釋。應知說此如是我聞,意避增減異分過失,謂如是法我從佛聞,非他展轉,顯示聞者有所堪能,諸有所聞皆離增減異分過失。非如愚夫無所堪能,諸有所聞或分別不能離增減異分。結集法時,傳佛教者依如來教初說此言,為令眾生恭敬信受,言如是法我從佛聞,文義決定無所增減。是故聞者應正聞已,如理思惟當勤修學。

問:それでは、なぜ名前を挙げずに「我」と言うのでしょうか。答え:三つの意味があります。第一に、世俗の習慣から外れないことです。西域の方言では広く「我」と言います。宗旨は真実を顕すものですが、説く言葉は世俗を外れません。理は妙なるものを顕しますが、言葉は粗雑なものを避けません。真諦が俗諦を離れないことを顕そうとするからです。第二に、「我」とは主宰・自在の意味です。阿難は多く聞き、聞いたことを保ち、その聞くところは積み集められて、三慧を並べ修め、文義を併せ持ち、三蔵教において総じて自在を得ています。もし名前を挙げれば、正理には適いますが、諸法において自在を得るという意味がありません。それゆえ「我」と称して、阿難とは言わないのです。第三に、「我」には親しいという意味があります。世間では共に「我見我聞」と言いますが、これは親しく証得したことを指します。もし「阿難が聞いた」と言えば、あるいは親しく聞いたのではなく、他から伝え受けたものかもしれません。今、親しく世尊から聞いたことを顕そうとして、伝聞ではないとし、他者の疑いの網を破るために、名前を挙げずに「我聞」と言うのです。「聞」とは、耳根が識を発して所説を受け取ることです。今、耳という別のものを廃して、我という総称に就いて、ゆえに「我聞」と言います。大乗に依れば、根・識・心所・境が和合して初めて聞くと名づけられますが、根には五つの勝れた意味があって識などに勝るため、根をもって聞くと名づけます。もしただ声を聞くだけであれば、耳だけにあることができますが、名と義に縁するのであれば、すでに意の中にあります。ゆえに『瑜伽論』に「聞とは比量を謂う。耳を聞と名づくるは、親しく声を聞き、意との門となり、意が聞くゆえに、聞によって成ずるところを総じて聞と名づく」とあります。もし名と義に縁することを聞と称するならば、すでに意にあるので、合わせて聞と名づけるのが適切です。耳と意という別のものを廃して、総じて「我聞」と称するのです。耳を門として薫習は総にあるので、聞によって成ずるところを総じて聞と名づけ、ゆえに「我聞」と言います。慶喜(阿難)はその時、仏の説かれたことを見たり、覚ったり、知ったりもしましたが、三つの意味によってただ「我聞」と言うのです。深理を証するにはまず聞くことを要するからであり、この世界は声をもって仏事とするからであり、菩提を希求するには聞くことを重んじるからです。それゆえに経の冒頭では見・覚・知を説かず、ただ「我聞」とのみ説くのです。実際にはその時、仏の説法を見てもいたのですが。他の仏の国土では光明などをもって仏事とするので、「見る」などと言うことができます。龍軍らは言います。「仏にはただ三つの法がある。すなわち大定・智慧であり、久しく戯論を離れて、かつて説法したことがない。仏の慈悲と本願の縁力によって、衆生の識の上に文義の相が生ずる。この文義の相は、親しくは自己の善根の力によって起こるが、強い縁に就いて仏の説法と名づける。耳根の力によって自己の意が変ずるので、「我聞」と名づける。ゆえに無性は言う。「聞く者の識の上に、直説・非直説が聚集して顕現することを体性とする」と。それならば、どうして菩薩が彼の増上生を説くと言えるのか。例えば天などの増上の力によって、夢の中で論呪などを得るようなものである。ゆえに仏もまた言われる。「成道の始めから涅槃の終わりに至るまで、その間に一字も説かず」と。あなたもまた親光らの言うことを聞いたことがあろう。「仏は分別を離れ、無戯論と名づく」と。どうして説法を無戯論と名づけないことがあろうか。まさに聞くべき者の善根と本願の縁力によって、如来の識の上に文義の相が生ずる。この文義の相は、仏の利他の善根によって起こるので、「我聞」と名づける。世親は言う。「他の相続の識の差別によって、他の相続の差別の識を生ぜしめる。彼と此とは互いに増上縁となる」と。ゆえにこの経に「我が説くところの法は手の中の葉の如く、未だ説かざる所の法は林の中の葉の如し」と説かれる。ここに二つの解釈があり、その二つの文に随って互いに解釈し合うのである。この「如是我聞」と説くことを知るべきである。意図するところは、増減や異分の過失を避けることにある。すなわち「如是の法を我は仏から聞いたのであって、他から転々と伝えられたのではない」と。聞く者に堪能があることを顕し、聞くところがすべて増減・異分の過失を離れていることを示す。愚夫のように堪能がなく、聞くところを分別しても増減・異分を離れることができないのとは異なる。法を結集する時、仏の教えを伝える者は、如来の教えに依って初めにこの言を説く。衆生をして恭敬・信受せしめんとして、「如是の法を我は仏から聞いた。文義は決定して増減するところがない」と言うのである。ゆえに聞く者は正しく聞いた後、理に従って思惟し、努め勤めて学び修すべきである。

一時。

ある時。

贊曰:第二、說教時分也。法王啟化,機器咸集,說聞事訖,總名一時。此就剎那相續無斷說聽究竟假立名。論有二解:一道理時。說聽之徒雖唯現在,五蘊諸行剎那生滅,即此現法有酬於前、引後之義,即以所酬假名過去、所引之義假名未來,並於現在法上假立。即說聽者五蘊諸法剎那生滅,前後相生事緒究竟假立三世總名一時,非一生滅名為一時。二者說聽二徒識心之上變作三時相狀而起,實是現在,隨心分限變作短長事緒終訖,總名一時。如夢所見謂有多生,覺位唯心都無自體。聽者心變三世亦爾,唯意所緣不相應行蘊法處法界所攝。此中不定約剎那,亦不定約相續,亦不定約四時八時及十二時,亦不定約成道已謝竟年數時節名為一時,但是聽者根熟感佛為說,說者慈悲應機為演,說聽事訖總名一時。由能說者得陀羅尼,說一字義一切皆了;或能聽者得淨耳意,聞一字義一切皆解。或說者少時、聽者多時,或說者多時、聽者少時,故不定說一念多劫之時節也。由於一會聽者之機有利有鈍,如來神力或延短念為長劫、或促多劫短念,亦不定故,但約說聽究竟名一時,更無異義。

賛に曰く、第二に、説教の時分についてである。法王が化導を始められると、機根の者が皆集まり、説くことと聞くことが終わりを告げることを、総じて「一時」と名づける。これは刹那の相続において途切れることなく、説くことと聞くことが究竟に至ることをもって、仮に立てた名である。

論に二つの解釈がある。第一に、道理の時である。説く者と聞く者の徒は、ただ現在のみであるが、五蘊の諸行は刹那に生滅する。すなわち、この現在の法には、過去に応じ、未来を引く義がある。すなわち、応じたものを仮に過去と名づけ、引く義を仮に未来と名づけ、ともに現在の法の上に仮に立てるのである。すなわち、説く者と聞く者の五蘊の諸法は刹那に生滅し、前後の相生する事柄が究竟に至ることをもって、三世を仮に立てて総じて一時と名づけるのであって、一つの生滅をもって一時と名づけるのではない。

第二に、説く者と聞く者の二つの徒の識心の上に、三時の相状を変作して起こるのである。実際には現在であるが、心に随って分限され、短長の事柄が終わりを告げることをもって、総じて一時と名づけるのである。夢に見る所が多くの生があるというが、覚位には唯心であって自体はないのと同じである。聞く者の心が三世を変作するのもまた同じである。ただ意の所縁のみで、不相応行蘊、法処、法界に摂せられる。

この中において、必ずしも刹那に約するのでもなく、必ずしも相続に約するのでもなく、必ずしも四時・八時・十二時に約するのでもなく、必ずしも成道してから過ぎ去った年月の時節をもって一時と名づけるのでもない。ただ、聞く者の機根が熟して仏を感じて説かれ、説く者は慈悲をもって機に応じて演説し、説くことと聞くことが終わりを告げることをもって、総じて一時と名づけるのである。

能説の者が陀羅尼を得ていれば、一字の義を説いても一切が皆了知される。あるいは能聞の者が清浄な耳意を得ていれば、一字の義を聞いても一切が皆解するのである。あるいは説く者の時は少なく、聞く者の時は多いこともあり、あるいは説く者の時は多く、聞く者の時は少ないこともある。ゆえに一念と多劫の時節を定めて説くことはないのである。一つの会における聞く者の機根に利鈍があるので、如来の神力は、あるいは短い念を延ばして長劫とし、あるいは多劫を促して短い念とする。これも定まらないのである。ただ、説くことと聞くことが究竟に至ることをもって一時と名づけるのみであり、さらに異なる義はない。

問:何不別說四時六時?答:晝夜時分諸方不定,經擬諸方流通,所以不得別說。

問:なぜ四時や六時と別に説かないのですか。 答:昼と夜の時間の区切りは地域によって一定ではないからです。経典は様々な地域で広まることを想定しているので、特定の時間を別に説くことはできないのです。

問:何不別說成道竟後若干時節?答:雖隨化相亦可言之,然凡聖所見佛身報化、所說淺深、成道近遠各不同故,經擬凡聖同行,所以不得定說。

問:なぜ成道の後、どれほどの時間が経ったのかを、はっきりと示さなかったのですか。 答:たとえ教化に応じて現れた姿に従えば、それを語ることも可能ではあります。しかし、凡夫と聖者とでは、見る仏の身(報身・化身)も、説かれる教えの浅い深いも、成道が近いか遠いかも、それぞれ異なっているからです。そのため経典は、凡夫と聖者が共に歩めるように意図されており、ゆえに固定的な時期を定めて説くことができないのです。

問:處中有淨穢,隨機定說處;時中凡聖殊,何容不定說?答:說處標穢淨,穢可定知;說時短長,凡聖不可准。一會機宜,有利有鈍、長時短時,如何准定?故處定說而時總言。

問:境には清らかな所と汚れた所があり、機根に応じて説く場所を定めるのは分かります。しかし、時の長短は凡夫と聖者で異なるのに、どうして不定と説かないのでしょうか?

答:説く場所については清らかさや汚れの違いが示され、汚れた所は確かに知ることができます。しかし、説く時間の長短は凡夫と聖者では一定せず、一概には決められません。一つの説法会に集う人々の機根には、鋭い人も鈍い人もあり、長い時間を要する人も短い時間で足りる人もいるのです。だからこそ、場所は定めて説き、時間については総じて「長い」とだけ示すのです。

佛。

仏。

贊曰:第三、教主也。佛陀梵音,此略云佛。有慧之主,唐言覺者。自覺覺他、覺行圓滿故稱為佛。如次不同凡夫、二乘、菩薩三種,故以為名也。《佛地論》云「具一切智、一切種智,能自開覺亦能開覺一切有情。如睡夢覺、如蓮花開,故名為佛。」即古所言無明惛睡覺。法相理中覺空智有智、理智事智、真智俗智、如所有智盡所有智之差別也。准依梵本,標薄伽梵,即第十號。以此一名總標眾德,由此外道皆稱本師名薄伽梵。此以翻譯之主意存省略,隨方生善,故稱佛名。

賛に曰く、第三は教主である。仏陀は梵語の音であり、これを略して仏という。智慧を持つ主、唐の言葉で覚者という。自ら覚り、他を覚らせ、覚行が円満であることから仏と称する。順に凡夫・二乗・菩薩の三種と異なることにより、名と為すのである。『仏地論』に曰く「一切智・一切種智を具え、自ら開覚し、また一切の有情を開覚することができる。夢から覚めるが如く、蓮華が開くが如く、故に仏と名付ける。」すなわち昔言うところの無明の惛睡より覚めることである。法相の理において、空智と有智、理智と事智、真智と俗智、如所有智と尽所有智の差別がある。梵本に依れば、薄伽梵と標す、すなわち第十の号である。この一つの名をもって衆徳を総じて標す。これにより外道も皆、本師を薄伽梵と称する。これは翻訳の主旨が省略を重んじ、方に随って善を生ずる故に、仏の名と称するのである。

問:此三身中何身所攝?答准所施化,即是化身。文殊在中,亦通報佛。應化非真佛亦非說法者,推功歸本即是法佛。由機不同一處見異,亦非定准。彌勒八相之尊,說者故成化佛,理通報法義亦無違。今顯主尊教隨最勝,初標勝主,令生喜故。

問:この三身の中で、どの身に含まれるのか。 答え:その教化の働きに従えば、すなわち化身である。文殊はその中にあって、報身仏にも通じる。化身は真の仏ではなく、説法者でもない。その功を根本に帰すれば、すなわち法身仏である。機根の違いによって同じ場所でも見方が異なるので、決まった一定の基準はない。弥勒が八相の尊い姿を現すのは、説法する者として化身仏となる。道理としては報身にも法身にも通じ、意味の矛盾はない。今ここでは主尊を顕し、教えが最も勝れたものに随う。初めに勝れた主を標示して、衆生に喜びを生じさせるためである。

在舍衛國祇樹給孤獨薗。

舎衛国(しゃえこく)の祇樹給孤独園(ぎじゅぎっこどくおん)にて。

贊曰:第四、說法處也。梵云室羅筏悉底,言舍衛者,音訛略也。此中印土境憍薩羅國之都城名,為別南憍薩羅,故以都城為國之稱。真諦法師云:「昔有兄弟二人,一名舍婆、二名婆提。」故彼所翻《金剛般若》云「在舍婆提城,兄弟二人於此習仙,後而果遂,城因此號名舍婆提。」今新解云:應云豐德城,一具財物、二好欲境、三饒多聞、四豐解脫。國豐四德,故以名焉。祇樹者,應云誓多林,祇樹者訛也。誓多云勝,此即太子名。太子生時,隣國怨至,戰而得勝遂以為名。給孤獨者,是蘇達多長者,此云善施。善施仁而且叡,積而能散,拯濟貧乏哀恤孤老,時人美其德,號給孤獨,是鉢剌𡱝刪特特王,舊云婆斯匿,此名勝軍,彼王之大臣也。佛在摩揭陀未遊舍衛,給孤獨長者為兒取婦遂詣王舍城。時有長者將延請佛,敬修供具。善施問其所由,長者具陳請佛。彼聞佛德,深心歡喜。佛在鷲山相去數十餘里,遙放光照,善施尋光遙見世尊,悲感喜哽如子見父。尋光詣佛,路逢天祠,善施禮拜,佛光遂滅。善施慚愧,光明還燭,尋明至佛,請佛詣國普化有緣,何獨此土?佛時許可,令舍利子先瞻度焉。佛言:「出家之人當須寂靜。」豐德人鬧,城中小隘,唯城南五六里餘有太子誓多之園地,唯[塽-(爻*爻)+((人/人)*(人/人))]塏泉林蘩欝壁方十里,可設伽藍。善施請買,太子不許,因戲言曰:「布金滿地厚敷五寸時即賣之。」善施許諾。太子辭以戲言,因陳不與。善施請為斷理,時淨居天恐人遮之曲從,遂化為斷事者,斷與善施。善施得之,布金而取。時少五百步未滿十里,一庫金盡。使者來報,善施思惟當取何金。太子疑其情悋,請悔地還金。善施具陳心非悔買。太子知其情邈自發勝心,人之所貴莫過金寶,而彼當能傾庫買地以造僧園,我何所乏而無修建?請悔先地,長者不從。太子云:「許地取金,未論林樹。地隨汝主,林屬我身。共助成功,俱陳供養。」佛後遊此,告阿難曰:「園地善施所買,樹林誓多所施,二人同心共崇功德。自今已後應謂此地為誓多林給孤獨園。」化身在此,彰報佛而有淨土;劫盡火燒,而我土由來安穩。結集不可具陳,二佛並顯淨穢之土,隨標一土義准有三。事中有二,理亦有三,三身所居各有異故。如《理趣疏》。

賛して曰く、第四に、説法の場所である。梵語で「室羅筏悉底」といい、「舎衛」というのは音が訛って省略されたものである。これは中インドの憍薩羅国の都の名であり、南の憍薩羅と区別するために、都の名を国名としたのである。真諦法師は言う:「昔、兄弟が二人いて、一人は舎婆、もう一人は婆提といい、この二人がここで仙道を学び、後にその願いが成就したため、この都を舎婆提と名付けた」と。今、新たに解釈すると、豊徳城というべきである。一つには財物が豊かであり、二つには欲望の境地が好適であり、三つには多聞が豊かであり、四つには解脱が豊かである。国にこの四つの徳が備わっているので、その名があるのである。

祇樹というのは、誓多林というべきで、祇樹というのは訛りである。誓多は「勝」の意で、これは太子の名である。太子が生まれた時、隣国から敵が攻めてきたが、戦いに勝ったので、この名が付けられたのである。給孤獨というのは、スダッタ長者のことで、善施という意味である。善施は仁徳があり聡明で、富を蓄えながらもよく施し、貧しい人々を救い、孤児や老人を哀れんだ。当時の人々はその徳を称えて、給孤獨と呼んだ。これはプラセーナジット王、昔は婆斯匿と言い、勝軍という名で、その国の大臣であった。

仏がマガダ国におられて、まだ舎衛に来ておられなかった時、給孤獨長者が息子の嫁を娶るために王舎城へ行った。その時、ある長者が仏を招請しようとして、恭敬の供物を整えていた。善施はその理由を尋ね、長者は仏を招請することを詳しく述べた。彼は仏の徳を聞いて、深く心から喜んだ。仏は霊鷲山にいて、数十里離れていたが、遠くから光明を放たれた。善施はその光を追って、遥かに世尊を拝見し、悲しみと喜びで咽び泣いた。まるで子が父に会ったかのようであった。光を追って仏のもとへ向かう途中、天の祠に遭遇し、善施が礼拝すると、仏の光は消えてしまった。善施が恥じ入ると、光は再び照らし出した。その光に従って仏のもとに至り、仏を請じて国に来てもらい、有縁の者を広く教化しようとした。「どうしてこの土地だけに留まられるのですか」と。仏はその時、許可し、舎利子に先に下見させた。

仏は言われた:「出家者は寂静でなければならない。」豊徳の国は人々が賑わい、都の中は狭小であった。ただ都の南五六里のところに、太子誓多の園地があり、土地は高く乾燥し、泉や林が茂り、周囲十里は伽藍を建立できる場所であった。善施は買い求めたいと請うたが、太子は許さなかった。そこで冗談で言った:「地面に金を敷き詰めて、厚さ五寸にしたら、その時に売ってやろう。」善施はこれを承諾した。太子は戯言だと言って断った。善施は裁決を求めた。その時、浄居天が人々が妨げるのを恐れ、曲って従って、裁決者に化身して、善施に与えるよう裁決した。善施は地を得て、金を敷いて取得した。その時、五百歩足りず、十里に満たないところで、一庫の金が尽きてしまった。使者が来て報告すると、善施はどの金を取りに行くべきか思案した。太子は彼が惜しんでいるのではないかと疑い、地面を返して金を返そうと請うた。善施は心から悔やんで買ったのではないと詳しく述べた。太子はその志が遠大であることを知り、自ら勝心を発した。「人として尊ぶべきものは、金宝に勝るものはない。それなのに彼は蔵を傾けて地を買い、僧園を造ろうとしている。私は何が欠けて、建立しないことがあろうか。」先の地面を返して欲しいと請うたが、長者は従わなかった。太子は言った:「地は売って金を受け取ったが、まだ林や木については論じていない。地はあなたのもの、林は私のものとしよう。共に力を合わせて功徳を成就し、共に供養を捧げよう。」仏は後にこの地に来られ、阿難に告げられた:「園地は善施が買い、樹林は誓多が施した。二人が心を同じくして共に功徳を崇めた。今日以降、この地を誓多林給孤獨園と呼ぶべきである。」

化身はここにあり、報身仏の浄土を示す。劫が尽きて火が燃えようとも、我が土は元来安穩である。結集には詳しく述べられないが、二仏が浄穢の土を併せ示す。一つの土を示すに随って、義として三つが考えられる。事には二つあり、理にも三つがある。三身の所居にはそれぞれ異なるからである。『理趣疏』の如くである。

爾時世尊於初夜分舉身放光,其光金色繞祇陀苑周遍七匝,照須達舍亦作金色。

そのとき、世尊は初夜のうちに全身から光を放たれた。その光は金色で、祇陀の苑を七重にめぐり、須達の家にも金色に照り輝いた。

贊曰:第五、教所被機也。於中有二:初放光集眾、後矚光眾集。

賛して曰く、第五に、教えが及ぶところの機根(人々)についてである。この中に二つのことがある。初めに光明を放って人々を集め、後にその光明を見て人々が集まるのである。

問:何故此經放光集眾,餘經不爾?答:彌勒上生因深果遠,若不警召有緣,有緣無由聞見。又無明昏夜覺照難生,不警群機無由自悟,故放光召集,不類餘經。集眾中有三:初放光、次雨花、後化佛說言。此即初也。於中有六:一明化主世尊、二明時在初夜分、三明處舉身、四明神變放光、五明相狀金色、六明化境遶祇陀園照須達舍。《無垢稱經》佛告阿難陀:「以要言之,諸佛所有威儀進止、受用施為,皆令所化有情調伏,是故一切皆名佛事。」如《涅槃經》云「佛入涅槃二月十五日等,佛皆自說,各有所表。」故此經文皆有表示。化主可知。二放光時者,《涅槃》晨朝、《法花》白日、《般若》日中、此經初夜,各有所表。釋迦牟尼出於五濁,是時有情煩惱已重,其未度者愚癡更多,所以初夜放。要初夜者,無始無明極昏闇故。今佛初夜放大光明,表說深經,欲令於釋迦不得度眾生,令見彌勒得聖智光破重無明故。舉者遍也,遍身放光明。《涅槃》從其面門、《法華》從白毫出、《般若》次第遍身皆放,今舉身以放光,顯佛慈悲普弘濟故、顯修行者並得度故、遍十方法界悲智皆照故。要放光者,導迷徒故、破處黑闇諸眾生故、照愚盲者智眼開故。作金色者,《法華》白光、《涅槃》四色,此為金色,表可寶重故、濟末代眾生第一之珍寶故。遶祇陀園,警出家眾。照須達舍者,警俗眾故、大施主故。欲顯聞經。驚集二眾,二眾聞經,於當來世彌勒佛所普得度故。言七匝者,表令出家者現在未來破七隨眠故、除身語七諸惡業故、持七支戒故、當超七生得七覺分故,法應如是。

問:どうしてこの経では光を放ち人々を集めるのに、他の経ではそうでないのか。 答:弥勒の上生は因が深く果が遠いからである。もし有縁の者を呼び覚まさなければ、有縁の者にも聞き見る機会がない。また、無明の昏夜には悟りの光は生じ難く、衆生の機を呼び覚まさなければ、自ら悟ることはできない。それゆえに光を放ち集めるのであり、他の経とは異なるのである。

集まる者の中に三つの段階がある。初めに光を放ち、次に花を降らせ、後に化仏が言葉を説く。これはその初めの部分である。その中に六つの点がある。一に教化の主である世尊を示し、二に時が初夜の分であることを示し、三に身全体を示し、四に神変で光を放つことを示し、五に相状が金色であることを示し、六に教化の境が祇陀園を巡り須達の家を照らすことを示す。

『無垢称経』で仏が阿難陀に告げられた。「要するに、諸仏のすべての威儀・進止・受用・施為は、すべて教化される有情を調伏せしめるためのものであり、それゆえにすべてを仏事と名付けるのである。」『涅槃経』に「仏が涅槃に入られるのは二月十五日などである」とあるように、仏はすべて自ら説かれ、それぞれに表すところがある。それゆえにこの経の文にもすべて表すところがあるのである。

教化の主については知られる通りである。 次に、光を放つ時について。『涅槃経』は晨朝、『法華経』は白日、『般若経』は日中の時であり、この経は初夜である。それぞれに表すところがある。釈迦牟尼は五濁の世に現れ給うた。その時、有情の煩悩はすでに重く、未だ度されない者の愚痴はさらに多かった。それゆえに初夜に光を放つのである。初夜を要するのは、無始の無明が極めて昏いからである。今、仏が初夜に大光明を放つのは、深い経を説くことを表し、釈迦の教えで度を得られなかった衆生に、弥勒を見て聖智の光を得させ、重い無明を破らせようとするのである。

「挙」は「遍」の意で、身全体から光明を放つことである。『涅槃経』では面門から、『法華経』では白毫から、『般若経』では順に身全体から放つ。今、身全体から光を放つのは、仏の慈悲が広くすべてを済うことを示し、修行する者がすべて度を得ることを示し、十方の法界に悲智がすべてを照らすことを示すのである。

光を放つことを要するのは、迷いの徒を導くため、暗黒の中の衆生を破るため、愚かで盲いる者に智眼を開かせるためである。

金色とすることについて。『法華経』は白光、『涅槃経』は四色であるが、この経は金色である。これは宝として重んずべきことを表し、末代の衆生を済う第一の珍宝であることを表すのである。

祇陀園を巡ることは、出家の衆を戒めるためである。須達の家を照らすことは、俗衆と大施主を戒めるためである。経を聞かせようと欲し、二つの衆を驚かせ集めるのである。二つの衆が経を聞けば、未来の弥勒仏のところで普く度を得るのである。

七匝と言うのは、出家者に現在と未来において七随眠を破らせ、身と語の七つの悪業を除かせ、七支の戒を持たせ、七生を超えて七覚分を得させることを表す。法はかくあるべきである。

有金色光猶如霞雲遍舍衛國,處處皆雨金色蓮華。

金色の光が霞雲のように舎衛国中に広がり、至る所に金色の蓮の花が降り注ぎました。

贊曰:第二、明雨華。有三:一光形、二光處、三雨金色蓮花。光形如霞雲者,表佛法身周遍法界,化身隨物猶如霞雲,蔭四生故、說法雨故,慈悲如雲。遍舍衛者,釋迦牟尼受須達請,授彌勒記,此國眾生徧有緣故、舍衛豐德表彌勒世出世財皆具足故。雨蓮花者,花有五德:一能掩惡,喻滅眾罪;二能生果,喻聞此經見彌勒佛獲證聖道;三香氣遠聞,學經見佛英聲遠振故;四能出水,喻聞經等已出生死海故;五能開敷,喻今後佛敷妙義故。

賛して曰く、第二に雨華を明かします。これには三つあります。一には光の形、二には光の場所、三には金色の蓮華を降らせることです。光の形が霞や雲のようであるとは、仏の法身が法界に遍満し、化身が物に随って霞や雲のようであることを表しています。四生を覆い隠すためであり、説法の雨を降らせるためであり、慈悲が雲のようなのです。舎衛国に遍く及ぶとは、釈迦牟尼が須達の請いを受け、弥勒に記別を授けられたので、この国の衆生が遍く縁を持っているためであり、舎衛が徳に豊かなことは弥勒の世・出世の財がともに具足していることを表しているためです。蓮華を降らせるとは、花に五つの徳があります。一には悪を覆い隠すことができ、衆罪を滅するたとえです。二には果を生じることができ、この経を聞いて弥勒仏を見、聖道を証得するたとえです。三には香気が遠くまで聞こえ、経を学び仏を見てその英声が遠くまで響き渡るたとえです。四には水から出ることができ、経などを聞いてすでに生死の海を出るたとえです。五には開き敷くことができ、今後、仏が妙義を敷き広べるたとえです。

其光明中有無量百千諸大化佛,皆唱是言。

その光の中に、無数の百千もの大いなる化身仏が現れ、皆こう唱えられた。

贊曰:第三、化佛說言也。有四:一化佛、二皆唱、三顯因、四明果。此初二也。化佛者,喻彌勒上生跡非真故、諸佛神變難思議故。皆唱言者,喻百億釋迦同與彌勒等授記故。

讚曰:第三、化佛が説かれる言葉である。四つの内容がある。一には化佛、二には皆が唱えること、三には因を示すこと、四には果を明らかにすることである。ここでは初めの二つである。化佛とは、彌勒の上生は迹(あと)であって真実ではないことを譬え、諸佛の神變は思いのままに計り知れないことを譬える。皆が唱えるとは、百億の釋迦が同じく彌勒らと共に記を授けることを譬える。

今於此中有千菩薩,最初成佛名拘樓孫,最後成佛名曰樓至。

また、この娑婆世界には千の菩薩がおられます。その最初に仏となる方は拘楼孫(くるそん)という名であり、最後に仏となる方は楼至(ろうし)という名です。

贊曰:此後二也。今於此中有千菩薩者,顯未成佛居賢劫位,當彌勒等現居因故。最初成佛名拘留孫最後成佛名曰樓至,於此有緣果當成佛故、令諸眾生各起希願得親近故。如《千佛因緣經》具陳其事。

賛して曰く、これは後の二つである。今、この中に千の菩薩がいるというのは、未だ仏にならず賢劫の位に留まることを示し、弥勒らが現在、因の位にあることと同じである。最初に仏となる者を拘留孫と名づけ、最後に仏となる者を楼至と名づける。ここに縁があって、やがて仏となるべき故に、一切の衆生にそれぞれ願いを起こさせ、親しく近づくことを得させしめるのである。『千仏因縁経』にその事が詳しく説かれている。

說是語已,尊者阿若憍陳如從禪起,與其眷屬二百五十人俱。

この言葉を聞き終えると、尊者阿若憍陳如は禅定から起き上がり、その眷属二百五十人とともにその場に参じた。

贊曰:第二、眾集也。於中有三:初四眾集、次二眾集、後八部集。初中有四:一苾芻眾、二苾芻尼眾、三近事男眾、四近事女眾。苾芻眾中有四:一耆舊尊宿眾、二少欲杜多眾、三神通外化眾、四智慧內德眾。此即初也。梵云阿若,多解也。憍陳那,婆羅門姓中之一性也。憍陳如,訛也。梵薩縛遏剌他悉陀(唐言一切義成,舊云悉達多,訛略也)太子踰城之後,栖山隱谷己身殉法,父王淨飯乃命家族三人:一阿濕婆,此云馬勝;二拔提;三摩男𤘽利。舅氏二人:一憍陳那、二十力迦葉。王云:「我子捨家修學,孤遊山野,故命汝曹隨知所止。內則叔伯舅氏、外則君而且臣,凡厥動靜宜知進止。」五人銜命相望營衛,因即勤求欲期出要,每相謂曰:「夫修道者,苦證果耶?樂證果耶?」二舅氏曰:「要樂為道。」三家族曰:「勤苦為道。」二三交諍,未有以明。太子思惟其理,為伏苦行外道,日食麻麥以資支身。二舅氏曰:「太子所行非真,失正道矣。道由樂證,今乃勤苦,非吾徒也。」捨而遠遁,自思果證。太子六年苦行未證菩提,欲驗苦行非真,受乳糜而證果。三家族曰:「功垂成矣。今其退乎?六年苦行已一旦損功。」遂亦逃捨相從,求覓舅氏二人。既相見已,迬坐論曰:「昔見太子出王城就荒谷,去珍服被鹿皮,精勤苦心求無上法。今乃受牧牛女乳糜,敗道虧志,無能為也。」二舅氏曰:「君何見之晚乎!此猖獗人也。處深谷,受尊位;不能靜志,遁迹山林;棄輪王之大寶,為鄙賤之庸人。何可念哉。」言增慘切。太子浴尼連河,坐菩提樹成等正覺,號天人師。思察應度唯欝頭藍子者證非想定,堪受妙法。空天報曰:「彼命終來經今七日。」如來歎惜,斯何不遇!重更觀察,有阿藍迦藍證無所有處定,可授至理。諸天又報曰:「終已五日。」如來再歎,愍其薄福。又更諦觀誰應受教,唯施鹿林有五人者,堪先誘導。佛從覺樹趣鹿野園,威儀寂靜神光晃耀,毫含玉彩身瑩金色,安祥前進導彼五人。五人遙見互相謂曰:「一切義成彼來者是。歲月淹久都無果證,心期屢返故尋我徒。宜各默然勿起迎禮。」如來漸近,威神所逼,五人忘制各起禮迎侍從如來。如來漸誘示之妙理,為其示相、勸修、作證三轉法輪。佛問:「解耶?」時憍陳那最初答:「解。」地神唱告,淨居諸天亦言:「憍陳那先解。」如是乃至聲遍大千,因以為名名解。憍陳那今與其徒大德耆舊,見光晃耀、雨花宣唱,從禪定起趣世尊所。舊經或云尊者了本際、或云解無智,皆得阿若多義、不正得名,又不解憍陳那之姓故也。

讃えて曰く、第二に、大衆の集まりについてである。その中に三つがある:最初に四衆の集まり、次に二衆の集まり、最後に八部の集まりである。初めの四衆の中に四つがある:一に比丘衆、二に比丘尼衆、三に近事男衆、四に近事女衆である。比丘衆の中に四つがある:一に年長の尊い先輩の衆、二に欲を少なくし頭陀行をする衆、三に神通力で外に教化する衆、四に智慧を内に備えた徳の高い衆である。これがその最初である。

梵語で「阿若」とは、よく理解するという意味である。「憍陳那」は、バラモンの姓のうちの一つである。「憍陳如」は訛りである。梵語で「薩縛遏剌他悉陀」(唐の言葉で「一切義成」と言い、旧訳では「悉達多」と言い、訛って略されたものである)太子が城を越えて出た後、山に棲み谷に隠れ、己の身を法に捧げた。父王の浄飯王は、そこで一族の三人を遣わした:一に阿湿婆(これは「馬勝」と言う)、二に拔提、三に摩男𤘽利である。また母方の叔父二人:一に憍陳那、二に十力迦葉である。王は言った:「我が子は家を捨てて修行し、ただ山野を彷徨っている。故に汝たちにその居場所を知って従うように命じる。内には叔父や伯父、母方の叔父があり、外には君であり臣である。すべての振る舞いについて、進退をわきまえるべきである。」五人は命を受けて互いに見守り護衛した。そこで努め励み、解脱を求めて、いつも互いに言い合った:「修行する者は、苦しんで悟りを証するのか、楽して悟りを証するのか?」二人の母方の叔父は言った:「楽を道とするのが良い。」三人の一族は言った:「苦行を道とするのが良い。」二つと三つで争い合い、まだ明らかにすることができなかった。

太子はその道理を思惟し、苦行の外道を調伏するために、日に麻と麦を食べて身を支えた。二人の母方の叔父は言った:「太子の行いは真実ではなく、正道を失った。道は楽によって証するものである。今は勤苦している。これは我々の仲間ではない。」捨てて遠くへ逃げ去り、自ら悟りの証得を思った。

太子は六年の苦行を経ても菩提を証さなかった。苦行が真実でないことを確かめようとして、乳粥を受け取って悟りを証した。三人の一族は言った:「功は成ろうとしている。今、退いてしまうのか?六年の苦行が一日で無駄になってしまった。」そこでまた逃げ捨てて、二人の母方の叔父を求めて探しに行った。互いに会ってから、坐って論じ合って言った:「昔、太子が王城を出でて荒れ果てた谷に向かい、美しい衣服を捨てて鹿の皮をまとい、精進し苦労して心を尽くし、無上の法を求めた。今は牧牛女の乳粥を受け取った。道を敗り志を失い、何もできない者だ。」二人の母方の叔父は言った:「君はどうして見るのが遅いのか!これは奔放な人だ。深い谷にいて、尊い地位を受けながら、心を静めることができず、山林に身を隠し、転輪王の大宝を捨てて、卑しい凡人となった。どうして顧みることがあろうか。」言葉はますます切迫していた。

太子は尼連河で沐浴し、菩提樹の下に座って正しい悟りを成就し、天人の師と称された。思惟して、教化すべき相手は、ウッダカ・ラーマプトラが無所有処定を証している者で、妙法を受けるに堪えると観察した。空の天人が告げた:「彼は命終わってから今日で七日になる。」如来は嘆き惜しまれた:「どうしてこのような縁に逢えなかったのか!」重ねて観察すると、アーラーラ・カーラーマが無所有処定を証していた、真理を授けることができると。諸天はまた告げた:「終わってからすでに五日になる。」如来は再び嘆かれ、その薄い福徳を哀れまれた。

さらにまた詳しく観察して、誰が教えを受けるべきかを見ると、ただ施鹿林にいる五人が、まず導かれるに値すると。仏は菩提樹から鹿野園に向かわれた。威儀は静かで、神光は耀き、眉間の白毫は玉のような輝きを含み、身は金色に輝き、安らかに進んでその五人を導かれた。五人は遠くから見て、互いに言い合った:「一切義成の者がやって来る。長い年月が過ぎても悟りの証得がなく、心の願いがしばしば変わって我々の仲間を探しているのだ。各々黙って、立ち上がって礼拝してはならない。」如来が次第に近づかれると、威神力に迫られて、五人は約束を忘れて、それぞれ立ち上がって礼拝し、如来に従った。

如来は次第に導いて、妙理を示された。そのために相を示し、勧め、証得させるという三転法輪を説かれた。仏が問われた:「理解したか?」その時、憍陳那が最初に答えた:「理解しました。」地の神が声を挙げて告げ、浄居の諸天もまた「憍陳那が最初に理解した」と言った。このようにして声は大千世界にまで届き、それによって名とされて「解」と名付けられた。

憍陳那は今、その弟子たちや大徳、年長者たちと共に、光の耀きを見、花を降らせて宣唱し、禅定から起きて世尊のもとに向かった。旧訳の経典には「尊者了本際」と言い、あるいは「解無智」と言うが、いずれも阿若の意味を取って、正しく名を得ておらず、また憍陳那の姓を理解していないからである。

尊者摩訶迦葉,與其眷屬二百五十人俱。

尊者マハーカッサパは、その二百五十人の弟子たちと共にそこにいました。

贊曰:第二、少欲杜多眾也。摩訶,大也。迦葉波,飲光也,略故云迦葉。此婆羅門姓,飲光仙人種。昔有婆羅門獲證仙果,身皮金色,飲蔽日月之光。尊者是彼之種,以姓標名。又迦葉身光飲日月光,故以為名。《付法藏傳》云「昔過去九十一劫毘婆尸佛入涅槃,後四部弟子起七寶塔,中有佛形像,佛面金色,少處缺壞。有一貧女遊行乞丐,得一金珠,見像面壞欲補像面。迦葉爾時作鍛金師,女即持往請令修造。金師聞福,歡喜為治,用補像面。因共立願:願我二人常為夫婦,身真金色,恒受勝樂,常修梵行。從是以來,九十一劫身真金色,生天人中快樂無極。最後託生第七梵天。時摩竭國有婆羅門名尼俱律陀,過去修福,聰明多智、巨富無量,金銀七寶、牛羊田宅、奴婢車乘比瓶沙王千倍為勝。瓶沙王有金犁千具,彼婆羅門恐與王齊畏招罪咎,其家但作九百九十九具。其家有量,最下之者其價猶直百千兩金。有六十簞金粟,一簞有三百四十斛。其家雖富,竟無兒息。於其舍邊有一樹神,夫婦常往祈請祭祠,求乞有子。多年無應,嗔忿語曰:『今更七日盡心奉事。若復無驗,必相燒剪。』樹神愁怖告四天王,四天王告帝釋。帝釋觀閻浮提無堪彼子,即詣梵王所廣宣上事。梵王即以天眼遍觀,見一梵天臨當命終,即往勸之勸其往生,梵天受教即來託生。滿足十月生一男兒,顏貌端正身真金色,光明赫奕照四十里。相師占曰:『此兒宿福,必當出家。』父母聞之甚懷愁惱。夫婦議曰:『當設何方斷絕其意?』覆自思惟:『世所耽著唯有美色。當為娉取端正好女,用斷其情。』至年十五欲為娉妻,語父母言:『我心清淨,不須婦也。』父母不聽,兒知難免,便設權計語父母言:『能為我得紫金色女,端正超世,我當取之。』父母即召諸婆羅門遍行娉求。諸婆門鑄一金女端正奇特,輿行村落高聲唱言:『若有女人得見金神禮拜之者,後出嫁時必得好婿,身真金色端正殊妙。』女聞悉出。唯有一女軀體金色端正殊好,即是往日施金珠女也,以昔勝緣有此妙身,志樂清潔獨不肯出,諸女強將共見金神。此女既到,金色光明映奪金神。婆羅門見,即為娉得。既到夫家,夫婦相對,各皆清潔了無異意,共立要契各住一房。父母知已,嚴塗一房令其同舍,安置一床。迦葉語婦:『我若眠息,汝當經行。汝若眠臥,我當經行。』後次婦臥垂手床前,毒蛇入室欲螫其手。迦葉見已,以衣裹手舉著床上。婦便驚悟而責之異:『我立誓要不相近,今復何緣竊舉我手?』迦葉答言:『有蛇來入,恐傷汝手妨廢修道,是故舉之。實無染意。』即指蛇示,婦意乃悟。夫婦節操深厭世間,啟辭父母求欲出家,父母見已遂便聽許。於是夫婦俱共出家,來至佛前,佛為說法,即於此時得阿羅漢,三明六通、具八解脫;婦於後時亦得阿羅漢。迦葉在世,常與如來對座說法。佛滅度後,所有法藏悉付迦葉。迦葉後時結集三藏竟,至鷄足山,全身不散。後彌勒佛出世之時,從山而出,在大眾中作十八變度人無量,然後滅身。未來成佛,號曰光明。如《法華》中佛為授記。」
尊者大目犍連,與其眷屬二百五十人俱。

尊者マハー・マウドガリヤーナは、その眷属二百五十人とともに、その場に集まっていた。

贊曰:第三、神通外化眾也。梵云摩訶沒特伽羅,此云大採菽氏,今訛略云大目犍連。此婆羅門種。上古有仙居山寂處,常採菉豆而食,因以為名,名大採菽氏。與舍利子小為親友,舍利子以才明見貴、尊者以精鑒延譽,才智相比動止必俱,結要終始契同去就,相與厭俗苦求捨家,遂師珊闍耶焉。舍利子遇馬勝阿羅漢,聞法悟聖,還為尊者重述,聞而悟法遂證初果。與其徒眾一百人俱,亦云二百五十人,俱到佛所。世尊遙見,指而告曰:「彼來者,我弟子中神足第一。」既至佛所,請入法中。世尊告曰:「善來苾芻。淨修梵行,得離苦際。」聞是語時,鬢髮自落、俗裳變緇,戒品清淨、威儀調順。經七日結漏盡,證阿羅漢果,得大神通。後佛在無熱惱池,人天咸集,唯舍利子不侍從會,佛命沒特伽羅往召來集。沒特伽羅承命而往,舍利子于時方補護法衣。沒特伽羅曰:「佛在無熱惱池,命我召爾。」舍利子曰:「且止。待我補竟,與子同行。」沒特伽羅曰:「若不速行,欲運神力舉爾石室至大會所。」舍利子乃解帶置地曰:「若舉此帶而得動者,我身或動。」時沒特伽羅運大神通舉帶不動,地為之震,因以神足還詣佛所,見舍利子已在會坐。沒特伽羅俛而難曰:「今乃以知神通之力不如智慧之力矣。」今標其輩,云二百五十人俱。
尊者舍利弗,與其眷屬二百五十人俱。

尊い舎利弗が、その二百五十人の従者たちとともにその場にいました。

贊曰:第四、智慧內德眾也。梵云設利弗呾羅。設利,此云春鸎,亦云鶖鳥。弗呾羅云子。今訛略故,云舍利弗。母未懷子前言詞訥鈍,每共弟摩訶俱絺羅論議,常不如弟。懷子以去,辨捷難酬、捔論恒勝。以母多辨,號曰春鸎,春鸎即今百舌鳥也。是彼所生,故復稱子,亦云鶖子也。尊者,大婆羅門種,其父高才博識、深鑒精微,凡厥典籍莫不究習。其妻感夢,具告夫曰:「吾昨宵寐夢,感異人身被鎧甲、手執金剛,摧破諸山,退立一山之下。不知何所表?」夫曰:「夢甚善。汝當生男,達學貫世,摧諸論師破其宗致。唯不如一人,為作弟子。」果而有娠,母忽聰明,高論劇談、言無屈滯。尊者年始八歲,名擅四方。其性淳質、其心慈悲,朽壞結縛,成就智慧。與沒特伽羅子少而為相友,深厭塵俗未有所歸,於是與沒特伽羅子於珊闍耶外道所正修習焉。乃相謂曰:「斯非究竟之理,未能窮苦際也。各求明導,先甞甘露必同其味。」時大阿羅漢馬勝執持應器入城乞食,舍利子見其威儀閑雅,即而問曰:「汝師是誰?」曰:「釋種太子,厭世出家,成於正覺。是我師也。」舍利子曰:「所說何法?可得聞乎?」曰:「我初受教,未達深義。」舍利子曰:「願說所聞。」馬勝乃隨宜演說,舍利弗聞已即證初果,遂與其徒一百人,亦云二百五十人,往詣佛所。世尊遙見,指告眾曰:「我弟子中智慧第一,彼來者是。」至已頂禮,願從佛法。世尊告曰:「善來苾芻。」聞是語時,戒品具足。過半月後,復聞佛為長爪梵志說法,聞餘論而咸悟,遂證阿羅漢果。後阿難承佛告滅期,展轉相語,各懷悲感。舍利子深增戀仰,不忍見佛入般涅槃,遂請世尊先入寂滅。世尊告曰:「宜知是時。」告謝門人,亦至本生里。侍者沙彌遍告城邑,未生怨王及彼國人莫不風馳,皆悉雲會。舍利子廣為說法,聞已而去。於後夜分正意繫心入滅盡定,起已而寂滅焉。

贊して曰く——第四に、智慧を内徳とする衆のことである。梵語では「シャーリプトラ」という。「シャーリ」は、この国では「春鸎」といい、また「鶖鳥」ともいう。「プトラ」は「子」の意である。今、訛って略されたので「舎利弗」という。母は子を懷妊する前は言葉が鈍く、弟のマハーコーティラと論議するたびに常に弟に及ばなかった。懷妊してからは、弁舌鋭く応答に窮することがなく、論争で常に勝った。母が多弁であったので「春鸎」と号した。春鸎とは、すなわち今の百舌鳥のことである。彼女から生まれたので、また「子」と称し、また「鶖子」ともいう。尊者は、大バラモン種の出身で、その父は高才博識で、深く精微を鑑み、およそ典籍の類はすべて習究した。その妻は夢を見て、詳しく夫に告げて言った。「私は昨夜夢の中で、異人が体に鎧を着け、手に金剛を持ち、諸々の山を摧き破り、退いて一つの山の下に立つのを見ました。何を表すのか分かりません。」夫は言った。「夢は大変良い。あなたは男児を生み、学問は世に秀で、諸々の論師を摧き、その宗旨を破るだろう。ただ一人の人にだけ及ばず、その弟子となるだろう。」果たして妊娠し、母はたちまち聡明となり、高論劇談、言葉に屈し滞ることがなかった。尊者はわずか八歳で、その名は四方に喧伝された。その性質は淳朴で、その心は慈悲深く、煩悩の結縛を朽ち壊し、智慧を成就した。モッガラーナと幼い頃から友であり、深く世俗を厭いながらも未だ帰依するところがなく、そこでモッガラーナとともにサンジャヤ外道のもとで正しく修行した。そして互いに言い合った。「これは究竟の理ではなく、苦しみの際を究め尽くすことはできない。それぞれに明師を求め、先に甘露を嘗めれば必ず同じ味であろう。」その時、大阿羅漢の馬勝が応器を持って城に入り乞食した。舎利子はその威儀閑雅なのを見て、すぐに問うた。「あなたの師は誰ですか。」「釈迦族の太子で、世を厭い出家し、正覚を成じた。これが私の師である。」舎利子は言った。「説かれた法は何ですか。聞くことができますか。」「私は初めて教えを受けたばかりで、深い義はまだ達していません。」舎利子は言った。「聞いたところを願います。」馬勝はそこで機に応じて説法した。舎利弗はこれを聞いてすぐに初果を証得し、そこでその弟子一百人、あるいは二百五十人とともに仏のもとへ赴いた。世尊は遠くから見て、指さして衆に告げた。「我が弟子の中で智慧第一の者、あれが来たのだ。」到着して頂礼し、仏法に従いたいと願った。世尊は告げた。「よく来た比丘よ。」この言葉を聞いた時、戒品は具足した。半月を過ぎて後、また仏が長爪梵志のために説法するのを聞き、残りの論を聞いてすべて悟り、遂に阿羅漢果を証得した。後にアーナンダが仏の滅度の期の告知を受け、次々に語り伝え、各々悲しみの念を抱いた。舎利子はますます恋慕の思いを深くし、仏が般涅槃に入るのを見るに忍びず、そこで世尊に先に寂滅に入ることを請うた。世尊は告げた。「その時を知るべきである。」門人に告別し、また生まれ故郷に至った。侍者の沙彌が遍く城邑に告げ、アジャータシャトル王とその国の人々は、風のように馳せ参じ、皆雲のように集まった。舎利子は広く説法し、聞いてから去った。その後、夜半に正しく心を繫けて滅尽定に入り、起ってから寂滅したのである。

摩訶婆闍婆提比丘尼,與其眷屬千比丘尼俱。

摩訶婆闍婆提比丘尼は、その眷属である千人の比丘尼たちと共にありました。

贊曰:第二、苾芻尼眾也。梵云摩訶鉢剌闍鉢底。摩訶云大,鉢剌闍云生,鉢底云主,即大生主。舊云婆闍婆提,此云大愛道,皆訛謬也。佛母摩訶摩耶夫人,此云大術,早為遷壽。生主是佛小母,故稱為姨母,為育養世尊,因證正覺。佛之所化三乘聖人,名曰大生。或大者眾義,一切眾生皆為佛子。姨為佛母,大生賀賚,故言大生主。佛許出家,事如律說。梵云苾芻,此具五義:一曰怖魔、二云乞士、三云淨持戒、四云淨命、五云破惡。尼者女聲,女有五德名苾芻尼。言比丘尼者,音訛略也。與其眷屬一千人,夜矚神光俱來佛所。

贊して曰く、第二は苾芻尼衆です。梵語では摩訶鉢剌闍鉢底といいます。摩訶は大、鉢剌闍は生、鉢底は主という意味で、すなわち大生主です。旧訳では婆闍婆提といい、これを大愛道といいますが、いずれも誤りです。仏の母である摩訶摩耶夫人は、漢訳では大術といい、早くに世を去られました。生主は仏の小さな母、すなわち姨母と呼ばれる方で、世尊を育て、そのことによって正覚を証されました。仏が教化された三乗の聖人を、大生と名づけます。あるいは、大とは衆の意味で、一切の衆生はみな仏の子です。姨は仏の母であり、大生を賀し賜わるので、大生主といいます。仏が出家を許されたことは、律に説かれる通りです。梵語では苾芻といい、これには五つの意味が備わっています。一つには怖魔、二つには乞士、三つには浄持戒、四つには浄命、五つには破悪です。尼とは女声のことで、女に五つの徳があるのを苾芻尼といいます。比丘尼というのは、音が訛って略されたものです。その眷属一千人とともに、夜に神の光を仰ぎ見て、ともに仏のもとへ来られたのです。

須達長者,與三千優婆塞俱。

須達長者が、三千人の優婆塞(在家の信者)とともにいらっしゃいました。

贊曰:第三、近事男眾也。梵云鄔婆索迦。鄔婆近也,迦事也,索男聲也。於男聲中以呼之,即近事男。舊云伊𮑱塞、優婆塞,優婆塞云清信男,皆訛謬也。戒德俱圓,皆堪能親近承事苾芻、大阿羅漢故。善施耆尊,稱為長者,靈光既照亦來佛所。

賛して曰く、第三は近事男の衆である。梵語で邬婆索迦という。邬婆は「近い」、迦は「仕える」、索は「男の声」の意である。男声で呼ぶので、近事男という。昔は伊𮑱塞、優婆塞と訳した。優婆塞は「清信男」という意味で、いずれも誤訳である。戒と徳が共に円満であり、皆よく比丘や大阿羅漢に親しく近づき仕えることができるからである。善く施し、長老を尊ぶので、居士と呼ばれる。霊妙な光がすでに照らしたので、また仏の所に来たのである。

毘舍佉母,與二千優婆夷俱。

毘舎佉母は、二千人の優婆夷とともにいました。

贊曰:第四、近事女眾也。梵云毘舍佉,此云黑鹿,因兒得稱,名毘舍佉母。鄔婆斯迦,云近事女。斯,女聲也。業行清潔,皆能親近苾芻尼眾、大阿羅漢尼故。鹿子因緣,如經廣說。

仏陀の賛歌にいう。第四は、近事女の教団である。サンスクリット語で毘舎佉(ビシャーカー)といい、これを「黒鹿(くろしか)」と訳す。子供の名前に由来して、毘舎佉母と呼ばれる。邬婆斯迦(ウパーシカー)は「近事女(近くで仏法に仕える女性)」という意味である。「斯」は女性を表す語尾である。彼女たちは行いが清らかで、比丘尼の教団や大阿羅漢尼に近しく仕えることができるのである。鹿子の因縁については、経典に詳しく説かれている通りである。

復有菩薩名跋陀婆羅,與其眷屬十六菩薩俱。

また、跋陀婆羅という名の菩薩がおり、その仲間である十六人の菩薩とともにいた。

贊曰:自下二眾也。梵云菩提薩埵,此略云菩薩。菩提覺義,智所求果。薩埵有情義,悲所度生,依弘誓語,故名菩薩。又求三菩提之有情者,故名菩薩。或薩埵者勇健義,不憚處時求大菩提,有志有能故名菩薩。又菩提即般若、薩埵謂方便,如是二法能利能樂一切有情,故名菩薩。摩訶大也,薩埵如前。今此菩薩位居十地,為簡於小,故言大薩埵。梵云跋陀婆羅,跋陀者賢義,婆羅者護義,此云賢護菩薩。具大賢德,護念眾生、弘護佛法,故名賢護。與其徒十六菩薩俱。

賛して曰く、ここから二種の衆について述べる。梵語でボーディ・サットヴァといい、これを略して菩薩という。菩提は覚りの意味であり、智が求める果である。薩埵は有情の意味であり、悲が度する衆生である。広大な誓いの言葉に依るから、その故に菩薩と名づける。また三菩提を求める有情であるから、菩薩と名づける。あるいは薩埵は勇健の意味であり、時処を憚らず大菩提を求める。志があり能があるから、菩薩と名づける。また菩提はすなわち般若であり、薩埵は方便をいう。この二つの法は一切の有情を利し楽しますから、菩薩と名づける。摩訶は大の意味であり、薩埵は先の通りである。今この菩薩は位が十地にあり、小乗と区別するため、大薩埵という。梵語でバドラパーラといい、バドラは賢の意味、パーラは護の意味である。これを賢護菩薩という。大いなる賢徳を具え、衆生を念じ護り、仏法を広く護るから、賢護と名づける。その徒である十六菩薩と共にいる。

文殊師利法王子,與其眷屬五百菩薩俱。

文殊師利法王子は、その眷属である五百人の菩薩たちとともにいました。

贊曰:梵云曼殊室利,此云妙吉祥。文殊師利,音訛也。《鴦掘摩羅經》言:是北方常喜世界歡喜藏摩尼寶積佛。諸有聞名敬禮歸命,種種事業,菩薩皆能為作吉祥。神用無比,名妙吉祥。法王子者,久應證覺,跡履因位,紹繼灌頂佛之太子,由此獨標法王子稱。亦與其眷屬五百菩薩俱。此二因緣,如經所說。前大智眾、此大悲眾,前今聖眾、此先聖眾,前十地眾、此紹位眾,故名二眾。《法花論》云「跋陀波羅等十六人,威儀不定,具種種行,故此別標。」何故先列聲聞、後彰菩薩?聲聞等類形像同佛,出家威儀常親近佛,令諸菩薩於聲聞眾生恭敬故、捨憍慢故。

讃して曰く、梵語でマンジュシュリー(文殊師利)といい、これを漢語では「妙吉祥」と訳す。「文殊師利」は音が転訛したものである。『鴦掘摩羅経』に曰く、この菩薩は北方の常喜世界(じょうきせかい)、すなわち歓喜蔵(かんぎぞう)摩尼宝積仏(まにほうしゃくぶつ)の世界に住むという。名を聞き、礼拝し、帰依する者があれば、あらゆる事業において、菩薩はその吉祥をかなえてくれる。その神妙な働きは並ぶものなく、それゆえ「妙吉祥」と名づけられたのである。「法王子」とは、遠い昔にすでに悟りを開くべきであったが、あえて修行者の位にとどまり、灌頂(かんじょう)を受ける仏の太子の後を継ぎ、このゆえに特に「法王子」と称されるのである。また、その眷属である五百人の菩薩とともにここに集まっている。これら二つの因縁は、経典に説かれるとおりである。前に大智の衆があり、ここに大悲の衆がある。前に今の聖衆、ここに先の聖衆。前に十地の衆、ここに後継の位にある衆。このゆえに「二衆」と名づけるのである。『法華論』に曰く「跋陀婆羅(ばつだばら)ら十六人は、威儀が定まらず、さまざまな行いを具えている。このゆえに特に別に挙げられるのである」と。なぜ先に声聞を挙げ、後に菩薩を明らかにするのか。声聞らはその姿形が仏に等しく、出家の威儀をもって常に仏に親しく仕えている。それによって菩薩たちが声聞の衆に対して恭敬の心を生じ、慢心を捨てることを促すためである。

天龍、夜叉、乾達婆等一切大眾,覩佛光明皆來集會。

天龍、夜叉、乾達婆などのすべての人々は、仏の光明を見て、皆集まってまいりました。

贊曰:第三、八部眾也。八部者,一天;二龍;三藥叉,舊云夜叉;四犍達縛,舊云乾闥婆;五阿素落,舊云阿修羅;六揭路荼,舊云迦樓羅;七緊捺路,舊云緊那羅;八莫呼路伽,舊云摩睺羅伽。藥叉者,此云勇健、或云暴惡,飛行空中食噉生類,亦攝地行諸羅剎娑。羅剎娑者,此云可畏。犍達縛者,此云尋香行。諸作樂神中有此等輩,由此西方呼諸散樂名犍達縛。不作生業,尋食香氣,作樂乞求。阿素洛者,此云非天。阿之言非,素洛云天,提婆之異名也。多行諂詐,無彼天行,故云非天。揭路荼者,妙翅鳥也。翅羽嚴麗、雜色莊挍,特異眾禽,禽中最大,舊云金翅鳥,一切飛禽皆此所攝。緊捺洛者,此云歌神。莫呼洛伽,此云大腹,田父蝦蟇蟒蛇等類皆此所攝。此中且舉彼類之首,其中一一各有無量形容異類。如是等輩一切大眾,覩佛光明皆來集會。由佛智悲廣為引化,有靈之類皆悉奔波,希法雨以潤萌牙、冀智藥而除眾苦,如歸慈父、若趣醫王,但由平等慈悲恩沾動植故也。

賛に曰く、第三に八部衆について述べる。八部とは、第一に天、第二に龍、第三に薬叉(旧訳では夜叉)、第四に犍達縛(旧訳では乾闥婆)、第五に阿素洛(旧訳では阿修羅)、第六に掲路荼(旧訳では迦楼羅)、第七に緊捺洛(旧訳では緊那羅)、第八に莫呼洛伽(旧訳では摩睺羅伽)である。

薬叉とは、ここでは勇健(勇ましく強い)あるいは暴悪(荒々しく悪しい)という意味であり、空中を飛びながら生き物を食い、また地上を歩く羅刹娑もこれに含まれる。羅刹娑とは、「畏れるべきもの」という意味である。

犍達縛とは、「香りを求めて歩くもの」という意味である。音楽を奏でる神々の中にこのような者たちがいる。それゆえ西方では、あらゆる芸人・楽人を犍達縛と呼ぶ。彼らは生業を持たず、香りの気配を頼りに訪れ、音楽を奏でて乞い求めるのである。

阿素洛とは、「天ならざるもの」という意味である。「阿」は「非」を意味し、「素洛」は「天」を意味する。これは天(提婆)の別名である。彼らは諂い欺く行いが多く、天のような正しい行いを持たないので、「天ならざるもの」と呼ばれる。

掲路荼とは、美しい翼を持つ鳥である。その翼羽は麗しく、様々な色が飾られており、他種の鳥よりひときわ優れ、鳥の中でも最大である。旧訳では金翅鳥といい、全ての飛ぶ鳥はこれに含まれる。

緊捺洛とは、「歌の神」という意味である。莫呼洛伽とは、「大きな腹」という意味であり、田の父、蝦蟇、蟒蛇などの類もこれに含まれる。

ここではその種類の代表を挙げたに過ぎず、それぞれの種類には数え切れないほどの様々な姿形がある。

このような全ての大衆は、仏の光明を見て皆集まってきた。仏の智慧と慈悲が広く教化を導くがゆえに、霊性を持つ全ての者たちは皆馳せ参じ、法の雨が降って自身の芽を潤すことを願い、智慧の薬によって苦しみを除かれることを冀い求めた。それは慈父のもとへ帰り、医王のもとへ趣くかのようである。ただ平等な慈悲の恩恵が、動くもの植わるものすべてに及んでいるからである。

爾時世尊出廣長舌相,放千光明。

そのとき、世尊は広長舌相(こうちょうぜっそう)を示し、千の光明を放たれた。

贊曰:上明說經通所因,下明說經別所緣。於中有五:一出舌放光、二有多化佛、三化佛說法、四釋迦自陳、五彌勒領悟。此即初也。將說深經先出舌者,明授彌勒記濟度有緣,不妄語也。三十二相中舌廣博相,凡時舌相但覆面輪至髮等際,若作神通或覆大千或更無量。《智度論》說:佛與阿難從舍衛國向婆羅門城,時婆羅門城主信屬外道,聞佛欲來即立制限:「若與佛食、共佛語者,當罰金錢滿五百文。」後佛來到入城乞食,人皆閉門,佛與阿難空鉢而出。見一老婢持破瓦器,盛臭䊩𬖣出門棄之。見佛相好,空鉢而來,心念欲施。佛知其意,申鉢。從乞所棄䊩𬖣。老婢淨心,持表施佛。佛受施已語阿難言:「此婢因施,十五劫中天上人間受福快樂,不墮惡道。後得男身,出家學道成辟支佛。」當時佛邊有一婆羅門,聞佛此語即語佛言:「汝是淨飯王之太子,何故為食而作妄語?」時佛出舌遍覆面輪上至髮際,而語之言:「汝頗見有如此舌人而作妄語?」婆羅門言:「若舌覆鼻尚不妄語,何況覆面上至髮際。」即生信心而白佛言:「我今不解少施報多。」佛即告言:「汝頗曾見希有事不?」婆羅門言:「我曾行見尼拘陀樹,其蔭遍覆五百乘車。」佛即問言:「樹種大小。」彼即答言:「大如芥子三分之一。」佛復語言:「誰當信汝?」婆羅門言:「實爾。世尊!我眼見之,非虛妄也。」佛即語言:「我見此女淨心施佛,得大果報。亦如此樹,因少報多。」時婆羅門心開意解,向佛懺悔。佛為說法,得須陀洹果,即時舉手大聲唱言:「一切眾人!甘露門開,如何不出?」諸人聞已,皆送五百金錢與王,請佛供養,即破制限。王與群臣亦歸依佛,佛為說法,悉獲道果。故今出舌顯授當記,眾生修行願至彼所定得往生,表不妄語故。《般若論》解不妄語者,云於授記曾不妄語。放千光者,表小千界各有化佛,破諸眾生愚癡暗故。

讃して曰く、上には説経の通じる所の因を明かし、下には説経の別なる所の縁を明かす。その中に五つ有り:一には舌を出し光明を放つ、二には多くの化仏が有る、三には化仏が説法する、四には釈迦が自ら述べる、五には弥勒が領解する。これは即ちその初めである。深い経を説こうとして先に舌を出すのは、弥勒に記を授けて有縁を済度することを明かし、妄語せざることを示すのである。三十二相の中の舌広博相、凡夫の時の舌相はただ面輪を覆い髮際に至るのみであるが、神通を作せば或いは大千世界を覆い、或いは更に無量なることを表す。《智度論》に説く:仏は阿難と共に舎衛国から婆羅門城に向かわれた。その時、婆羅門城主は外道に属することを信じ、仏の来たるを聞いて即ち制限を立てた:「若し仏に食を与え、仏と語る者は、金銭五百文を罰すべし。」後に仏が来て城に入り乞食すると、人々は皆門を閉じ、仏と阿難は空鉢のまま出て来られた。一人の老婢が破れた瓦器を持ち、臭き䊩𬖣を盛って門を出て棄てるのを見た。仏の相好を見、空鉢にて来たまえるを見て、心に施さんと念じた。仏はその意を知り、鉢を差し出し、棄てられた䊩𬖣を乞われた。老婢は心を浄くして、鉢を捧げて仏に施した。仏は施しを受け終えて阿難に言われた:「此の婢はこの施しにより、十五劫の間、天上人間にて福報を受け楽しみ、悪道に堕ちること無し。後に男身を得て、出家し学道して辟支仏を成るであろう。」その時、仏の辺りに一人の婆羅門がおり、仏の此の言葉を聞いて即ち仏に言った:「汝は浄飯王の太子なるに、何に縁って食の為に妄語を為すや?」その時、仏は舌を出して遍く面輪を覆い、上は髮際に至り、而して言われた:「汝、かくの如き舌の人にして妄語を為すことを頗る見るや?」婆羅門は言った:「若し舌が鼻を覆うとも尚妄語せず。況んや面を覆い上は髮際に至るをや。」即ち信心を生じて仏に白して言った:「我、今、少施にして報の多きことを解せず。」仏は即ち告げて言われた:「汝、頗る曾て希有の事を見たること有るや?」婆羅門は言った:「我、曾て行きて尼拘陀樹を見たるに、其の蔭は遍く五百乗の車を覆えり。」仏は即ち問われた:「樹の種は大小如何。」彼は即ち答えた:「芥子の三分の一の如し。」仏は復た言われた:「誰か汝を信ぜんや?」婆羅門は言った:「実に然り。世尊よ!我、眼に之を見る。虚妄に非ざるなり。」仏は即ち言われた:「我、此の女が浄心にて仏に施し、大いなる果報を得ることを見る。亦、此の樹の如く、因は少なくして報は多し。」その時、婆羅門は心開け意解し、仏に向かって懺悔した。仏は為に説法し、須陀洹果を得た。即ち時に手を挙げて大声に唱えて言った:「一切の衆人よ!甘露の門は開けり。何ぞ出でざるや?」諸人、聞き已って、皆五百の金錢を王に送り、仏を請いて供養し、即ち制限を破った。王と群臣も亦、仏に帰依し、仏は為に説法し、悉く道果を得た。故に今、舌を出して当に記を授くることを顕わし、衆生の修行して願い彼の所に至らば定んで往生を得ることを表し、妄語せざることを示すのである。《般若論》に不妄語を解するには、記を授くるに曾て妄語せざることを云う。千の光明を放つは、小千世界の各々に化仏が有り、諸衆生の愚癡の暗を破ることを表すのである。

一一光明各有千色,一一色中有無量佛。

一一の光明にはそれぞれ千の色があり、その一つ一つの色の中に無量の仏がおられます。

贊曰:第二、有多化佛。各有千色者,表中千界各有千化佛。一一色中有無量化佛者,表大千界,當來同有百億彌勒一時生故。

賛して曰く、第二に、多くの化佛がおられる。それぞれに千の色があるとは、中千世界にそれぞれ千の化佛がおられることを表す。一々の色の中に無量の化佛があるとは、大千世界において、未来に同じく百億の彌勒が一時に生まれることを表す。

是諸化佛異口同音,皆說清淨諸大菩薩,甚深不可思議。

その数多くの変化した仏たちは、口をそろえて同じように語った。彼らは皆、清らかで偉大な菩薩たちの、はかりしれないほど深く、思いもよらない境地について説いたのである。

贊曰:第三、化佛說法。於中有二:初總、後別。此初也。身別故異口,語等故同音。清淨諸大菩薩者,謂第十地,因已圓滿、障亦微細,名為清淨。或八地已上,一切煩惱皆不行故,名為清淨。或初地已上,證性淨理,能伏諸惑令總不行,名為清淨。此三解中,初解圓得、次解任運相續而得、後解分證,一切無違。甚深者微妙義。不可思議,超分別心、言說道故。梵云陀羅尼,此云總持。念慧二能總含眾德以為體性,識達簡擇明記不妄,能以少略含多廣故,名為總持。法者教也,說彼法故也。

賛して曰く、第三に、化仏が説法することを説明します。この中に二つの区分があります。初めに総説、後に別説です。これはその初めの部分です。

身が異なるので口が異なり、語が等しいので音が同じです。清浄な諸大菩薩とは、第十地のことを指し、因がすでに円満し、障りも微細であるため、「清浄」と名付けます。あるいは八地以上では、一切の煩悩がすべて働かないため、「清浄」と名付けます。あるいは初地以上では、本来清らかな真理を証得し、諸々の惑いを抑え込んで一切働かせないことができるため、「清浄」と名付けます。この三つの解釈のうち、初めの解釈は完全に得ることを説き、次の解釈は自然に相続して得ることを説き、後の解釈は部分的な証得を説くもので、すべて矛盾しません。

「甚深」とは、微妙な意味のことです。「不可思議」とは、分別心を超え、言語による説明の道を超えているからです。

梵語で陀羅尼(ダーラニー)といい、日本語では「総持」と訳します。念と慧の二つの働きが、もろもろの徳を総合して含み持つことを体性とし、物事を識別し、選択し、明らかに覚えて忘れることがなく、少ない言葉で多くの広い意味を含み持つことができるため、「総持」と名付けます。

「法」とは教えのことであり、その教えを説くからです。

所謂阿難陀目佉陀羅尼、空慧陀羅尼、無門陀羅尼、大解脫無相陀羅尼。

いわゆる阿難陀目佉陀羅尼、空慧陀羅尼、無門陀羅尼、大解脱無相陀羅尼。

贊曰:此下別列也。此四別者,一喜有;二解空;三於因無礙性;四於果大解脫,解脫即無相。或第三謂四無礙解,外化辨才。第四謂諸福慧,內德解脫。或八地任運得初二,九地得第三,十地得第四。或四總持,一法、二義、三能得菩薩無生法忍、四諸明呪,如次配之。教法名有,所詮義名空,無生法忍名無礙性。得此忍已,於一切法無礙達,故諸呪名為大解脫。無相能解脫障縛,不可分別,名無相故。如《幽贊》中略已顯示。

賛に言う。ここから先は別々に列挙するものである。この四つの別とは、第一に「有」を喜ぶこと、第二に「空」を解すること、第三に「因」において妨げるものがない性質、第四に「果」における大いなる解脱である。解脱とはすなわち無相のことである。

あるいは、第三を四無礙解(四つの自在な弁才)とし、外に向かって教化する辨才とする。第四をすべての福徳と智慧とし、内なる徳としての解脱とする。

あるいは、八地では自然に初二(第一・第二)を得、九地では第三を得、十地では第四を得るとする。

あるいは、四種の総持(陀羅尼)と配する。第一は法、第二は義、第三は菩薩が無生法忍を得ること、第四は諸々の明呪であり、この順に対応する。教法は「有」と名づけられ、説かれる内容の意味は「空」と名づけられ、無生法忍は妨げのない性質と名づけられる。この忍を得たならば、すべての法について妨げなく通達するからである。ゆえに諸々の呪を大いなる解脱と名づける。無相はもろもろの障害や束縛を解き離れることができ、分別することはできないので、無相と名づけるのである。『幽賛』の中で簡潔に示されている通りである。

爾時世尊以一音聲說百億陀羅尼門。

その時、世尊は一つの音声で百億の陀羅尼の門を説かれました。

贊曰:第四、釋迦自陳。欲明所記不虛,故今化佛同說。如說《法花》,能寂自陳猶恐他惑,多寶塔涌為證方明。今亦如是,非但我言,化佛同唱,欲令彌勒深悟解故。佛以法義二持廣宣教理,故以一音演其百億。以略含廣,名總持也。

賛して曰く、第四に、釈迦が自ら述べる。これは、記別が虚偽ではないことを明らかにしようとするものである。ゆえに、今、化仏が同じく説くのである。例えば『法華経』に説くように、能寂(釈迦)が自ら述べても、なお他者の疑惑を恐れたので、多宝塔が涌き出て証明を示し、初めて明らかとなったのである。今もまた同じで、私の言葉だけではなく、化仏も同じく唱えるのである。弥勒に深く悟りを得させようとするからである。仏は法と義の二つの持をもって広く教理を宣べ、ゆえに一音をもってその百億を演説するのである。略を用いて広を含む、これを総持と名づける。

說此陀羅尼已,爾時會中有一菩薩名曰彌勒,聞佛所說,應時即得百億陀羅尼門。

この陀羅尼を説き終えられたとき、そのとき、この会座の中に弥勒という名の菩薩がおられました。仏の説かれたことを聞いて、その場ですぐに百億の陀羅尼の教えを得られました。

贊曰:第五、彌勒領悟也。於中有二:一明領悟、二明請記。此初也。因行久圓果今示證,微假資習多有所成。釋迦一音纔宣,百億彌勒領悟萬倍。解生由此,應時即得百萬億也。

賛して曰く、第五に、弥勒の領解(りょうげ)である。この中に二つある。一つは領解を明かし、二つには授記を請うことを明かす。これはその初めである。因行(いんぎょう)は久しく円満したが、果は今まさに証を示す。わずかに資習を借りて、多く成ずるところがある。釈迦の一音(いちいん)がようやく宣べるや、百億の弥勒は領解して万倍す。解はここより生じ、時に応じて即座に百万億を得るのである。

即從座起,整衣服叉手合掌,住立佛前。

その場から立ち上がり、衣を整え、手を合わせて合掌し、仏の前に立った。

贊曰:此明請記。坐中證悟,遂起整衣,申虔敬之儀、展請記之軌。從坐起者,表有所得,從生死起。言衣服者,表四儀圓備、七支無缺,戒德滿故。叉手合掌者,表心與境冥、理與神會,空智有智照冥、真俗智德圓也。住立佛前者,表結使俱已斷德圓備。或住而不動,表證三昧心不動搖,定德成也。或示將有往生相故,所以起立。此意總顯已出生死,三學久成,唯希為記當生當覺。唯此軌儀唯有身業,事不虛設故各有表,威儀進止皆法輪故。

讃えて曰く、これは<請記>(往生の記別を請い求めること)を明かすものである。座中において悟りを証し、遂に起ち上がって衣を整え、恭敬の儀を尽くし、請記の軌則を展開するのである。

座から起つということは、有所得を表し、生死の座から立ち上がることを意味する。衣服と言うのは、四威儀が円満に備わり、七支(身口意の七つの業)に欠けるところなく、戒の徳が満ちていることを表す。叉手合掌は、心と境が冥合し、理と神が会通し、空智と有智が冥理を照らし、真俗二諦の智徳が円満であることを表す。

仏の前に立つということは、結使(煩悩)がことごとく断たれ、徳が円満に備わったことを表す。あるいは立って動かないのは、三昧を証して心が動揺しないことを表し、定の徳が成就したことを示す。あるいはまさに往生の相を示さんがために立ち上がるのである。

この意味は、総じてすでに生死を出離し、三学(戒・定・慧)が久しく成就していることを顕し、ただただ往生して悟りを得るべき記別を請い求めるのみであることを示す。この軌儀はただ身業のみによるものであるが、事は虚しく設けられることなく、それぞれに表すところがあるのである。威儀・進止はすべて法輪であるからだ。

觀彌勒上生兜率天經贊卷上

弥勒上生兜率天経賛 巻上


第二

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