天台法華疏序
天台法華疏の序
鏡中沙門神逈述
「鏡中沙門 神逈述」
敘曰。至理無名。名流四天之下。真乘不動。動出三界之中。證教即事而凝然。悉檀隨緣而化物。無謀汲引。功莫大哉。妙法蓮華經者。洎仁雄出世。為一大事因緣之所說也。但藥木不同。受潤成異。機宜匪一。稟教亦差。其施權也。則鹿苑四諦之法輪。其顯實也。則鷲峯三變之淨土。旨深詞寘。人尊道高。彰壽量之遠本。會伽耶之近迹。雨吹擊演。廢昔說之筌蹄。開示悟入。獲今家之魚兔。微塵菩薩。增道損生。草庵聲聞。恥小欣大。藥王燒臂而供養。多寶全身以證明。圓極冲微。不可得而言也。有天台大師。法號智顗。昔於如來前。親聽茲典。位居五品。聲震兩朝。不歷講肆。佛乘懸解。陀羅尼力。樂說不窮。常於陳主大極殿。對御講仁王般若經。萬乘屈膝。百官彈指。且如觀心釋。妙離有無。取真性作軌。藉資照成徹。敘名詮宗。異於古德。五義竅理。皆扶聖教。自智者弘法。三十餘年。獨有維摩疏。隋朝奉煬帝勅。撰此之玄文。迺是灌頂法師私記。合二十卷。非智不禪。斯言允矣。及其滅後一百餘載。至唐天寶中。歲在戊子。有東陽郡清泰寺朗和尚。法門之眉壽。涼池之目足。乘戒俱急。內外兼包。獲滿慈之寶器。坐空生之石室。每於講授之次。默然歎曰。觀其義趣。深契佛乘。尋其文勢。時有不次。或文續義斷。或文後義前。或長行前開其章。或從後直述其義。或偈中先舉其數。或後不次其名。然聖意難測。但仰信而已。今因諸聽徒。頻勸請曰。上根易悟。探賾不迷。中下之侶。尋文失旨。儻更垂次比。此則弘益巨多。和上再三籌量。事不獲已。乃專念大師。求加可否。因夢所感。方始條倫。蓋亦隨情便宜。諒非苟求同異。輒有增減於其間矣。冀後諸學者。曉其元意。尋領索裳。擔金棄礫。說真實法。非虛妄人。助玄風之廣扇。備丹丘之添削。則百界千如。宛同符契。化城寶所。盡親津橋。賴彌勒之慇懃。迴文殊之靳固。輔發智之六足。褒春秋一言。神逈等。並採綜文前。輕安諦理。莫不空王佛所。同共發心。十六沙彌。咸皆代講。翳華逢日。除瘼養珠。誠愧雁門之筆。曷窺龍嚬之奧庶探玄之士。沐道流而有本焉。
序に述べる。真理には名がないが、名は四方の天の下に流れる。真実の教えは動かないが、三界の外へと動き出す。教えを証すれば事に即して静かに留まり、方便は縁に従って物を教化する。計らいなく導き引き寄せる功徳は、これ以上ないほど大きい。
「妙法蓮華経」は、仁雄(釈尊)が世に現れ、一大事因縁のために説かれたものである。ただ、薬草や木々が異なるように、受ける潤いも異なる。機根や因縁は一つではなく、教えを受けることにも差がある。その権(仮の教え)を施すならば、鹿苑における四諦の法輪であり、その実(真実の教え)を顕すならば、霊鷲山における三変の浄土である。意味は深く、言葉は尽きず、人は尊く、道は高い。寿量の遠い本地を明らかにし、伽耶城の近い迹(仮の姿)を会得させる。雨が降り、風が吹き、撃ち、演じ、過去の説を捨てて、古い教えの道具(筌蹄)を取り除く。開示悟入し、今の家における魚や兎を得る。微塵の菩薩たちは、道を増し、生を損なう。草庵の声聞たちは、小乗を恥じ、大乗を欣ぶ。薬王菩薩は腕を焼いて供養し、多宝如来は全身を現して証明する。円満で極まり、奥深く微細であり、言葉で語ることはできない。
天台大師、法名は智顗という。昔、如来の前でこの経典を直接聴き、その位は五品に達し、その名声は隋の二朝に響いた。講席を経ずして、仏乗を懸けに解した。陀羅尼の力により、楽しんで説くことは尽きない。常に陳の主の大極殿において、御前で「仁王般若経」を講じた。万乗(皇帝)も膝を折り、百官も指を弾(はじ)いて賞賛した。例えば、観心の釋において、有無を超えて妙に離れ、真実の性を取りて軌範とし、資(助け)を借りて照らし、徹することを成就する。名前を述べ、宗旨を解釈することは、昔の高僧とは異なる。五重の義によって理を穿ち、すべて聖教に扶(たす)けられる。智者大師が法を弘めて三十余年、ただ「維摩経疏」だけがあった。隋の煬帝の勅命を奉じて、この玄義を撰した。これは灌頂法師が私に記録したもので、合計二十巻である。「智でなければ禅にあらず」、この言葉は真実である。
そして、智者大師が滅してから百余年の後、唐の天宝年間(戊子の年)に、東陽郡清泰寺の朗和尚がいた。法門の中の長寿者であり、涼池(涅槃)の目と足である。戒と禅定を共に急ぎ、内外を兼ね備え、満慈子の宝器を得て、空生の石室に坐した。常に講授の合間に、黙って嘆じて言った。「その義趣を観れば、深く仏乗に契合する。その文勢を尋ねれば、時に順序が整っていない。あるいは文は続くが義は断たれ、あるいは文は後にあるが義は前にある。あるいは長行の前にその章を開き、あるいは後に従って直接その義を述べる。あるいは偈のうちにまずその数を挙げ、後でその名を順序正しく挙げない。しかし聖意は測り難く、ただ仰ぎ信ずるのみである。」今、多くの聴衆たちが頻りに勧めて請う。「上の根機の者は悟り易いが、深く探れば迷わない。中下の者どもは、文を尋ねて旨を失う。もしさらに順序を整えられれば、これは弘益すること甚だ多い。」和尚は再三にわたって考え、事が已むを得ず、専ら大師を念じて、可否を加えるよう求めた。夢の中で感応があり、ようやく条理を整えた。これもまた、情に随って便宜を図ったのであり、決して安易に同異を求め、その間に増減を加えたわけではない。願わくは、後の多くの学者たちは、その元の意を悟り、文を尋ね、衣の襟を領(と)り、金を担いで礫を棄て、真実の法を説いて、虚妄の人とならないでほしい。これにより、玄風の広く扇がれるのを助け、丹丘(仙人の住処)の添削に備える。ならば、百界千如は、符契が合うかのように同じであり、化城と宝所は、すべて津橋(渡し場と橋)に親しくある。弥勒の慇懃(ねんごろ)に頼り、文殊の靳固(けんこ)を巡らす。輔發の六足を助け、春秋の一言を褒めたたえる。神逈らは、皆、文章を前に集め、軽安にして諦理を観じた。空王仏の所において、共に発心した十六の沙弥が、皆代わって講じたことのないものはない。翳華(日を除く翳のような華)が日に逢い、瘼(やまい)を除き、珠を養う。誠に雁門の筆(智者大師の筆)に恥じることだが、どうして龍の顋の奥(深遠な義)を窺うことができようか。おそらく、玄旨を探る者は、道の流れに沐(あ)びて、その本を得るであろう。