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華厳綱要 (華嚴綱要)


次釋題目

次に題目を解説します

題稱大方廣佛華嚴經者,乃依人法喻因果以立名也。大方廣三字是法,乃舉法界全體具體相用三大義故。佛乃能證之人。法界三大乃所證之法。華喻稱法界性所修之因,嚴乃莊嚴法身以成報身之果。言三大者,大謂體大,舉法界當體豎窮三際橫遍十方,廣博包含大而無外,以極法界量強名曰大,故曰曠兼無際也。方者相也,猶法也,以法界之體本來無相,今全體變成十法界事相,一切眾生有此法性軌持而能生解,故曰以正法自持,謂十法界有相之法無一不具,故相亦大也。廣者用大,謂法界之體有大力用,以能變起十法界用,故曰稱體而周,若諸眾生有能悟此體者,即有轉凡成聖之用,故用亦大也。以此三大總一法界真源,覺此本源故名為佛,故曰覺斯玄妙。佛者覺也,以法界體亦名清淨法身,必假萬行莊嚴乃成報身,故稱法界性以此修因故。華喻萬行功德,言華必有果。嚴謂莊嚴,以萬行之因華莊嚴法身之果體,是為報佛故。嚴謂飾法成人,今說此經者即報佛也。

『大方広仏華厳経』という題名は、人と法と喩えと因果に基づいて名づけられたものです。「大方広」の三文字は法を表し、法界の全体が備える体・相・用という三つの大きな意味を挙げたものです。「仏」は悟りを開いた人を指します。法界の三大は、その人が悟った法です。「華」は法界の本性にかなって修める因を喩え、「厳」は法身を荘厳して報身という果を成すことを表します。三大について言えば、「大」は体の大きさを意味し、法界そのものが縦には過去・現在・未来にわたり、横には東西南北すべてに広がり、広く包み込んで限りなく大きいことを示します。法界の限りをそのまま「大」と名づけたので、「広く際限なく及ぶ」と言います。「方」は相、すなわち法のことです。法界の体はもともと形がありませんが、今やその全体が十法界の具体的な姿となって現れています。すべての生きとし生けるものにこの法性が備わり、それを保つことで理解が生まれるので、「正しい法を自ら保つ」と言います。十法界の形ある法のすべてが備わっているので、相もまた大きいのです。「広」は用の大きさを意味し、法界の体には大きな力のはたらきがあり、十法界のはたらきを生み出せるので、「体にかなって遍く及ぶ」と言います。もし生きとし生けるものがこの体を悟ることができれば、凡夫を聖者へと変えるはたらきが生まれます。だから用もまた大きいのです。これら三大はすべて一つの法界の真の源であり、この本源に目覚めた者を仏と呼ぶので、「この玄妙なるものを覚る」と言います。「仏」とは目覚めのことです。法界の体は清浄な法身とも呼ばれ、必ずさまざまな修行によって荘厳されてこそ報身が完成するので、法界の本性にかなって因を修めると言います。「華」は万行の功徳を喩え、華には必ず実がつくと述べています。「厳」は荘厳の意味で、万行という因の華が法身という果の体を荘厳し、これが報身仏となるのです。つまり「厳」とは法を飾り人を完成させることであり、今この経を説くのはすなわち報身仏なのです。


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