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華厳綱要 (華嚴綱要)


初標部類品會

(初標部類品會)

此經按《西域記》說有三部:上部有十三千大千世界微塵數偈,一四天下微塵數品;中部有四十九萬八千八百偈,一千二百品;下本有十萬偈,四十八品。龍樹菩薩入龍宮,見上、中二部非凡夫心力能持,遂記下本,流通人間。今傳來此方者,八十卷,三十九品。以經來未盡,故所行者為略本耳。然此經乃我盧舍那佛初成正覺,於菩提場稱性所演,一時頓說,周徧法界。故部類之多寡,第隨見、聞有異。今說此經之處有七,其會有九,其品有三十九。所詮之義,統四法界,攝五周六位因果。清涼疏以信、解、行、證四分科釋全經七處,九會,三十九品者。

この経典は『西域記』によれば三部あるとされます。上部は十三千大千世界の微塵の数の偈と、一四天下の微塵の数の品があります。中部は四十九万八千八百偈、一千二百品あります。下本は十万偈、四十八品あります。龍樹菩薩は龍宮に入り、上部と中部の二つは凡夫の心の力では保てないと見て、そこで下本を記し、人間に流布しました。現在この地に伝わっているのは八十巻、三十九品です。経が完全に伝わっていないため、行われているのは略本なのです。しかしこの経は、わが盧舎那仏が初めて正覚を成じたとき、菩提場で本性に即して説いたもので、一時に頓説し、法界に遍く及んでいます。ですから部類の多少は、ただ見る人、聞く人によって異なるだけです。今この経を説く場所は七つあり、その会座は九つ、その品は三十九あります。説かれる意義は、四法界を統べ、五周六位の因果を摂しています。清涼の疏は信・解・行・証の四分によって全経の七処・九会・三十九品を科釈しています。

初會菩提場,普賢菩薩說毗盧遮那如來依正因果法門,自第一卷至十一卷,共六品經。六品者:

最初の集会である菩提場では、普賢菩薩が毗盧遮那如来の依報と正報の因果についての法門を説かれました。これは第一巻から第十一巻まで、合わせて六品の経典です。その六品とは:

(〈世主妙嚴品〉,〈 如來現相品〉,〈 普賢三昧品〉,〈 世界成就品〉,〈 華藏世界品〉,〈 毗盧遮那品〉)。

(世主妙厳品、如来現相品、普賢三昧品、世界成就品、華蔵世界品、毘盧遮那品)。

二會普光明殿文殊師利菩薩說十信等法門,自十二卷至十五卷,共六品經。六品者:

第二の集まりである普光明殿では、文殊師利菩薩が十信などの法門を説かれました。第十二巻から第十五巻までの、全部で六つの品の経文です。その六つの品とは、

(〈如來名號品〉,〈 四聖諦品〉,〈 光明覺品〉,〈 菩薩問明品〉,〈 淨行品〉,〈 賢首品〉)。

(如来名号品、四聖諦品、光明覚品、菩薩問明品、浄行品、賢首品)。

三會忉利天宮法慧菩薩說十住等法門,自十六卷至十八卷,共六品經。六品者:

忉利天宮での三つの法会では、法慧菩薩が十住などの修行の教えを説かれました。これは第十六巻から第十八巻にわたり、合わせて六つの品からなります。その六品とは、

(〈昇須彌山頂品〉,〈 須彌山頂偈讚品〉,〈 十住品〉,〈 梵行品〉,〈 初發心功德品〉,〈 明法品〉)。

〈須弥山頂に昇る品〉、〈須弥山頂の偈讃品〉、〈十住品〉、〈梵行品〉、〈初発心功徳品〉、〈明法品〉。

四會夜摩天宮功德林菩薩說十行等法門,自十九卷至二十一卷,共四品經。四品者:

四つの法会が夜摩天宮で行われ、功徳林菩薩が十行などの法門を説かれました。第十九巻から第二十一巻まで、合わせて四品の経文です。その四品とは:

(〈昇夜摩天宮品〉,〈 夜摩天宮偈讚品〉,〈 十行品〉,〈 十無盡藏品〉)。

(「昇夜摩天宮品」「夜摩天宮偈讃品」「十行品」「十無尽蔵品」。)

五會兜率天宮金剛幢菩薩說十迴向等法門,自二十二卷至三十三卷共三品。經三品者:

五会の兜率天宮で金剛幢菩薩が十回向などの法門を説かれた部分は、第二十二巻から第三十三巻まで、合わせて三品です。その三品とは:

(〈昇兜率天宮品〉,〈 兜率天宮偈讚品〉,〈 十迴向品〉)。

(〈昇兜率天宮品〉、〈兜率天宮偈讚品〉、〈十迴向品〉)。

六會他化自在天宮金剛藏菩薩說十地法門,自三十四卷至三十九卷共一品,經一品者(即〈十地品〉)。

六つの法会のうち、他化自在天宮において金剛蔵菩薩が十地の法門を説かれた部分は、第三十四巻から第三十九巻にわたる一品で、経の一品とは(すなわち〈十地品〉である)。

七、重會普光明殿,毗盧遮那如來說阿僧祇數量法門,及如來隨好光明功德,及普賢等諸菩薩說十大三昧等等覺法門,從四十卷至五十二卷,共十一品。經十一品者:

七、再び普光明殿に集まり、毘盧遮那如来が阿僧祇の数量の法門を説き、また如来の随好光明の功徳、および普賢などの諸菩薩が十大三昧などの等覚の法門を説かれた。四十巻から五十二巻にわたり、全部で十一品である。経の十一品とは:

(〈普賢說十定品〉,〈 十通品〉,〈 十忍品〉,〈 佛說阿僧祇品〉,〈 心王菩薩說如來壽量品〉,〈 諸菩薩住處品〉,上明差別因。〈 青蓮華藏菩薩說佛不思議法品〉,〈普賢說十身相海品〉,〈 佛說如來隨好光明功德品〉,上明差別果。〈 普賢菩薩說普賢行品〉, 明平等因。〈 說如來出現品〉, 明平等果。 上自二會來,至此一遍,明六位因果。)

(〈普賢が説く十定の品〉、〈十通の品〉、〈十忍の品〉、〈仏が説く阿僧祇の品〉、〈心王菩薩が説く如来の寿命の品〉、〈諸菩薩の住処の品〉、以上は違いのある因を明かす。〈青蓮華蔵菩薩が説く仏の不思議な法の品〉、〈普賢が説く十身相海の品〉、〈仏が説く如来の随好光明功徳の品〉、以上は違いのある果を明かす。〈普賢菩薩が説く普賢行の品〉は、平等な因を明かす。〈如来の出現を説く品〉は、平等な果を明かす。以上の二つの会からここまでで一度り、六位の因果を明かす。)

八、三會普光明殿,普賢菩薩說離世間法門,自五十三卷至五十九卷,共一品經。一品者:

八、三度目の集まりである普光明殿において、普賢菩薩が世間を離れる法門を説かれました。第五十三巻から第五十九巻に至るまで、合わせて一品の経です。その一品とは、

(即〈離世間品〉,此二遍明六位因果。)

(すなわち〈離世間品〉であり、この二つは六位の因果を広く明かすものである。)

九會逝多林,有本末二會:初毗盧遮那如來放光現相,答諸菩薩念請為本會;次文殊師利菩薩從善住樓閣出,往人間開悟六千比丘,及指善財參五十三善知識為末會。通為〈入法界品〉,自六十卷至八十卷共一品。經一品者:

九会は逝多林において、本会と末会の二つがあります。まず、毘盧遮那如来が光を放ち、姿を現して、諸菩薩の心の請いに答えられたのが本会です。次に、文殊師利菩薩が善住楼閣から出て、人間の世界へ赴き、六千の比丘を開悟させ、さらに善財童子に五十三の善知識を訪ねるよう示されたのが末会です。これらを合わせて〈入法界品〉といい、六十巻から八十巻にわたる一品です。経の一品とは:

(即〈入法界品〉,此三遍明六位因果。)

(すなわち〈入法界品〉であり、ここで三度にわたり六位の因果を明かしている。)

八十卷經,通分五周四分者:

八十巻の経典は、全体として五つの期間と四つの部分に分けられます。

一、所信因果周者,即舉果勸樂生信分。謂第一會菩提場,說毗盧遮那依正果報法門,自〈世主妙嚴品〉至〈毗盧遮那品〉六品經,蓋舉揚如來依正二報難思之果,勸勵大心眾生,令生樂欲,以起淨信。前五品顯舍那依正果德,後一品明佛本因,故名所信因果周,亦名舉果勸樂生信分。

一、信じるべき因果の章とは、すなわち果を示して喜びを勧め、信を生じさせる部分である。第一会の菩提場において、毘盧舎那の依報と正報の果報の法門を説かれた。〈世主妙厳品〉から〈毘盧舎那品〉に至る六品の経典は、如来の依報・正報という二つの果の思いもよらぬほど不思議なことを示し示して、大きな志を持つ衆生を励まし勧めて、喜びを求める心を起こさせ、清らかな信を起こさせるものである。前の五品は舎那の依報・正報の果の功徳を明らかにし、後の一品は仏の本来の因を明らかにする。それゆえ「信じるべき因果の章」と名づけ、また「果を示して喜びを勧め信を生じさせる部分」とも名づける。

二、差別因果周者,亦名修因契果生解分。自第二會普光明殿起,說〈十信〉、〈十住〉、〈十行〉、〈十迴向〉、〈十地〉,及重會普光明殿說〈十定〉,至〈諸菩薩住處品〉,共二十六品,經明差別因圓。後〈佛不思議法品〉、〈如來十身相海品〉、〈如來隨好光明功德品〉,共三品經,明差別果滿。其〈十定〉以下六品明等覺,後三品明妙覺。

二、差別因果の部門は、別名を修因契果生解分ともいいます。第二会の普光明殿から始まり、〈十信〉〈十住〉〈十行〉〈十廻向〉〈十地〉を説き、さらに再び普光明殿に集まって〈十定〉を説き、〈諸菩薩住処品〉に至るまで、合わせて二十六品の経文で、差別の因が円満であることを明かします。その後、〈仏不思議法品〉〈如来十身相海品〉〈如来随好光明功徳品〉の三品の経文で、差別の果が満ちていることを明かします。〈十定〉以下の六品は等覚を明かし、後の三品は妙覚を明かします。

三、平等因果周者,即於前會說〈普賢行品〉、〈如來出現品〉二品經,明平等因果。前〈普賢行〉明因該果海,次〈如來出現〉明果徹因源,因果不二故名平等。連上差別二周,通名修因契果生解分。

三、平等因果周とは、先の法会で説かれた〈普賢行品〉と〈如来出現品〉の二つの品の経文にあたり、平等の因果を明かすものである。まず〈普賢行品〉は因が果の海を包み込むことを示し、次に〈如来出現品〉は果が因の源にまで通じることを示す。因と果が二つではないから、平等というのである。以上を前述の差別の二周と合わせて、全体を修因契果生解分と名づける。

四、成行因果周者,亦名託法進修成行分。謂八會、三會普光明殿說離世間法,即成行因果周。以普慧雲興二百問,普賢瓶瀉二千酬,通明六位因果。自五十三卷至五十九卷,共一品經。初通明五位之因,後明八相之果。五位因者,即住、行、向、地、等覺。八相果者,即降兜率、托胎、降生、出家、降魔、成道、說法、入涅槃。此託圓融法界,進修成行,位位交羅,一位具足一切位故。沒其位名,但明圓融之行,故名託法進修。

四、成行因果の部について述べます。これは「法に託して修行を進め、行を成す部分」とも呼ばれます。八会と三会の普光明殿で説かれた離世間の法が、これにあたります。普慧が雲のように二百の問いを起こし、普賢が瓶から水を注ぐように二千の答えを返して、六位の因果を明らかにしています。第五十三巻から第五十九巻までの一品の経です。初めに五位の因を明らかにし、後に八相の果を明らかにします。五位の因とは、住・行・向・地・等覚です。八相の果とは、兜率から降りること、胎に宿ること、誕生すること、出家すること、魔を降すこと、道を成ずること、法を説くこと、涅槃に入ることです。これは円融の法界に託して、修行を進めて行を成すことを示しており、どの位にもすべての位が交わり具わっています。位の名にこだわらず、ただ円融の行を明らかにするので、「法に託して修行を進める」というのです。

五、證入因果周者,亦名依人證入成德分。謂第九會逝多林說入法界法門,以諸菩薩念請,有三十問,具問如來果海中事。以果海離言,故如來但現相以答。復放光攝受,光中具見所問之事,令其現證,是為本會。次文殊師利從善住樓閣出,漸往人間大塔廟前,令六千比丘頓證。次指善財童子南詢參五十三知識,通名末會。及善財末後見普賢菩薩,入普賢一毛孔中,頓圓曠劫之果。故前三十八品,但該羅六位因果,令生信發解,依之起行造修,至此方為證入,故云依人證入成德分。若無實證,則前解行俱為虗設,故以證終。

五、証入因果の段は、別名を「人による証入成徳の分」ともいいます。これは第九の法会である逝多林で説かれた「法界に入る法門」のことで、多くの菩薩たちが心の中で願い求めた三十の問いによって、如来の悟りの広大な世界の事柄を詳しく尋ねたことを指します。しかし悟りの世界は言葉を超えているため、如来はただ姿を現すことによって答えられました。さらに光を放って人々を包み込み、その光の中に問われたすべての事柄がありありと現れ、その場で証し示されたのです。これが本会です。次に文殊師利が善住楼閣から出て、しだいに人の世界へと向かい、大きな塔廟の前で六千の比丘たちをたちどころに悟りへと導きました。続いて善財童子に南方へ向かって五十三人の善知識を訪ね求めるよう示され、これらを総称して末会といいます。やがて善財は最後に普賢菩薩に会い、普賢菩薩の一つの毛穴の中に入って、長い世代をかけた悟りの果てをたちまちに円満に成就しました。それゆえ前の三十八品では、ただ六つの位の因果を広く説いて、信を生じ理解を起こさせ、それに基づいて実践し修行させてきましたが、ここに至って初めて証入となったのです。だから「人による証入成徳の分」というのです。もし真の証しがなければ、それ以前の理解も実践もすべて無駄になってしまいます。そこで証しをもって締めくくっているのです。

然上一部八十卷經,分為三十九品。以此多品,攝入五周四分。此但分章以斷釋經文。其文所詮之義,有四法界。古德釋經,以六相、十重玄門,以收全部之義。四法界者,一理法界,二事法界,三理事無礙法界,四事事無礙法界。六相者,謂總、別、同、異、成、壞。由此六相同時,方成十重玄門,以顯事事無礙。十玄門者,一同時具足相應門(如海一滴,具百川味),二廣狹自在無礙門(一尺之鏡,現千重影),三一多相容不同門(一室千燈,光光涉入),四諸法相即自在門(如金與色,二不相離),五祕密隱顯俱成門(片月澄空,晦明相暎),六微細相容安立門(如琉璃瓶,盛多芥子),七因陀羅網境界門(十鏡互照,影現重重),八託事顯法生解門(立像豎臂,觸目皆道),九十世隔法異成門(一夕之夢,翱翔百年),十主伴圓融具德門(北辰所居,眾星皆拱)。由此六相十玄,同時具足,故成事事無礙法界。故經中凡舉一事一行一法,必該此六相十玄之義,以彰圓融法界。然此廣大無邊理趣,統以法界觀門收之。攝歸一心,念念具足,方順此宗,逈超諸教。故此圓融妙行,日劫相倍,具如法界觀門。

さて、前の八十巻の経典は、三十九品に分かれています。この多くの品を、五周と四分にまとめます。ここではただ章を分けて経文を解釈するだけです。その文が示す意味には、四つの法界があります。古い徳のある僧たちは経を解釈するとき、六相と十重玄門を用いて、全体の意味をまとめました。四法界とは、第一に理法界、第二に事法界、第三に理事無礙法界、第四に事事無礙法界です。六相とは、総・別・同・異・成・壊をいいます。この六相が同時にそろうことで、はじめて十重玄門が成り立ち、事事無礙が示されます。十玄門とは、第一に同時具足相応門(海の一滴が百の川の味を備えるように)、第二に広狭自在無礙門(一尺の鏡が千重の影を映すように)、第三に一多相容不同門(一室の千の灯が、光と光が互いに溶け合うように)、第四に諸法相即自在門(金と色が、二つながら離れないように)、第五に秘密隠顕倶成門(片月が澄んだ空に、暗と明が互いに映るように)、第六に微細相容安立門(瑠璃の瓶に、多くの芥子を盛るように)、第七に因陀羅網境界門(十の鏡が互いに照らし、影が幾重にも現れるように)、第八に託事顕法生解門(像を立て臂を挙げるように、目に触れるものすべてが道となる)、第九に十世隔法異成門(一夕の夢で、百年を飛び回るように)、第十に主伴円融具徳門(北極星のいるところに、すべての星が集まるように)、です。この六相と十玄が同時にそろうので、事事無礙法界が成ります。ですから経の中で一つの事、一つの行、一つの法を挙げるたびに、必ずこの六相十玄の意味を含み、円融法界を明らかにします。しかし、この広大で果てしない理趣は、すべて法界観門にまとめられます。一心に収めれば、念々にそなわり、はじめてこの宗にかなって、他の教えをはるかに超えます。ですから、この円融の妙行は、日と劫が倍になるほどで、詳しくは法界観門のとおりです。

右上所列,乃全經大旨。凡誦此經者,必先了其章段,精熟理觀,則臨文念念證入無邊法界。

右上に示したものは、この経典全体の大意です。この経典を読誦する人は、まずその章立てを理解し、道理を観じることをよく習熟すれば、文に向かうたびに一念一念が無限の法界に証入できるでしょう。

由經文浩瀚,攝義無邊,故釋經者以五周四分科斷,使義有所歸,觀者臨文,自然契會,此科文之大綱也。若其理趣,就于各品,自有指歸。

経文は広大で、その意味するところは果てしなく広いため、経典を解釈する人は五周と四分という区分けによって内容を整理し、意味がどこに帰着するかを示します。読む人は文に向かうとき、自然と理解が響き合うのです。これが科文の大きな枠組みです。その道理や趣旨については、それぞれの品において、おのずと指し示すところがあります。


No. 240-B 大方廣佛華嚴經綱要序
次釋題目

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