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楞厳経合論 (楞嚴經合論)


No. 272-A大佛頂首楞嚴經合論序

大仏頂首楞厳経合論序

首楞嚴經之垂於世也,蓋指如來之藏性與眾生之本源了無差別,但能窮盡妄心,自然發露真見。故慶喜自無迷悟中而立問,善逝於無言說中而對詶,玉轉珠回,聖言彌布。繇是有七徵、八還、四緣塵、二顛倒之密示,五陰、六入、十二處、十八界、二十五圓通之詳辯,七趣、三增進、四明誨諸位洎五十種魔之顯決,其旨洞達,若大明麗天,而昧者不覩。是以宏識之士為之箋,為之疏,靡不渙釋。然至其堂奧,則紅紫亂朱,反晦於聖意者多矣。故寂音之論作,豈得已哉?觀其以智照三昧區分派別,振發大義於詆闢之間,無施不可,雖生遠筆削,復何以加?或謂論非見諦菩薩莫能為之,是安知寂音果非見諦者耶?愚甞取其文列於經右,猶昔人以李長者之論合諸華嚴,間有闕遺,不愧狂斐,輙事補緝,并杼其大略,冠于帙首。庶幾栖神斯文者,了然無惑,直證真常,餘則具具于本序云。

『首楞厳経』がこの世に示されたのは、如来の蔵する本性と衆生の本源がまったく差別のないことを指し示し、ただ妄心を窮め尽くせば、おのずと真の見解が現れるからである。ゆえに慶喜(阿難)は迷いも悟りもないところから問いを立て、善逝(釈尊)は言葉もないところから応答された。玉が転じ珠が巡るように、聖なる言葉は広く伝わった。

これにより、七つの徴証、八つの帰還、四つの縁塵、二つの顛倒という密やかな示しがあり、五陰、六入、十二処、十八界、二十五円通についての詳しい弁明があり、七趣、三増進、四明誨、諸位および五十種の魔についての明らかな決断がある。その趣旨は明らかで、まるで大いなる明るさが天に輝くようであるが、暗い者はそれを見ることができない。

そこで、広い識見を持つ人々が注釈を施し、疏を著し、ことごとく明らかに解きほぐしてきた。しかし、その奥深いところに至ると、紅が紫を乱して朱を晦ますように、かえって聖なる意図を曇らせてしまうことが多い。ゆえに寂音(恵洪)の論が作られたのは、やむを得なかったのであろうか。

彼が智照三昧によって区別し派別を分け、非難や論駁の間で大義を振るい発揮する様は、どこをとっても適切であり、たとえ生遠(?)が筆を削ったとしても、これ以上に加えることはできないであろう。あるいは、この論は見諦の菩薩でなければ為し得ないと言われるが、どうして寂音が見諦でないと言えようか。

私はかつてその文章を経文の右に並べた。昔の人々が李長者の論を『華厳経』に合わせたようにである。間に欠け落ちている部分があれば、狂った者の浅はかさを恥じず、ただちに補い整え、その大略を述べて巻頭に冠した。この文に心を寄せる人々が、明らかにして惑いなく、直ちに真常を証することができますように。その他の詳細は、本序にすべて記されている。

時嘉泰癸亥上元日,沙門正受謹書

時は嘉泰癸亥の年の上元の日、沙門正受謹んで記す。


No. 272-B 大佛頂如來密因修證了義諸菩薩萬行首楞嚴經論序

CBETA コード: X0272

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