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title: "無準師範禪師語錄 · 住慶元府雪竇山資聖禪寺語錄"
description: "無準師範禪師語錄是南宋臨濟宗高僧無準師範的語錄彙編，由弟子宗會、智折等十五位侍者共同編纂。該書成書於南宋中後期，記錄了無準師範的開示、法語、機鋒和書信，內容涵蓋禪法心要、修行指導及對時事的評論，反映了當時禪宗的教學特色與社會互動。作為臨濟宗楊岐派的重要文獻，該語錄不僅體現了無準師範融合儒釋的思想風格，還對中日禪宗交流有深遠影響，是研究宋代禪宗史和思想史的權威典籍之一。"
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### 住慶元府雪竇山資聖禪寺語錄

> 慶元府雪竇山資聖禅寺語録

侍者　如海　妙倫　等編

> 侍者 如海、妙倫 等編

佛殿。迦葉擎拳。阿難合掌。黃面瞿曇。全無伎倆。新乳峯一時見了。却燒沉香供養。從教人道是罰是賞。

> 仏殿にて。迦葉は拳を握り、阿難は手を合わせる。釈迦如来、何の策もなし。新乳峯は一瞬にして見渡され、沈香を焚いて供養する。人々が罰か賞かと論じようとも、そのままに任せよ。

踞方丈。德雲不下妙峰頂。善財七日無處參尋。吽。吽。你這一隊漢在這裏眼眨眨地守待箇什麼。何不瞥去。莫妨我東行西行。拍禪床便起。

> 方丈に座す。徳雲は妙峰の頂より下らず。善財童子、七日にして参尋する処なし。うん、うん。汝ら一隊の漢、ここに眼を瞬かせて何を待ち構えているのか。さっさと立ち去れはしないか。わしの東行西行の邪魔をするな。禅床を一拍して立ち上がる。

指法座。千聖頂𩕳上一著子。自古自今少有人踏著。罕有人舉著。山僧今日因行不妨掉臂。

> 指法座。千聖の頂上にある一つの足跡。古より今に至るまで、これに踏み入れた者は少なく、これを挙げた者は稀である。山僧、今日、行くに因りて、臂を振るうも妨げなし。

陞座祝　聖罷問答不錄。乃云。衲僧行處。不在東西。遇緣即宗。隨機應變。昨日焦山長老。今朝雪竇主人。颺下海門國萬頃煙波。來看妙高臺一川風月。聲色俱泯。是非杳亡。石頭大底大。小底小。休將佛法論量。山又青。水又綠。不得作境話會。既不作境話會。畢竟作麼生會。人間縱有丹青手。應是難傳入畫圖。

> 法座に上る祝辞　聖なる説法を終え<note>問答は記録せず</note>。すなわち云う。衲僧の行くところ、東西に在らず。縁に遇えば即ち宗と為り、機に随って応変す。昨日は焦山の長老、今朝は雪竇の主人。海門国の万頃の煙波を颺げ下し、妙高臺の一川の風月を見に来る。声色ともに泯び、是非はるかに亡ぶ。石頭は大なるは大なり、小なるは小なり。休みて将に佛法を論量すべからず。山また青く、水また緑なり。境の話と会することを得ず。既に境の話と会せず、畢竟どうかく会すべきか。人間たとえ丹青の手有りと雖も、応に是れ画図に伝え難かるべし。

復舉。僧問投子。如何是十身調御。投子下禪床立。

> 再び挙げる。僧が投子に問う。「如何なるか是れ十身調御なるや」。投子は禅床より下りて立つ。

師云。大眾。投子與麼也不較多。然雖如是。未免有勞尊重。當時若見。只向面前深深打箇問訊。教這老漢隱身無路。

> 師は言われた。「大衆よ、投子和尚がそう言ったのも、それほど大したことではない。とはいえ、それでもなお、尊い方にご迷惑をおかけしてしまうのは避けられない。もしその場にいたなら、ただ目の前で深々と一礼し、この老僧に隠れるすべもなくしてやればよかったのだ。」

當晚小參。不起一念。威音已前。彌勒下生。坐斷千差。南贍部洲。北󳬂單越。與麼會得。便乃不離菩提場而登妙峯頂。直得水雲雜沓。凡聖交參。彼我情忘。主賓道合。座則同座。行則同行。歸則把手同歸。到則大家齊到。到則到矣。且其中事作麼生。雨花千丈雪。偃蓋萬株松。

> その夜、小参にて。 一つの念も起こさず。 威音王仏以前より、弥勒菩薩の下生まで。 千の差別を断ち切る。 南贍部洲も、北倶盧洲も。 このように会得すれば、すなわち菩提場を離れずして妙峯の頂に登る。 水雲が入り乱れ、凡聖が交わり参ずるに至る。 彼我の情は忘れ、主賓の道は合わさる。 座するときは同じく座し、行くときは同じく行く。 帰るときは手を携えて同じく帰り、到るときは皆そろって到る。 到ることは到るが、さてその中の事はいかがなものか。 花は千丈の雪のように舞い、松の枝は万株の傘のように覆う。

復舉。達磨大師道。吾本來茲土。傳法救迷情。一花開五葉。結門自然成。

> また挙げる。達磨大師は言われた。「私はこの地に来て、法を伝え、迷える衆生を救う。一つの花が五つの葉を開き、結実は自然に成る」と。

師云。祖師與麼道。好與三十棒。且道因甚如此。冬行春令。

> 師は言われた。「祖師がこのように説かれたのは、三十棒を与えるにふさわしい。なぜそうなのかと言えば、冬に春の行いをするようなものだからだ。」

謝兩班上堂。方交正月一。又過了五日。世事冗如麻。光陰劈箭急。所以道。是日已過。命亦隨減。如少水魚。斯有何樂。乳峯看來。又有甚麼不樂處。東邊有知事。西邊有頭首。山僧贏得倚欄干。盡日仰頭看雲走。阿呵呵。時人往往聽作山居歌。

> 謝両班（両序）の上堂。正月一日を迎え、また五日が過ぎた。世事は麻のように煩わしく、光陰は矢のように早い。だからこそ言われる、「この日が過ぎれば、命もまた減る。水の少ない魚のように、何の楽しみがあろうか」と。しかし乳峯（住職）から見れば、また何の楽しみがないところがあろうか。東には知事（執事）がおり、西には頭首（役僧）がいる。山僧（私）は欄干にもたれて、一日中雲の流れを仰ぎ見ている。ああ、呵呵。世の人々はしばしばこれを山居の歌と聞きなす。

上堂。春日晴。黃鶯鳴。山花似錦。汀草如茵。堪悲堪笑。公塘寨裏王節級。到處巡捕。自己不知不覺打失一雙眼睛。良久。云。彩奔齪家。

> 上堂。春の日は晴れ、黄鶯が鳴く。山の花は錦の如く、水辺の草は緑の絨毯のよう。悲しむべきか笑うべきか。公塘寨の王節級は、あちこちを巡り歩きながら、自分自身が知らず知らずのうちに両眼を失っている。しばらくして、言う。彩奔齪家。

護聖小淨慈至。上堂。舉。芙蓉禪師訪實性大師。大師上堂。以右手拈拄杖安向左邊。云。若不是芙蓉師兄。大難委悉。便下座。後來黃龍南禪師道。實性用不得便休。却將佛法以當人情。致令千古之下作人笑端。

> 護聖小淨慈至が上堂し、芙蓉禅師が実性大師を訪ねた話を挙げた。 実性大師が上堂し、右手で杖を取り、左側に置いて言った。 「もし芙蓉師兄でなかったら、とても理解できなかっただろう」 そして座を下りた。 後に黄龍南禅師は言った。 「実性は用がなければそれでよかったのに、仏法を人情に当てはめてしまった。そのため、千年の後まで人々の笑い種となってしまった」

師云。實性大師向十字街頭貨賣賊贓。猶道無人知覺。老黃龍不忍看見。巧為遮藏。殊不知欲隱彌露。雖然如是。要見實性大師則易。要見黃龍稍難。何故。為佗頭匾似扇。

> 師は言う。実性大師は十字街の街角で盗品を売りながら、まだ誰にも気づかれていないと思っている。老黄龍はこれを見るに忍びず、巧みに隠してやった。知らずや、隠そうとすればするほど露わになることを。それでもなお、実性大師を見るのは易しいが、黄龍を見るのは少し難しい。なぜか。彼の頭が扇のように平たいからだ。

上堂。靈雲見桃花。便道更不疑。玄沙又道。未徹在。後來五祖又道。說什麼未徹。更參三十年始得。山僧甞聞說一畝之地。三蛇九鼠。初未為然。今日以此看來。前言信之矣。

> 上堂。霊雲が桃の花を見て、もはや疑わずと悟りを告げた。玄沙はさらに、まだ徹していないと言った。その後、五祖は、何が徹していないのかと言い、さらに三十年参究して初めて悟りを得たと述べた。山僧はかつて、一畝の地に三匹の蛇と九匹の鼠がいると聞いたことがある。最初はそうとは思わなかったが、今日これを見て、その言葉が真実であったと確信する。

端午上堂。舉文殊令善財採藥公案。師云。若據善財。徧採無不是藥。爭奈悞將甘草以當黃連。文殊只知亦能殺人。亦能活人。要且不知來處。文殊即且置。遂拈拄杖云。諸人且道這箇從什麼處得來。畢竟是黃連耶。是甘草耶。卓一下。云。江南儘有。江北全無。

> 端午の法座に上堂す。文殊が善財に薬草を採らせた公案を挙げる。師云く、もし善財に拠れば、あまねく採るものは薬にあらざるはなし。なんぞ甘草を以て黄連に当てんとする誤りを争わんや。文殊はただ、人を殺すこともでき、人を生かすこともできることを知るのみ。要するに来処を知らざるなり。文殊はひとまず措くとして、遂に柱杖を拈じて云く、諸人且つ道え、この一つは何れの処より得たるか。畢竟は黄連か、甘草か。一下を卓して云く、江南には尽く有り、江北には全く無し。

因事上堂。只箇現成公案。眾中領解者極多。錯會者亦不少。所以金鍮莫辨。玉石難分。乳峯這裏直要分辨去也。張上座．李上座。一箇手臂長。一箇眼睛大。總似今日達磨一宗。教什麼人檐荷。噓一聲下座。

> 法要のために上堂する。ただ目の前にある公案。大衆の中で理解する者は非常に多いが、間違って受け取る者も少なくない。だから金と銅の区別がつかず、玉と石の区別が難しい。ここ乳峯では、はっきりと区別しよう。張上座と李上座。一人は腕が長く、一人は目が大きい。みな今日の達磨宗のように、一体誰が荷を担ぐというのか。ふうっと一声、下座する。

破庵和尚忌。拈香。這老禿無面目。不具些子慈悲。却有十分惡毒。喜亦不可近。怒尤不可觸。我昔被渠禁害。逼得頑蛇生足。以至今日燒一炷香。謾禮三拜。要且笑不成笑。哭不成哭。此冤此恨若為伸。唵部臨唵齒臨。

> 破庵和尚の命日。香を拈ず。この老いたる禿頭、顔もなく、少しの慈悲も備わらず、かえって十分の悪毒あり。喜びも近づくべからず、怒りはなおさら触るべからず。我かつて彼に禁害せられ、頑ななる蛇に足を生ぜしめられ、今日に至りて一炷の香を焼き、三拝を礼す。笑うも笑いとならず、哭くも哭きとならず。この冤みこの恨み、いかが伸べん。唵部臨唵歯臨。

上堂。山僧自入院來。經今半年也。未曾與諸人說著本分事。今日又值明覺祖忌。普請去塔所諷經。又不暇說。雖然如是。你看乳峯眉毛在麼。

> 上堂します。私がこの寺に入ってから、もう半年になります。これまで皆さんに、本来の大事について語る機会がありませんでした。今日は明覚祖師のご命日であり、皆で塔所にお経をあげに行くことになっていますので、話す暇もありません。それでもなお、見てください。乳峯の眉毛は、ちゃんとありますか？

上堂。佛法也不會。世法也不會。一夏九十日。瞎驢隨大隊。且畢竟成得箇什麼。乃云。不知。

> 上堂します。仏法も分かりません。世間の法も分かりません。一夏九十日、盲目の驢馬が大隊に従うように過ごしてきました。さて、結局何が成し遂げられたのでしょうか。ただこう申し上げます。分かりません。

上堂。二由一有。一亦莫守。新羅日午打三更。回首面南看北斗。堪悲堪笑。黃面禪和到處行脚。只管將鼻孔東邊嗅西邊嗅。自己鼻尖上有一點糞。十箇五雙因甚不覺臭。

> 上堂します。二は一から生じますが、一さえも執着してはいけません。新羅で真昼に三更の鐘が鳴る。振り返って南を向き北斗七星を見る。悲しむべきか笑うべきか。黄面の禅僧が各地を巡り歩き、ただひたすらに鼻を東で嗅ぎ西で嗅ぎしている。自分の鼻の先に一点の糞があるのに、十人五組なぜその臭いに気づかないのか。

上堂。記得昔日大梅常禪師問馬大師。如何是佛。馬師云。即心是佛。佗便向這裏跺跟。更轉動不得。住後有人問。如何是西來意。梅云。西來無意。良久。云。果然。

> かつて大梅常禅師が馬大師に問うたことがあった。 「如何なるか是れ仏か」 馬大師は答えた。 「即心是仏」 彼はこの言葉に心を定め、もはや揺らぐことはなかった。 後に、ある人が大梅に尋ねた。 「如何なるか是れ西来の意か」 大梅は言った。 「西来無意」 しばらく沈黙した後、こう付け加えた。 「果然」

上堂。本色行脚人。須具行脚眼。千箇與萬箇。多是空檐版。擔版則且置。作麼生是行脚眼。朝看東南。暮觀西北。

> 上堂します。本来の行脚者たる者は、行脚の眼を備えていなければなりません。千人に万人、多くはただ空の担ぎ板に過ぎません。担ぎ板はさておき、では、行脚の眼とは何でしょうか。朝には東南を見、夕には西北を観るのです。

上堂。風蕭蕭。雨蕭蕭。行人弓箭各在腰。缺齒老胡剛然不知有。却向少林九年面壁。要且不在壁上。諸人各各丈夫。何不轉手摸索看。

> 上堂します。 風は蕭蕭と吹き、雨は蕭蕭と降る。 旅人はそれぞれ腰に弓矢を携えている。 歯の欠けた老いた胡人は、剛直に「知っている」ということを知らず、 それでも少林寺で九年間壁に向かって座禅を組んだ。 しかし、それは壁の上にはなかった。 皆さん一人一人が立派な方である。 どうして手を返して探ってみようとしないのか。

謝首座上堂。舉甘贄行者入南泉設齋請首座施財公案。師云。前頭也與麼道。因甚不行䞋。後頭也與麼道。因甚便行䞋。今日因行掉臂。下箇注脚。曲中直。直中曲。有增減。無數目。等閑放在暗窻前。冷地令人看不足。

> 謝首座上堂。甘贄行者が南泉に入り、齋を設け、首座に財を施す公案を挙げる。師云く、前頭もまたかくの如く道う。因甚麼に行䞋せざる。後頭もまたかくの如く道う。因甚麼に行䞋す。今日、行に因って臂を掉ち、一つの注脚を下す。曲中に直あり、直中に曲あり。増減有りて、数無し。等閑に暗窻の前に放ち置けば、冷地に人をして看て足らずと令む。

重九上堂。拈拄杖橫案云。與麼會得。三年一閏。若也不會。九日重陽。卓一下。云。贏得通人笑斷腸。

> 重陽の節句に上堂し、杖を掲げて横に置きながら言われた。「このように悟れば、三年に一度の閏月のごとし。もし悟らなければ、九日の重陽に過ぎぬ」。杖を地に突き立てて言われた。「悟りきった人々には、腸がちぎれるほど笑われるばかり」。

上堂。經有經師。論有論師。乳峯到這裏說箇什麼即得。今日放一線道。隨例分科列段去也。以右手拈拄杖卓一下。安向左邊。云。是何章句。復云。流通分。

> 上堂します。経典には経典の師がおり、論書には論書の師がいます。乳峯がここまで来て、一体何を語ればよいのでしょう。今日は一筋の道を開き、慣例に従って区切りを付けていきましょう。右手で杖を取り、地面に一突き。左側に置き、言います。「これはどの章句でしょうか」。さらに言います。「流通分です」。

上堂。舉。瑞巖和尚近日示眾舉古云。秋江清淺時。白露和煙島。良哉觀世音。全身入荒草。古德與麼道。玉本無瑕却有瑕。瑞巖即不然。秋江清淺時。白露和煙島。十年歸不得。忘却來時道。

> 上堂。ある公案を挙げる。瑞巖和尚が近ごろ大衆に示した古則がある。 「秋の川は澄み渡り、浅瀬が現れる時、白露は煙る島に降りる。なんと尊いことか、観世音菩薩は全身をもって荒れ野の草むらに入られる」 古徳がこのように語ったことについて、「玉に瑕はないはずなのに、かえって瑕が見える」と評される。しかし瑞巖和尚はこう言われる。 「秋の川は澄み渡り、浅瀬が現れる時、白露は煙る島に降りる。十年経っても帰ることができず、来た道すら忘れてしまった」

師云。瑞巖與麼道。可謂無瑕矣。乳峯今日更資一路。也要諸方撿責。秋江清淺時。白露和煙島。搘笻寂寞中。望斷無人到。拍禪牀。下座。

> 師は言われた。「瑞巖がこのように語るのは、まったく欠点がないと言えるだろう。しかし、乳峯は今日、さらに一つの道を付け加えよう。諸方の検討を仰ぎたいものだ。 秋の川は澄み渡り浅く、 白露は煙る島と一つになる。 杖をつき静寂の中に佇み、 見渡せば誰一人として訪れぬ。」 そう言って、禅床を一拍し、座を下りられた。

上堂。上下三指。彼此七馬。似有似無。半真半假。乳峯被人問著。直得五年分疎不下。阿呵呵。笑倒東村王大姊。

> 上堂。 三本の指を上げ、七頭の馬を数える。あるようでなく、真実のようで偽り。乳峯和尚が問われれば、五年経っても答えられぬ。ああ、ははは。東村の王お姉さん、笑い転げてしまった。

上堂。語是謗。寂是誑。擬即乖。動即喪。明眼人。難近傍。絕塵情。忘伎倆。江西馬大師。南嶽讓和尚。

> 上堂。 言葉は謗り、静寂は欺き。 思いをめぐらせば、すでに道に背き、動けば、すでに失う。 真の見識ある者は、近づきがたい。 塵世の情けを絶ち、技巧を忘れよ。 江西の馬大師、南嶽の譲和尚。

散天基節上堂。乳峯有一張琴。不是焦桐。亦非凡木。多年掛在壁上。未曾容易品弄。今日幸遇。

> 散天基節の上堂にて。乳峯に一張の琴あり。焦桐にあらず。また凡木にもあらず。多年、壁上に掛けられ、いまだ容易に品弄せず。今日、幸いに遇う。

新天子誕聖之辰。好日斯臨。不可放過。試彈一操以祝萬年之壽。遂作彈琴勢云。丁當。丁當。良久。云。會麼。願將如是曲。長奉聖明君。

> 新たなる天子が聖なる誕辰を迎えられました。この佳き日に巡り合えたことを、見過ごすわけにはまいりません。一曲を奏でて、万寿を祝いましょう。 琴を弾く仕草をし、丁当、丁当と響かせ、しばらくして尋ねます。 「お分かりになりましたか。このような調べを、いつまでも聖明なる君に捧げたいと願います」

謝新舊知事上堂。世諦門中。有新有舊。有出有入。有進有退。佛法向上。無高無下。無彼無此。無黨無偏。雖然如是。阿那箇些子是佛法。阿那箇些子是世諦。試為乳峯拈出一絲頭看。良久。云。放憨作麼。

> 謝新舊知事上堂。 世俗の世界には、新たなものもあれば古いものもあり、出るものもあれば入るものもあり、進むものもあれば退くものもある。しかし、仏法の究極の境地には、高さも低さもなく、彼も此もなく、偏りも党派もない。 とはいえ、一体どこが仏法で、どこが世俗の世界なのか。乳峯がほんの少しだけ指し示してみようか。 しばらく沈黙した後、言った。 「愚かさを放って、何をしているのか。」

上堂。德山老漢平生據一條白棒。佛來也打。祖來也打。却道不曾打著一箇獨脫底。興他道東廊也下喝。西廊也下喝。直饒你喝得興化上三十三天。撲下來。一點氣也無。待興化緩緩地甦息起來。向你道未在。諸人還知二大老立處麼。天高東南。地傾西北。

> 上堂。 徳山の老漢は、平生、一本の白棒を手に据えて、仏が来ても打ち、祖師が来ても打つと豪語した。しかし、本当に独脱した者には、まだ一度も打ち当てたことがないと言っている。 一方、興化は、東の廊下でも喝を下し、西の廊下でも喝を下す。たとえあなたが喝によって興化を三十三天まで吹き飛ばし、地面に叩きつけて、もう息も絶え絶えにしたとしても、興化がゆっくりと息を吹き返して立ち上がったならば、あなたに向かって「まだ及ばない」と言うだろう。 皆さん、この二人の大老の立脚地がどこにあるか、おわかりだろうか。 天は東南に高く、地は西北に傾いている。

冬節上堂。一冬二冬。叉手當𮌎。珠鑽九曲。直在其中。

> 冬の節句の上堂。一冬、二冬と過ぎて、手を組み胸に当てる。珠が九曲の玉を貫くように、真っ直ぐな道はその中にある。

上堂。上元正月半。燈火連霄漢。千人與萬人。聚頭相共看。看即不無。第一各自照顧眼睛。乳峯不著便。末上打失了也。既是打失。將什麼辨緇素。良久。云。文殊頭白。普賢頭黑。

> 上堂。上元の正月半。灯火は霄漢に連なり。千人と万人。頭を聚めて相共に看る。看ることは不無なり。第一各自眼を照顧せよ。乳峯は便に著かず。末上に打失せり。既に打失す。将に什麼をか以て緇素を辨ぜん。良久して云く。文殊の頭白く。普賢の頭黒し。

上堂。舉。僧問馬大師。如何是祖師西來意。馬師云。近前來。向你道。僧近前。馬師與一掌。僧云。因甚打某甲。馬師云。六耳不同謀。後來黃龍南禪師道。古人尚道六耳不同謀。如今諸方浩浩商量。禍事。

> 上堂。ある僧が馬大師に尋ねた。「祖師が西から来た意図とは何ですか」と。馬大師は言った。「近くに来なさい。あなたに教えてあげよう」と。僧が近づくと、馬大師は彼に一撃を加えた。僧が言った。「なぜ私を打つのですか」と。馬大師は言った。「三人では謀議はできない」と。後に黄龍南禅師は言われた。「古人でさえ三人では謀議できないと言ったのに、今や諸方で大勢が議論している。これは災いだ」と。

師召大眾云。盡信書不如無書。

> 師は大衆を呼び集めて言われた。書物を盲信するなら、むしろ書物を持たない方がましだ。

上堂。十方國土中。惟有一乘法。諸人還信麼。若信得及。拽取占波國與新羅國鬪額。若信不及。采石渡頭船。

> お集まりの皆さん、十方の国土においては、ただ一乗の教えしかありません。皆さんは、これを信じられますか？もし信じられるなら、占波国と新羅国を引っ張ってきて、額を合わせて戦わせてみなさい。もし信じられないなら、采石の渡し場の船を見るがよい。

摘茶上堂。作家相見有底憑據。逈無人處聚頭共語。寂子無端撼茶樹。

> 茶摘みの上堂。作家が相見するには、確かな根拠がある。人里離れた場所で顔を合わせて語り合う。寂子は理由もなく茶の木を揺らした。

結制上堂。拈拄杖。顧示大眾云。安居已竟。梵行已立。所作已辦。賓頭盧尊者無端向這裏起心動念。貶向二鐵圍山。卓一下。云。諦觀法王法。法王法如是。

> 安居の期間が終わり、修行の道は確立し、なすべきことはすべて成し遂げられました。 ところが、賓頭盧尊者が、何の理由もなくここで心を動かし、念を起こしたのです。 彼を二つの鉄囲山に追放しましょう。 （杖を突いて） よく見よ、法王の法を。法王の法はこのようである。

端午上堂。僧問。文殊令善財採藥。云是藥採將來時如何。

> 端午の法座。僧が問う。文殊菩薩が善財童子に薬草を採らせ、「この薬草を採って来た時、どうするか」と言われたのは、どういう意味ですか。

師云。意在鈎頭。

> 師は言われた。「心は釣り針の先にある。」

進云。善財云。盡大地無有不是藥者。又作麼生。

> 善財童子は言いました。「この広大な大地には、薬とならぬものは何一つない」と。では、それについてどうお考えですか。

師云。莫將附子當川鳥。

> 師は言われた。附子を川鳥と間違えてはならない。

進云。文殊又云。是藥採將來。意在什麼處。

> さらに尋ねます。「文殊菩薩はまた『この薬を採ってきたが、その意図はどこにあるのか』とおっしゃいました。」

師云。也好一拶。

> 師匠は言われた。「なるほど、良い一押しだ。」

進云。善財於地上拈一莖草度與文殊。文殊云。此藥亦能殺人。亦能活人。未審此意如何。

> 進んで申し上げます。善財童子が地上から一本の草を摘み取り、文殊菩薩にお渡しになりました。すると文殊菩薩はおっしゃいました。「この薬は人を殺すこともできれば、人を生かすこともできる」。このお言葉の真意はいかがなものでしょうか。

師云。𮞏相熱瞞。僧禮拜。

> 師は言われた。「その様子は熱くてうっとうしいな。」僧は礼拝した。

師拈起拄杖云。今朝五月端午。乳峯收得一服藥。不是耆婆留下。亦非扁鵲傳來。雖然不直分文。要且無病不治。所謂佛病．祖病．禪病．心病。一切毛病。凡曰服者。悉得痊愈。乳峯不敢珍惜。今日擊皷陞堂普施大眾。若是有病者來。左手分付。無病者來。右手分付。且道因甚如此。有亦不有。無亦不無。乃卓一下。云。趙州東壁挂葫蘆。

> 師は杖を掲げて言われた。 「今日は五月端午の節句。乳峯では一服の薬を手に入れた。これは耆婆が残したものでもなく、扁鵲が伝えたものでもない。たとえ一文の値打ちもなくとも、治せない病はない。仏病・祖病・禅病・心病、あらゆる病を治す。これを服する者は皆、全快するだろう。乳峯はこれを惜しむことなく、今日は太鼓を打ち堂に上がり、大衆に広く施す。もし病ある者は左手に、病なき者は右手に受け取るがよい。なぜこのようにするのか。有るも有らず、無いも無からず」 そして杖を地に突き立てて言われた。 「趙州の東壁に瓢箪を掛ける」

上堂。直鈎釣鯨鰲。曲鈎釣魚鱉。乳峯粗識好惡。不敢屈抑諸人。便下座。

> 上堂いたします。まっすぐな釣り針で鯨や鰲を釣り、曲がった釣り針で魚や亀を釣ります。乳峯は善悪の区別を大まかに理解していますが、皆様をお屈めすることはできません。これにて下堂いたします。

上堂。眼底年來胡種滅。叢林喜見太平時。太平消息誰相委。只許張公李老知。且知底事作麼生。東州稻熟。西州米賤。

> 上堂いたします。 近年、目の前から異なる種が消え去り、叢林に太平の時を見て喜んでいます。 太平の知らせを誰が委ねるのでしょうか。 ただ張公と李老だけが知っているのです。 そして、知っていることは一体どういうことでしょうか。 東の州では稲が実り、西の州では米が安いのです。

上堂。萬木驚霜風。千林著秋色。堪笑寒山子。到處覓不得。拈拄杖云。元來在這裏。看看。卓一下。云。又入露柱裏去也。

> 上堂します。 万木が霜風に驚き、千林に秋色が宿る。 寒山子を笑うべし、あちこち探しても見つからぬ。 と、杖を手に取り、言います。 「元来ここにあった。ご覧なさい。」 と、杖を地に突き立て、さらに言います。 「また、露柱の中へ入ってしまった。」

上堂。秋風離離。秋色依依。嶺上白雲一片兩片。籬邊黃菊三枝五枝。世間多少登高者。只管步步登高。脚跟下蹉過往往不知。乳峯恁麼道。𦘕虎成狸。

> 上堂します。秋風がさわさわと吹き、秋の景色がゆったりと広がっています。山の嶺には白雲が一片、二片と浮かび、籬の傍らには黄色い菊が三枝、五枝と咲いています。世の中にはどれほどの人々が高みを目指して登っていることでしょう。ただひたすらに一歩一歩高みへと登っていくばかりで、足元で過ぎ去っているものに気づくことがありません。乳峯がこのように申します。虎を描こうとして狸になってしまうのです。

上堂。乳峯今日開爐。不會挑灰撥火。大家衲被幪頭。只麼團圞打座。不求諸聖。不重己靈。從佗門外區區世路。擾擾紅塵。夏了秋。秋了冬。冬了春。良久。云。思量也是慕西秦。

> 法堂にて。乳峯は今日、暖炉を開く。炭を掻き火を起こすことはせず。皆、僧衣を頭から被り。ただ円く座を組んで座禅する。諸仏を求めず。己の霊性を重んじず。外の門に従い、狭き世の道。騒がしき紅塵。夏は過ぎて秋。秋は過ぎて冬。冬は過ぎて春。しばらくして、言う。思い巡らすも、これ西秦を慕うなり。

上堂。舉。白雲端和尚謂五祖曰。有一事。老兄還知麼。祖曰。不知有什麼事。端云。近有數禪客自廬山來。問佗也有箇悟處。教佗說也說得。頌也頌得。批判也批判得。只是未在。五祖聞得。七日七夜不成腸肚。

> 上堂。例を挙げる。白雲端和尚が五祖に言った。「一つ、事がある。老兄、ご存知か。」祖が言った。「知らぬ。どんな事があるのか。」端が言った。「近ごろ、数人の禅客が廬山から来た。彼らに尋ねると、悟りを得たところがあるという。教えを説かせれば説ける。頌を唱えさせれば唱えられる。批判をさせれば批判できる。ただ、まだ真実ではない。」五祖はこれを聞いて、七日七夜、心が落ち着かず、腑に落ちなかった。

師云。白雲和尚用盡自己心。笑破佗人口。乳峯這裏亦有一件事。不得不說與諸人。近日亦有數禪客。自諸方來。問佗也無悟處。教佗說也說不得。頌也頌不得。批判也批判不得。雖然如是。乳峯却許他是箇千了百當底人。諸人聞得。亦不用疑著。何故。南天台。北五臺。

> 師は言われた。「白雲和尚は、自分の心を尽くして用い、他人の口を笑い破った。乳峯のここにも一つの事柄があり、どうしても皆さんに話さなければならない。近ごろ、数人の禅客が、諸方からやって来た。彼らに尋ねても悟ったところはなく、教えても言うことができず、頌を唱えても唱えることができず、批判しても批判することができない。それでもなお、乳峯は彼らが千も百も当を得た人であると認める。皆さんがこれを聞いても、疑う必要はない。なぜなら、南には天台があり、北には五台があるからだ。」

上堂。聲前一句。不封不樹。坐斷舌頭。如何通吐。昨日有人從天台來。却往徑山去。

> 上堂。声の前の一句は、封じず樹てず。舌根を断ち坐して、いかに通吐すべきか。昨日、天台より来たりし人あり、却って径山へ往く。

上堂。臨濟為睦州所誤。雪峯遭巖頭毒手。沒齒㘅冤。萬世不朽。所以學者當深思彼伐木丁丁之聲。照古照今兮宜善求友。

> 上堂にて申し上げます。 臨済は睦州に惑わされ、雪峯は巌頭の毒手に遭いました。 生涯にわたり冤罪を抱えながら、万世に朽ちることなき教えを残しました。 だからこそ学ぶ者は、あの伐木丁々の声を深く思うべきです。 古を照らし今を照らす、良き友を求めることが肝要です。

上堂。召大眾云。禪。禪。妙高峯頂。千丈巖前。作麼生有箇古松樹。奇奇怪怪。屈屈曲曲。弮弮攣攣。諸人若恁麼會。驢年。

> お堂に上がり、大衆を呼び集めて言われた。 「禅、禅。妙高峯の頂き、千丈巖の前。どうしてここに一本の古い松の木があるのか。 奇妙で怪しく、曲がりくねり、よじれ絡み合っている。 もし皆さんがこのように理解するならば、いつになったら悟れるというのか。」

謝首座藏主秉拂都寺齋上堂。古人道。法輪未轉。食輪先轉。乳峯這裏二輪俱轉。二輪既轉。使我現前一眾聞所未聞之法。得未曾有之食。此食勢力至於七日。然後乃消。此食既消。其法亦忘。不妨三三兩兩。水邊林下相呼相喚同徜徉。

> 謝首座蔵主、秉拂都寺の斎上堂。 古人は言う、「法輪未だ転ぜず、食輪先に転ず」と。 乳峯ここにては、二輪ともに転ず。 二輪既に転ずれば、我が現前一衆をして、未だ聞かざるの法を聞かしめ、未だ曾て有らざるの食を得せしむ。 この食の勢力、七日に至って、然る後に乃ち消ゆ。 この食既に消ゆれば、その法も亦た忘る。 妨げず三々両両、水辺林下に相呼び相喚び、ともに徜徉す。

上堂。舉。丹霞訪古寺。經宿至早煑粥熟。行者盛一鉢與古寺。又盛一鉢自喫。殊不顧丹霞。霞自盛一鉢喫。者云。五更侵早起。更有夜行人。霞遂問古寺。何不教訓這行者。得恁麼無禮。寺云。淨潔地上不可點污人家男女。霞云。忌不問過這老漢。

> 上堂。ある話を挙げる。丹霞が古寺を訪ねた。一晩泊まって朝になり、粥が炊き上がった。行者が一鉢を古寺に盛り、また一鉢を自分で盛って食べた。丹霞のことはまったく気にしない。霞は自分で一鉢を盛って食べた。行者が言う。「五更に早く起きても、さらに夜道を行く人あり」。霞は古寺に尋ねた。「どうしてこの行者を教え諭さないのか。このように無礼なのに」。寺は言う。「清らかな地には、他人の男女を汚すことはできない」。霞は言う。「この老人に尋ねるべきではなかったか」。

師云。行者雖好接高賓。爭奈手頭短促。丹霞不解作客。未免勞煩主人。當時若自盛粥喫了。拽拄杖便行。免累佗古寺。無點污中却成點污。且如何免得。良久。下座巡堂喫茶。

> 師は言われた。「修行者は、たとえ高貴な賓客を歓待しようと心がけても、手元が乏しいのは仕方のないこと。丹霞は客人としての心得が足りず、ついには主人にご迷惑をかけてしまった。あの時、自分で粥を盛って食べ、杖を引いて立ち去ればよかったのだ。そうすれば、あの古寺に迷惑をかけずに済んだのに。汚れのないところに、かえって汚れを残してしまった。では、どうすればその過ちを免れることができるだろうか。」 しばらく沈黙の後、師は座を下り、堂内を巡りながらお茶を召し上がられた。

上堂。前面是懸崖萬仞。後面是荊棘叢林。兩邊烈焰。火聚於中。如何轉身。趙州老漢在青州作一領布衫重七斤。

> 上堂。目の前には切り立った断崖絶壁。背後には茨の生い茂る密林。左右には猛火が燃え盛り、真ん中には炎が渦巻いている。さて、どうやって身を翻すのか。趙州和尚はかつて青州で、七斤の重さがある一着の布の衣を作った。

正旦。因雪上堂。今朝正月一。只是尋常日。就中殊異處。徧界鋪銀色。銀色世界已現。普賢在什麼處。豎起拄杖云。看看。諸人既不相顧。不免却乘六牙香象入五臺山與文殊師兄賀歲去也。卓一下。

> 新年の朝。雪が降る中、法堂に上る。 今朝は正月一日。ただのありふれた日だ。 しかし、その中に特別なところがある。世界の隅々まで銀色に覆われている。 銀色の世界はすでに現れている。普賢菩薩はどこにおられるのか。 錫杖を立てて言う。よく見よ。 皆さんが振り返らないなら、仕方なく六牙の香象に乗って五台山に入り、文殊師兄に新年の挨拶をしに行こう。 （錫杖を地面に突き立てる）

滿散天基節上堂。王道平平。其壽綿綿。漁歌樵唱。共樂堯年。無為焉。無私焉。乾坤一統舊山川。

> 満散天基節の上堂。王道は平々たり。その寿は綿綿たり。漁歌樵唱。共に堯年の楽を楽しむ。無為なるかな。無私なるかな。乾坤一統、旧き山川。

上堂。拈拄杖。召大眾云。未得底人。見拄杖便喚作拄杖。既得底人喚作什麼。若也道得。卓一下。云。即今入地。若道不得。靠拄杖云。直待根生。

> 上堂。杖を拈じて、大衆を召して云く、未だ得ざる底の人、杖を見て便ち拄杖と喚ぶ。既に得たる底の人、何と喚ぶ。若し道得せば、卓一下して云く、即今地に入る。若し道得せざれば、杖に倚りて云く、直に根の生ずるを待つ。

謝天童垠首座上堂。萬別千差。處事同一家。事同一家時。萬別千差。太白山前水磨日夜輪轉不歇。乳峯寺裏參退喫茶。

> 天童垠首座の上堂に謝す。万別千差、事を処するに同一家なり。事同一家の時、万別千差なり。太白山の前、水車は日夜輪転して休まず。乳峯寺にて参退し、茶を喫す。

謝頭首秉拂都寺齋上堂。縱無所畏。說大脫空。離有希求。辨最上供。雖然。又須是大無慚愧之人方能饜飽法味。自餘下劣種草未免遇而不遇。不遇底且置而勿論。只如饜飽者還有報德處也無。乃噫氣兩聲。下座。

> 謝頭首が秉拂都寺の齋に上堂する。たとえ畏れる所なく、大いなる脱空を説き、有ることを離れ希求し、最上の供を弁じたとしても。それでもなお、大いなる無慚愧の人でなければ、法味に飽き足りることはできない。その他、下劣な種草の輩は、遇うれども遇わず、遇わざるはひとまず置くとして、ただ飽き足りた者に、報徳の処があるだろうか。そこで、ため息を二つつき、下座する。

壽慶節上堂。智度菩薩母。容受一切法。然於一切法。而離分別相。分別既離。諸法如如。蜀江萬派朝滄海。閩嶺千尋插太虗。

> 寿慶節の法話にて。智慧の菩薩は母のごとく、すべての法を受け入れます。しかし、すべての法に対して、区別する心を離れています。区別する心が離れると、すべての法はそのままの姿であります。蜀の川の数多の流れが大海に集まるように、閩の峰々が高くそびえて大空に届くように。

上堂。擊皷陞堂。大眾雲集。佛法有底商量。今日熱如昨日。

> 上堂します。太鼓を打ち鳴らし、堂に上がります。大衆が雲のように集まります。仏法について語り合うことがあります。今日は昨日と同じように暑いです。

解制上堂。克期取證。繫縛盲驢。休夏自陳。且莫鬼語。饒你一坐。坐斷別有生涯。若到諸方。不得道從這裏過夏來。何故。雪竇親栖寶蓋東。

> 結制の法座に上る。期日を定めて証を得る。盲驢を縛し、休夏自ら陳ず。鬼語を且つ莫れ。一坐を饒す。坐断して別に生涯有り。若し諸方に到らば、道うべからず、ここより夏を過ごすと。何の故ぞ。雪竇、親しく宝蓋の東に栖す。

謝後堂首座上堂。舉。趙州會中有二僧。相推不肯作第一座。主事白趙州。州云。總教伊作第二座。主事云。教誰作第一座。州云。裝香著。主云。裝香了也。州云。戒香。定香。

> 謝後堂首座上堂。挙す。趙州の会に二僧あり。相推して第一座を肯ぜず。主事、趙州に白す。州云く、総じて伊をして第二座を作らしめよ。主事云く、誰をか教えて第一座を作らしめん。州云く、香を装え。主云く、香装えたり。州云く、戒香。定香。

師云。趙州老漢是則是。觸著便動。揑著便轉。爭奈七手八脚一時露。乳峯這裏不用相推。要識第一座。便是第二座。要識第二座。便是第一座。良久。云。少室峯前。迷逢達磨。

> 師匠は言われた。「趙州の老漢は、それでいて、触れれば動き、つかめば転ずる。しかし、七手八脚が一瞬にして露わになるのはどうしようもない。乳峯のここでは、互いに押し合う必要はない。第一座を識ろうとすれば、それは第二座であり、第二座を識ろうとすれば、それは第一座である。」しばらく沈黙して、言われた。「少室峯の前で、迷いながら達磨に逢った。」

上堂。秋高增爽氣。夜寒添夾被。草虫吟壁根。黃葉飄庭際。直得山僧展轉返側。喜而不𥧌。阿呵呵。伸脚元在縮脚裏。

> 上堂。秋の空高く爽やかな気が増し、夜の寒さに重ね着の布団を足す。草むらの虫が壁の根元で鳴き、黄色い葉が庭の縁に舞い落ちる。この情景に、山の僧は寝返りを打ち、喜びで眠れぬほどだ。ああ、ははは。伸ばした足は、もともと縮めた足の中にあるのだ。

石巖和尚至。上堂。拈拄杖云。久默斯要。不務速說。既逢識者。玉石難藏。既是難藏。提拄杖云。且喚這箇作什麼。為復是玉耶。是石耶。卓拄杖云。分敘謝不錄。

> 石巖和尚が到着され、上堂された。杖を掲げて言われた。 「長く沈黙を守り、この要旨を速やかに説くことを求めなかった。 今、識者に出会った以上、玉と石は隠し難い。 隠し難いならば――」 と、杖を掲げて言われた。 「これを何と呼ぶべきか。玉というのか、石というのか。」 杖を地に突き立てて言われた。 「分かつ――」 （謝辞は記録せず）

復舉。阿難問迦葉云。世尊傳金襴外。別傳何物。

> また、阿難が迦葉に尋ねました。 「世尊は金襴の衣のほかに、別に何を伝えられたのですか。」

師云。面面相看。眼眼𤺊覰。衣外別傳。有甚憑據。倒却門前剎竿著。鳳棲不在梧桐樹。

> 師は言われた。「顔と顔を見合わせ、目と目でじっと見つめ合う。衣の外に別に伝えるものがあるなど、一体何の根拠があろうか。門前の剣の竿を倒してしまえ。鳳凰は梧桐の木にだけ棲むわけではない。」

中秋謝焙經兄弟上堂。火焰為三世諸佛說法。三世諸佛立地聽。聽在說處。說在聽處。聽說兩忘。如何剖露。經入藏。禪歸海。唯是馬簸箕。拈弄有餘態。每遇中秋翫月時。尋思直是令人愛。何故。不見道。簸箕有唇。米跳不出。

> 中秋の焙経兄弟上堂の謝辞。 炎は三世の諸仏のために法を説く。 三世の諸仏は地に立ちて聴く。 聴くは説くところにあり。 説くは聴くところにあり。 聴くも説くも両つながら忘れたる時、いかにして剖露せん。 経は蔵に入り、禅は海に帰す。 ただ馬簸箕のみありて、拈弄するに余態あり。 毎度中秋の月翫の時に遇うて、尋思すればまことに人をして愛せしむ。 何の故ぞ。 簸箕に唇ありて、米の跳び出づることを得ずと道わざるを見ざるや。

上堂。舉。僧問長沙。如何轉得山河大地歸自己去。沙云。如何轉得自己歸山河大地去。後來大慧道。轉山河大地歸自己則易。轉自己歸山河大地則難。有人道得不難不易句。來徑山手裏請棒喫。

> 上堂にて、一つの公案を挙げる。 僧が長沙景岑禅師に尋ねた。 「どうすれば山河大地を転じて、自己のものとすることができるでしょうか」 長沙は言った。 「どうすれば自己を転じて、山河大地と一体となることができるだろうか」 後に、大慧宗杲禅師はこう言われた。 「山河大地を自己に転ずることは易しい。 しかし、自己を山河大地に転ずることは難しい。 もし、難からず易からざる一句を道得できる者がいれば、 径山（大慧）のもとに来て、この棒を喰らうがよい」

師召大眾云。衲僧家自己尚不見有。山河大地甚處得來。又轉箇什麼。大惠老漢無端隨後說難說易。拍禪床云。拈得口兮失却鼻。

> 師は大衆を呼び集めて言われた。 「修行僧たる者、自分自身さえもまだ見えていないのに、 山河大地はどこから得てきたのか。 それに、何を転じようというのか」 大慧老漢はわけもなく後に続いて、 難しさと易しさを論じた。 禅床を叩いて言われた。 「口をつまみ上げれば鼻を失う」

上堂。坦坦平如鏡。彎彎曲似鈎。無人收拾得。颺在糞堆頭。諸人還収拾得麼。良久。云。芽生也。

> 上堂します。 平らかで鏡のように、曲がりくねって鉤のよう。 誰も片付けられず、糞の山に放り出されている。 皆さんは、これを片付けられますか。 しばらく沈黙して、言う。 芽が生えました。

上堂。去去實不去。途中好善為。來來實不來。路上勿傾危。古人恁麼道。也是踏地怕痛。乳峯即不然。要去便去。要來便來。善為箇什麼。又有甚傾危處。只是昨日經過新嶺。洪水泛漲。吹斷三處石橋。却被山僧一時等閑過了。今朝打皷陞堂。你這一隊漢擬來這裏覓佛法。良久。云。且緩緩。

> 上堂します。 「去れ去れ」と言っても、実は去ってはいない。道中で善く為すがよい。 「来れ来れ」と言っても、実は来てはいない。路上で傾き危うくなるな。 古人がこのように語ったのも、地を踏んで痛みを恐れるようなものだ。 乳峯はそうではない。行きたければ行く。来たければ来る。 善く為すとは何か。また、どこに傾き危ういところがあるというのか。 ただ昨日、新嶺を越える途中、洪水が増水し、三箇所の石橋が流されていた。 しかし、山僧はそれを何の気なしに通り過ぎた。 今朝、太鼓を打って堂に上がる。 あなた方一隊の者たちは、ここに来て仏法を求めようとしている。 しばらく間を置き、言う。 「さあ、ゆっくりと」

上堂。拈拄杖示眾云。彌勒真彌勒。分身千百億。時時示時人。凭拄杖湧身云。諸人還識麼。往往作須菩提尊者傳將去也。便下座。

> 上堂。杖を拈じて大衆に示して云く。弥勒真の弥勒。分身千百億。時時に時人に示す。杖に凭りて身を湧して云く。諸人還た識るか。往々にして須菩提尊者に作し、将に去らんとす。便ち下座。

冬至上堂。節屆書雲。一陽生於此日。一陽既生。萬彚發生。萬彚既生。無不生者。豎起拄杖云。且道拄杖子生多少。良久。云。何啻七尺長。卓一下。

> 冬至の法座。節は書雲に届く。一陽はこの日に生ず。一陽既に生ずれば、萬彚もまた生ず。萬彚既に生ずれば、生ぜざるものなし。杖を立てて云く、且つ道え、杖子はいくら生ずるかと。良久して、云く、何ぞ啻に七尺長なるのみならんや。一下を卓す。

謝首座秉拂都寺冬齋上堂。無味乃真味。真味真無味。若知真味者。更不說真味。曾聞一飽忘百飢。今日山僧身便走。

> 謝首座が払子を執り、都寺が冬の斎食を供えて上堂する。無味こそが真の味わいである。真の味わいはまさに無味である。もし真の味わいを知るならば、さらに真の味わいを説くことはない。かつて一度満ち足りれば百の飢えを忘れると聞いたが、今日この山僧はただ身を走らせるばかりである。

上堂。一年三百六十日。看看盡也。所謂一年將盡夜。四海未歸人。然未歸之人直須歸去。既歸之者。不得守住家鄉。何故。座久成勞。

> 上堂します。一年三百六十日、見る間に終わろうとしています。いわゆる「一年の終わりの夜、四海に帰らざる人」というところです。しかし、まだ帰っていない人は、まっすぐに帰らなければなりません。すでに帰った者は、故郷に留まってはいけません。なぜでしょうか。座り続けると疲労が生じるからです。

上堂。舉。僧問雲門。如何是雲門一曲。門云。臘月二十五。

> 上堂。ある僧が雲門に尋ねた。「雲門一曲とはいかなるものですか」と。雲門は答えた。「臘月二十五日である」と。

師云。雲門一曲。從來無譜。韻出五音。調高千古。就中妙旨許誰知。幾擬黃金鑄子期。

> 師は言われた。雲門の一曲は、古来より譜面なく、五音から響き出て、その調べは千古に高く響く。その中の妙なる旨趣を、誰が知ることを許されようか。幾度か黄金を鋳て子期を造らんとす。

天基節上堂。君臣道合。正是法身邊事。且作麼生是法身向上事。祝融峯頂萬年松。盤根聳幹凌蒼穹。

> 天基節の上堂にて。君臣の道が合うことは、まさに法身の辺りの事である。では、どうすれば法身を超える事ができるのか。祝融峯の頂に立つ万年松。根を張り幹を聳えさせて、蒼穹に凌ぎを削る。

故舊至上堂善演胎禽。拈拄杖示眾云。我有一語。非甜非苦。既遇知音。如何通吐。夜來點得柳土獐。如今變成尾火虎。卓一下。

> 昔の友が上堂し<note>胎禽を善く演ず</note>。杖を拈じて大衆に示して云う。我に一語あり。甘からず苦からず。既に知音に遇う。如何にして通吐せん。夜来柳土獐を点じ得たり。今や尾火虎と変ず。卓一下。

佛涅槃上堂。靈山山上葛藤樹。引蔓牽枝徧界生。慚愧波旬推倒後。東西有路與人行。雖然。也須照顧脚下。

> 仏涅槃の法座に上堂す。 霊山の山上に葛藤の樹あり。 蔓を引き枝を牽きて、界に遍く生ず。 慚愧す波旬推倒の後、 東西に路ありて人を行かしむ。 しかりといえども、なお脚下を顧みるべし。