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title: "愚菴智及禪師語錄 · 杭州路淨慈報恩禪寺語錄"
description: "愚菴智及禪師語錄由明代禪師愚菴智及門人觀通、溥震等弟子編纂而成。該語錄收錄了智及禪師的開示、法語、詩偈及書信，集中體現其禪法思想，強調明心見性、直指人心的禪宗要義。智及禪師為元末明初臨濟宗高僧，其教導承襲禪宗正脈，影響深遠。此語錄是研究明代禪宗思想與實踐的重要文獻，對於理解當時佛教發展及禪學流變具有極高的歷史與宗教價值。"
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## 愚菴和尚語錄卷第三

> 愚菴和尚語録巻第三

### 杭州路淨慈報恩禪寺語錄

> 杭州路浄慈報恩禅寺語録

門人　正除　等編

> 門人 正除 等編

師於至正戊戌七月二十日。承行宣政院領院官太尉丞相達識帖穆爾。差宣使九曜奴。馳驛於蘇州受業海雲院。敦請入寺。據室云。刮龜毛於鐵牛背上。朝打三千。截兔角於石女腰邊。莫打八百。指東劃西。鼓唇搖舌。耳居門外。擊石火閃電光。冰稜上度過九𨸰。劒刃上拾得全身。苕帚柄聊與三十。總不與麼來時如何。拈拄杖。吽吽。

> 師は至正戊戌年七月二十日、宣政院の領院官である太尉丞相ダシ・テムルの命を受け、宣使の九曜奴を遣わして、蘇州の受業海雲院まで馬を飛ばして迎えに来させた。丁重に寺に迎え入れられ、室に入ってこう述べた。「鉄牛の背で亀の毛を剃る——朝に三千回の打擲を受ける。石女の腰辺りで兎の角を断つ——夕方に八百回の打擲を受ける。東を指し西を指し、唇を鼓し舌を動かす。耳は門外にあり、石を打って火花を散らし稲妻が光る。氷の角の上を九つの坂を越えて渡り、刃の上で全身を拾い上げる。箒の柄で三十回の打擲を加える。いっそこのように来ない時はどうするか。柱杖を拈って、うんうん。」

指法座云。盡十方世界。是普光明藏師子之座。諸佛眾生同起同坐。因甚山僧今日特地高陞。只恐諸人昧其所自。便陞座。斂衣就坐。上竺和尚白椎云。法筵龍象眾。當觀第一義。師云。若論第一義。法筵未啟。法鼓未鳴。山僧未陞座已前薦得。早落第二了也。設使起模畫樣。作意商量。問一句來。答一句去。未免落七落八。今日眾中莫有天然氣槩底麼。不妨相見。僧問。保壽開堂。三聖推出一僧。壽便打。意旨如何。師云。蚊子上鐵牛。進云。三聖道。恁麼為人。非但瞎却這僧眼。瞎却鎮州一城人眼去在。壽便歸方丈。又作麼生。師云。󳬧子過新羅。進云。只如和尚今日開堂。相君堅請。湖海交歡。四眾臨筵。如何指示。師云。但把片心窮浩劫。蕩雲深處祝堯年。僧禮拜。師乃云。皇皇南宕勝覺場。奕奕永明高廣座。山僧才踈德薄。豈敢躋板。然遇緣即宗。難為辭讓。湖光㶑灩。山色空濛。廓示真如境界。宗鏡高懸。慧日朗耀。󳭪張少室風規。一一騰今煥古。頭頭玉轉珠回。真得釋迦彌勒共樂堯年。文殊普賢同傾舜日。雖然如是。猶未撥動向上一竅在。喝。干戈才偃息。四海樂昇平　復舉。當山智覺禪師示眾云。欲識永明旨。門前一湖水。日照光明生。風吹波浪起。師云。諸人還見祖師麼。卓拄杖。要識是非。面目見在。

> 指して法座を仰ぎて云く、「尽十方世界は、これ普光明蔵師子の座なり。諸仏衆生、同じく起ち同じく坐す。なぜならば今日山僧は特に高く陞るや。ただ諸人のその自らを晦ますことを恐る。」便ち座に陞り、衣を斂めて坐に就く。上竺の和尚、白椎して云く、「法筵の龍象衆は、まさに第一義を観ずべし。」師、云く、「もし論ずれば第一義、法筵いまだ啓かず、法鼓いまだ鳴らさず、山僧いまだ座に陞らざる以前に薦め得れば、早くも第二に落ちたり。仮に模様を起し画き、作意して商量し、一句を問う来り、一句を答へ去くとも、免れず第七第八に落ちん。今日衆中にか天然の気槪ある者あらんや。相見するに妨げず。」僧、問う、「保寿、堂を開くに、三聖、一僧を推し出す。寿、便ち打つ。意旨は如何。」師、云く、「蚊の鉄牛の上なるがごとし。」進んで云く、「三聖の道う、かくのごとく人のためにせば、ただこの僧の眼を瞎うのみならず、鎮州一城の人の眼を瞎して去きなん。寿、便ち方丈に帰す。また作麼生。」師、云く、「鼠、新羅を過ぐ。」進んで云く、「ただ和尚今日堂を開き、相君、堅く請じ、湖海、交歡し、四衆、筵に臨む。如何に指示せん。」師、云く、「ただ片心を把つて浩劫を窮め、蕩雲深処に堯年を祝す。」僧、禮拜す。師、乃ち云く、「皇皇たる南宕の勝覚場、奕奕たる永明の高広座。山僧、才疎く徳薄し。豈に敢へて板に躋らんや。然れども縁に遇へば即ち宗なり。辞譲し難し。湖光㶑灩たり。山色空濛たり。廓として真如の境界を示す。宗鏡、高く懸かり、慧日、朗耀し、少室の風規を張る。一一、今を騰り古を煥き、頭頭、玉転じ珠回る。真に釈迦弥勒の共に堯年を楽しみ、文殊普賢の同じく舜日を傾くることを得たり。然りと雖もかくの如きも、いまだ向上の一竅を撥動せず。喝。干戈、才ち偃息し、四海、昇平を楽しむ。」復た挙す。当山の智覚禅師、衆に示して云く、「永明の旨を識らんと欲せば、門前の一湖水。日照りて光明生じ、風吹きて波浪起る。」師、云く、「諸人、いまだ祖師を見るや。」拄杖を卓つ。「是非を識らんと要す、面目、現在なり。」

開堂。閱藏經。上堂。終日看經。經頭一字。因甚不識。長年喫飯。千粒萬粒從一粒生。因甚不知。卓拄杖云。打破兩重關。泗洲人見大聖。

> 開堂の儀を行う。蔵経を閱覧し、上堂の説法を行う。終日経を読むというが、その経の冒頭の一文字も、なぜか識ることができない。長年にわたって飯を食べてきたが、千粒万粒の米も一粒から生じるものである。なぜそれに気づかないのか。杖を地に突き立てて言う、「二重の関門を打ち破れ。泗洲の人々は大聖を見るのだ」。

上堂。天不能盖。地不能載。細入無間。大絕方所。黃連甜。甘草苦。焦螟蟲吞却虎。明眼衲僧休莾鹵。

> 上堂の説法。天も覆うことができず、地も載せることができない。微細なものは無間に入り、大きなものは方所を絶する。黄連は甘く、甘草は苦い。焦螟虫が虎を呑み込む。明眼の衲僧よ、粗忽であってはならない。

謝齋秉拂上堂。舉。五祖和尚示眾云。結夏無可管頋諸人。未免作一家宴。遂擡手云。邏囉招。邏囉搖。邏囉送。莫恠空踈。伏惟珍重。南屏冬至叢席荒凉。直是無可施設。賴有庫司都寺。與堂中首座。前日作那一場佛事。不同小小。離四句絕百非。攪酥酪醍醐為一味鎔缾盤敘釧為一金。令我現前一眾。三世諸佛。歷代祖師。五百十六大阿羅漢。均飽禪悅法喜。眼裏也飽。耳裏也飽。不覺手之舞之足之蹈之。歡喜踴躍。向宗鏡光中。同聲贊歎云。希有希有。奇哉奇哉。於食等者。於法亦等。於法等者於食亦等。山僧。只管端坐受供養。且道與五祖相去多少。良久云。其施汝者不名福田。供養汝者墮三惡道。

> 謝齋のために秉拂して上堂する。舉して言う。五祖和尚が衆に示して言った。「結夏には管顧すべきことなく、諸人に一つの家宴を設けずんばあらず」。そこで手を挙げて言った。「邏囉招、邏囉搖、邏囉送。空疎なるを怪むことなかれ。伏して惟うに珍重せよ」。 南屏では冬至、叢席は荒涼として、實に施すべきものがない。賴るは庫司都寺と堂中の首座あり。先日、あの一場の佛事を行じた。小さきことと同じからず。四句を離れ百非を絕し、酥酪醍醐を攪じて一味となし、缾盤敘釧を鎔かして一金となす。我が現前の一衆、三世の諸佛、歷代の祖師、五百十六の大阿羅漢をして、均しく禪悅法喜に飽かしめ、眼にも飽き、耳にも飽き、覺えず手の舞い足の踏むところとなる。歡喜踴躍して、宗鏡の光の中に向かい、聲を同じゅうして贊歎して言う。「希有なり希有なり、奇なるかな奇なるかな。食に於いて等しき者は、法に於いても亦等し。法に於いて等しき者は、食に於いても亦等し」と。 山僧は、ただ端坐して供養を受くるのみ。且く道え、五祖と相去ること幾許ぞと。良久して言う。「其れ汝に施す者は福田と名づけず。汝を供養する者は三惡道に墮す」。

上堂。僧問。蓮花未出水時如何。師云。寒則普天普地寒。進云。出水後如何。師云。熱則普天普地熱。進云。如何是佛法大意。師云。門前一湖水。乃云。一九二九。相喚不出手。三九二十七。樹頭吹觱栗。四九三十六。夜眠如露宿。時節不相饒。朱顏日漸凋。你衲僧家。寒則向火。熱則乘風。各自照鏡看。面皮厚多少。

> 上堂の法話。僧が問う。「蓮の花がまだ水から出ていない時は如何ですか。」師が言う。「寒ければ、天下すべてが寒い。」僧がさらに問う。「水から出た後は如何ですか。」師が言う。「暑ければ、天下すべてが暑い。」僧が問う。「仏法の大意とは何ですか。」師が言う。「門の前に一面の湖がある。」 師が述べる。「一九二九、互いに呼び合えど手を出さず。三九二十七、木の梢に笛が吹く。四九三十六、夜の眠りは露の宿のごとし。季節は容赦しない。若やかな顔も日ごとに衰える。お前たち僧侶よ。寒ければ火に当たり、暑ければ風に乗じよ。各々鏡を取って自分の顔を見よ。面の皮はどれほど厚くなったか。」

上堂。舉。僧問鏡清。新年頭還有佛法也無。清云有。僧云。如何是新年頭佛法。清云。元正啟祚。萬物咸新。僧云。謝師答話。清云。鏡清今日失利。又僧問智門。新年頭還有佛法也無。門云無。僧云。年年是好年。日日是好日。為什麼却無。門云。張公喫酒李公醉。僧云。老老大大龍頭蛇尾。門云。智門今日失利。師云。新年頭有佛法。鏡清合喫二十拄杖。新年頭無佛法。智門合喫二十拄杖。何故。老老大大。不合說有說無。喝。道無不是無。道有不是有。東望西耶尼。面南看北斗。

> 一堂上堂の説法で、鏡清に問うた僧があった。「新年の初めに、仏法はあるのか、ないのか。」鏡清は言う、「ある。」僧が言う、「新年の初めの仏法とは、どのようなものか。」鏡清は言う、「元日はめでたく、万物が新しくなる。」僧が言う、「和尚の御答え、有り難うございます。」鏡清は言う、「鏡清は今日、面目を失った。」また、智門に問うた僧があった。「新年の初めに、仏法はあるのか、ないのか。」智門は言う、「ない。」僧が言う、「年々良い年であり、日日良い日である。それなのに、なぜないと言うのか。」智門は言う、「張公が酒を飲んで、李公が酔う。」僧が言う、「老練な和尚が、立派な出だしで、しまいが貧弱だ。」智門は言う、「智門は今日、面目を失った。」師は言う、「新年の初めに仏法があるというのなら、鏡清は二十杖食らうのが当然だ。新年の初めに仏法がないというのなら、智門も二十杖食らうのが当然だ。なぜか。老練な僧が、あるとかないとか言うべきではないからだ。」於是、一喝して言う、「ないと言っても、それは『ない』ではない。あると言っても、それは『ある』ではない。西を望めば耶尼、南を向いて北斗を見る。」

元宵上堂。人人自有光明在。看時不見暗昏昏。既是自己光明。因甚看時不見。驀拈拄杖敲燭臺云。一燈發千光。千光一燈見。

> 元宵の日に説法がありました。誰の心の中にも光が宿っています。しかし、見ようとすると見えず、暗くぼんやりしています。これが自分の光であるならば、どうして見ようとすると見えないのでしょうか。そこで、杖を取り上げて燭台を叩きながら言いました。「一つの灯りが千の光を放ち、千の光は一つの灯りから生まれる。」

佛涅槃。上堂。湖光瀲灩晴偏好。山色空濛雨亦奇。淨法界身無出沒。不須惆悵怨芳時。

> 仏の涅槃に際して、上堂して言う。湖の光はきらめき、晴れた日は何より美しい。山の色はかすんで、雨の日もまた趣がある。清らかな法界の身には、出没もない。嘆き憂いて、花の散る季節を恨む必要はない。

清殿主火。琉璃殿上荊棘參天。勝熱門頭清風匝地。擲火云。郎當屋舍沒人修。火官頭上風車子。

> 清らかな御殿の主は火を司る。瑠璃の御殿の上には荊棘が天を衝く。勝熱門の先には清風が大地に満ちる。火を投げて言う——「荒れ果てた家は誰も修繕しない。火官の頭の上には風車が回っている。」

佛誕上堂。僧問。淨法界身本無出沒。因甚釋迦老子今日降生。師云。知而故犯。進云。遵布衲浴佛次。藥山問。你只浴得這個。還浴得那個麼。遵云。把將那個來。如何是那個。師云。擔枷過狀。又僧問。心佛及眾生。是三無差別。還端的也無。師云的。進云。不是心不是佛不是物。是個甚麼。師云。不識。又僧問。佛身無為不墮諸數。因甚有千百億化身。師竪拂子云。你道這個是第幾身。僧擬進語。師便喝。僧退後。師云。身口意清淨。是名佛出世。身口意不淨。是名佛滅度。三文錢娶個黑老婆。頭不梳。面不洗。知他是凡是聖。

> 仏誕の日、和尚が上堂して説法された。ある僧が問うた。「浄法界の身は、もともと出没がないはずです。なぜ釈迦老子は今日、降生されたのですか。」師は言われた。「知っていて、あえて犯すのだ。」僧はさらに問うた。「遵布衲が仏を浴ませる時、薬山が問うには『あなたはただこの仏を浴ませるだけか。それとも、あの仏も浴ませるのか。』遵は『では、その“あれ”を持ってきなさい』と答えました。その“あれ”とは何でしょうか。」師は言われた。「枷を担いで、罪状を申し立てるようなものだ。」また別の僧が問うた。「心も仏も衆生も、この三つに差別はない。これは本当のことでしょうか。」師は言われた。「本当のことだ。」僧はさらに問うた。「心でもなく、仏でもなく、物でもない。それは何でしょうか。」師は言われた。「知らぬ。」また別の僧が問うた。「仏の身は無為であり、数（分類）の中には落ちません。なぜ千百億の化身があるのですか。」師は払子を立てて言われた。「あなたは、これが何番目の身だと思うか。」僧がさらに言葉を出そうとすると、師はすぐに喝を浴びせた。僧が後退すると、師は言われた。「身・口・意が清浄であること、これを仏の出世という。身・口・意が清浄でないこと、これを仏の滅度という。三文銭で黒い老婆を娶った。頭も梳かず、顔も洗わない。彼女が凡夫か聖人か、誰が知ろうか。」

一日供羅漢。達識帖穆爾丞相到寺。問師云。長老今日供羅漢。五百尊者俱來應供也無。師云。活佛降臨。羅漢安得不至。相云。施主設齋。得何果報。師云。種糓不生豆。相云。恁麼則功不浪施也。師云。賴遇丞相證明。相云。三輪空寂。畢竟如何。師云空相。云功歸何所。師不答。相云。長老何不轉語。師云。且請方丈喫茶。

> ある日、羅漢供養の儀式が行われました。達識帖穆爾丞相が寺に来て、師に問うた：「長老よ、今日羅漢を供養されるが、五百人の尊者たちは皆、応供に来られるでしょうか？」師は言う：「生ける仏がおいでになれば、羅漢が来ないわけがありましょうか。」丞相が言う：「施主が斎を設けることで、どのような果報が得られるのでしょうか？」師は言う：「穀物を植えれば豆は生じません。」丞相が言う：「それでは、その功徳は無駄にはならないのですね。」師は言う：「丞相のおかげで証明が得られました。」丞相が言う：「三輪は空しく寂しいものですが、結局のところどうなのでしょうか？」師は言う：「空の相でございます。」丞相が言う：「功徳はどこに帰するのでしょうか？」師は答えなかった。丞相が言う：「長老よ、なぜ言葉を転じられないのですか？」師は言う：「どうぞ方丈にてお茶を召し上がってください。」

丞相到方丈又問。淨名丈室。容受三萬二千師子座。淨慈丈室容多少。師云。一塵不立。相云。得與麼覿體相違。師揭起簾云。請丞相鑑。相呵呵大咲云。作家宗師。不勞再勘。師便供茶。

> 丞相が方丈に来て、また問うた。「維摩居士の丈室は、三万二千の獅子座を受け容れた。では、浄慈の丈室はどれだけ受け容れるか。」師は言った。「一粒の塵も立たぬ。」丞相が言った。「それでは、まるで本体に背くようだ。」師は簾を掲げて言った。「丞相、ご覧ください。」丞相は呵呵と大笑して言った。「まさに大家の宗師だ。改めて試すまでもない。」師はすぐにお茶を差し出した。

上堂。教中道。見見之時。見非是見。見猶離見。見不能及。頋左右召大眾云。還見麼。一等共行山下路。眼頭各自看風烟。

> 上堂して、こう言われた。「経典にはこう説かれている。『見ようとするとき、その見るという行為は、すでに見ることそのものではない。その見るという作用もまた、見る対象から離れてはおらず、見る力では捉えきれない』と。』」左右を見渡して大衆を呼び、「まだ見えるか。同じ道を共に下山しながらも、それぞれの目にはそれぞれの風や煙が映っているのだ。」と言われた。

上堂。僧問。古人拈椎竪拂。意旨如何。師竪起拂子。進云。畢竟意作麼生。師云。待汝一口吸盡西湖水。只向汝道。乃云。譬如琴瑟箜篌琵琶。雖有妙音。若無妙指。終不能發。橫按拄杖以手作撫琴勢云。發則發了也。諸人還聞麼。佛以一音演說法。眾生隨類各得解。不見祖師道。幽幽寒角發孤城。十里山頭漸杳冥。一種是聲無限意。有堪聽有不堪聽。

> 上堂のとき、ある僧が問うた。「古人が槌を拈じ、払子を立てるのは、どのような意図があるのでしょうか。」師は払子を立てて示した。僧はさらに問う。「結局のところ、その意味はどうなのでしょうか。」師は言った。「お前が一口で西湖の水を飲み尽くしたなら、そのときにだけ教えてやろう。」そして師は言った。「琴や瑟、箜篌、琵琶のような楽器は、たとえ素晴らしい音を持っていても、優れた指がなければ、けっして鳴り響くことはない。」師は杖を横に置き、手で琴を弾くしぐさをしながら言った。「鳴る、鳴るのだ。諸君、聞こえるか。」仏は一つの音で法を説き、衆生はそれぞれの性質に応じて理解する。祖師が言ったのではないか、「幽かに響く寒々とした角笛の音は、孤城から発せられる。十里の山の彼方に、次第に暮れゆく。同じ音であるのに、無限の意味がこもっている。聞くに堪えるものもあれば、聞くに堪えないものもある」と。

上堂。古德道。一處不通。兩處失功。兩處不通。觸途成滯。雲門舉了拈起拄杖云。山河大地三世諸佛。盡在拄杖頭上。有甚滯礙。一切眾生只被色空明暗隔礙。便見有生滅之法。師拈起拄杖云。拄杖子吞却山河大地。色空明暗何處有也。生滅之法了不可得。諸人每日著衣喫飯行住坐臥。有甚麼滯。有甚麼礙。

> 上堂示衆。昔の優れた師が言いました。「一つのところが通じなければ、二つのところで功を失う。二つのところが通じなければ、觸れるところすべてが滞りとなる。」雲門禪師はこの言葉を挙げてから、杖を手に取り上げて言いました。「山河大地や三世の諸仏は、すべてこの杖の先にある。何の滞りがあろうか。しかし一切の衆生は、ただ色や空、明や暗に隔てられて、生まれ滅する法があると見てしまうのだ。」そこで老師は杖を掲げて言いました。「この杖が山河大地を呑み込んでしまえば、色や空、明や暗はどこにもない。生まれ滅する法も、まったく得ることができないのだ。諸君は毎日、衣を著け、飯を喰い、行き、止まり、座り、臥す。そこに何の滞りがあろうか。何の妨げがあろうか。」

上堂。僧問。真空不壞有。真空不壞色。作麼生是真空。師云。山河大地。進云。治生產業皆與實相不相違背。如何是實相。師云。無明煩惱。進云。便恁麼去時如何。師云。笑破虗空。乃云。撥草瞻風。只圖見性。即今上人性在甚處。識得自性。方脫生死。眼光落地時作麼生脫。脫得生死。便知去處。四大分離向什麼處去。大眾不得孤負兜率。不得孤負老僧。不得孤負自己。

> 上堂の説法があった。ある僧が問うた。「真空は有を壊さず、真空は色を壊さないと言います。では、真空とはどのようなものなのでしょうか。」師は言った。「山河大地である。」僧はさらに問うた。「生計を立てる営みもすべて実相と違背しないと言いますが、実相とは何でしょうか。」師は言った。「無明と煩悩である。」僧は問うた。「そのままそのように進んでいく時はどうでしょうか。」師は言った。「虚空が笑い破られる。」 師はさらに説いた。「草をかき分け風を眺めるのは、ただ自性を見ようとするからである。今まさに、あなたがたの自性はどこにあるのか。自性を識ることができれば、初めて生死を脱することができる。眼光が地上に落ちる時、どのようにして脱するのか。生死を脱することができれば、その行き先を知るであろう。四大が分かれ離れる時、どこへ向かうのか。皆の衆よ、兜率に背いてはならない。老僧に背いてはならない。自分自身に背いてはならない。」

上堂。何物苦求而不得。何物不求而自來。何物鐵椎打不破。何物夜合而晝開。滿地落花春已過。綠陰空鎖舊莓苔。

> 一堂の説法。何ものか、苦しんで求めるのに得られないものがある。何ものか、求めずとも自然にやって来るものがある。何ものか、鉄の槌で打っても壊れないものがある。何ものか、夜は閉じ、昼に開くものがある。地面一面に花が散り、春はもう過ぎた。緑陰は、ただ古びた苔を空しく閉ざしている。

祖忌拈香。双耳帶金環。兩眼如墨突。行脚不逢人。九年空面壁。破邪師六宗異見。亂世英雄。傳上乘一心之印。太平奸賊。隻履翩翩何處歸。一花五葉成狼籍。頋左右云。淨智妙圓。體自空寂。

> 祖師の命日に香を焚いて偲びます。 両耳には金の環を掛け、両眼は墨のように黒々としている。 行脚の旅で人に出会うこともなく、九年間ただ壁に向かって座り続けた。 邪な師や六宗の異なった見解を打ち破り、乱世の英雄となった。 しかし、上乗の一心の印を伝えながらも、太平の世には奸賊と見なされた。 一足の履き物をひらりと身につけて、いったいどこへ帰って行かれたのか。 一花五葉（禅の教え）は、あたかも荒れ果てた有様となった。 左右を見渡して言われる、「浄智は妙に円く、その体はもとより空しく寂しいものである」と。

嗣隆藏主火。宗風欲嗣虎丘隆。藏教掀翻氣吐虹。二十七年全體現。南山燒炭北山紅。

> 嗣隆蔵主の火 宗風、虎丘隆を嗣がんと欲す。 蔵教を掀翻し、気は虹を吐く。 二十七年、全体現ず。 南山に炭を焼けば、北山紅なり。

千秋節冬至。上堂。千秋令節今朝是。九九陽生第一爻。四海陰霾俱解駮。宕雲深處祝唐堯。

> 千秋節（天皇の誕生日）の冬至の日、和尚が説法のために登壇した。 「千秋節という素晴らしい祝日は、まさに今日です。冬至の今日は、陰が極まり陽が生まれ変わる大事な節目。この佳き日を迎えられたのは、国を治める賢明な君主のおかげです。世の中の暗い雲もすべて晴れ渡り、深い雲の彼方からも、平和を祈る声が聞こえてまいります。どうかこの国が、永遠に治まり栄えますように。」

平山林和尚入祖堂。召大眾云。亭亭石塔東峯上。此老初來百神仰。福源浩浩起當湖。千歲岩頭飛白浪。宗鏡高懸二十年。不啻焰光高萬丈。飜身靠倒靈鷲峰。双樹悲風撼穹壤。撲碎破砂盆。滅却正法眼。動靜絕行蹤。去來無影象。是謂眼空佛祖。道重王臣。年逾八秩。五處住山。平山老和尚。指牌云。湖光瀲灩山空濛。覿體全彰大人相。

> 平山和尚が祖堂に入り、大衆を呼んで言った。「そびえ立つ石塔は東の峰の上、この老僧が初めて来たとき、百の神々が仰ぎ見た。福の源は広々と当湖から起こり、千年の岩の上で白い波が舞い上がる。宗鏡は高く掛かること二十年、ただの炎の光が高さ万丈に及ぶばかりではない。身を翻して霊鷲峰に倚りかかり、双樹の悲風は天地を揺るがす。破れ砂盆を打ち砕き、正法眼を滅ぼし尽くす。動静に蹤跡を絶ち、去来に影像なし。これぞ眼は空しく仏祖を見、道は王臣を重んじ、齢は八十を超え、五つの山に住した平山老和尚なり。」牌を指して言う。「湖の光はきらめき、山はぼんやりとかすむ、その姿そのものが大人の相を現しているのだ。」

上堂。僧問。元正啟祚。萬物咸新。如何是新年頭佛法。師云。日日香花夜夜燈。進云。蒲團靜倚無餘事。永日寥寥謝太平。師云。知恩方解報恩。乃云。元正啟祚。須彌椎打虗空鼓。萬物咸新。普天和氣轉洪鈞。恭惟。首座大眾。藍田美玉丹山鳳。各各起居多福。永日寥寥謝太平。一湖春水當門淥。

> 上堂の説法。僧が問うた。「新年が始まり、万物が新しくなる時、新年の仏法とは何でしょうか。」師は言われた。「日々香を供え、夜ごとに灯を灯すことだ。」僧がさらに問うた。「座布団に静かに寄りかかって他事もなく、長い一日を静かに過ごし、太平を楽しんでおります。」師は言われた。「恩を知ってこそ、はじめて恩に報いることができるのだ。」そして説かれた。「新年が始まる時、須弥山の杵が虚空の太鼓を打つ。万物が新しくなる時、天の下に和気が満ち、大きな転換が起こる。首座や大衆の皆さま、藍田の美玉や丹山の鳳凰のように、それぞれが平安で幸福でありますように。長い一日を静かに過ごし、太平を楽しむ。湖の春の水が門前に緑に満ちている。」

江淛省丞相達識帖穆爾。脩設水陸普度大會。陞座拈香。云此香。毓乾坤之正氣。真柱國之長材。擢榦舒光。匝祥芬於龍樓鳳閣。分枝布葉。騰瑞藹於栢府薇垣。拈來價重連城。爇處恩覃沙界。奉為某人。虔爇寶爐。供養十方常住三寶。法界幽顯聖凡。平等資熏。普皆饒益。出生功德。祝延今上皇帝聖躬萬歲萬歲萬萬歲。陛下欽願。政教立而姦邪止。八方銷兵革之憂。陰陽調而風雨時。萬姓樂耕桑之業。遂就坐。僧問。大丞相揮金建會。普濟群生。名尊宿據令提綱。願聞極唱。師云。且喜天下太平。進云。與麼則八方銷兵革之憂。萬姓樂耕桑之業。師云。重言不當吃。進云。教中道。釋迦世尊以一大事因緣故。出現於世。欲令眾生開示悟入佛之知見。莫不便是者個道理麼。師云。休將鶴唳誤作鸎啼。進云。大丞相方面東南。翊贊中外。廣修勝會。保國安民。所獲福德其量幾何。師云。虗空可量風可繫。無能盡說佛功德。僧禮拜。師乃云。釋迦世尊。以一大事因緣故出現於世。種種譬喻。演說諸法。欲令眾生開示悟入佛之知見。所以道。我此法印。為欲利益世間故說。唯此一事實。餘二則非真。有道。是法非思量分別之所能解。在所遊方。勿妄宣傳。敢問諸人。且如何說個一大事因緣。竪拂子云。離却拂子道得。則大丞相脩設水陸普度勝會。一期事畢。山僧不必高陞此座鼓兩片皮。諸人不妨各自散去。其或未然。向第二義門。與諸人打葛藤去也。良久云。譬如虗空具含眾象。於諸境界無所分別。又如虗空普遍一切。於諸境界平等隨入。如天普盖。如地普擎。如日普照。如風普吹。不可以智知。不可以識識。諸佛出世。以之成等正覺。津濟四生。梯航九有。祖師西來。以之建法幢立宗旨。開甘露門。廣度群品。當今聖主。以之統御金輪。調和玉燭。九重端拱無為。萬國咸歸至化。故我大丞相。以之方面東南。股肱王室。拯生民於水火。保社稷於安危。展皋夔稷卨之訐謨。樹伊傅召周之大業。見前勝流。以之治生產業。作諸佛事。乃至今辰結集勝會。同音僉誦法華妙典。說戒放生。熏修懺法。悉使見聞。莫不回三毒為三聚淨戒。轉六識為六波羅蜜。回煩惱為菩提。轉無明為大智。以之保國安民。則國安民泰。以之禳災弭盜。則盜息災消。以之懺罪。則罪垢蠲除。以之薦亡。則亡沒解脫。以之普度水陸會內。幽顯聖凡。則同駕願輪。俱登覺岸。可謂理無不徧。事無不周。殊勝中殊勝。奇特中奇特。如寶月之行空。了無朕迹。如蓮花之出水。不染淤泥。喝。便以此為一大事因緣。切忌錯認驢鞍橋。作阿爺下頷。要耳未摸著他釋迦老子脚根下一莖毛在。直饒離言說相。離文字相。離心緣相。大似癡狂外邊走。亦未夢見他釋迦老子腋下汗臭氣在。擊石火。閃電光。淨倮倮。赤洒洒。沒可把。也是蝦蟇窟裏作活計。畢竟如何。驀拈拄杖。釋迦老子穿過諸人鼻孔。卓一下云。拄杖吞却釋迦老子。又卓云。釋迦老子吞却拄杖。舉起云。喚作拄杖。又是釋迦老子。喚作釋迦老子。又是拄杖。擲下云。拄杖不可得。釋迦老子不可得。諸人鼻孔在什麼處。且喚什麼。作大事因緣。一切智智清淨。無二無二分無別無斷故。遂合掌頋左右云。看看。十字街頭石敢當。醉中驚覺起來。倒騎拱北樓。奮身虗空。歡喜踴躍。普告大眾云。日暖風和二月天。同脩勝會結良緣。黎民永息三災劫。聖壽延鴻億萬年。喝一喝。

> 江浙省丞相達識帖穆爾，舉辦水陸普度大會。陞座拈香，說：「這爐香，孕育乾坤的正氣，真是國家的棟樑之材。樹幹挺拔，光輝燦爛，芬芳遍滿皇宮樓閣；分枝散葉，祥瑞之氣瀰漫官府庭院。拈來此香，價值連城；點燃之後，恩澤遍及無量世界。虔誠地奉獻給某人，在寶爐中燃燒，供養十方常住三寶，以及法界中一切可見與不可見的聖凡眾生。願大家平等地蒙受薰修，普遍地得到利益。將此功德，迴向祝願當今皇上聖體安康，萬歲萬歲萬萬歲。願陛下政教確立，奸邪滅絕；四方消除戰爭的憂患；陰陽調和，風調雨順；百姓安居樂業，享受農桑之福。」說完便就座。 有僧人問：「大丞相布施金錢舉辦此法會，普遍濟度眾生。尊貴的大師依循規矩提舉綱領，希望能聽聞您最高的開示。」 禪師說：「可喜天下太平。」 僧人又問：「這樣的話，不就是『八方消除戰爭之憂，萬民安居樂業』嗎？」 禪師說：「重複的話不算是真正的領會。」 僧人再問：「經典中說：『釋迦世尊因為一大事因緣的緣故，出現在這個世間，想要讓眾生開示悟入佛的知見。』這不就是這個道理嗎？」 禪師說：「不要把鶴的叫聲誤認為是黃鶯的啼叫。」 僧人繼續問：「大丞相鎮守東南，輔佐朝政，廣修殊勝法會，保國安民。他所獲得的福德，到底有多少呢？」 禪師說：「虛空可以衡量，風可以繫住，但佛的功德無法說盡。」 僧人禮拜。 禪師於是說道：「釋迦世尊，因為一大事因緣的緣故出現在世間，用種種比喻，演說各種法門，想要讓眾生開示悟入佛的知見。所以說：『我這個法印，是為了利益世間眾生而宣說的。只有這一件事是真實的，其餘的都不是真正的佛法。』又說：『這個法，不是用思量分別所能理解的。在你所遊歷的地方，不要隨意宣傳。』請問諸位，到底什麼是『一大事因緣』呢？」 禪師豎起拂子說：「離開這個拂子，如果能說得出來，那麼大丞相舉辦這場水陸普度勝會，這一期的事情就圓滿了。山僧我也不必高陞此座，談論這些言語。諸位不妨各自散去。如果你們還不能明白，那我就在第二義門，為大家消除執著，慢慢地解說。」 沉默了一會兒，禪師又說：「比如虛空，包含萬象，對於一切境界沒有分別。又像虛空，普遍存在於一切處，對於所有境界平等地融入。如同天空普遍覆蓋，如同大地普遍承載，如同太陽普遍照耀，如同風普遍吹拂。這不是用智慧所能了知，不是用心識所能認識。諸佛出世，依靠它成就無上正等正覺，濟度四生（胎生、卵生、濕生、化生），作為六道眾生的舟航。祖師西來，依靠它建立法幢，確立宗旨，開啟甘露之門，廣度一切眾生。當今聖明的君主，依靠它統御金輪，調和國政，在深宮中無為而治，萬國都歸向於至高的教化。所以我們的大丞相，依靠它鎮守東南，輔佐王室，拯救百姓於水火之中，保護國家於危難之際。施展如皋陶、夔、稷、契般的謀略，建立如伊尹、傅說、周公般偉大的功業。」 「在座諸位賢達，依靠它經營生計，作種種佛事。乃至於今日舉辦殊勝法會，共同一心念誦《法華經》這部妙典，傳授戒律，放生，修習懺悔法門。要使所有見聞者，都能夠轉貪瞋癡三毒為三聚淨戒，轉眼耳鼻舌身意六識為六波羅蜜，轉煩惱為菩提，轉無明為大智慧。以此來保國安民，則國家安樂，人民康泰；以此來消災免難，去除盜賊，則盜賊止息，災難消除；以此來懺悔罪業，則罪垢清除；以此來超薦亡者，則亡者得到解脫；以此來普度水陸法會內，一切可見與不可見的聖凡眾生，則大家一同乘上慈悲之願輪，共同登上覺悟的彼岸。」 「這可以說，理體無不週遍，事相無不圓滿。殊勝中的殊勝，奇特中的奇特。如同明月在空中運行，沒有絲毫痕跡；如同蓮花從水中長出，不被淤泥所染。」 禪師大喝一聲，然後說：「就以此作為『一大事因緣』，但切記不要錯把驢鞍橋當作是父親的下巴。想要觸摸到釋迦老子的腳跟下的一根毛，都還沒有摸到。即使你遠離言語相、文字相、心緣相，也像個瘋狂的人在外面到處亂跑，連釋迦老子腋下的汗臭味都夢不到。像擊石之火、閃電之光，清淨赤裸，無一物可執著，那也是在小池塘裡打轉而已。」 「究竟是什麼樣子呢？」禪師驀然拿起拄杖說：「釋迦老子穿過了諸位的鼻孔。」 禪師用拄杖頓了一下地說：「拄杖吞掉了釋迦老子。」 又頓了一下說：「釋迦老子吞掉了拄杖。」 舉起拄杖說：「叫它做拄杖，又是釋迦老子；叫它做釋迦老子，又是拄杖。」 丟下拄杖說：「拄杖不可得，釋迦老子不可得。那麼諸位的鼻孔又在什麼地方呢？又把什麼稱作『大事因緣』呢？一切智智是清淨的，沒有二相，沒有二分，沒有分別，沒有間斷。」 於是禪師合掌，看看左右說：「大家看！」接著說：「十字街頭的石敢當，在醉中驚醒起來，倒騎著拱北樓，奮身躍入虛空。歡喜踴躍，普遍告訴大眾說：『日暖風和的二月天，共同修習勝會，結下良緣。百姓永遠脫離三災八難，聖上壽命綿延億萬年。』」 禪師大喝一聲。

復舉。天台智者大師。昔居南嶽讀法華經。至是真精進是名真法供養如來。見一會靈山儼然未散。敢問大眾。智者自是陳隋時人。與釋迦老子。相去二千餘載。因甚却見一會靈山儼然未散。為復是神通妙用法爾如然。這裏緇素得出。便見大丞相。即今與智者大師釋迦老子。把手並行。不異靈山一會。其或未然。是真精進。是名真法供養如來。更須仔細熟讀始得。拍禪床下座。

> さらに挙す。天台の智者大師、昔、南嶽に居て法華経を読誦し、『是れ真精進なり、是れを真法供養如来と名づく』に至りて、一会上の霊山が儼然として未だ散ぜざるを見たり。あえて大衆に問う。智者はこれ陳・隋の時の人なり。釈迦老子と相去ること二千有余載。何によってか却って一会上の霊山が儼然として散ぜざるを見るや。はたして神通妙用としてか、法爾としてかくのごとくなるや。ここにおいて緇素、得出すれば、すなわち大丞相が、いま智者大師・釈迦老子と手を携えて並び行くを見る。霊山の一会に異ならず。もしその然らざれば、『是れ真精進なり、是れを真法供養如来と名づく』というも、いよいよ仔細に熟読するにはずるなり。禅床を拍ちて下座す。

上堂。頋視大眾云。會麼。山門前金剛是泥做。便下座。

> 上堂のとき、大衆を見渡して言われた。「分かるか。山門の前の金剛像は泥で作られているのだ。」そう言って、すぐに説法の座を下りられた。

上堂。林泉凉夏日長。頭頭顯露。物物昭彰。雨過六橋楊柳暗。風來十里芰荷香。

> 上堂。林の泉は涼しく、夏の日は長い。あらゆるものがそのまま姿を現し、すべてのものが明らかに照らし出されている。雨が過ぎれば六つの橋のほとりの柳は影を濃くし、風が来れば十里にわたって菱や蓮の花の香りが漂う。

上堂。今朝五月半。舉則舊公桉。普請諸禪流。大家著眼看。驀拈拄杖。喚作南屏拄杖。咲倒五百羅漢。

> 上堂。今日は五月十五日。話すならば、これは古い公案である。皆さん、禅の修行者たちよ、どうぞしっかりとご覧ください。突然、杖を手に取り、「これを南屏の杖と呼ぶならば、五百羅漢も笑い転げるだろう」と言った。

乘提點火。十方國土中。唯有一乘法。劫火洞然。世界俱壞。唯金剛圈不壞。莫不便是這箇法麼。舉火把云。道得也是火焰上添草。

> 火を点じなさい。十方の国土の中には、ただ一つの乗り物（法）だけがある。劫火が燃え盛り、世界がすべて滅びても、金剛の輪だけは壊れない。これこそが、この法ではないだろうか。火把を掲げて言う。「言葉で言い表せたとしても、それは火の上に草を添えるようなものだ。」

七月旦。請侍者諸山客至。上堂。一葉落天下秋法身須透閙啾啾。定光金地遙招手。智者江陵暗點頭。驀喚侍者云。三界唯心。萬法唯識。一句中具三玄。一玄中具三要。且道。與上來說話相去多少。良久。若也不會。問取諸山和尚。

> 七月の朔日、侍者や諸山の客人が来て、一堂に上堂の説法が行われた。 一枚の葉が落ちれば、天下は秋となる。 法身は、ざわめく俗世を透り抜けねばならぬ。 定光仏は黄金の地の彼方から遥かに手を招き、 智者は江陵にて暗黙のうちに頷く。 ふと侍者を呼び寄せて言うには― 「三界は心のみが作り、万法は識のみが映す。一句の中に三玄を具え、一玄の中に三要を含む。さて、これが先ほどの話と、どれほど隔たっているか分かるか。」 しばらく沈黙があって、 「もしも分からなければ、諸山の和尚に尋ねよ。」

上堂。僧問。如何是本身盧舍那。師云。不離闍梨所問。進云。如何保任。師云。彼自無瘡。勿傷之也。乃舉。僧問安國師。如何是本身盧舍那。國師云。為老僧過淨缾來。僧取淨缾與師。師云。却安舊處著。僧安舊處。又問。如何是本身盧舍那國師云。古佛過去久矣。雲門云。無眹迹。師云。雲門好個無眹跡。畢竟如何是本身盧舍那。乃云。花發雞冠媚早秋。誰人能染紫絲頭。有時風動頻相倚。似向堦前鬪不休。喝一喝。

上堂。十方諸佛是個爛木橛。三賢十聖是個茅溷頭籌子。汝等諸人。總來者裏作麼。琅瑘與麼告報。可謂恩大難酬。諸人若也未知。報恩更為頌出。十方諸佛爛木橛。十聖三賢茅溷籌。無事晚來湖上望。白蘋紅蓼滿汀洲。

> 上堂。十方の諸仏は、ただの朽ちた木切れに過ぎない。三賢十聖も、汚物をかき出すための竹のへらに過ぎない。お前たちは、皆ここに集まって何をしているのか。琅瑘がこのように告げ知らせるのは、まさにその恩は大きく、報いることが難しい。お前たちがもしもまだ悟っていないならば、報恩寺がさらに偈を詠んで示そう。十方の諸仏は朽ちた木切れ。十聖三賢は汚物かき出しの竹へら。用事もなく夕べに湖上を望めば、白い蘋の花や赤い蓼が、汀の洲に満ちている。

寂照忌拈香。今朝八月初四日。一句明明道不得。合國人追不再來。千古萬古空相憶。徑塢雲深。西湖水碧。爇蒼松古栢。作栴檀牛首之香。擷蘊藻蘋蘩。為酥酪醍醐之食。聊旌遠諱斯臨。倍覺感懷疇昔。非關義重恩深。只貴眼橫鼻直。一度秋風一度愁。地久天長有何極。

請昌國吉祥亨子元充首座。上堂。臨濟建立黃檗宗旨。普化盡力成褫。無端仰山道。此人有頭無尾。有始無終。山僧昔年承乏海山。子元橫身輔佐。茲者備員宕寺。又荷分座說法。却不似仰山道。此人有頭無尾。有始無終也。諦觀佛祖。各各出興。隨方化導。莫不全賓全主。全主全賓。大用齊彰。大機普應。流通正法眼藏。顯示涅槃妙心。直得雲行雨施。水到渠成。還他過量人。堪任過量事。卓拄杖。龍得水時添意氣。虎逢山色長威獰。

> （和尚拍撫禪床，開口宣說） 今日有幸，請到昌國吉祥亨的子元禪師，擔任首座之位。我在此陞座說法。 臨濟禪師樹立了黃檗禪師的宗風宗旨，普化禪師盡力護持成就。但無端仰山禪師卻評論說：「此人有頭無尾，有始無終。」 我山僧往年身擔海山寺之職時，子元禪師全心全力輔助；如今我來此宕寺任職，又承蒙他分擔首座之位，為眾說法。這卻不像仰山禪師所說的「有頭無尾，有始無終」啊！ 細觀諸佛祖師，各各應化出世，隨順方便教化眾生，無一不是「全賓全主、全主全賓」——賓主圓融，體用不二。大機大用同時顯現，普遍應化無礙。流通正法眼藏，顯示涅槃妙心。直下便是雲行雨施、水到渠成。 這等境界，還需是超量之人，方能承擔超量之事！ （禪師卓拄杖，大喝） 「龍得水時添意氣，虎逢山色長威獰！」

開爐上堂。火爐頭話無賓主。無主無賓話亦無。潦倒丹霞燒木佛。却教院主墮眉須。

> 炉を開いて上堂する。火炉の前の話には賓主（客と主人）の区別がない。主もなく賓もなく、話そのものもない。老いた丹霞が木仏を焼いたが、かえって院主に眉と鬚を落とさせることになった。

赴徑山退院上堂。備員南宕恰三年。又向淩霄闡化權。了却先師舊公案。飢來喫飯困來眠。且先師公案作麼生了。拍禪床下座。

## 愚菴和尚語錄卷第三