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title: "金剛經感應分類輯要 · 脫難"
description: "清代王泽泩编集的《金刚经感应分类辑要》是一部汇集历代持诵《金刚经》灵验事迹的佛教文献。该书分类整理了大量感应故事，涵盖消灾解难、福慧增长等内容，反映了《金刚经》在中国民间的深远影响。作为一部重要的感应录著作，它不仅弘扬了般若空性思想，也为信众提供了修行实践的信心依据，在佛教典籍中具有独特的宗教价值与历史地位。"
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### 脫難

> 脱難

隋時。武牢縣宰。陸彥通。日誦金剛經十卷。李密盜起。破城。眾賊持劒赶殺。前有深㵎。賊逼近。通躍入㵎。空中見金剛神。以手接通臂。置石上。都無傷損。神曰。汝持經有感。特來救爾。因得保全還家。援筆書偈。香水沐浴。端坐而逝。

> 隋の時代、武牢県の県令であった陸彦通という人物がいました。彼は毎日『金剛経』を十巻読誦していました。やがて李密の賊軍が蜂起し、城を攻め落としました。多くの賊が剣を手に追いかけてきたため、彦通は逃げましたが、目前に深い谷があり、賊も迫ってきました。そこで彦通は谷へ飛び込みました。すると空中に金剛神が現れ、手で彦通の腕を受け止め、岩の上に置いてくれました。まったく傷一つ負いませんでした。神は言いました。「あなたが経を読誦して功徳を積んだので、特別に助けに来たのです。」このおかげで彦通は無事に家に帰ることができました。そして筆を取って偈を書き、香水で身を清め、端座したまま息を引き取りました。

唐。一富商。恒誦金剛經。每以經自隨。常販外國。夕宿海島。眾商利其財。殺之。盛以大籠。加巨石。並經沉於海而去。其所沉之島。乃是僧院。僧每夕聞人念經聲在海底。大異之。因命善泅者。沉水訪之。見一老人在籠中讀經。乃牽挽而上。僧問故。云。被殺沉海。不知是籠。忽覺身處宮殿。常有人送飲食。安樂自在。眾聞之。悉加贊羨。遂削髮出家島院。

> 唐の時代、ある大富豪がいました。彼は常に『金剛経』を誦唱し、いつも経典を身に携えていました。外国との交易で航海することが多く、ある夜、海の島で野宿をしていました。すると、仲間の商人たちが彼の財産を欲しがり、彼を殺害しました。そして彼を大きな籠に入れ、重い石をのせて、経典もろとも海に沈めて去って行きました。 ところが、その彼が沈められた島は、なんと僧院でした。僧侶たちは毎晩、海底から人がお経を読む声が聞こえてくるのを非常に不思議に思いました。そこで泳ぎの上手な者に命じて、海中に潜らせて調べさせました。すると、籠の中に一人の老人がいて、経典を読んでいるのが見つかりました。彼らはその籠を引き上げ、事情を尋ねました。 老人は言いました。「殺されて海に沈められました。自分が籠の中にいることにも気づきませんでした。ふと気づくと、宮殿のような場所にいて、いつも誰かが食べ物を運んでくれ、安らかで自由でした。」 人々はこの話を聞いて、皆たいそう感嘆し称賛しました。そしてその老人は、その島の僧院で髪を剃り、出家したのでした。

唐。陸康成。嘗任法曹椽。不避強禦。公退。忽見亡吏。抱文按數百紙。請押。問曰。汝已去世。何得來。曰此幽府文簿。康成視之。但有姓名。略無他事。吏曰。皆來年兵刃死者。即問曰。我在內乎。吏曰然。因大駭曰。君既舊吏。得不救我。曰我特來啟公。惟金剛經可託。語畢。即不見。康成乃發心讀經。日數十遍。明年朱泚反。果署康成為御史。康成叱泚曰。賊臣敢干國士。泚怒。命兵環射之。康成默念金剛。矢無傷者。泚曰。儒以忠信為甲冑。信矣。乃舍之。康成遂入終南山。不復仕。

> 唐の時代、陸康成という人物がおりました。かつて法曹椽という役職に就き、権勢ある者たちにも物おじせずに職務を全うしておりました。 ある日、公務を終えて帰宅すると、突然、亡くなった下僚が現れ、何百枚もの書類を抱えて押印を求めてきました。康成が問いました。「お前は既に亡くなったはずだ。なぜここに来るのか。」下吏は答えました。「これは冥府の文書でございます。」康成が見ると、そこにはただ名前が並んでいるだけで、他のことは何も書かれていません。 下吏が言いました。「これらは皆、来年の戦で刃に倒れる者たちの名簿です。」康成が尋ねました。「では、私の名もこの中にあるのか。」下吏は「はい」と答えました。康成は驚愕し、「お前は私の旧い部下だ。私を救ってはくれまいか。」と頼みました。下吏は言いました。「私は特別に知らせに参りました。ただ『金剛経』にすがることだけが頼りです。」そう言い終えると、下吏の姿は消えました。 康成は心を入れ替えて『金剛経』を読誦し始め、毎日数十回も唱えました。 翌年、朱泚が反乱を起こし、康成を御史に任命しようとしました。康成は朱泚を叱りつけて言いました。「反逆者の臣め、よくも国士を侮辱したものだ。」朱泚は怒り、兵士に命じて四方から矢を射かけさせました。しかし康成は心の中で『金剛経』を唱え続けたため、矢は一本も彼に当たりませんでした。 朱泚は言いました。「儒者は忠誠と信義を甲冑とするというが、まさにその通りだ。」そして康成を許して放ちました。その後、康成は終南山に入り、二度と官途に就くことはありませんでした。

項蘭齋。在督。自云。丙辰春。夢謁至尊無敵大王。見帶血菜色人彌萬。曰此二東也。可識之。還勸人齋素。念佛誦金剛經。可生免兵荒。死度苦厄。居無何。山東數府大饑。死亡略盡。而遼事隨大壞。死更倍焉。夢之二東遂騐。項虔持金剛經。未甞一日輟。