老子道德經序
老子道徳経 序
太極左仙公葛 玄造
太極左仙公葛玄造
老子體自然而然,生乎太無之先,起乎無因,經歷天地,終始不可稱載。終乎無終,窮乎無窮,極乎無極,故無極也。與大道而倫化,爲天地而立根,布炁於十方,抱道德之至淳,浩浩蕩蕩,不可名也。煥乎其有文章,巍巍乎其有成功,淵乎其不可量,堂堂乎爲神明之宗。三光持以朗照,天地禀以得生,乾坤運以吐精,高而無民,貴而無位,覆載無窮,闡教八方,諸天普弘。大道開闢以前,復下爲國師,代代不休,人莫能知之。匠成萬物,不言我爲,玄之德也。故衆聖所共尊,道尊德貴,夫莫之命而常自然,惟老氏乎。周時復託神李母,剖左腋而生,生即皓然,號曰老子。老子之號,因玄而出,在天地之先,無衰老之期,故曰老子。世人謂老子當始於周代。老子之號,始於無數之刼,甚窈窈冥冥,眇邈久遠矣。世衰,大道不行,西遊天下。關令尹喜曰:大道將隱乎!願爲我著書。於是作道德二篇,五千文上下經焉。夫五千文,宣道德之源,大無不苞,細無不入,天人之自然經也。
老子の本体は自然そのものであり、太初の無よりも先に生まれ、原因なくして現れ、天地を遍歴し、その始まりと終わりは言葉で言い表せません。終わりなき終わり、果てなき果て、極まりなき極み、それゆえに「無極」と呼ばれます。
大道と共に変化し、天地に根ざし、十方に気を広げ、道徳の純粋さを抱き、広大で果てしなく、名づけようがありません。その文采は輝き、その功績は高く、その深さは測り知れず、堂々として神々の源となります。
日月星はその光を頼りに輝き、天地はその力で生まれ、乾坤はその働きで精気を吐き出します。高くて民を従えず、尊くて位につかず、万物を包み込み、八方に教えを広め、諸天に遍く弘まります。
大道が開かれる以前から、国師として代々現れ、人々はその存在を知ることができません。万物を創り出しながら、自らの働きを語らず、これが玄妙なる徳です。それゆえに、多くの聖人たちが共に尊び、道は尊く徳は貴く、誰からも命じられずに常に自然であるのは、老子だけです。
周の時代に再び李母の胎内に宿り、左脇を裂いて生まれました。生まれた時から白髪で、老子と号しました。老子という名は、玄妙な存在から生まれ、天地よりも先にあり、老いることがないため、老子と呼ばれます。世間では老子が周代に初めて現れたと思われていますが、老子という存在は無数の劫のはるか昔から、深遠で悠久の時を超えて存在しています。
世が衰え、大道が行われなくなると、西へと旅立ちました。関所の役人・尹喜は言いました。「大道は隠れようとしている。どうか私のために書を著してほしい。」そこで老子は道経と徳経の二篇、五千余りの文からなる上下の経典を著しました。この五千文は、道徳の源を説き、大きなものも小さなものも包み込み、天と人の自然の理を記した経典なのです。
余先師有言:精進研之,則聲參太極,高上遥唱,諸天歡樂,則携契玄人,靜思期真,則衆妙感會,内觀形影,則神炁長存,體洽道德,則萬神震伏,禍滅九陰,福生十方,安國寧家,孰能知乎?無爲之文,誇之不辱,飾之不榮,撓之不濁,澄之不清,自然也。應道而見,傳告無窮,常者也。故知常曰明。大道何爲哉,弘之由人,斯文尊妙,可不極精乎!粗述一篇,唯有道者寶之焉。
先師はかつてこう語られた。 「修行に励み研鑽を積めば、その声は宇宙の根源に届き、天高く響き渡って諸天は歓喜する。それによって玄妙な境地の人と結ばれ、静かに思いを凝らして真実を求めれば、あらゆる妙なるものと感応し合う。内に自らの姿と影を観じれば、神と気は長く留まり、道と徳に体が調和すれば、万の神は震え伏す。禍は九陰に滅び、福は十方に生じ、国は安らぎ家は平らぐ。これを誰が知り得ようか。
無為の教えは、褒められても辱めず、飾られても栄えず、かき乱されても濁らず、澄まそうとしても清くならない。自然のままである。道に応じて現れ、限りなく伝え告げられる。これが常なるものである。ゆえに常を知ることを『明』という。
大道は何を為すというのか。それを広めるのは人による。この教えの尊さと妙なることよ、極めて精しく学ばずにおれようか」
ここに一篇を粗く記す。道ある者のみ、これを宝とせよ。
河上公者,莫知其姓名也。漢孝文皇帝時,結草爲庵于河之濱,常讀老子道德經。文帝好老子之言,詔命諸王公大臣、州牧二千石、朝直衆官,皆令誦之。有所不解數句,時天下莫能通者。聞侍郎裴楷説河上公誦老子,乃遣詔使賚所不了義問之。公曰:道尊德貴,非可遥問也。文帝即駕從詣之。帝曰:普天之下,莫非王土;率土之賓,莫非王臣。域中有四大,王居其一也。子雖有道,猶朕民也,不能自屈,何乃高乎?朕足使人富貴貧賤。須臾,河上公即拊掌坐躍,冉冉在虚空之中,如雲之昇,去地百餘丈,而止於玄虚。良久,俛而答曰:今上不至天,中不累人,下不居地,何民之有?陛下焉能令余富貴貧賤乎?帝乃悟之,知是神人,方下輦稽首禮謝曰:朕以不德,忝統先業,才不任大,憂於不堪。雖治世事,而心敬道德。直以暗昧,多所不了。惟蒙道君弘愍,有以教之,則幽夕睹太陽之曜光。河上公即授素書老子道德經章句二卷,謂帝曰:孰研此,則所疑自解。余注是經以來,千七百餘年,凡傳三人,連子四矣,勿示非其人。文帝跪受經,言畢,失公所在。論者以爲文帝好老子大道,世人不能盡通其義,而精思遐感,上徹太上道君,遣神人特下教之便去耳。恐文帝心未純信,故示神變以悟帝意,欲成其道真。時人因號曰河上公焉。
河上公という人は、その姓名を知る者はなかった。漢の孝文皇帝の時代、河辺に草を結んで庵を結び、常に老子の『道徳経』を読んでいた。文帝は老子の言葉を好み、諸王や大臣、州の長官、朝廷の役人たちすべてに、これを読誦するよう命じた。しかし、いくつかの句が理解できず、当時、天下にこれを解する者は誰もいなかった。侍郎の裴楷が、河上公が老子を誦していると聞き、文帝は詔使を遣わし、理解できない義理を問わせた。公は言った。「道は尊く、徳は貴い。遠くから問うべきことではない」。文帝はすぐに車を走らせ、自ら訪ねた。帝は言った。「天の下のすべては、王の土地ではないものはなく、この地に住む者は、王の臣ではないものはいない。世の中には四大があり、王はその一つである。あなたは道を得ていようとも、やはり朕の民である。自ら屈することができないとは、どうしてそれほど高ぶるのか。朕は人を富貴にも貧賤にもできるのだ」。すると間もなく、河上公は手を打ち、座ったまま躍り上がり、ゆらゆらと虚空の中に、雲が昇るように浮かび上がり、地面から百余丈離れて、玄妙な虚空に止まった。しばらくして、うつむきながら答えて言った。「今、私は上は天に至らず、中は人に寄りかからず、下は地に住まわない。どうして民でありましょうか。陛下がどうして私を富貴にも貧賤にもできましょうか」。帝はここに悟り、これが神人であることを知った。すぐに車から降り、額を地につけて礼をし、謝って言った。「朕は徳がなく、先人の業を辱うけ継ぎ、才能は大任に耐えず、その任に堪えられぬことを憂えている。世の事を治めてはいるが、心は道徳を敬っている。ただ、愚かで暗く、理解できないことが多い。どうか道君の広いお慈悲をもって、教えを賜りたい。そうすれば、暗い夜に太陽の輝きを見る思いです」。河上公はただちに素書の老子道徳経章句二巻を授け、帝に言った。「これをよく研究すれば、疑問は自ずから解けるでしょう。私がこの経に注を加えて以来、千七百余年、三人に伝えただけで、あなたを合わせて四人です。相応しからぬ者には示してはなりません」。文帝は跪いて経を受け取った。その言葉が終わると、河上公の所在はわからなくなった。論ずる者は、文帝が老子の大道を好んだが、世の人がその義をすべて理解できず、その精思が遠くに感応し、天上の太上道君に通じ、神人を遣わして特に教えを授けさせ、すぐに去らせたのだという。おそらく文帝の心がまだ純粋に信じていなかったため、神変を示して帝の心を悟らせ、その道を真に成就させようとしたのであろう。当時の人々は、これによって河上公と号したのである。