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  1. 金剛般若波羅蜜経(註解) (金剛般若波羅蜜經(註解))
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金剛般若波羅蜜経(註解) (金剛般若波羅蜜經(註解))


法會因由分第一

法会の縁起 第一

(頌曰)。

頌に曰く。

聖なる者と凡夫が共に集う給孤独園 月の如く星の如く同じ空の下 鉢を持ち衣を纏い聖なる教えを広める 人々皆、炎の中の蓮華なり

如是。

かくのごとし。

(釋曰如來入㓕付囑經首安立如是二字如者一念未生時消息也體若虛空無變無異是者决定之義佛之慈旨如是奉行)。

釈迦は言われた、如来が入滅されるにあたり、経典の冒頭に「如是」という二字を置くようにと託された。「如」とは、一つの想念もまだ生じていない時のありさまである。その本体は虚空のようで、変化もなければ差異もない。「是」とは、確固たるという意味である。仏の慈悲のご意志を、このようにお受け止め奉りなさい。

我。
(釋曰迦葉阿難佛上足弟子親聞佛語為之我聞我者無我之我聖所依也假名為我主宰之義非同凢夫人我之我聖心空寂皆無我人)。

釈迦は言う、迦葉と阿難は仏のすぐれた弟子であり、仏の言葉を直接聞いたので、「我聞」と記した。ここでいう「我」は、無我の我であり、聖者が依るものである。仮に「我」と名づけているが、これは凡夫の考えるような我執の我とは異なる。聖者の心は空寂であり、我も人もない。

聞。
(釋曰如來說法人天承聽從聲悟道謂之聞聞其本聞謂之真聞離音聲之相超空色之見方得心法雙忘眾生迷本聞詢聲故流轉悟自聞性如木人謳歌石女撫掌)。

釈迦は説かれます。如来が法を説かれると、天界や人間界の者たちはその声を聞き、その声から悟りを得ます。これを「聞く」と言います。しかし、その根源にある「聞くことそのもの」を悟ることが真の「聞く」であり、音声の相を離れ、空と色の見解を超えて初めて、心と法の両方を忘れる境地に至るのです。衆生は本来の「聞く」という性質を見失い、声ばかりを追い求めるために輪廻を繰り返します。自らの「聞く」という性質を悟れば、まるで木人(木偶)が歌い、石女(石の女)が手を打つように、一切の執着を超えた境地に至るのです。

一。

一。

(釋曰眾聖齊臻固心渴仰希聞妙法此一時也當尓之際究妙奪玄轉識為智整萬法歸一抜眾生之苦及盡玄微談無過一之談其言盡也證無超一之道其理盡也)。

釈迦牟尼仏は言われた。多くの聖者が一同に集まり、心から深く仰ぎ、妙なる法を聞くことを切望している。これがまさにその時である。この瞬間、究極の妙理を極め、識を転じて智慧とし、あらゆる法を一つにまとめ、衆生の苦しみを抜き去り、玄妙な理を極め尽くす。語るべきは「一」を超えるものはなく、その言葉はここに尽きる。悟るべきは「一」を超える道はなく、その理はここに尽きる。

時。

その時。

(釋曰佛出𠀍時最妙之時唯是行深般若上人之時心得自在是大良友弘範一時如優曇華開三界諸天眾聖普會各呈所得受佛心訣各入圓明微妙境界此𠀍界中花卉長春流泉浴池不思議莊嚴佛㓕之後好時勝景隨佛而㓕再不復尓)。

釈迦牟尼仏がこの世に現れた時は、最も素晴らしい時代でありました。それは、深遠な般若(智慧)を実践する優れた人々が、心自在に悟りを開き、多くの人々を導く良き友となって活躍した時代です。それはあたかも三千年に一度だけ咲くという優曇華(うどんげ)の花が咲くような、稀有な機会でありました。三界(欲界・色界・無色界)の諸天や、あらゆる聖者たちが一堂に会し、それぞれが悟りの境地を現し、仏の心の真髄を授かり、円満で明るく微妙な境界に入ることができました。この時代には、花はいつも春のように咲き、泉や池は清らかに流れ、言葉では言い表せないほど荘厳なものでした。しかし、仏が入滅された後、このような良い時代と素晴らしい景色は、仏と共に消え去り、二度と再び現れる

佛。

仏。

(釋曰西天梵語佛此云覺也自覺覺他覺行圓明三覺圓明號曰佛陁菩薩聲聞所證之地三界人天所歸之師為上為無上是大吉祥)。

釈しますと、西天の梵語で「仏」とは、ここでは「覚り」を意味します。自ら覚り、他者を覚らせ、覚りの行いが円満に明らかであること。この三つの覚りが円満に明らかな方を「仏陀」と申します。菩薩や声聞が証する境地であり、三界の人々や天が帰依する師です。最も優れた者であり、これ以上ない者であり、大いなる吉祥であります。

在。

在り。

(釋曰真如覺性法身徧在一切處無在無不在入離垢三昧定洞徹十方盡虛空界無不明了在者不昧也不忘失也如來覺性譬如虛空森合萬象若不在者如來剎剎塵塵垂機說法皆悞失也諸佛覺性寂而常照感而遂通故曰在)。
舍衛國。
(釋曰波斯匿王國也十六大國之都也與給孤園相去五里之遙也)。
祇樹給孤獨園。
(釋曰佛初成道在靈鷲山其形如鷲鳥虛透玲瓏巖內容百千之人給孤因訪一長者故留一𪧐見彼長者嚴備香花敷設高座親躬辦齋給孤問曰筵國王耶非筵大臣會親姻耶曰非何為也曰筵佛誰成佛曰悉達太子給孤聞佛成道心懷踴躍徑徃佛所禮敬畢佛言汝在家人何不行施給孤曰欲請𠀍尊受我薄供佛言汝宅狹小安容大眾佛不許給孤思惟我有無量財寶佛許受請盖寺一所佛言可尓敕舍利弗與長者選地建寺諸地不如祇陁太子園四時花菓茂盛流泉浴池卉木長春嚴麗精好舍利弗長者同見大子欲買祇園建寺請佛說法太子心愛之園不許請佛說法欲許實心難捨不得已而許之給孤請價太子曰以金磚布滿此園長者低頭太子曰畏價高耶不喜也買已不樂孤曰喜既喜何故低頭臣思惟此園三十由旬一由旬十六里小由旬也欲開大藏用之不盡欲取小藏布之不及可以中藏如是思惟時間布滿太子心猶不捨曰我賣園樹屬我長者曰花樹秀麗堪可供佛太子曰取樹者一葉一金錢尓長者欲掛錢太子思惟心回意轉請佛說法不應如此太子曰我初賣園不曾賣樹園屬𡖖樹屬我𡖖捨園我捨樹同為施主故名祇樹給孤獨園也於中頂建六十四所大寺正中大寺佛居也無色界天眾大梵天眾六欲天眾八部神王𨶒羅日月一切龍王鬼神十六大國王長者居士人天交集四十九年矣)。
與大比丘眾千二百五十人俱。
(皆大阿羅漢具六神通善入佛慧以慈修心比丘者淨行亦云乞士千二百五十聖眾同佛一寺俱者等也)。
爾時。
(正乞食時)。
𠀍尊。
(慧日法王出現𠀍間破眾生之黑暗開人天之眼目拔濟沉溺究竟苦淪如日照晝如月照夜存亡普濟𠀍無能及在天天中尊在𠀍𠀍中尊天上天下更無尊如佛也號為𠀍尊)。
食時。
(清旦中時乞食之際)。
着衣持鉢。
(佛着金色僧伽梨兩鐶金錫紺色琉璃鉢巍巍堂堂圓光一尋如日初出狀若金山)。
入舍衛大城。
(如來入城步足虛空離地四寸地有印文廵堦至戶不倦辭勞日日如是教化眾生四十九年)。
乞食。
(一者乞化眾生種諸福慧二者捨貪嗔癡折伏憍慢三者成就有緣引導後學精進行道尓)。
於其城中次第乞已。
(不越七家自有施主)。
還至本處。
(還到園中同眾而食)。
飯食訖。
(齋竟)。
收衣鉢。
(疊僧伽梨洗鉢盂竟)。
洗足已。
(佛身金剛無漏體有離垢毛一切塵土五寸之遠不能近身教示後昆不令眾生入不律儀二時親躬如是作法洗足)。
敷座而坐。
(如來受食竟敷泥師壇在獅子座晏坐安禪身心不動常樂我淨住大涅槃)。

釋經題
善現起請分第二

CBETA コード: D8838

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