長秋寺
長秋寺
劉騰所立也騰初為長秋令卿因以為名在西(漢魏南)陽門内御道北一里亦在延年里即是晉中朝時金市處寺北有濛汜池夏則有水冬則竭矣中有三層浮圖一所金盤靈剎曜諸城内作六牙白象負釋迦在虚空(漢魏無空字)中莊嚴佛事悉用金玉工作(漢魏作工)之異難可具陳四月四日此像常出辟邪師子導引其前吞刀吐火騰驤一面綵幢(漢魏童)上索詭譎不常奇伎異服冠於都市像停之處觀者如堵迭相踐躍常有死人
劉騰が建立したものである。騰は初め長秋令卿を務めたことから、その名を取って寺の名とした。寺は西の漢魏南陽門の内側、御道の北一里に位置し、延年里にもある。ここは晋の中朝時代に金市があった場所である。寺の北には濛汜池があり、夏には水があるが、冬には干上がる。池の中には三層の浮図が一つあり、金の盤と霊剣が城内に輝いている。また六牙の白象が釈迦を背負って虚空に浮かぶ姿が彫られており、荘厳な仏事にはすべて金玉が用いられている。その技巧の素晴らしさは、詳しく述べることが難しい。四月四日には、この像が常に外に出され、辟邪や獅子が先導し、刀を飲み火を吐く技や、鮮やかな幢の上の綱渡りなど、奇妙で珍しい芸や衣装が市中で際立っていた。像が止まる場所には、見物人が垣根のように立ち並び、押し合いへし合いして、死者が出ることもあった。