三祖帝心法順法師。卒順,生杜氏,亦稱杜順,如晦族長也。長安萬年人,以陳永定二年生。少為隋文帝所重,給月俸供之。有病者,師對之危坐,少頃即愈。或生而聾者,順召之與言,耳即聰。或生而啞者,順就與之語,即能言。或狂而顛者,順使人領住,向之禪定,少選彼即拜謝而去。又嘗臨溪,隨侍者懼不可濟,順率同涉,水即斷流。其神跡類如此,而順隤然初不以介意,尤邃華嚴宗旨。帝素敬重之,嘗引入宮禁導迎善氣,妃主戚里諸貴奉之有如生佛。唐太宗詔謂之曰:「朕苦勞熱,師之神力何以蠲除?」師曰:「聖德御宇,微恙何憂?但頒大赦,聖躬自安。」上從之,疾遂瘳,因賜號曰帝心。作《法界觀門》專弘華嚴,弟子智儼尊者傳其教。是為三祖。
第三祖、帝心法順法師。師は俗姓を杜氏とし、杜順とも呼ばれ、如晦の一族の長であった。長安万年の人で、陳の永定2年に生まれた。若くして隋の文帝に重く用いられ、月々の俸禄を与えられた。 病人がいれば、師はその向かいに座って静かにしていると、やがて癒えた。生まれつき耳の聞こえない者がいれば、順はその者を呼んで話しかけると、耳が聞こえるようになった。生まれつき口のきけない者がいれば、順が近づいて話しかけると、すぐに話せるようになった。気が狂って煩悶する者がいれば、順は人に支えさせて、自身はその者に向かって座禅を組むと、しばらくしてその者は礼をして去っていった。 また、ある時、川を渡ろうとしたが、従者が渡れないと恐れたところ、順が先導して皆で渡ると、水が途切れて道ができた。そのような神技が数多くあったが、順はそれを少しも気にかけず、深く華厳の宗旨を極めていた。 帝は常に師を敬い重んじ、宮中に招いて善き気を受け入れた。后妃や皇族、外戚の人々は師を生きている仏のように敬った。 唐の太宗は詔を下して師に言った。「朕は酷い暑さの病に悩んでいる。師の神力で除いてほしい。」師は答えた。「聖なる徳をもって天下を治めておいでです。少しの病など何を憂えることがありましょう。ただ大赦を発すれば、自然に御身体はお治りになります。」帝はこれに従い、病はすぐに癒えた。そこで「帝心」という称号を賜った。 師は『法界観門』を著し、もっぱら華厳を広めた。弟子の智儼尊者がその教えを継いだ。この方を第三祖とする。