天童宏智覺禪師語錄序
天童宏智覚禅師語録序
洞上宗風,自同安兩世至芙蓉、長蘆,卓然今古。天童宏智禪師與大慧杲、真歇了同時。智住天童、慧住育王,其唱酬入滅事頗著神異。紹興迄今殆數百年,語句散亡罕睹全錄,晴雲法兄於他家雜見者,廣為搜緝,勒成一卷。昔靈山法藏傳彼貝多,韶陽語句得自衣裓,此皆目擊口宣借書在手。晴兄嘿契古人,探微集逸,能使太白山巔自開生面,固知金鍼玉線迥異尋常,陽燧取日、方諸印月也。洞山宗旨持以問之,此集功位宛然新豐尚在矣!
洞上の宗風は、同安の二世から芙蓉、長蘆に至るまで、今も昔も際立っている。天童宏智禅師は、大慧杲、真歇了と同時代の人である。宏智は天童に、大慧は育王に住し、彼らの唱和や入滅の際の出来事には、非常に神秘的なものが多く見られた。紹興年間から今日まで数百年が経ち、その語録は散逸して全集を見ることは稀であった。晴雲法兄が他の典籍の中から、広く探し集め、一巻にまとめたのである。昔、霊山の法蔵は貝多羅葉に伝えられ、韶陽の語句は衣裓(えこく)から得られたが、これらはすべて直接見聞し、口伝され、書物を手にしていたものである。晴兄は古人と心を同じくし、微細なものを探り、散逸したものを集めて、太白山の頂上に新たな世界を開かせた。まさに、金の針と玉の糸が尋常でないこと、陽燧(ようすい)が太陽を採り、方諸(ほうしょ)が月を映すようなものである。洞山の宗旨をこの集に問うならば、功と位は明瞭にあり、新豊(しんぽう)は今もなお存在しているのである。
逸亭居士徐繼恩拜題
逸亭居士の徐継恩が謹んで題す