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  1. 牧雲和尚嬾斎別集 (牧雲和尚嬾齋別集)
  2. 第一 (第一)
  3. 文
  4. 序
  5. 元白可公出山詩序
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牧雲和尚嬾斎別集 (牧雲和尚嬾齋別集)


元白可公出山詩序
衲僧衣線下一段大事,輝今灼古,非言句可指擬,才涉唇吻,即覿面蹉過。故我同儕欲求法於語言文字,已若掘地覓天,況刻意工翰墨、事吟詠,於自己分中何啻白雲萬里耶?雖然,若是得底人又且不然,言所不言、跡所不跡,嘗年無語,其聲如雷,終日口喃喃,原無一字,如是則何妨開口、何妨閉口?何妨有句、何妨無句?何妨一句、何妨多句?予友元白可公,楚人也,與余同參金粟,別來數年,晦跡於徽之黃海,日登眺三十六峰,坐石題詩,吟風嘯月,若下忘人世矣。乙亥冬,會老人從心之年,及門弟子散於四方者畢集太白蜂下,公亦負策而至,自秋徂冬,每於火罏頭出黃山所詠示人,同志咸愛其脫落繩墨,有瀟灑獨得之韻。春日,載陽制解,公作詩別友,卜日他行,意覓一丘一壑,種田博飯,追步古人,不欲浪出頭角,類骯髒蟲豸。於是黃巖木陳忞公聞而嘉之,作歌以貽,一時同志賡者凡數篇,公總集之,索予為序。予曰:「是集也,胡言漢語,同友雖各出手眼,然於公分上皆閒言語,何用為?」公曰:「拋磚引玉,余之幸也。」固以請。余因書前數語,不唯題今出山詩,他日併可序公黃山集,使明眼人欲識我林下人面目,不待文彩已彰,自當於筆尖未動時薦取。

衲僧の衣の下に一つの大事あり。輝くこと今に及び古を灼き、言葉や句では指し示すことも、悟ることもできない。ほんの少しでも口を開けば、目の前にあるものを見過ごしてしまう。それゆえ、我々同輩が言語文字によって法を求めようとするのは、まるで地面を掘って天を探すようなものだ。ましてや、わざわざ筆をとって詩文を詠むことに凝るなど、己の本分においては、白雲が万里のかなたにあるのと同じで、全くの無駄である。しかしながら、もし本当に悟った者であれば、そうではない。言うべきでないことを言い、なすべきでないことをなし、常に無言でいても、その声は雷の如く轟き、一日中口を動かしていても、元は一字もない。そうであれば、口を開くもよし、閉じるもよし。句があるもよし、ないもよし。一句あるもよし、多句あるもよし。

我が友、元白可公は楚の人で、私と共に金粟に参禅した。別れて数年、徽州の黄海に隠れ住み、毎日三十六峰に登って眺め、石に座って詩を書き、風に吟じ月を嘯き、まるで俗世を忘れていた。乙亥の冬、老人が従心の年を迎え、四方に散っていた門弟たちが皆、太白の峰の下に集まった。公も杖を携えてやって来た。秋から冬にかけて、しばしば火炉のそばで黄海で詠んだ詩を示してくれた。同志たちは皆、その詩が決まりにとらわれず、洒脱で独特な趣があるのを愛した。春の日、陽が昇り、制が解かれる時、公は詩を作って友と別れ、日を選んで他へ旅立とうとした。意図するところは、一つの丘や谷を見つけ、田を耕して飯を得、古人の跡を追い、むやみに頭角を現すことを望まず、まるで汚い虫や獣のようでありたくなかったのだ。そこで黄巖木陳忞公がこれを聞いて嘉し、歌を作って贈った。一時、同志が和したものは合わせて数篇。公はそれらを総集し、私に序を求めた。

私は言った。「この集は、胡語や漢語が入り混じり、同志はそれぞれに手眼を出しているが、公の上においては皆、余計な言葉に過ぎない。何の役に立とうか。」公は言った。「磚を投げて玉を引き出す。それが私の幸せです。」固く請うたので、私は前の数語を書き記した。これはただ今の『出山詩』のための題辞だけではない。いつの日か、公の『黄山集』の序をも兼ねるだろう。もし明眼の人が、我が林下人の面目を知らんと欲するならば、文彩が現れるのを待つまでもなく、筆先がまだ動かないうちに、ここから悟り取るがよい。


達澄昭公語偈序
鹽梅鼎公遊南嶽序

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