第二章 襃灑陀法
百一羯磨云。梵云襃灑陀者、襃灑是長養義、陀是清淨洗濯義。意欲令半月半月、憶所作罪、冀改前愆。一則遮現在之更為、二則懲未來之慢法。舊云布薩者訛。
『百一羯磨』にはこう説かれています。梵語で「ポーシャダ」といい、「ポーシャ」は「育て養う」という意味、「ダ」は「清らかに洗い流す」という意味です。その心は、半月ごとに、自らが犯した罪を思い起こし、以前の過ちを改めようと願うことにあります。第一には、現在におけるさらなる過ちを防ぎ、第二には、未来における怠慢な作法を戒めるためです。昔は「布薩(ふさつ)」と訳しましたが、これは訛りです。
又云。佛告鄔波離。於障難時、有其六事、心念得成。一謂受持三衣。二捨三衣。三分別長衣。四捨別請。五作長淨。六作隨意。
また、仏はウパーリに告げた。障難の時には、六つのことがあり、心で念じれば成就する。一つには三衣を受持すること。二つには三衣を捨てること。三つには長衣を分別すること。四つには別請を捨てること。五つには長浄を行うこと。六つには随意を行うこと。
律攝云。若至長淨日、唯獨一身者。應於長淨之處、以新瞿摩塗拭灑掃、敷座席、鳴楗椎。作前方便竟。自誦少多經已。於高逈處、觀客苾芻、若有三人來、共為長淨。若無來者、時彼苾芻應居本座、心念口言作如是說。
今十四日(或十五日。)僧伽長淨、我苾芻某甲於十四日亦為長淨。我苾芻某甲於諸障法自陳徧淨。我今且為守持長淨。若於後時遇和合眾、我當共和合眾而為長淨、滿諸戒聚故。(三說。)
若有一二人來者、應為對首長淨。準一人法作。(案應於心念長淨文首、增具壽存念。又二三人對首長淨者、應一一輪流相向說、非同時說也。)
(案一人獨居、當長淨日、若無犯罪、應如是心念。若有犯罪、並無人可向發露者。應依僧祇律中先作念待人、然後自陳清淨之法。僧祇律云。若一比丘、有罪者、應作是念。若得清淨比丘、此罪當如法除、作是念已、應心念口言。今十五日僧作布薩。我比丘某甲清淨受布薩。今若旁採此說者、唯用作念待人之文。已後心念長淨、仍依本律。)
律攝云。應為長淨而不為者、得越法罪。不應長淨而輒為者、亦越法罪。
又云。若安居竟、為隨意時、即名長淨。更不須作。