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雲門匡真禅師語録 (雲門匡真禪師語錄)

「雲門匡真禪師語錄」について

南漢 · 文偃說 守堅編 著

3.0 万字 · 約 98 分

『雲門匡真禅師語録』は、中国禅宗・雲門宗の開祖である文偃(ぶんえん)の伝法記録であり、弟子の守堅によって編纂され、南漢時代に完成しました。本書には、文偃の機鋒鋭い語句、公案問答、上堂での説法などが収められており、雲門宗の「孤高で険しく、簡潔で明快」な宗風を余すところなく体現しています。中でも「雲門三句」――「函蓋乾坤(乾坤を函蓋す)」「截断衆流(衆流を截断す)」「随波逐浪(波に随い浪に逐う)」――は、その禅法の神髄を核心的に概括したものとして知られています。 雲門宗の根本典籍として、この語録は文偃の思想と雲門禅法を研究する上で重要な文献であるだけでなく、唐宋時代の禅宗の発展と語録文体の形成を理解する鍵となる著作でもあります。仏教史上において高い地位を占め、後世の禅宗、ひいては東アジア仏教文化全体に深遠な影響を与えています。


雲門匡真禪師語錄卷第一

雲門匡真禅師語録 巻第一

機緣
雪峰禪師法嗣雲門文偃禪師,浙西嘉興張氏子。依空王寺志澄律師出家稟具,窮律部,初參睦州蹤禪師。州纔見師來,便閉卻門,師乃扣門,州云:「誰?」師云:「某甲。」州云:「作什麼?」師云:「己事未明,乞師指示。」州開門一見便閉卻,師如是連三日去扣門。至第三日,州始開門,師乃拶入,州便擒住云:「道!道!」師擬議,州托開云:「秦時𨍏轢鑽。」師從此悟入。師到雪峰莊,見一僧,師問:「上座今日上山去那?」僧云:「是。」師云:「寄一則因緣,問堂頭和尚,秪是不得道是別人語。」僧云:「得。」師云:「上座到山中,見和尚上堂,眾纔集,便出握腕立地云:『這老漢項上鐵枷何不脫卻?』」其僧一依師教。雪峰見這僧與麼道,便下座攔胸把住其僧云:「速道!速道!」僧無對,雪峰托開云:「不是汝語。」僧云:「是某甲語。」雪峰云:「侍者將繩棒來。」僧云:「不是某語,是莊上一浙中上座教某甲來道。」雪峰云:「大眾去莊上,迎取五百人善知識來。」師坎日上山,雪峰纔見便云:「因什麼得到與麼地?」師乃低頭,從茲契合。

雪峰禅師の法嗣、雲門文偃禅師。本籍は浙西嘉興、張氏の子。空王寺の志澄律師に依って出家し具足戒を受け、律部を究めた。初め睦州蹤禅師に参じた。州は師が来るのを見るや、ただちに門を閉ざした。師が門を叩くと、州は「誰だ?」と問うた。師「某甲(私)です」。州「何の用だ?」師「己事(自己本来の面目)が未だ明らかでなく、師のご指示を乞います」。州は門を開けて一瞥するや、また閉ざした。師はこのように三日連続で門を叩きに行った。三日目、州がようやく門を開けると、師はさっと中へ入り込んだ。州はたちまち師を捕らえて「言え!言え!」と迫った。師が考えようとすると、州は押しのけて言った。「秦の時代の車轢きの錐(役に立たない古くさいもの)め」。師はここで悟りに入った。

師が雪峰の荘(別院)に行くと、一人の僧に出会った。師が問うた「上座、今日は山(本山)へ上がられますか?」僧「はい」。師「一つの因縁を託して、堂頭和尚(雪峰)にお尋ねください。ただし、他人の言葉とは言わないで」。僧「承知しました」。師「上座が山中で和尚にお会いし、和尚が上堂して、大衆が集まりかけた時、すぐに進み出て、腕組みをして立ったまま、こう言うのです。『この老漢、首にかかった鉄の枷(かせ)を、なぜ脱がないのか』と」。その僧は師の教えの通りにした。雪峰がこの僧の言葉を聞くと、すぐに座から下りて、その僧の胸ぐらを掴んで「早く言え!早く言え!」と迫った。僧が答えられないと、雪峰は押しのけて言った。「お前の言葉ではないな」。僧「私の言葉です」。雪峰「侍者、縄と棒を持って来い」。僧「私の言葉ではありません。荘にいる浙中の上座が、私にこう言うように教えて来たのです」。雪峰「大衆、荘へ行って、五百人(多くの人々)を導く善知識をお迎えしなさい」。

師はその日のうちに山に上がった。雪峰は師を見るなり言った。「どうしてここまで(悟り)に至ったのだ?」師はただうつむいた。ここから二人の心は深く通い合った。

師在雪峰時,有僧問雪峰:「如何是觸目不會道,運足焉知路?」峰云:「蒼天,蒼天。」僧不明,遂問師:「蒼天意旨如何?」師云:「三斤麻,一疋布。」僧云:「不會」師云:「更奉三尺竹。」後雪峰聞,喜云:「我常疑個布衲。」

師が雪峰にいた時、ある僧が雪峰に尋ねました。 「目の前にあっても道がわからず、足を運んでも道を知ることはできない。これはどういうことでしょうか?」 雪峰は言いました。 「青天よ、青天よ。」 僧は意味がわからず、師に尋ねました。 「『青天』とはどういう意味ですか?」 師は答えました。 「三斤の麻と一匹の布。」 僧が「わかりません」と言うと、師は続けました。 「さらに三尺の竹を捧げよ。」 後になって雪峰はこの話を聞き、喜んで言いました。 「私は常にあの布の僧衣を疑っていたのだ。」

師行腳時,見一座主,舉在天台國清寺齋時,雪峰拈缽盂問:「某道得,即與你缽盂」某云:「此是化佛邊事。」峰云:「你作座主,奴也未得。」某云:「不會。」峰云:「你問,我與你道。」某始禮拜,峰便蹋倒。「某得七年方見。」師云:「是你得七年方見?」主云:「是。」師云:「更與七年始得。」

師が修行の旅をしていた時、ある座主に出会いました。座主は、天台山の国清寺での斎(食事)の時のことを話しました。雪峰が鉢を手に取って言いました。「もしお前が道理を言い当てたら、この鉢をやろう。」座主は言いました。「これは化仏(仏の化身)に関わることです。」雪峰は言いました。「お前は座主の奴隷にもなれない。」座主は言いました。「わかりません。」雪峰は言いました。「質問しなさい、私が教えてやろう。」座主が礼拝を始めると、雪峰は彼を蹴り倒しました。「私は七年かかってようやく理解しました。」師は言いました。「お前は七年かかってようやく理解したのか?」座主は言いました。「はい。」師は言いました。「もう七年かかるだろう。」

師在浙中蘊和尚會裏。一日因喫茶次,舉蘊和尚垂語云:「見聞覺知是法,法離見聞覺知,作麼生?」有傍僧云:「見定,如今目前一切見聞覺知是法,法亦不可得。」師拍手一下,蘊乃舉頭。師云:「猶欠一著在。」蘊云:「我到這裏卻不會。」

師はかつて浙江の蘊和尚の会下にいた。ある日、お茶を飲みながら、蘊和尚が垂示した言葉を挙げた。「見聞覚知はこれ法なり、法は見聞覚知を離る。どうするか?」傍らにいた僧が言った。「見は定まっている。今、目前の一切の見聞覚知は法であり、法もまた得られない。」師は手を一拍した。蘊和尚は顔を上げた。師は言った。「まだ一歩足りない。」蘊和尚は言った。「私はここまで来て、わからなくなった。」

師到共相。共相問:「什麼處來?」云:「雪嶺來。」相云:「要急言句,舉一則來。」云:「前日典座來,和尚何不問他?」相云:「典座且置。」師云:「箭過新羅。」

師が到着すると、共相が尋ねた。 「どこから来たのか?」 「雪嶺からです」と師が答える。 共相が言う。 「肝心な言葉を一つ挙げてみよ」 師が言う。 「先日典座が来た時、和尚はなぜ彼に尋ねなかったのですか?」 共相が言う。 「典座のことはひとまず置いておこう」 師が言う。 「矢は新羅を過ぎた」

師在嶺中時,問臥龍和尚:「明己底人還見有己麼?」龍云:「不見有己,始明得己。」又問:「長連床上學得底,是第幾機?」龍云:「第二機。」師云:「作麼生是第一機?」云:「緊峭草鞋。」

師が嶺中におられた時、臥龍和尚に尋ねられました。 「自己を明らかにした人は、なお自己があると見るでしょうか」 龍は言われた。 「自己があるとは見えません。そうして初めて自己を明らかにできるのです」 また尋ねられた。 「長連床で学び得たものは、第幾の機ですか」 龍は言われた。 「第二の機です」 師は言われた。 「では、どういうのが第一の機か」 「きつく結んだ草鞋です」

師在嶺中時,有僧問:「如何是法身向上事?」云:「向上與你道即不難,汝喚什麼作法身?」僧云:「請和尚鑒。」云:「鑒即且置,作麼生說法身?」僧云:「與麼,與麼。」師云「此是長連床上學得底。我且問你:法身還解喫飯麼?」僧無語。後有僧舉似梁家菴主,主云:「雲門直得入泥、入水。」資福云:「欠一粒也不得,剩一粒也不得。」

師が嶺中におられた時、ある僧が尋ねました。 「法身の向上の事とは、いかなるものでしょうか」 師は言われた。 「向上のことをお前に説くのは難しくない。だが、お前は何を法身と呼んでいるのか」 僧が言う。 「どうか和尚、ご覧になってください」 師は言われた。 「見ることはひとまず置いておこう。さて、法身とはどういうものか言ってみよ」 僧が言う。 「これこれ、これこれです」 師は言われた。 「これは長連床で学んだだけのものだ。さて、お前に尋ねよう。法身は飯を食べることができるか」 僧は言葉がなかった。 後に、ある僧がこの話を梁家菴主に伝えると、主は言った。 「雲門はまさに泥の中、水の中に入ったようなものだ」 資福は言った。 「一粒足りなくてもならぬ、一粒余ってもならぬ」

師在雪峰與長慶、西院商量:「雪峰上堂云:『盡大地撮來如粟米大,拋向面前,漆桶不會,打鼓普請看。』」西院問師:「雪峰與麼道,還有出頭不得處麼?」師云:「有。」院云:「作麼生是出頭不得處?」師云:「不可總作野狐精見解也。」又云:「狼籍不少。」又云:「七曜麗天。」又云:「南閻浮提,北鬱單越。」

師は雪峰で長慶、西院と共に話し合っていた。 雪峰が上堂して言った。 「大地をすべて集めて粟粒ほどの大きさにし、目の前に投げ出した。漆桶(暗愚の者)は理解できず、太鼓を打って皆に知らせて見せよう。」 西院が師に尋ねた。 「雪峰がそのように言ったが、それでも抜け出せないところがあるだろうか。」 師は答えた。 「ある。」 西院が言った。 「では、抜け出せないところとは何か。」 師は言った。 「すべてを野狐の精のような見解にしてはならない。」 また言った。 「散らかっていることは少なくない。」 また言った。 「七曜が天に輝いている。」 また言った。 「南閻浮提、北鬱単越。」

師一日與長慶舉趙州無賓主話,雪峰當時與一蹋作麼生?師云:「某甲不與麼?」慶云:「你作麼生?」師云:「石橋在向北。」

ある日、師が長慶と趙州の「賓主なし」の話を挙げたとき、雪峰はその時一蹴したが、どういうことか?師は言った:「私はそうはしない。」慶が尋ねた:「では、あなたはどうするのか?」師は答えた:「石橋は北に向かっている。」

師與長慶舉石鞏三平話,師云:「作麼生道,免得石鞏喚作半箇聖人?」慶云:「若不還價,爭辯真偽?」師云:「入水見長人。」

師が長慶とともに石鞏の三平話を挙げた時、師は言った。「どう言えば、石鞏に半人前の聖人と呼ばれずに済むだろうか?」長慶は答えた。「値段を付けなければ、どうして本物か偽物か見分けられましょう?」師は言った。「水に入って、長人を見る。」

師到洞巖。巖問:「作什麼來?」師云:「親近來。」巖云:「亂走作甚麼?」師云:「暫時不在。」巖云:「知過即得。」師云:「和尚亂走作什麼?」

師が洞巖のもとに到着した。巖が尋ねた:「何しに来た?」師が答えた:「お近づきに参りました。」巖が言った:「うろつき回って何をしている?」師が言った:「しばらく居ませんでした。」巖が言った:「過ちを知ればそれでよい。」師が言った:「和尚はうろつき回って何をしているのですか?」

師到疏山。疏山問:「得力處道將一句來。」師云:「請和尚高聲問。」山便高聲問。師云:「和尚早朝喫粥麼?」山云:「作麼生不喫粥?」師云:「亂叫喚作麼?」又因疏山示眾云:「老僧咸通年己前會得法身邊事,咸通年已後會得法身向上事。」師問:「承聞和尚咸通年已前會得法身邊事,咸通年已後會得法身向上事,是不?」山云:「是。」師云:「如何是法身邊事?」山云:「枯椿。」師云:「如何是法身向上事?」山云:「非枯椿。」師云:「還許學人說道理也無?」山云:「許你說。」師云:「枯椿豈不是明法身邊事,非枯椿豈不是明法身向上事?」山云:「是。」師云:「法身還該一切不?」山云:「作麼生不該?」師指淨瓶云:「法身還該這箇麼?」山云:「闍梨莫向淨瓶邊會。」師便禮拜。

師が疏山に到った。疏山が尋ねた。「力を得たところを一句で言ってみよ。」師は言った。「和尚、大声でお尋ねください。」山が大声で尋ねると、師は言った。「和尚、今朝は粥を召し上がりましたか。」山が言った。「どうして粥を食べないことがあろうか。」師は言った。「やかましく叫ぶのはどうしたことか。」

また、疏山が大衆に示して言ったことがあった。「老僧は咸通年より以前は法身の辺事を会得し、咸通年より以後は法身の向上事を会得した。」師が尋ねた。「和尚は咸通年より以前に法身の辺事を会得し、咸通年より以後に法身の向上事を会得されたと承りましたが、そうですか。」山が言った。「そうだ。」師が言った。「どのようなものが法身の辺事ですか。」山が言った。「枯れ木だ。」師が言った。「どのようなものが法身の向上事ですか。」山が言った。「枯れ木ではない。」師が言った。「学人が道理を説くことは許されますか。」山が言った。「説くことを許そう。」師が言った。「枯れ木はまさに法身の辺事を明らかにするものであり、枯れ木ではないということはまさに法身の向上事を明らかにするのではありませんか。」山が言った。「そうだ。」師が言った。「法身は一切を含むのですか。」山が言った。「どうして含まないことがあろうか。」師は浄瓶を指して言った。「法身はこれをも含むのですか。」山が言った。「闍梨、浄瓶の辺りで会得しようとするな。」師は礼拝した。

師到曹山。山示眾云:「諸方盡把格則,何不與他道一轉語,教伊莫疑去。」師便問:「密密處為什麼不知有?」山云:「秪為密密,所以不知有。」師云:「此人作麼生親近?」山云:「不向密密處。」師云:「不向密密處,還得親近也無?」山云:「始得親近。」師應諾諾。師問曹山:「如何是沙門行?」云:「喫常住苗稼者。」師云:「便與麼去時如何?」云:「你還畜得麼?」師云:「學人畜得。」山云:「你作麼生畜?」師云:「著衣喫飯有什麼難?」山云:「何不道披毛戴角?」師便禮拜。

師が曹山に到着した。曹山は大衆に示して言った:「諸方はみな格則を掲げているが、どうして一転語を述べて、彼らに疑いを残さないように導かないのか。」師はすぐに尋ねた:「密々たる処では、なぜ知ることがないのか?」曹山は言った:「まさに密々たるがゆえに、知ることがないのだ。」師は言った:「この人はどうやって親しむべきか?」曹山は言った:「密々たる処に向かわないことだ。」師は言った:「密々たる処に向かわなければ、それでも親しむことができるのか?」曹山は言った:「そうして初めて親しむことができる。」師は「なるほど」と応じた。

師が曹山に尋ねた:「沙門の行いとは何か?」曹山は言った:「常住の苗稼を食む者である。」師は言った:「そのまま去るならばどうか?」曹山は言った:「お前はまだ蓄えているのか?」師は言った:「学人は蓄えています。」曹山は言った:「お前はどうやって蓄えるのか?」師は言った:「衣を着て飯を食うことに何の難しさがあるのか?」曹山は言った:「なぜ『毛を披き角を戴く』と言わないのか?」師はすぐに礼拝した。

因瑫長老舉菩薩手中執赤幡問師:「作麼生?」師云:「你是無禮漢。」瑫云:「作麼生無禮?」師云:「是你外道奴也作不得。」

瑫長老が菩薩の手に赤い幡を持っているのを挙げて師に尋ねた:「これはどういうことですか?」師は言った:「あなたは無礼な者だ。」瑫が言った:「どうして無礼だと言うのですか?」師は言った:「あなたは外道の奴隷でさえ、これほどのことはできない。」

師到天童。童云:「你還定當得麼?」師云:「和尚道什麼?」童云:「不會即目前包褁。」師云:「會即目前包褁。」

師が天童のもとに到着した。童子が言った、「あなたはまだ本当に悟りを定め得ているのですか?」師は言った、「和尚は何とおっしゃるのですか?」童子が言った、「理解していなければ、今ここで包み込まれてしまうよ。」師は言った、「理解していれば、今ここで包み込まれてしまうよ。」

因見信州鶖湖上堂云:「莫道未了底人長時浮逼逼地,設使了得底人明得知有去處,尚乃浮逼逼地。」師下來舉此語問首座:「適來和尚示眾云:『未了底人浮逼逼地,了得底人浮逼逼地。』意作麼生?」首座云:「浮逼逼地。」師云:「首座在此久住,頭白齒黃,作這箇語話。」首座云:「未審上座又作麼生?」師云:「要道即得,見即便見,若不是,莫亂道。」首座云:「秪如堂頭道浮逼逼地,又作麼生?」師云:「頭上著枷,腳下著柤。」座云:「與麼則無佛法也。」師云:「此是文殊、普賢大人境界。」

信州の鶖湖和尚が上堂で言われたことがありました。 「未了の人(悟りに至っていない者)がいつも浮ついて落ち着かないのは言うまでもないが、たとえ了得の人(悟りを得た者)であっても、明らかに行くべき道を知っていながら、やはり浮ついて落ち着かないものだ」 師(私)は下堂してこの話を首座に尋ねました。 「さきほど和尚が示衆で『未了の人は浮ついている、了得の人も浮ついている』と言われましたが、これはどういう意味でしょうか」 首座は答えました。 「浮ついているということです」 師は言いました。 「首座は長くここに住んでいて、頭は白く歯は黄色くなるほど年を重ねたのに、そんな言葉を口にするのですか」 首座は尋ねました。 「では上座はどうお考えですか」 師は答えました。 「言おうと思えば言えるが、見えたものはそのまま見えたのであって、そうでなければ、むやみに言葉にすべきではない」 首座はさらに尋ねました。 「では、堂頭和尚が『浮ついている』と言われたのは、結局どういうことですか」 師は答えました。 「頭には枷をはめられ、足には枷をつけられているようなものだ」 首座は言いました。 「それでは仏法などないということになりますね」 師は答えました。 「これこそが文殊菩薩、普賢菩薩のような方々の境地なのです」

師行腳時,有官人問:「還有定乾坤底句麼?」師云:「蘇嚕蘇嚕悉哩薩訶。」

師が修行の旅をしているとき、ある役人が尋ねました。 「天地を定めるような言葉はありますか?」 師は答えました。 「スル スル シリ ソワカ。」

師到江州,有陳尚書請師齋,相見便問:「儒書中即不問,三乘十二分教自有座主,作麼生是衲僧行腳事?」師云:「曾問幾人來?」書云:「即今問上座。」師云:「即今且置。作麼生是教意?」書云:「黃卷赤軸。」師云:「這箇是文字語言。作麼生是教意?」書云:「口欲談而辭喪,心欲緣而慮忘。」師云:「口欲談而辭喪,為對有言;心欲緣而慮忘,為對妄想。作麼生是教意?」尚書無語。師云:「見說尚書看《法華經》是否?」書云:「是。」師云:「經中道:治生產業皆與實相不相違背。且道非非想天有幾人退位?」書無語。師云:「尚書且莫草草。十經五論師僧拋卻,特入叢林十年、二十年尚不奈何,尚書又爭得會?」尚書禮拜云:「某甲罪過。」

師が江州に到着したとき、陳尚書が師に斎食を請い、会うなり尋ねた。 「儒教の書物については問いません。三乗十二分教にはそれぞれ座主がおられます。では、衲僧(修行僧)が行脚するということは、いったいどういうことでしょうか?」 師が言った。「今まで何人に尋ねられましたか?」 尚書が言った。「今、あなたに尋ねているのです。」 師が言った。「今のことはひとまず置いておきましょう。では、教えの真意とは何ですか?」 尚書が言った。「経典の巻物(黄巻赤軸)に書かれていることです。」 師が言った。「それは文字と言葉に過ぎません。教えの真意とは何ですか?」 尚書が言った。「口で語ろうとすれば言葉は失せ、心で考えようとすれば思いは忘れ去られる。」 師が言った。「口で語ろうとすれば言葉が失せるのは、言葉があるからです。心で考えようとすれば思いが忘れ去られるのは、妄想があるからです。では、教えの真意とは何ですか?」 尚書は答えられなかった。 師が言った。「お聞きしたところでは、尚書は『法華経』をお読みになっているとか?」 尚書が言った。「はい。」 師が言った。「経の中にこうあります。『日常生活の営みすべてが、実相(真実のあり方)に背かない』と。では、非想非非想天(最高の天界)から退く者は、いったい何人いるのでしょうか?」 尚書は答えられなかった。 師が言った。「尚書、どうか軽々しく考えないでください。十の経典と五の論書を学んだ僧でさえ、それらを捨てて特別に叢林に入り、十年、二十年と修行してもまだ悟れないのです。尚書がどうして簡単に理解できましょうか?」 尚書は礼拝して言った。「私の不明をお許しください。」

師到歸宗。僧問:「大眾雲集,合談何事?」宗云:「兩兩三三。」僧云:「不會。」宗云:「三三兩兩。」師卻問其僧:「歸宗意旨如何?」僧云:「全體與麼來。」師云:「上座曾到潭州龍牙麼?」僧云:「曾到來。」師云:「打野榸漢。」

師が帰宗に到着した。ある僧が尋ねた:「大衆が雲のように集まっているのに、何を話し合うべきでしょうか?」帰宗は言った:「二人三人、三人二人。」僧が言った:「わかりません。」帰宗は言った:「三人二人、二人三人。」師はその僧に尋ね返した:「帰宗の真意はどうなのか?」僧は言った:「全くそのままです。」師は言った:「上座は潭州の龍牙に行ったことがあるか?」僧は言った:「行ったことがあります。」師は言った:「野原の棒を振り回す者め。」

師因乾峰上堂云:「法身有三種病、二種光,須是一一透得,更須知有照用臨時向上一竅在。」峰乃良久,師便出問:「菴內人為什麼不見菴外事?」峰呵呵大笑。師云:「猶是學人疑處在。」峰云:「子是什麼心行?」師云:「也要和尚相委。」峰云:「直須與麼,始解穩坐地。」師應喏喏。乾峰示眾云:「舉一不得舉二,放過一著,落在第二。」師出眾云:「昨日有人從天台來,卻往經山去。」峰云:「典座來日不得普請。」便下座。師問乾峰:「請師答話。」峰云:「到老僧也未?」師云:「與麼則學人在遲也。」峰云:「與麼那,與麼那?」師云:「將謂猴白,更有猴黑。」

乾峰和尚が上堂して説法された。 「法身には三種の病と二種の光がある。一つ一つを透徹しなければならないが、さらに、臨機応変に照用する向上の一竅があることを知らねばならぬ」 乾峰はしばらく沈黙した。師(雲門)は進み出て問うた。 「庵の中の人はなぜ庵の外のことが見えないのか」 乾峰は呵呵と大笑した。師は言った。 「これがまだ学人の疑っているところです」 乾峰が言う。 「お前はどんな心の動きをしているのか」 師が答える。 「和尚にもご理解いただきたいのです」 乾峰が言う。 「まさにこのようにしてこそ、初めて安坐できるのだ」 師は「はい、はい」と応じた。

乾峰が大衆に示して言う。 「一を挙げれば二を挙げることはできぬ。一つの手を放せば、第二に落ちてしまう」 師が大衆の中から進み出て言う。 「昨日、天台から来た人が、径山へと向かっていきました」 乾峰が言う。 「典座は明日、普請に加わってはならぬ」 そう言って座を下りた。

師が乾峰に問う。 「和尚、どうかお答えください」 乾峰が言う。 「老僧のところまで来たか?」 師が言う。 「それでは学人は遅れをとっています」 乾峰が言う。 「そうか、そうか?」 師が言う。 「猿は白いと思っていたら、さらに黒い猿もいるというわけですね」

師到灌溪時,有僧舉灌溪語云:「十方無壁落,四面亦無門,淨裸裸,赤灑灑,沒可把。」問師:「作麼生?」師云:「與麼道即易,也大難出。」僧云:「上座不肯和尚與麼道那?」師云:「你適來與麼舉那?」僧云:「是。」師云:「你驢年夢見灌溪麼?」僧云:「某甲話在。」師云「我問你十方無壁落,四面亦無門,淨裸裸,赤灑灑,沒可把。你道大梵天王與帝釋商量箇什麼事?」僧云:「豈干他事?」師喝云:「遂隊喫飯漢。」

師が灌溪に到った時、ある僧が灌溪の言葉を挙げて言った。「十方には壁もなく、四方にも門はない。清らかに裸で、何もつかむものがない。」そして師に問うた。「どう思われますか?」師は言った。「そう言うのは簡単だが、そこから出るのは大変難しい。」僧は言った。「上座は和尚のその言葉を認められないのですか?」師は言った。「お前はさっきそう言ったのか?」僧は言った。「はい。」師は言った。「お前はいつ灌溪の夢を見たのか?」僧は言った。「私には言い分があります。」師は言った。「私はお前に問う。十方には壁もなく、四方にも門はない。清らかに裸で、何もつかむものがない。大梵天王と帝釈天はどんなことを相談していると思うか?」僧は言った。「彼らのことなど関係あるでしょうか?」師は喝をして言った。「ただ群れに従って飯を食う者め。」

陳尚書問雲居供養主云:「雲居高低於弟子。」主無語。尚書問師,師云:「尚書莫教話墮。」

陳尚書が雲居の供養主に尋ねました。「雲居の境地は、私と比べて高いのか、低いのか。」供養主は答えられませんでした。

尚書が師に尋ねると、師は言いました。「尚書、言葉に落ち込まないようにしてください。」

師在嶺中時,問一老宿:「一切時中如何辯明?」老宿云:「喚什麼作一切時中?」師云:「釋迦老子道了也,彌勒猶自不知。」又見一老宿上堂云:「若是商量舉覺,如當門利劍相似,一句下須有殺活始得。」師出眾云:「和尚上堂多時,大眾歸堂。」老宿云:「道什麼?」師云:「日月易流。」

師が嶺中におられた時、一人の老宿に尋ねました。 「すべての時中、どうやって明らかに弁えるのですか?」

老宿は言いました。 「何をすべての時中と呼ぶのか?」

師は言いました。 「釈迦老子が説き終わったのに、弥勒でさえまだ知らないのだ。」

また、別の老宿が上堂して言うのを見ました。 「もし商量して挙覚するならば、まるで門前に利剣を置くようなものだ。 一句の下に、必ず殺活があってこそ初めて得られるのだ。」

師は大衆の中から進み出て言いました。 「和尚、上堂なさって久しくなりました。大衆は堂に帰りましょう。」

老宿は言いました。 「何と言ったか?」

師は言いました。 「日月は流れやすいものです。」

師在嶺中順維那處,起彼時問:「古人豎起拂子,放下拂子,意旨如何?」維那云:「拂前見,拂後見。」師云:「如是,如是。」又云:「是諾伊,是不諾伊?」又云:「可知禮也。」

師が嶺中にいらっしゃった時、順維那のところで、その時に尋ねられた: 「古人が拂子を立て、また拂子を下ろした。その意味はどういうことか?」 維那は答えた:「拂子の前に見るのか、拂子の後に見るのか」 師は言われた:「その通り、その通り」 また言われた:「それに従うのか、従わないのか」 さらに言われた:「礼をわきまえるべきである」

師聞洛浦勘僧云:「近離甚處?」僧云:「荊南。」浦云:「有一人與麼去,還逢麼?」僧云:「不逢。」浦云:「為什麼不逢?」僧云:「若逢,即頭粉碎。」浦云:「闍梨三寸甚密。」師後於江西見其僧,問云:「還肯此語不?」僧云:「有。」師云:「洛浦倒退三千里。」

師は洛浦が僧を問い詰めた話を聞いた。 洛浦が僧に「近ごろどこから来たか」と尋ねると、僧は「荊南からです」と答えた。 洛浦は「ある人がこのように去ったが、それに出会ったか」と問うと、僧は「出会いませんでした」と答えた。 「なぜ出会わなかったのか」と洛浦が尋ねると、僧は「もし出会っていたら、頭は粉々になっていたでしょう」と言った。 洛浦は「あなたの三寸(言葉)はとても深い」と評した。 後に師は江西でその僧に会い、「この言葉を今でも認めるか」と尋ねた。 僧は「認めます」と答えると、師は「洛浦は三千里も後退したことになる」と言った。

師在靈樹知聖大師會中為首座。時,僧問知聖:「如何是祖師西來意?」聖云:「老僧無語。」卻問僧:「忽然上碑,合著得什麼語?」時有數僧下語,皆不契。聖云:「汝去請首座來。」洎師至,聖乃舉前話問師。師云:「也不難。」聖云:「著得什麼語?」師云:「有人問如何是祖師西來意,但云師。」知聖深肯。
問:「學人有疑,請師不責,從上宗乘事作麼?」師云:「三拜不虛。」

「学人に疑いがあります。どうか師匠はお咎めなきよう、お尋ねいたします。これまでの宗乗の事柄は、どのように行うべきでしょうか?」

師は言われた:「三拝は無駄ではない。」


示眾

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