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title: "廣福山勝覺寺密印禪師語錄 · 示谷穎禪人"
description: "廣福山勝覺寺密印禪師語錄由清代僧人真傳說，弟子如暐等人編纂。該書收錄了密印禪師的開示、法語、機鋒對答及詩偈，是研究清初禪宗思想的重要文獻。其內容體現了臨濟宗的禪風，強調直指人心、見性成佛，反映了當時禪林的修行與教化實踐。此語錄在佛教史上具有較高地位，為學者探究清代禪宗發展與語錄體裁提供了珍貴史料。"
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### 示谷穎禪人

> 谷穎禅人に示す

上古尊宿以有矜式，凡欲出來整頓頹綱、扶持末運者，每常見人墮在知解網中，舉步不能出得，臨時故有勦絕，方成利器。現今尚有隨言逐句者，就將心意識來領會，蘊在其中，如傷食人未能消化，日久成疾。不若常存一口寶劍，休問佛來魔來，抽出便斬。向這裏攃手不疑者，任佗宇宙橫行，不被風隔雨阻，遇著皮下無血之流、眼內無珠之輩，貴乎者直下承當，不貴乎者一任推脫，豈在敲磚打瓦、祭鬼燒錢？所以圜悟老人道：「如引上萬丈懸巖上，打一推令佗命斷。你若在平地上推到彌勒下生，也只不解命斷，如人在夢，欲覺不覺是也。」而今人下得這番惡手腳，不獨令佗漆桶子破，要且不失住持大柄，方可提得古人心印，揭露今時向上一著，豈能令人住在智識裏面？只恐多多和和、將將就就，縱歷金鎖玄關，終是返成滯殢，莫道與他開通正路，累得個個東倚西立，日久則長途路上難覓一個不落佛後之人也。凡據此位者，先須己眼自正，不被妖異以塗糊。何也？譬如碧海而相似，萬象到此，影質莫能所逃也。豈不見臨濟侍立德山次，山云：「困。」濟云：「老漢寱語作麼？」山便打，濟掀倒禪床，山便休。看佗二老用處，迅如閃、速如風，若非頂𩕳破裂、眼光脫落、障礙消融，見佗古人猶如紗羅帳裏觀月，到得這般田地，如獅子王得大無畏，然不避忌碩大光明，真丈夫也，豈徒然哉？

> 古の尊宿たちは、人々の規範となるべく、荒れ果てた綱紀を立て直し、末法の世を支えようと現れるたびに、人々が知解の網に絡め取られ、一歩も踏み出せずにいるのを見て、その場で断ち切ることで初めて真の器となった。今なお、言葉や文句に振り回され、心意識で理解しようとし、それが胸に溜まって、消化不良の病人のように、やがて病となる者がいる。むしろ、常に一振りの宝剣を心に留め、仏が来ようと魔が来ようと問わず、抜き放って斬り捨てるがよい。ここで手を下すことに疑いのない者は、宇宙を縦横に駆け巡っても、風雨に阻まれることなく、皮下に血のない者、眼に珠のない輩に出会っても、貴いものは直ちに受け止め、貴くないものは放っておく。瓦を叩き、鬼を祭り、銭を焼くことに何の意味があろうか。だから圜悟老人は言われた。「万丈の断崖の上に引き上げ、一押しして命を絶たせるがよい。もし平地で押し倒しても、弥勒が下生するまでかかっても命は絶たれぬ。人が夢を見て、目覚めようとしても目覚められないようなものだ。」今、このような厳しい手を下すことができれば、相手の漆の桶を破るだけでなく、住持の大権を失わず、古の人の心印を引き継ぎ、今の時代の向上の一着を明らかにすることができる。どうして人々を智識の中に留めておけようか。ただ、多くを和らげ、適当に済ませていると、たとえ金鎖の玄関をくぐっても、やがて停滞してしまう。正しい道を開くどころか、人々をあちこちに寄りかからせ、長い年月の後には、仏に遅れを取らない者を長い道中で一人も見つけられなくなる。この位に就く者は、まず自らの眼を正しくし、妖異に惑わされぬようにしなければならない。なぜか。碧海のように、万象がそこに映れば、その姿は隠しようがないからだ。臨済が徳山に仕えていた時、山が「疲れた」と言うと、済は「老漢、寝言を言うな」と言い、山は打ち、済は禅床をひっくり返し、山はやめた。この二老の振る舞いを見よ。電光石火、風のように速い。もし頂門が破れ、眼光が脱落し、障礙が消え去っていなければ、古人を見るのは紗羅の帳越しに月を見るようなものだ。この境地に至れば、獅子王が大無畏を得たように、巨大な光明を恐れず、真の丈夫となる。これは決して偶然ではない。