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  1. 昭覚丈雪酔禅師語録 (昭覺丈雪醉禪師語錄)
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昭覚丈雪酔禅師語録 (昭覺丈雪醉禪師語錄)


昭覺丈雪醉禪師語錄序

昭覚丈雪酔禅師語録序

濟宗孤迥,只餘一條白棒入泥入水為人;一言半句,吐氣總在白地光明錦中掀翻播弄,直是百尺無枝、千里絕跡,惟能截斷眾流,便能函蓋乾坤,單傳直指之道亙古亙今,所繇特著也。後來枝葉繁滋,牆壁倚傍,徒廓門庭,無關窔窱,如來禪、祖師禪,全無分別,臨濟派、曹洞派,從何特標?幾何不輪梃齊觀縫灌為伍也。獨見丈雪醉禪師,從西北兵戈搶攘中曳杖來吾檇李,滴水滴凍,為其得法破山本師圓就語錄一大公案,緣其疇昔為萬峰墮地獅,得天童正法眼,覿體承當,全身擔荷,於雪居、禹門、靜明、青蓮、艸堂、昭覺六剎開堂,拈出成都漢中風景,如許絡索,騰踏當機,絕不見一毫枝葉、一點氣息,的的露地白牛。禹門激浪,復振臨濟家風,可謂滹沱正脈,砥柱狂瀾者矣。比為吾里眾檀信延住青蓮禪院,微窺師意,尚似夷然不屑於擔水河頭賣人者。象王窟中臥,毗盧頂上行,斯其人歟。

済宗は孤高にして、ただ一本の白棒を手に泥ん中水ん中に入り込んで人を導く。一言半句の言葉も、すべて白地光明錦の上でひっくり返し弄るようにして放つ。まさに百尺の高みに枝もなく、千里の彼方に跡も絶えた境地であり、ただ衆流を截断する力があれば、乾坤を包み覆うことができる。単伝直指の道は、古より今に至るまで、特にその顕著さによって知られているのである。

後に枝葉が繁り、壁や柱に寄りかかるようになり、ただ門を広げるだけで奥深さは失われた。如来禅・祖師禅の区別もなく、臨済派・曹洞派の別も何によって際立たせるのか。ほとんど車輪と棒を同列に扱い、縫い目と水が混ざるような有様である。

ただ丈雪醉禅師だけは、西北の兵乱の中から杖を曳いて我が檇李に来たり、滴水滴凍の如く、その師・破山が得法して語録を完成させる一大公案を成就した。かつて万峰の地に落ちた獅子として、天童の正法眼を得て、その法をそのまま受け止め、全身で担い、雪居・禹門・静明・青蓮・艸堂・昭覚の六つの道場で開堂し、成都・漢中の風景を引き出して、これほど多くの絡索(縛り)を自在に扱い、一片の枝葉も一点の氣息もない、まさに露地の白牛となった。

禹門の激浪は、再び臨済の家風を振るい、滹沱の正脈として、狂瀾を支える柱と言えよう。今、我が里の衆檀那の願いにより青蓮禅院に住することとなったが、微かに師の御心を窺うに、なお川のほとりで水を売るようなことを厭うかのようである。象王の窟に臥し、毘盧の頂上を行く者、まさにこの人であろうか。

順治丁酉中秋日國子司業道一居士福徵譚貞默槃談書

順治14年(1657年)の中秋の日に、 国子監(官立大学)の司業(副学長)、道一居士の福徴(譚貞默)が この『槃談』を書き記しました。


敘

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