ご支援淨心禪堂すべての経典
メインコンテンツにスキップ
  1. 続比丘尼伝 (續比丘尼傳)
  2. 第一 (第一)
  3. 守培序 (守培序)
←と→
矢印キーでページをめくれます

続比丘尼伝 (續比丘尼傳)


續比丘尼傳守培序
世間聖人,立於像形上觀察一切,故曰:「乾道成男,坤道成女。」男尊而女卑,夫唱而婦隨,是以中國女子終生無主權。以三從而為德,所謂未嫁從父,已嫁從夫,夫歿而從子。出世聖人,立於體性上觀察一切,故曰:大地眾生皆具如來智慧德相,唯因妄想執著而不能證得。世人始唱男女平權,原來吾佛唱之早矣。非特男女平權,而一切眾生迷皆平權,又不但眾生偕眾生平權,而眾生與諸佛亦平權。凡女子學佛出家者,即打破世間假像的階級,實行出世體性之平權。三從頓舍,終生自主,以有體性之觀察力,故能轉變性質,如化魚而成龍,傳中諸尼僧是也。亦有不脫像形之習氣者,則觸途成滯,如暴腮於龍門,傳外諸尼僧是也。世人已知提倡男女平權,而未知提倡一切眾生悉皆平權,若進而提倡一切眾生本皆平權,不存大小強弱之觀念,則世界可期平矣。但吾佛從平處唱平,世人從不平處唱平,平同而平處特異。世法與佛法不同此也。近有女子頭角崢嶸,露於社會之上,與男子平權矣。慨吾佛教之比丘尼,反寂然無聲,如寒岩枯木,毫無生氣,徒負出世丈夫之虛名,不若在家女子之有志氣,悲乎!末法尼眾,身雖出家,心不知道,而亦不求其知,以為出家止於薙發染衣而已。此等尼眾,如彼盲人誤入歧途,若無援引,奚歸正路?維我 震華大德,年未自立,識已過人,植慧根於夙世,發智花於今時;淵學遠鑒,歎佛法之蕭條;觀古傷今,悲尼眾之不振。是以採訪過去有道之高尼,乃為今後釋子之龜鑒。上從蕭梁,下至民國,聚英集華,名曰續比丘尼傳。冀此傳傳播四方,憲章有道,不使過去克己成仁、茹苦會辛之輩,與草木同腐,湮沒而無聞,亦可令吾現前釋子觀彼比丘尼。我亦比丘尼,彼即如斯,我亦應如斯。彼比丘尼當能如斯,而我比丘尼不能不如斯。此雖文字之般若,實為振興佛教、援引迷途之梯航也。書成,問序於余,余略述著者之志願,以告讀茲傳者,是為序。

世間の聖人は、形や姿の上に立ってすべてを観察します。だからこそ、「乾の道が男を成し、坤の道が女を成す」と言うのです。男は尊く女は卑しいとされ、夫が唱えれば婦は従い、そのために中国の女子は一生主権を持ちませんでした。三従を徳として、いわゆる嫁ぐ前は父に従い、嫁いだ後は夫に従い、夫が亡くなれば子に従うというものです。出世の聖人は、本体や本性の上に立ってすべてを観察します。だからこそ、「大地の衆生はみな如来の智慧と徳相をそなえているが、ただ妄想と執着のために証得できない」と言うのです。世の人はようやく男女平権を唱え始めましたが、もともとわが仏はそれを早くから唱えていたのです。男女の平権だけでなく、一切の衆生も迷いのままみな平権であり、さらに衆生が衆生と平権であるだけでなく、衆生と諸仏もまた平権なのです。女子で仏を学び出家する者は、世間の仮の姿の階級を打ち破り、出世の本性の平権を実践します。三従をたちまち捨て、一生自立し、本性を観察する力があるため、その性質を変えることができます。ちょうど魚が化して龍となるようなもので、伝の中の諸々の尼僧がそれです。また、形や姿の習気から脱せず、どこに触れても滞ってしまう者もいます。ちょうど龍門で頬をさらす魚のようなもので、伝の外の諸々の尼僧がそれです。世の人はすでに男女平権を提唱することを知っていますが、一切の衆生がことごとく平権であることを提唱することをまだ知りません。もしさらに進んで一切の衆生が本来みな平権であると提唱し、大小や強弱の観念を残さなければ、世界は平和が期待できるでしょう。ただし、わが仏は平らかなところから平らを唱え、世の人は平らかでないところから平らを唱えます。平らかである点は同じでも、平らを唱える基盤は特に異なります。世法と仏法が異なるのはこの点です。近ごろ、女子が頭角を現し、社会の上に現れて、男子と平権を得ました。叹かわしいことに、わが仏教の比丘尼は、かえって寂として声もなく、寒巌の枯木のように全く生気がなく、出世の丈夫という虚名をいたずらに負い、在家の女子の志気にも及ばないとは、悲しむべきことです。末法の尼衆は、身は出家していても心は道を知らず、またそれを知ろうとも求めず、出家とはただ剃髪して衣を染めるだけのことだと思っています。このような尼衆は、盲人が誤って道をそれるようなもので、もし引き導く者がなければ、どうして正しい道に帰れるでしょうか。わが震華大徳は、年はまだ自立にも及ばないのに、識見はすでに人にすぐれ、前世に慧根を植え、今の時に智の花を咲かせています。深い学問と遠い鑑識で、仏法の衰えることを叹き、古を観て今を傷み、尼衆の振るわないことを悲しんでいます。そこで過去に道のあった高尼を探し求め、これを今後の釈子の亀鑑としました。上は蕭梁から下は民国に至るまで、英華を集め、その名を続比丘尼伝としました。この伝が四方に広まり、有道の人を憲章とし、過去に己を克して仁を成し、苦しみを味わい辛さを尽くした人々が草木とともに腐り、埋もれて聞こえなくなることのないようにと願っています。また、わが現前の釈子に彼の比丘尼を観させることができます。私も比丘尼である、彼もこのようである、私もこのようであるべきだと。彼の比丘尼がこのようになれるのなら、私の比丘尼もこのようにならないはずがないと。これは文字の般若ではありますが、実に仏教を振興し、迷途を引き導く梯航なのです。書が成り、私に序を問いました。私は著者の志願を略述し、この伝を読む者に告げる次第です。これが序です。

民國二十五年丙子夏六月中澣,至山退隱守培序於妙心精舍。

昭和十一年丙子夏六月下旬、山中で隠退していた守培が妙心精舎にて序す。


自序

CBETA コード: CC0001

© AI 帮你读佛经 - 如是我闻

この文書は個人学習専用です。商業目的での使用は禁止されています。

訪問 rushiwowen.co

著作権:原文は CBETA
AI 翻訳は参考文献のみで、権威あるものではありません