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  1. 続比丘尼伝 (續比丘尼傳)
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  3. 一、梁湖州法華寺尼道蹟伝 (一、梁湖州法華寺尼道蹟傳)
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続比丘尼伝 (續比丘尼傳)

「續比丘尼傳」について

中華民国 · 釋震華編述 著

6.0 万字 · 約 200 分

『続比丘尼伝(ぞくびくにでん)』は、釈震華法師(しゃくしんげほうし)により民国期に編述された、中国仏教史上において比丘尼の事跡を専門に記録した重要な伝記である。本書は二十世紀前半に編纂され、梁代の宝唱による『比丘尼伝』の伝統を継承し、南北朝から民国に至るまでの傑出した比丘尼の伝記を体系的に収録している。内容は、彼女たちの修行の経歴、弘法の事跡、および仏教への貢献を詳実に記録し、仏教史伝における女性修行者の記録の空白を埋めた。この書は、中国の比丘尼の歴史と仏教における女性の地位を研究する上での重要な文献であるのみならず、近現代の漢伝仏教の発展を理解するための貴重な史料でもあり、極めて高い学術的・宗教的価値を有している。


一、梁湖州法華寺尼道蹟傳

一、梁の湖州法華寺尼道蹟伝

道蹟,一名明練,號總持,吳興人,或作梁武帝女。事達摩為弟子,悟心要法。達摩將返天竺,命門人各言所得。道蹟曰:「我今所解,如慶喜見阿閦佛國,一見更不再見。」達摩曰:「汝得吾肉。」後遁居湖州弁嶺峰,晝夜誦法華經,誦滿萬部,不下山者,凡二十年。感空中白雀常來聽經,山遂以白雀名。既圓寂,塔全身於結廬之所。大同元年,塔內忽有青蓮華一朵,道俗異之,啟視,見華從舌根生。州郡錄奏,勅建法華寺,事具褚詢望所寫塔碑。

道蹟(どうせき)は、別名を明練(みょうれん)といい、号を總持(そうじ)と称しました。呉興(ごこう)の出身で、ある説では梁の武帝(りょうのぶてい)の娘であったとも伝えられます。達磨大師(だるまだいし)に師事して弟子となり、心の要法を悟りました。

達磨大師が天竺(てんじく)へ帰国される際、弟子たちにそれぞれ悟りの境地を述べさせました。道蹟はこう答えました。「私の今の理解は、あたかも慶喜(きょうき、阿難尊者)が阿閦仏(あしゅくぶつ)の国を見たように、一度見れば二度と再び見る必要のないものです。」すると達磨大師は言われました。「汝は我が肉を得たり。」

その後、道蹟は湖州(こしゅう)の弁嶺峰(べんれいほう)に隠遁し、昼夜を問わず『法華経』を誦経しました。一万部を誦み終えるまで、二十年もの間、山を下りることはありませんでした。その修行に感じて、空から白い雀が常に経を聞きに来たため、山は「白雀山」と呼ばれるようになりました。

道蹟が円寂(おんじゃく)した後、遺体は塔に納められ、生前に庵を結んだ場所に安置されました。大同元年(だいどうがんねん)、塔の中から突然、一輪の青蓮華(しょうれんげ)が現れました。僧侶も在家もこれを奇跡と感じ、塔を開いてみると、その


自序
二、梁揚州某庵尼僧法傳

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