二、梁揚州某庵尼僧法傳
二、梁の揚州某庵の尼僧法伝
僧法,太學博士江泌女,小而出家。年八、九歲,有時靜坐閉目,前後誦出二十一經,合三十五卷,揚州僧俗咸稱神授。茲列經目於後:淨土經七卷;妙莊嚴經四卷;妙音師子吼經三卷;益意經三卷;阿那含經二卷;寶頂經一卷;正頂經一卷;法華經一卷;勝鬘經一卷;藥草經一卷;太子經一卷;伽耶婆經一卷;波羅奈經一卷;優婁頻經一卷;般若得經一卷;華嚴瓔珞經一卷;出乘師子吼經一卷;踰陀衛經一卷;優曇經一卷;維摩經一卷;序七世經一卷。費長房編入三寶紀中,且推論之曰:「房驗經論,斯理皎然。是宿習來,非關神授。」且據外典,夫子有云:「生而知之者聖,學而知之者次」,此局談今生,昧於過去爾。若不爾者,何以得辯外內賢聖淺深過現乎?
僧法は、太學博士江泌の娘で、幼くして出家した。八、九歳の頃、時に静座して目を閉じ、前後して二十一の経典を誦出し、合わせて三十五巻に及んだ。揚州の僧俗は皆、これを神授と称した。ここに経目を列挙する:浄土経七巻、妙荘厳経四巻、妙音師子吼経三巻、益意経三巻、阿那含経二巻、宝頂経一巻、正頂経一巻、法華経一巻、勝鬘経一巻、薬草経一巻、太子経一巻、伽耶婆経一巻、波羅奈経一巻、優婁頻経一巻、般若得経一巻、華厳瓔珞経一巻、出乗師子吼経一巻、踰陀衛経一巻、優曇経一巻、維摩経一巻、序七世経一巻。費長房はこれを三宝紀に編入し、かつ論じて言う:「房が経論を検証するに、この道理は明らかである。これは宿習によるもので、神授に関わるものではない」。また外典に拠れば、夫子はこう言われた:「生まれながらにして知る者は聖人、学んで知る者は次である」。これは今生に限って論じており、過去を理解していない。もしそうでなければ、どうして内外の賢聖の浅深と過現を弁え得ようか。