多聞品法句經第三十有九章
多聞品 法句経 第三十 九章
多聞品者,亦勸聞學,積聞成聖,自致正覺。
多聞の章では、聞くことと学ぶことを勧めている。聞くことを積み重ねれば聖者となり、自ら悟りに至ることができるのだ。
多聞能持固, 奉法為垣牆,
精進難踰毀, 從是戒慧成;
多聞令志明, 已明智慧增,
智則博解義, 見義行法安;
多聞能除憂, 能以定為歡,
善說甘露法, 自致得泥洹。
聞為知法律, 解疑亦見正,
從聞捨非法, 行到不死處。
為能師現道, 解疑令學明,
亦興清淨本, 能奉持法藏。
能攝為解義, 解則義不穿,
受法猗法者, 從是疾得安。
若多少有聞, 自大以憍人,
是如盲執燭, 炤彼不自明。
夫求爵位財, 尊貴升天福,
辯慧世間悍, 斯聞為第一。
帝王聘禮聞, 天上天亦然,
聞為第一藏, 最富旅力強。
智者為聞屈, 好道者亦樂,
王者盡心事, 雖釋梵亦然。
仙人常敬聞, 況貴巨富人?
是以慧為貴, 可禮無過是。
事日為明故, 事父為恩故,
事君以力故, 聞故事道人。
人為命事醫, 欲勝依豪強,
法在智慧處, 福行世世明。
察友在為謀, 別伴在急時;
觀妻在房樂, 欲知智在說。
聞為今世利, 妻子、昆弟、友,
亦致後世福, 積聞成聖智。
是能散憂恚, 亦除不祥衰,
欲得安隱吉, 當事多聞者。
斫創無過憂, 射箭無過愚,
是壯莫能拔, 唯從多聞除。
盲從是得眼, 闇者從得燭,
亦導世間人, 如目將無目。
是故可捨癡, 離慢豪富樂,
務學事聞者, 是名積聚德。
多くのことを聞き(学び)それをしっかりと守り続ければ、教えを城壁とするようになる。 精進は破り難く、それによって戒めと智慧が成就する。
多くのことを聞けば志が明らかになり、明らかになれば智慧が増す。 智慧が増せば広く意味を理解し、意味を見極めて実践すれば安らぎに至る。
多くのことを聞けば憂いを取り除き、定(心の統一)によって喜びを得ることができる。 よく甘露の法を説き、自ら泥洹(涅槃)を得るのである。
聞くことによって法と律を知り、疑問を解いて正しい見解を得る。 聞くことによって誤った行いを捨て、不死の境地(涅槃)に至る。
師は道を示し、疑問を解いて学びを明らかにする。 また清らかな根本(善)を起こし、法の宝庫をよく守り伝える。
よく理解して意味を把握すれば、意味を誤ることはない。 法を受けてそれに依る者は、そこから速やかに安らぎを得る。
たとえ少ししか聞いていなくても、自惚れて人を見下すならば、 それはまるで盲人が灯りを手にしながら、他人を照らしても自分は見えないようなものである。
地位や財産、尊貴や天界の福を求め、 弁護や智慧で世の中に秀でるには、この聞くことが第一である。
帝王が礼をもって聞くことを求め、天の神々もまた同じである。 聞くことは最も優れた宝であり、富や力よりも強いのである。
智者は聞くことに屈し、道を好む者もまたそれを喜ぶ。 王者は心を尽くしてそれに仕え、梵天や帝釈天もまた同様である。
仙人でさえ常に聞くことを敬う。ましてや地位や富のある者はなおさらである。 それゆえ智慧が尊いのであり、これ以上に敬うべきものはない。
太陽に仕えるのは明かりのため、父に仕えるのは恩のため、 君主に仕えるのは力のためである。聞くことのゆえに道人(仏道を実践する者)に仕えるのである。
人は命のために医師に仕え、勝とうとして豪強に頼る。 しかし法は智慧のところにあり、福ある行いは世々に明らかである。
友を試すには助言の時、仲間を見分けるには危急の時。 妻を観るには家庭の楽しみ、智慧を知るには語る言葉にある。
聞くことは現世の利益であり、妻や子、兄弟、友にも、 また後世の福をもたらす。聞くことを積んで聖なる智慧を成就するのである。
これによって憂いや怒りを散じ、不祥や衰えをも除くことができる。 安穏で幸せを得たいと願うならば、多聞の人に仕えるべきである。
傷を負わせるものは憂いに勝るものはなく、矢を射るものは愚かさに勝るものはない。 この力強いものは他に勝つことができず、ただ多聞によってのみ除かれる。
盲人はこれによって眼を得、暗闇の者はこれによって灯りを得る。 また世の中の人々を導き、あたかも目ある者が目のない者を導くように。
それゆえ愚かさを捨て、慢心や富貴の楽しみから離れ、 学びに励み多聞の人に仕えること、これを功徳を積むという。